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天魔の落とし子と追放女神 ~命の恩人と始めた2人きりの居場所は、やがて世界を照らす最強の聖域となる~  作者: スージー・ウエストウッド
第1章 天魔の落とし子と追放女神

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22/22

22話 あなたの場所

天界を追放された天魔少年と、森の奥で暮らす元女神様の、温かく甘甘なお話です。

 ゆっくりと、意識が浮かび上がる。


 (まぶた)の裏に、朝のやわらかな光が(にじ)んでいた。まだ完全には目覚めきらない思考の中で、昨夜の記憶が、淡く、ゆっくりと繋がっていく。

 篝火(かがりび)の揺れる(あか)。村人たちの笑い声。猪鍋の湯気。そして――レフィーナ様に話した、たくさんのこと。


 帰ってきてからも、ネアは言葉を止めることができなかった。


 村で見た光景。人の温もり。必死に故郷(こきょう)を守ろうとする村人たちの(とうと)さ。



 そして、初めての人間の友達――。



 レフィーナは、それを静かに頷きながら聞いてくれていた。

 あの優しい声で、「それで?」と促してくれて――


 ……そこから先の記憶が、ない。


「……ん……」


 かすかに声が漏れる。同時に、違和感(いわかん)に気づいた。


 やけに、あたたかい。


 それも、ただの寝具の温もりではない。もっと、包み込まれるような――やわらかく、安心する熱。


 ネアはゆっくりと瞼を持ち上げた。


 視界に広がったのは、翡翠(ひすい)色の髪だった。朝の光を受けて、宝石のようにやわらかく輝いている。その向こうにあるのは――


「……レフィーナ様……?」


「あら。おはよう、ネア」


 すぐ近くから、鈴を転がしたような声が返る。

 距離が、近い。あまりにも近くて、思考が一瞬止まった。


「え……あの……」


 言葉がうまく出てこない。

 ネアはようやく、自分の状況を理解する。レフィーナの腕の中に、すっぽりと収まっていた。


 背中に回された腕はやわらかく、それでいて確かな力でネアを抱き寄せている。頬に触れるのは、彼女の胸元の温もり。そして鼻腔(びこう)をくすぐるのは、ほのかに甘いフローラルな香り。


「き、昨日……僕……」


「お話の途中で眠ってしまったのよ」


 くすり、と微笑む気配。


「とても安心した顔をしていたから、起こすのがもったいなくて」


 指先が、ネアの髪をやさしく()いた。その感触だけで、体の力が抜けていく。


「そのまま、ここで……一緒に?」


「ええ。それにネアの寝顔を間近(まぢか)で見ていたかったから」


 ネアをからかうかのように、レフィーナは微笑んだ。


「だから、そのまま抱き寄せて――私も一緒に寝てしまったの」


「レ、レフィーナ様……!」


 理解した瞬間、顔に一気に熱が集まった。


「も、申し訳ありません……! 僕、そんなつもりでは……!」


「ふふ。そんなに慌てなくてもいいのよ」


 頬に触れられる。指先が、軽くなぞるように。


「ネアは、ただ眠っていただけでしょう?」


「で、ですが……女神様に、こんな……」


 言いながら、さらに顔が熱くなる。離れようと、ほんの少しだけ体を引こうとした瞬間。


 ――きゅ、と腕が強まった。


「だめよ」


「……え?」


 やわらかな声なのに、逃がさないという意思がはっきりと感じられる。


「せっかくこうしているのに、どうして離れようとするの?」


「い、いえ……その……」


 視線を()らす。けれど、すぐに顎に指を添えられ、くい、と上を向かされる。


「嫌なのかしら?」


 試すような声音(こわね)。なぜだろう。その奥に、ほんの少しだけ、不安に似た揺らぎを感じた。


 ネアは慌てて首を振った。


「ち、違います……! 嫌では、ありません……!」


「本当に?」


「……はい」


 小さく、けれど確かに答える。すると、レフィーナは安心したように微笑んだ。


「よかった」


 そのまま、もう一度ネアを抱き寄せる。胸元に引き寄せられ、レフィーナの心臓の音が耳のすぐそこで静かに響いていた。


「……ネア、少し聞いてもいいかしら?」


「は、はい……」


「昨日の続き」


 やわらかな声。


「村でのこと、途中だったでしょう?」


「あ……」


 そうだ、と思い出す。あのまま話していて――眠ってしまった。


「……すみません。ちゃんと最後までお話しできなくて」


「いいのよ。こうして聞けるのだから」


 指が、ネアの手に触れる。そっと、重ねられる。気づけば、ネアの手は無意識(むいしき)にレフィーナの指を握り返していた。


「……その、村の人たちが……」


 ぽつりと話し始める。笑っていたこと。受け入れてくれたこと。自分が守れた小さな日常。


「……みんな、すごくあたたかくて……」


 言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。



「“ただいま”って言える場所って、こういうものなのかなって……思いました」



 その言葉に、レフィーナがほんの少しだけ目を細めた。


「そう……」


 静かな声。


「いい場所だったのね」


「……はい」


 ネアは頷く。そして、少しだけ迷ってから――続けた。


「でも」


 自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。



「僕にとっての“ただいま”は……」



 レフィーナの手を、少しだけ強く握る。



「レフィーナ様のところです」



「……」


 一瞬、空気が止まった。ネアは自分の言葉に気づき、はっとする。


「え、あの……今のは……その……!」


「ネア」


 呼ばれる。その声は、いつもより少しだけ甘かった。



「もう一度、言ってくれるかしら?」



「え……」


 レフィーナに包まれたネアには、もう逃げ場など無かった。顔が熱い。心臓がうるさい。けれど――



「……僕の、帰る場所は……」



 視線を逸らさず、なんとか言葉を(つむ)ぐ。




「レフィーナ様の、お(そば)です」




 言い切った瞬間。


 ――ぎゅう、と。強く抱きしめられた。


「……あらあら」


 嬉しそうな、少しだけ困ったような声。


「本当に……困った子ね、ネアは」


「え、あの……!」


「そんなことを言われたら」


 頬に、やわらかな感触。そっと触れるだけの、軽い口づけ。



「もう、離してあげられなくなってしまうわ」



「……っ!!」


 ネアは完全に言葉を失った。顔を真っ赤にしたまま、動けなくなる。レフィーナはそんなネアを見つめながら、優しく髪を撫でた。


「いいのよ」


 静かに、穏やかに。


「ここは、あなたの場所なのだから」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。ネアはそっと目を閉じた。抱きしめられた温もりに、そっと身を(ゆだ)ねる。




 ――ここが、自分の居場所なのだと。




 確かに感じながら。


お読みいただきありがとうございました!

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