相4
一から『箱庭』を作るとなると大変な労力が掛かり、細かな部分までなかなか気が回らないが、雛形のゲームの世界にアップデートしておくと、改良や調整で済む場合も多く、なにかと効率的だろう。けれども既存の作品から着想を得るのではなく、そのものを『箱庭』の初期設定へ使用する事に、私は疑念を抱いた。
「ゲームの制作元に許可を貰った方がいいのかな?」
私の言葉に、夫と見鷹君は解せないといった表情をした。
「『箱庭』は商業利用ではないのだから、そこまで厳密に考えなくても・・。『センター』内でのみ審査する代物ですよ。・・著作権の侵害にも当たらないと思います。画像や映像をそのまま使用する事はないし、脚本も存在しない。『箱庭』の規格に収まる範囲で世界観を拝借するだけで、ゲームみたいにキャラの操作も出来ないですから。」
「それに『箱庭』のキャラクターの3D素体に変更はないんだよ。『箱庭』の中でアニメの絵やゲームキャラが動いたりしないんだ。似ているのは服装や体格だけでオリジナルとは全く別物だった。・・気になるなら、名前をそのまま使ったりしなければ良いだろう。」
一番目に審査が通った、農大の『箱庭』のスクリーンショットを入手した元教え子から見せて貰っていた夫が、見鷹君の発言に付け加えた。
「うーん・・・。そうだけど、許可が貰えるなら貰っておいて損はないよね。」
私にはこのアップデートの手法に沿う、最適なゲームに心当たりがあった。大昔に遊んだ乙女ゲーム『わくわくフラーグ学院』だ。
このゲームは凄く流行った乙女ゲームなのだが、制作者が登場キャラクターの二次創作販売を認めていたのだ。制作側へ事前に、同人誌・自作絵のグッズの作成・販売を連絡しておけば、訴えたりしないと公式発表していた。当時は珍しかったので、その界隈の反響を呼び支持を得たことでも名高いゲームである。
『わくわくフラーグ学院』は、元々は携帯電話のアプリゲームだった。『わくわくフラーグ学院』のわくわくはwack×2で、凄く変・奇妙という意味らしく、プレイヤーを笑わせる事を主要とした、一般的な乙女ゲームとは一線を画したコンセプトが、幅広い層に受けて人気を博したのだ。
この乙女ゲームの生みの親『秀島相一』は、ゲーム業界では異端で有名なゲームプロデューサーだ。
小さなアプリゲーム制作会社の社長でプロデューサーだった秀島氏は『わくわくフラーグ学院』、通称『わくフラ』のアプリゲームがスマッシュヒットすると、辣腕をふるい複数の家庭用ゲーム機への移植を成し遂げた。さらにSNSを駆使して積極的にゲームファンと交流し、プロモーションのひとつとして『わくフラ』の二次創作を公式に認めた。
その結果、ジャパンゲーム好きの中東の大富豪が秀島氏のスポンサーになり、潤沢な資金で『わくフラ』の後もヒット作を連発したのだ。彼は類い希な商才と運で、成功を掴んだ人物である。
私は秀島氏に『わくフラ』を『箱庭』の雛形として使用する許可を貰おうと考えたのだが、『箱庭』は同人誌とは全く違う。したがって拒否はされないだろうが、どのような反応が返ってくるか予想がつかなかった。
秀島氏の公式SNSへ『箱庭』の設定に『わくフラ』の世界観を使用したいと、私が意を決して直接メールで伝えると、なんと彼の滞在先の高級ホテルに呼び出されてしまった。
私の『箱庭』の概要は、見鷹君と相談して作っていたので二人で設定資料を携え、秀島氏に会いに富裕層の外国人御用達の高級ホテルへ行ったのだが・・ラウンジではなく上階の部屋に、私達は招かれた。
豪華なロビーから薄暗い間接照明の廊下を通り抜け、広いエレベーターに乗り指定された上階の部屋へ辿り着くと、私は気を引き締めてチャイムを鳴らした。分厚い扉が開かれると、部屋の突き当たりはビル群を一望出来る開放的な景色が広がっていて、圧倒されてしまった。
扉を開けた青年に、自然光が降り注ぐ応接スペースのソファへ、私達は案内された。
大きなソファの真ん中に座っていた秀島氏は、首元から足元まである真っ白い民族衣装を着ていた。そして褐色に日焼けした肌は、彼の年齢を不詳にしている。
私達を案内した秘書らしき日本人の青年も、同じような白い衣装を着ていた。




