鉄の訪問者と森の掟
巨大な世界樹の根が網目状に大地を這い、その隙間に透き通った水の流れる美しい里——。そこがキーナの故郷、エルフの隠れ里だった。
しかし、二人の到着を歓迎する者はいなかった。
「止まれ、キーナ! その後ろの『鉄の塊』を纏った男は何者だ!」
村の入り口、樹上の監視台から鋭い声が飛ぶ。瞬時に、十数名のエルフ守備隊が弓を引き絞り、その切っ先を栄太に向けた。
栄太は反射的に、二十式小銃を肩から下ろし、銃口を斜め下に向ける『ローレディ』の姿勢を取る。無駄のない、研ぎ澄まされたその動きに、守備隊長が息を呑むのがわかった。
「待って、隊長! 彼は私の命の恩人、工藤栄太さんよ。十年前の遺跡から目覚めたの!」
「黙れ! その男からはエーテルの息吹が微塵も感じられん。死者のような無機質な気配……災いを呼ぶ異物だ。即刻、森から立ち去れ!」
栄太は、自分に向けられる殺意を冷ややかにスキャンしていた。
(……弓兵が十二。距離二十。射線の交差を考えれば、背後の岩陰まで二秒で退避可能か。だが、これじゃ交渉にならないな)
彼は銃を下ろさぬまま、静かに口を開いた。
「……キーナ、無理に交渉しなくていい。俺は村の外で野営する」
「ダメよ、栄太! あなたは私の調査員なんだから!」
その押し問答を切り裂いたのは、森の奥から響いた、地を這うような不気味な咆哮だった。
――グオオォォォォォン……!
空気が凍りつく。森を流れるエーテルの光が、一箇所に吸い込まれるように歪み始めた。現れたのは、半透明の皮膚を持つ巨大な獣――「エーテル喰らい(マナ・イーター)」だ。
「マナ・イーター!? なぜこんな里の近くに!」
守備隊長が叫び、一斉に魔法矢を放つ。火球や雷光が獣を包むが、そのすべてが獣の体表に触れた瞬間、パズルのピースが崩れるように霧散していった。
「ダメだ、魔法が吸い取られる! こいつには術式が構成できない!」
エルフたちが戦慄する。エーテルを万能とする彼らにとって、魔法を無効化する獣は「死神」と同義だった。
「キーナ、伏せてろ」
栄太の声が、驚くほど平坦に響いた。
彼はゆっくりと腰を落とし、銃のストックを肩に密着させる。ドットサイトの赤点が、獣の眉間にある巨大な水晶体――魔法を吸着する「核」を捉えた。
「栄太、ダメよ! 魔法が効かないあいつには、どんな攻撃も——」
「……魔法じゃないと言ったはずだ」
栄太は呼吸を止め、引き金を引いた。
――ダダッ! ダダッ!
森の静寂を切り裂く、乾いた、しかし重厚な爆音。
魔法のような優雅な光はない。ただの鉄の礫が、音速を超えて空間を突き抜ける。
獣が展開していた「魔力吸収結界」を、純粋な物理的衝撃が物理法則のままに貫通した。
眉間の水晶体が、凄まじい音を立てて粉砕される。
断末魔の叫びと共に、巨大な獣が粒子となって霧散していく。
静寂が戻った里に、空になった薬莢がカラン、と石畳に落ちる音だけが響いた。
弓を構えたまま固まる守備隊。震える手で杖を握るキーナ。
栄太は淡々とマガジンを交換し、銃の安全装置をかけた。
「……周辺警戒、終了。キーナ、他に脅威は?」
「……ない、わ。……栄太、あなた、今……」
守備隊長が、震える足で栄太に近づく。
「詠唱もなしに……ただの鉄の音だけで、マナ・イーターを……。お前は、一体何者なのだ……?」
栄太はワッペンのついた左肩を少しだけ動かし、低く答えた。
「ただの、自衛官だ」
その日から、里の者たちは彼を「鉄の訪問者」と呼び、畏怖と好奇の目で見るようになった。キーナの瞳には、以前よりもずっと強い、確信めいた輝きが宿っていた。




