哀8
あくる日のフラーグ学院は、早暁からの細雨で校舎がじっとりと湿っていた。
風と水の魔石を使用した空調設備によって一定温度の空気が校内に循環しているが、湿気た制服が肌にまとわりついて、気が滅入る。
「バレるなんて、ついてないー。」
幅の広い長机にフラリスが突っ伏して溢す。
俺とイコリスが昼食を食べ終えると、学院から用意された俺達の個室へフラリスとトゥランが訪れたのだ。
「勉強会にレンジーは居たのか?」
「当たり前だよ、サイナス。居なかったら反省文ですまないよ。」
「アッシュは大丈夫なの?咎められたりしない?」
イコリスは交流計画申請書に名前があったのに参加していない、アッシュを案じていた。
「大丈夫。最初からアッシュは、勉強会の資料提供の協力だけだったんだ。」
「正直に資料協力と書いておけば良かっただろう。」
「・・・それだと勉強会には女子生徒だけになるだろ・・女子目当てが露骨だと思われるのは嫌だし・・・。」
トゥランの言葉に、フラリスはしょげている。
「それにしても、レンジーは優しいな。卒業したのにフラリスと女子との交流をはかるとか。」
「違うよー。僕が大失恋したレンジーを元気づけたかったんだよー。塞ぎこんでいたからね。実際、参加した女子はレンジーとしかお喋りしてなかった・・。」
俺はてっきり、レンジーが女性慣れしていないフラリスの世話をやいたものだと思っていた。しかし、学院で一番モテていた彼が振られるとは、予想外だった。
「あのレンジーでも、失恋するんだな。」
「サイナス、聞いてない?レンジーはキャルクレイ・プラントリーに振られたんだよ。ハル・エボニーと先月、婚前旅行に行ったでしょう。もう、凄く落ち込んで・・・。」
キャルクレイは検査入院した病院で前生徒会長『ハル・エボニー』と急接近し、驚異的な速さで婚約した。
在学中はただの友人だったらしいが、キャルクレイが超巨乳化した途端に付き合いだしたので、俺はハル・エボニーの視力低下はどれ程なのか、甚だ気になったものだ。
「レンジーはキャルクレイに告白はしたの?」
「・・・ずっと好きだったから、したにはしたんだけどね・・・。」
イコリスの問いにフラリスは答え辛そうにしていたので、俺はピンと来た。
「ずっと好きだったのなら、巨乳目当ての告白と思われたくなかったんじゃないか?」
「そう!彼女・・・急に凄く、その、胸がとても大きくなってしまったじゃない?それで告白してきたと思われたくなくて、レンジーは時間を置こうとしていたんだ。なのにハル・エボニーとさっさと付き合っちゃったんだよね。告白する時期さえ遅れなければ、レンジーと付き合ったかもしれない・・・。」
「・・・それは悔いが残りそうだな。」
眼鏡の位置を整えながらトゥランが呟く。
「あの事前登校では僕に生徒会役員を引き継いだ時点で、レンジーにはもう演出効果は無くなったのに・・とても動転していて、キャルクレイに近づくと絶対に花びらが降ってしまうと、勘違いしちゃってたんだって。レンジーはいつも演出効果が出ないように気をつけていたらしいから・・・。」
「あれは不測の事態だったからな。誰もが困惑していた。」
俺はあの時、平静を取り戻すのが非常に難しかった。
「胸が大きくなったキャルクレイを厭らしい目で見てると思われたくなくて、キャルクレイを護らず、立ち去った事に関しても後悔してるみたいなんだ・・・。僕、面倒見て貰ったから責任感じて・・・。」
「キャルクレイへ気持ちを伝える時期が早くても、レンジーと付き合う事は無かったと思うわ。」
「イコリス、言うのか?キャルクレイから聞いた事を。」
「告白するのが遅れたと悔やみ続けるより、良いかと思って。」
「キャルクレイはレンジーのこと、何て言ってたの?」
フラリスは俺達がキャルクレイから、レンジーの事を聞いたと思ったようだがそうでは無い。
「レンジーの話ではないの。病院にサイナスへの生徒会業務の引き継ぎを兼ねたお見舞いに行った時、キャルクレイの好みの男性を聞いたの。」
「・・好み・・。」
「そう、ハル・エボニーって瞳が大きくて、可愛い系だったでしょ?強制力が無くなって、白茶のふわふわした癖毛の元の姿を知ったのをきっかけに、彼の良さを・・・。」
「端的に言って、レンジーはキャルクレイの好みの男性ではなかったって事。」
俺はイコリスの話を簡潔にした。
その後すぐ、扉がコンコンと叩かれる音がして、トゥランが扉を開けに行った。
「共に生徒会活動をしてた頃はー・・・努力家で優しくて、誠実だと思ってはいたけど、サラサラの金髪と碧い眼が冷たく感じて、恋愛対象にならなかったの。」
キャルクレイのハル・エボニーへ対する気持ちの変化を説明しているイコリスの言葉を、入室して来たファウストが途中から聞いて硬直した。




