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火薬と好奇心

 夜の帳が下りた森は、昼間とは一変して幻想的な光に包まれていた。

 エーテルを吸い上げて発光するシダ植物が、キーナの移動キャンプを淡い青紫で照らしている。キャンプの中央では、栄太が手際よく焚いた火が爆ぜていた。


「ねえ、やっぱり信じられないわ」


 キャンプの作業机に、栄太から借り受けた『装備品』を並べたキーナが、拡大鏡を片手に唸り声を上げた。

 彼女の目の前には、分解された二十式小銃のマガジンや、防弾ベストのプレート、そして数発の弾丸が鎮座している。


「これ、ネジの一本に至るまで、魔法回路ルーンの刻印が一切ない。……栄太、本当にこの鉄の塊が、精霊の加護なしで動くの?」


 焚き火の傍らで、栄太はマルチツールを使って自分のサバイバルナイフを研いでいた。規則正しい金属音が夜の静寂に響く。


「ああ。火薬の爆発エネルギーを、金属の筒の中で制御して弾丸を飛ばす。ただの物理現象だ。……俺たちの世界に、魔法なんて便利なものはなかったからな」


「『カヤク』……爆発のエネルギーを制御するなんて。なんて野蛮で、そして、なんて精緻な計算なの……」


 キーナはピンセットで、一発の五・五六ミリ弾を慎重に摘み上げた。

 エルトリアにおいて、力とは「エーテルの変換」を意味する。しかし、この小さな真鍮の塊には、エーテルの気配が微塵もない。そこにあるのは、極限まで磨き上げられた純粋な「工学」の結晶だった。


「この黄金の小瓶も、使い捨てにするにはもったいないわ。……あ、こっちの『無線機』という道具。中に小さな雷の精霊が閉じ込められているのかしら? ずっと『ザー』って囁いているけれど」


 栄太は手を止め、寂しげな視線をその黒い筐体へ向けた。


「それはただのノイズだ。……電波が届かない場所か、あるいは、受けるべき基地局がもうこの世にないのか。……今は、誰も応答しない」


「……栄太」


 彼の瞳に宿った深い喪失感に、キーナは胸を突かれた。

 彼は十年前の世界から、たった一人でこの見知らぬ大地に放り出されたのだ。家族も、仲間も、彼を呼ぶ声もすべて失って。


 キーナは少し慌てて、明るい声を上げた。


「……よし! それじゃあ、この『防弾プレート』の凹み、私が直してあげる。本来の素材とは違うけど、私の魔力で金属の原子を補強すれば、以前より丈夫になるはずよ!」


「……修理できるのか?」


「考古学者をナメないで。形あるものなら、その『理』を読み解くのが私の仕事なんだから。……はい、これ。磨いておいたわよ」


 キーナが差し出したのは、泥を落とし、丁寧に汚れを拭き取られた一枚のワッペンだった。

 日の丸の刺繍。その横には『JGSDF』の文字。


 栄太はそれを無言で受け取った。丁寧に磨かれたその布地は、焚き火の光を浴びて、誇らしげに赤く染まっている。


「恩に切る」


「どういたしまして! その代わり、明日も私をしっかり守りなさいよね、自衛官さん?」


 キーナは得意げに胸を張り、エーテルを灯した杖でプレートの修復に取り掛かった。

 栄太は再びナイフを研ぎ始める。その表情は、少しだけ和らいでいた。


 漆黒の夜空を見上げれば、あの不気味な「大穴」が星々の間に口を開けている。

 一人は故郷へ帰るため。一人は世界の謎を解くため。

 火薬の匂いと魔法の輝きが混ざり合うキャンプで、二人の夜は更けていった。

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