33話 ペリドットの計画
ハンナに声をかけた男性は、ハンナの父親に近い年齢ではあったが、とてもスラリとした紳士的な人物であった。
今まで異性にあまり興味が無かったハンナではあったが、彼を見た時、若い頃は多くの女性の目を引いた人物なのだろうと思えるくらい、素敵に感じたのだ。
今でも優しく微笑む表情は、ハンナをドキリとさせたのだ。
「本がお好きなんですね?」
その男性はハンナに声をかけると、パタンと本を閉じたのだ。
驚いたハンナではあったが、自分と同じ好みの本を読んでいる彼に興味があったので、声をかけられた事が正直嬉しかったのだ。
「ええ。
本を読んでいると、その世界に引き込まれる感じで。
特に歴史書が好きで、自分がその時代に存在するような気持ちになるのです。
それに・・・」
ハンナは初対面の彼の前で、自分の好きな本の話につい熱が入り、ベラベラと聞かれてないことまで話してしまったのだ。
「・・・申し訳ありません。
今まで、好きな本の事を誰かに話す事がなかったもので、話しすぎましたね。」
「いえいえ。
私も歴史書が好きですよ。
私が読んだ事がある本を読まれていたので、気になって声をかけてしまいました。
こちらこそ失礼いたしました。」
その紳士はそう言って、ハンナに優しく微笑んだのだ。
それから少し本の話をすると、ハンナは仕事に戻る時間になったので、その場から離れなければならなかった。
「あの・・・明日もいらっしゃいますか?
また色々な本の話が出来たらと・・・」
いつものハンナとは違い、とても弱々しい声で話したのだ。
「いつも、この時間であればいると思いますよ。」
その彼はそう言って微笑んだのだ。
そんな彼を見たハンナは、何だか急に恥ずかしくなって、頭を下げるとそそくさとその場を後にしたのだ。
ハンナは歩きながら、彼の名前を聞かなかった事を少しだけ後悔したのだ。
しかし、明日ここに来れば彼に会えるだと思い、次はどこの所属の方かを聞いてみようと思ったのだ。
ハンナの足取りは、書庫に来る前と違い、とてもかろやかであったのだ。
書庫に残された彼は、ハンナの姿が書庫から消えると、閉じていた本を開き目を落としたのだ。
だが、本を読んでいるわけではなく、これからの計画を考えていたのだ。
なるほど。
あれが、王妃の側近の侍女か。
あと数日あれば、あの女は上手く使えるかもしれない。
新しい侍女と魔獣と思われるものが気にかかるが、まあ何とかなるだろう。
あいつが使えないのなら、私が動くとしよう。
私の言葉があれば、多くの状況を自分の支配下に置けるのだから。
勿論、誰にでも私の力が及ぶわけでは無い。
しかし、あの侍女なら・・・
しばらく考えを巡らせると、本を戻し書庫を後にしたのだ。
その男は貴族出身でありながら、若い頃から文官として城に従事していた。
その為、普段は書類に囲まれた生活をしており、城にいながらも、王家の者やその側近達と接触する機会はほとんど無かったのだ。
その男はなるべく自分が目立つ存在にならないようにしてきたのだ。
城に従事して四十年にもなるが、元魔人のペリドットにとってはたかが四十年であったのだ。
今までも別の人間を使って、王室の転覆を狙っていたが、今回は自分自身が表舞台に出る事を決めたのだ。
何故なら、魔人としての力が概ね復活しつつある事を感じていたからだった。
そしてこの国を思うように動かせれば、次の段階に進む事が出来ると考えていたのだ。
それは、ペリドットをこの状況に陥られせた魔人の国への復讐。
人間達は魔鉱石を使い多くの道具や武器を発明してきた。
魔人のような力がない人間は、知恵と長い時間をかけることによって、素晴らしい発展を遂げて来たのだ。
それに引き換え、生まれ持った力に胡座をかいている魔人達は、いずれは衰退していくのかもしれないと、ペリドットは感じていたのだ。
だがそれはペリドットにとっては、好都合であった。
彼は長い時間をかけて、魔人の国を滅ぼす計画を考えていたからだった。
ハンナは次の日も書庫に顔を出し、ペリドットがいる事を確認できると、いくつかの本を抱えて真っ直ぐに彼の元に急いだのだ。
ハンナは楽しくペリドットと会話する事で、意図せずペリドットの駒の一つになってしまうのだった。
勿論、そんな事はハンナには想像すらつかない事であり、避ける事など出来るものではなかったのだ。
ペリドットの優しい言葉の裏には、別の意図があり、ハンナにわからない様に繰り返し頭にある命令を投げかけていたのだ。
ペリドットはある行動を起こす為のトリガーとなる言葉を、頭に刻み込ませたのだった。




