EP 23
壊れゆく北極星(微笑みの呪い)
モニター越しに突きつけられる、国家元首たちの冷徹な要求。
世界からの孤立か、己の身を差し出すか。逃げ場のない絶望の淵で、キャルルはゆっくりと両手を前に突き出した。
「おい、何を血迷った……!」
画面の向こうで、ロシアのオルロフが顔を引きつらせて後ずさった。
「まさか、通信回線を通じて魔導攻撃を仕掛けるつもりか!? 防壁を張れ!」
だが、キャルルの手から放たれたのは、破壊の光ではなかった。
チカチカと、今にも消えそうなホタルのような青白い光。
それは、先ほどの戦場で傷ついた兵士たちを癒やした『無償の慈愛』の魔力だった。
「だいじょうぶ……だいじょうぶだよ?」
キャルルは、ポロポロと大粒の涙をこぼしながら、それでも無理やりに口角を吊り上げて、笑った。
「喧嘩しないで。……みんなの心が、ずっと『痛い』って言ってるから……っ」
彼女は震える手で、画面の向こう側の『怪物たち』を癒やそうと魔力を練り上げる。
マッハの機動と度重なる治癒で、彼女の肉体はとうの昔に限界を超えていた。鼻血が滴り、過呼吸で肩が激しく上下している。
それでも、彼女はその優しい光を放つことをやめなかった。
「私、知ってるよ……。みんな、怖いんだよね。誰かに奪われるのが怖いから、怒ってるんだよね……?」
キャルルの悲痛な声が、執務室に響き渡る。
彼女の目には、大国のトップたちが『悪党』には見えていなかった。
彼らが抱える国家という重圧、疑心暗鬼、他国への恐怖。その怯えからくる「奪わなければ奪われる」という悲しい執着。
キャルルは、その心の痛みを、自分の命を削ってでも『治そう』としていたのだ。
「だから……もう、痛いの飛んでけ……っ。私がみんなの痛いところ、治してあげるから……!」
その光景は、あまりにも異常だった。
自分を奴隷にし、村を人質に取ろうとしている張本人たちに向かって、ボロボロになりながら「大丈夫だよ」と微笑みかけ、治癒の光を注ぎ続ける少女。
「な……なんだ、これは……」
アメリカのフォークナーが、呆然と呟いた。
彼らがこれまで相手にしてきたのは、利益と恐怖で動く『人間』だった。だが、目の前にいるのは、どれほど泥を投げつけようと、傷つけようと、相手の痛みを心配して抱きしめようとする、純粋すぎる『善』の化身。
あまりにも痛々しく、呪いのように美しい優しさ。
中国の張も、日本の若林も、息を呑んで言葉を失っていた。
「……ハァ、ハァ……っ、あれ……? 光が……出ない、よぉ……」
パリンッ。
キャルルの中で、何かが限界を迎える小さな音がした。
彼女の放っていた青白い光がフッと消え、糸が切れた人形のように、その小さな体が床へと傾いていく。
「キャルル様!」
リバロンが悲鳴のような声を上げた。
だが、彼が駆け寄るよりも早く。
一人の男が、崩れ落ちるキャルルの体を、その腕の中に抱きとめていた。
「……よく頑張ったな、アホウサギ。もういい、もう十分だ」
政宗だった。
彼は、意識を失いかけたキャルルの肩に、自分のスーツの上着をそっと掛けた。
そして、彼女の視界から、画面の向こうの『世界』を完全に隠すように、モニターの前にゆっくりと歩み出た。
「ま、政宗、さん……? だめ、私……まだ、みんなを治して……」
「治す必要はねえ。あいつらはもう、手の施しようがねえ『末期症状』だからな」
政宗の目が、漆黒の空洞のように虚無を湛えていた。
「誰だ、貴様は!」
フォークナーが我に返り、画面越しに怒鳴りつける。
政宗は、口にくわえていた赤マルに、ゆっくりと火をつけた。
紫煙が、ホログラムモニターを霞ませる。
「……聞こえたか、ジジイ共。この子は、自分を壊してまでお前らの腐った心を治そうとしてたんだぜ」
政宗の放つプレッシャーが、執務室の空気を氷点下まで凍らせた。
それは、リバロンのような武力の闘気ではない。圧倒的な殺意と、世界経済の全てを掌握した者だけが持つ、最凶の覇気。
「俺の算盤は、もう完全にぶっ壊れた。計算の結果、結論が出たよ」
政宗は、血塗れで眠る『北極星』を背に庇いながら、画面の向こうの怪物たちへ、最悪の宣告を放つ準備を整えた。




