34話 侍女の異変
王の即位十年の式典は、予定通り行われる事になった。
ハンナの件もあり、王からも王妃に出席する事を取りやめるように促したのだが、もちろん王妃の考えは変わらなかったのだ。
その日は、隣国から王族やその家臣達が集まり、城の外もお祝いムードで賑わっていた。
しかし、国の兵士たちはいつも以上に、異常が無いかと目を光らせていたのだ。
ハンナとハナも、王妃の部屋の近くに怪しい者がいないか、不審な物が置かれていないかなど、注意深く観察していたのだ。
そして式典は予定通り開催されたのだ。
来賓達が既に着席してザワザワしている会場に、国王陛下の入場の鐘が鳴ると、そこは一気に荘厳な雰囲気に変わったのだ。
そして、静まり返った会場に王が入場し、その後を歩く王妃の姿がそこにあったのだ。
その姿を見た者達からは、小さな響めきが上がったのだ。
それまで、王妃は病に倒れ、しばらく表舞台に姿を現すことが出来なくなっていると言われていたから、今回も出席する事は無いのだろうと、誰もが思っていたのだ。
それも、スタスタと上機嫌で歩く王妃の姿に、驚いた者が殆どであったのだ。
そして、滞りなく式典は行われ、神官より王への祝福が最後に行われると、盛大な拍手でフィナーレとなったのだ。
王妃の後ろで控えていた私とハンナは、何事もなく終わった事にお互いの顔を見て、安堵のため息をついたのだ。
退出の鐘がなると、赤い絨毯の両側を並んでいた衛兵が敬礼したのだ。
彼らが隙間なく並んでいたこともあり、何者も王妃に接触する事は出来ないように思われたのだ。
しかし、退出する王妃の後ろを、ハンナの後について歩いていた時である。
前にいるハンナの足が急に止まったのだ。
私は小声でハンナの名前を呼んだのだが、それに応じる事は無かったのだ。
そして、ハンナは驚きの行動に移したのだ。
赤い絨毯の両脇を固めている衛兵に近づくと、すぐさま腰に備えていた剣を鞘から取り出し、その剣を王妃に対し振り上げたのだ。
衛兵も、まさか王妃の侍女がこのような行動をするとは夢にも思わなかったのだろう。
不意をつかれ、防ぐ事が出来なかったのだ。
私は目の前で起こっていることが全く分から無かったが、身体が無意識に動き、王妃を突き飛ばしたのだ。
ほんの一瞬前にハンナの様子がおかしいと気付いた私だけが、ハンナの動きを目で追っていたのだ。
よろけた王妃が近くの衛兵に抱き抱えられる様子が見えた時、鋭い痛みが私の背中に走ったのだ。
ハンナの振り下ろした剣の直撃は受けなかったが、背中の一部に剣先がかすめたのだ。
私は立っていられず、床にうずくまる事しか出来なかった。
そして、会場はあっという間に悲鳴と混乱に包まれたのだ。
すぐさま、王と王妃の周りを衛兵達が取り囲み、剣を構えたのだ。
剣を取り上げられた衛兵はすぐにハンナを取り押さえたのだが、取り押さえられている間もハンナは無表情にブツブツと何かを呟いていたのだ。
ハンナの瞳に力はなく、まるで心のない人形のような姿だったのだ。
その姿は私の知っているハンナでは無かった。
私は衛兵の壁の向こうにいる王妃の顔が少しだけ見えたのだが、その表情が驚きから悲しみに変わっていくように見えたのだった。
その後、近くでタルフの声が聞こえた気がしたが、徐々に何も見えなくなり、何も考える事が出来なくなったのだった。
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式典が始まる前のタルフは、危険な気配が無いか、周囲に意識をめぐらせていたのだ。
しかし、実際会場には入れず、ハナに待っているように言われ事が、少し面白く無かったのだ。
もちろん、この世界の出来事には干渉するつもりは毛頭無かったのだが、それによりハナが危険に晒されるのでは無いかと、心配でならなかった。
ハナはそんなタルフの思いを知らず、部屋で待つように言って、頭を撫でたのだ。
その時のハナはとても綺麗だったのだ。
王妃の侍女として、多くの来賓の目に晒される為、恥ずかしく無い衣装で普段より華やかな装いだったのだ。
もちろん黒髪が目立たないように、薄手のショールを付けているのだが、黒い瞳に白い肌のハナは美しかったのだ。
タルフはそんなハナを見ていると、心が躍るようだった。
タルフは我慢できず、部屋を抜け出し会場の扉のすぐ横で待つことにしたのだ。
猫の姿から、意識だけの存在になれば中にも入れるのだが、辺りの気配に気になるものは無かったので、近くでのんびりすることにしたのだ。
タルフは、国王の退出の鐘が鳴り扉が開くのを見ると、やっと終わったとハナが出てくるのを今か今かと待っていたのだ。
しかし、突然多くの人の悲鳴が会場から溢れたのだ。
タルフは何が起きたかわからなかったが、急いでハナを探しに会場に入ったのだ。
何人かの衛兵に囲まれた中に、床にうずくまっているハナがタルフの目に入ったのだ。
タルフは人々の間をすり抜け、急いでハナに駆け寄りったのだ。
そして、柔らかな肉球でハナの頰を撫でながら名前を叫んだのだ。
誰もが混乱している状況であったので、話す猫の事など気にする者はいなかったのだ。
もちろんタルフもそんな事を気にする余裕などは無かったのだが・・・
しかし、ハナからの返事は無かったのだった。




