EP 13
執事の『死の舞踏』
戦場は、奇妙な静寂と混沌に包まれていた。
キャルルの無償の愛によって傷と心を癒やされたPMCの傭兵や自警団たちが、武器を捨てて座り込んでいる。
だが、感情を持たない『機械』たちには、そんな奇跡は通用しない。
「忌々しいウサギめ……! なら、蟲の餌にしてやるよォ!」
木の上でギリッと歯軋りした魔人ギアンが、死蟲機の群れに命令を下した。
カサカサカサッ!
強酸のタンクを背負った『死蟻型』と、強固な装甲を持つ『死甲虫型』の群れが、フラフラと立ち尽くすキャルルに向かって殺到する。
「村長! 危ないッ!」
信長がアサルトライフルを構えようとした、その時だった。
「――お下がりください、キャルル様。ここから先は、事務方の仕事です」
キャルルの背後から、静かに、そして滑るように一人の男が前に出た。
完璧にアイロンがけされた燕尾服。頭には獣の耳。ポポロ村の宰相兼執事、リバロンである。
彼は迫り来る蟲の群れを前にして、懐から一枚の小さな紙切れ――『名刺』を取り出した。
「ご挨拶が遅れました。私、ポポロ村で宰相を務めております、リバロンと申します」
シュッ。
リバロンが手首を軽くスナップさせた瞬間。
名刺が、音速を超えた。
ヒュンッ!! ギャリィィィンッ!
空気を切り裂く鋭い音と共に、闘気を帯びた名刺が『死蟻型』の群れの間をピンボールのように乱反射して駆け抜けた。
次の瞬間、最前列にいた十匹以上の死蟻型が、装甲ごと真っ二つに両断され、緑色の体液をぶち撒けて崩れ落ちた。
「な……!?」
信長が目を剥いた。
たった一枚の『紙切れ』が、5.56mm弾を何発撃ち込んでも死ななかった化け物を、豆腐のように切り裂いたのだ。
「馬鹿な……! あの蟲の装甲は、鋼鉄より硬いはずだぞォ!」
ギアンが驚愕の声を上げる。
「ええ。ですが、私の『名刺』は、相手の物理的強度ではなく、存在の『結合点』を闘気で切断しておりますので。……さて、次の方、どうぞ」
カチャカチャカチャッ!
怒り狂ったように、今度は一際巨大な『死甲虫型』が、魔導ライフルの弾幕すら跳ね返す重装甲で突進してきた。その後ろからは、PMCが乗り捨てた魔導装甲車までが、ギアンの糸に操られて突っ込んでくる。
「質量攻撃ですか。いささか無作法ですね」
リバロンはため息をつき、首元の絹のネクタイをゆっくりと緩めた。
「法と秩序の執行を始めます」
シュウゥゥゥ……!
リバロンの全身から、爆発的な『闘気』が立ち上った。
その闘気がネクタイに流れ込むと、絹の布が異常な硬度と質量を持った『大剣』へと変貌を遂げた。
執事式格闘術の奥義――『ネクタイ剣』。
リバロンは、突進してくる死甲虫型と装甲車に向かって、優雅にステップを踏み、一閃した。
ズバァァァンッ!!
轟音。
死甲虫型の重装甲も、軍用の魔導装甲車も。
まるで熱したナイフでバターを切るかのように、斜めに一刀両断された。
断面から火花が散り、遅れて大爆発が巻き起こる。
「……ハッ」
その後方で、タバコをふかしていた政宗が、呆れたように笑いを漏らした。
(アレが、この世界のトップクラスの『個の武力』かよ……。兵器産業が根底から覆るぜ)
その圧倒的な武威に戦慄していたのは、現場の人間だけではなかった。
地球――太平洋上のイージス艦『出雲』のCIC(戦闘指揮所)。
ドローンの映像越しにその光景を見ていた坂上真一総司令官は、咥えていたハイライトをボトリと床に落とした。
「……なんじゃ、あのアホみたいな威力は。名刺とネクタイで、装甲車を叩き斬りおったぞ……!?」
歴戦の自衛官たちが、静まり返る。
最新鋭の兵器を揃えた自分たちの常識が、たった一人の「執事」によって根本から破壊されたのだ。
同じ頃、アメリカ第七艦隊の旗艦司令室でも。
「オー・マイ・ゴッド……」
フォークナー海軍大将が、冷や汗を流しながらモニターを凝視していた。
「あれが異世界の兵士なのか!? いや、あんな怪物がゴロゴロいるなら、通常兵器など通用せんぞ……! キャプテン・アメリカの完成形か何かなのか!」
ロシアのオルロフ大使も、中国の張大使も、そして日本の若林幹事長も。
モニターの向こう側にいる地球の『怪物』たちは、ただ絶句するしかなかった。
戦略、兵站、火力。
彼らが信奉してきた近代戦争のルール(バイブル)が、異世界の『個の武力』の前に、紙切れのように無力化される瞬間を突きつけられたのだ。
「さあ、お片付け(清算)の時間です」
モニターの中で、人狼の執事がネクタイを締め直し、涼しい顔で周囲の死蟲機を次々と解体していく。
戦場は、完全にリバロンの独壇場と化していた。
だが、その時。
信長の通信機から、強烈な電子音と共に、東京の官邸から直接の緊急割り込み通信が入った。
『――坂上1尉! 貴官は何をしている!』
通信機から響いたのは、内調・狗飼の怒りを含んだ声だった。
『なぜ武装勢力(ポポロ村)を制圧しない! 先ほどの映像の化け物を見たか! あれは我が国にとって脅威だ! いますぐ全火力を以て、あの村ごと殲滅しろ!!』
それは、現場の真実を完全に無視した、日本という国家の『冷酷な合理命令』だった。




