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眠れる鉄の戦士

 その場所だけ、世界のことわりが死んでいた。


 鬱蒼と茂る巨樹の隙間、銀色の陽光が差し込む森の奥深くに、それは鎮座していた。周囲を覆う樹木はエーテルの奔流を受けて光り輝いているというのに、その「箱」は、光を吸い込むような無機質な灰色を晒している。


「……信じられない。エーテルの流れが、完全に遮断されている?」


 キーナは愛用の魔導杖を握り直し、その巨大な立方体の前で立ち止まった。

 エルフの少女特有の長い耳が、微かな風の音を拾ってぴくりと動く。彼女は考古学者見習いとして、十年前の「降臨事件」で各地に散らばった遺跡を調査してきたが、これほど「冷たい」構造体は初めてだった。


 表面には、精霊の刻印ではなく、鋭利な直線で構成された記号――「DANGER」「KEEP OUT」――が、意味を失った模様のように刻まれている。


 キーナが震える指先で壁面のパネルに触れた瞬間、死んでいた箱が、短く鋭い電子音を上げた。


『――生体反応を確認。防衛レベル、イエローからグリーンへ。凍結休眠プロセス、最終段階(フェーズ4)に移行します』


「ひゃあっ!?」


 突然のホログラムの投影に、キーナは尻もちをついた。青白い光が空間に地図のような図形を描き出し、足元の床が重低音を響かせてスライドする。

 中から現れたのは、透明な樹脂で覆われたカプセル。そしてその中に、一人の男が横たわっていた。


 漆黒のタクティカルギア、機能性を追求した厚手の衣類。そして、その左肩には太陽を象ったような「日の丸」のワッペン。


「人間……? いいえ、耳が丸いわ。あの大穴の向こう側の、異邦人ストレンジャー……!」


 キーナが慌ててパネルのあちこちを叩くと、プシュッという蒸気の噴出と共に、カプセルが開いた。

 男の睫毛が震え、濁りのない黒い瞳がゆっくりと見開かれる。


「……状況、報告しろ」


 掠れた、しかし鋼のように硬い声だった。男はすぐさま、傍らに置かれていた鉄の塊――二十式小銃を手に取り、無駄のない動きで銃口を周囲に向けた。


「あ、あの! 私は怪しい者じゃなくて、あなたを助けたの!」


 男の視線がキーナに固定される。その瞳には、恐怖ではなく、冷徹な分析の光が宿っていた。

 彼は自分の頭を押さえ、苦悶に表情を歪めた。


「……思い出せない。……ここは、式典会場か? ……あんたは、エルフ……なのか?」


「話が早くて助かるわ。そうよ、私はキーナ。ここはエルトリア。あなたは十年前の遺跡の中で眠っていたの」


「十年前……?」


 男が絶句したその時、遺跡の天井から赤い光が照射された。

 警報音が鳴り響き、壁のハッチから四足歩行の金属獣――自動防衛ドローンが這い出してくる。


「鉄の魔獣!? 下がって、私の魔法で——」


 キーナが杖を掲げ、エーテルの集束を開始する。しかし、ドローンが放った不可視の干渉波が、彼女の術式をバラバラに霧散させた。


「嘘、詠唱が……解かれる!?」


「――下がってろ。お嬢さん」


 男がキーナの肩を強く押し、前に出た。彼は迷いのない手つきで銃のセレクターを切り替える。

 魔法のような派手な光はない。ただ、彼の手にする「鉄の道具」が、極めて合理的で暴力的な音を立てた。


 ――タタンッ、タタンッ!


 放たれた物理弾が、ドローンのレンズセンサーを正確に粉砕する。

 怯んだ隙に、男は低姿勢のまま距離を詰め、ナイフを駆動部の隙間に突き立てた。ショートした火花が散り、金属獣がくぐもった音を立てて沈黙する。


 硝煙の匂いが、古びた遺跡の中に立ち込める。


「……脅威、排除。周辺警戒を継続する」


 男は銃を下ろし、荒い息を吐きながら、自身の左肩のワッペンをそっと撫でた。


「……俺は……工藤、栄太。……陸上自衛官、だったはずだ」


 キーナはその横顔を見て、直感した。

 自分はこの男と、世界の真実を暴くことになる。魔法の輝きも届かない、冷たくて残酷な、けれどこの上なく真実な「鋼の記憶」と共に。


「よろしくね、自衛官さん。……あなたの帰る場所、一緒に探してあげるわ」


 キーナが差し出した手を、栄太は戸惑いながらも、無骨な手で握り返した。

 これが、二つの世界の法則が交差する、長い旅の始まりだった。

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