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■竜之介争奪戦

 竜之介は夢を見ていた。


 竜之介が戦場の最中、もの凄い勢いで敵の間を駆け抜けていく。


 手には赤剣を握り締め――。


 竜之介が目指している先、それは姫野の傍。


 その姫野が敵に隔離され、攻撃を受けているその背後から大剣を持ち、鎧を纏った大きな敵が近づいている。


 竜之介は更に足に力を込めて走る。姫野を守る為に。


 大剣が姫野に向けて振り降ろされた時、竜之介はその間になんとか滑り込んだ。


 赤剣が大剣を受け止め、姫野が驚いて振り返る。その様子がコマ送りの様に流れていく。


 大剣に押され始め、赤剣の刻印は全て消えてしまっていた。そのまま抵抗も叶わず大剣が竜之介の脇腹辺りで嫌な音を奏でた。


「うわああああっ!!!」


 そこで竜之介は飛び起きた。


 竜之介が少し落ち着いてから辺りを見回すと消毒液の臭いが染み付いた白い壁が見え、そこが医務室である事が分かった。


「いてててて……」


 竜之介の意識がハッキリしてくると、だんだん後頭部に刺すような痛みを感じ始めた。


――それにしても、さっきの夢は一体?宗政さんの記憶の一部の様な感じだったが……。


――ちょっと、整理してみるか。俺は最初試験に落ちて、それから……。あ、そうだ、石段から足を踏み外して………で、長信さん、宗政さんらしき人が出てきて……。


「ん? それだ!!」


 竜之介はぽんと手を叩き、二人の名前を口に出してみた。


「おーぃ、長信さーん、宗政さーん、俺の声が聞こえてますか? 聞こえてたら、何か物音を出すか、返事をしてくださーい!!」


 竜之介の回りに何の変化も起きない。


「おーぃ」


 やはり、竜之介の回りに何の変化も起きない。


「あれ?全部が全部夢だったのか……?」


「もしもーし!!」


 竜之介は何度か二人に呼び掛けたが、結局何の反応も無かった。


「なんだ、やっぱり全部夢だったんだ……」


 竜之介が溜息付いた時、襟元辺りに何らかの感触を感じた。


「あれ?これは!!」


 その感触の正体は「と成」のバッジであった。竜之介は自分に全く縁のない物襟元に付いているのを見て驚いたと同時にあの黒と赤の人魂と話をした事が事実であった事を確信した。


 竜之介が納得して頭の中で整理を終えたその傍らで、静かに寝息を立てている姫野がいる事に気づく。


「あ……姫野さん」


 完全無防備の姫野は腕を組み壁にもたれかかって寝ている。その寝顔は非常に穏やかで、まるで幼い子供を見ている感じがした。


 竜之介は寝顔を間近で見ようとして、姫野に接近した。そして、覗き込むような姿勢で顔を見つめた時、突然姫野の瞼が開き、互いの目が相手をくっきりと映した。


 竜之介は、姫野の鋭い眼光に引き込まれてしまい、その状況から逃げれなくなってしまった。


 あ、駄目だ。きっと殴られる!! そう覚悟を決めて歯を食いしばった時、竜之介の予想は見事に外された。


 さっきまで消毒液ばかりの臭いだった竜之介の鼻に、今は香りのいい石鹸の匂い広がっていたからだ。


 そこで、竜之介は姫野に抱きしめられている事を実感した。


 宗政……良くぞ私の所に戻ってきてくれた……私はこの日をどれだけ待ち望んでいた事か……!!」


 姫野は竜之介が間違いなく宗政である事を決定付けていた。竜之介はその自信はどこから来ているのか不思議に思った。


「姫野さん、何故俺が宗政さんの生き返りだと思ったのですか?」


 竜之介が問うと、


「お前は、まだ分からんのか……?」


 姫野は優しく微笑んだ後、竜之介の頭の上を指差した。


「?」


 それに従うように竜之介は手を伸ばした。


「あ!! 何かがいる!! というか、何かが頭の上に乗っかってる!!」


 竜之介はそれを優しく摑むとゆっくり目の前に下ろした。


「黒丸…………」


 そこにはあれほど攻撃的だったあの黒カラスが、信じられないくらい竜之介に懐いていた。


「……それが答えだ。黒丸は私と宗政にしか懐かないのだ」


「そうだったのですか」


「黒丸は本能でお前から、宗政の魂を感じ取っているのだ……」


”間違いない、あの人はやはり宗政さんだ!!”


「……竜之介、お前は断じて皆が騒いでいる長信などではない……。よって、竜之介、お前は私のものなのだ……」


 いや、ぶちまけると長信さんて人も一緒に存在してるのだが……ややこしくなりそうだから、今は姫野さんに言わないでおくか。竜之介はそっと事実を胸の奥に仕舞った。


 二人だけの静寂が占拠している医務室で、お互い何も語らぬまま見つめ合う。


 次第に姫野の表情がちょっとずつ赤みを帯びてきた。それにつられて竜之介の顔も真っ赤になり始めた。


――うお……なんか恥ずかしいな。


 医務室の中の二人の雰囲気が最高潮に達した時、ドアの外側から押し問答らしきやりとりをする声が漏れてきた。


「ちょ、姫野にいつの間にか抜けがけされたなり!!」


「だから、あれほど竜之介を私に任せろといったのにゃ!!」


「いや蛍、それは違……」


「あ、あんまり押さないで……ドアが壊れるさね……!!」


「あっ!!」


 最後の悲鳴を皮切りに、医務室のドアがあらぬ方向に倒れ、激しい音を立てた。


「きゃああああ!!」


 刹那、竜之介達の前に人の塊が転がりこんで来た。


「姫野ッ!! 竜之介を私に渡してくださいっ!!」


 その人の塊の正体は、各組の隊長であった。


 竜之介は今までこんなに異性に好かれた事はなく、もしかすると今も自分の中にいるであろう長信を改めて尊敬した。


「……駄目だ竜之介は渡さない。もう、私のバッジ付けたから……」


 姫野は、普段みせないような表情でムッとした。


――おお、姫野さん、なんだか可愛いぞ。


 姫野が普段見せない仕草を見た竜之介は動揺した。


 それから暫く渡せ、渡さないの押し問答が繰り返され、竜之介はやるせない気持ちで黒丸の方を見た。


「カーッ……」


 黒丸は溜息交じりの鳴き方で、それはまるで竜之介に向けて「くっだらねえ……」と、言っている様だった。



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