門11
トゥランが俺の部屋へ訪れているのを、聞きつけたのだろう。イコリスは俺達を騙そうと声色を変えていたが、バレバレである。
「イコリスーっ!!」
俺は逆に驚かせてしまおうと、大声でイコリスの名を呼びながら勢いよく扉を開けた。・・・しかし、そのままイコリスを部屋へは招き入れず、一旦廊下へ出た。
ちゃんとイコリスも不織布の簡易マスクを付けていたのだが、素早く扇子を裏返す練習の成果をトゥランへ見せようと、丸い扇子を手に持っていたからだ。
俺は練習のやり過ぎで手首が腱鞘炎だと知っていたので、阻止する為に異を唱えた。
「もうその宴会芸は、いい加減止めておけ。腱鞘炎だろ?」
「サイナス、宴会芸って言わないでよ。技だから。たくさんの練習が必要な、巧みの技よ。」
「年末の大笑いプラントリー忘年大会で、やろうかなって言ってたじゃないか。」
「言ったけど、宴会芸としてじゃないもん。それにプラントリー一族の忘年会に『大笑い』とか『大会』って勝手につけないで。」
「義父さんが『大げさな国王モノマネ』をしてから、ほとんどお笑い大会になってるじゃないか。」
毎年12月末に、魅了を持つプラントリー一族のみで催される忘年会がある。
魅了の能力を気にせずに楽しむ宴席なのだが、13歳以上の魅了を獲得している者は、出し物を披露する事になっていた。
4年前、その忘年会で、一族の頭首で宰相でもあるイコリスの父が突然、大げさに誇張した国王の物真似を発表したのだ。それまでは歌や楽器、踊りなどが出し物の主流だったが、国王物真似が発表されて以降、出し物に『笑い』が重視されだしていた。
「サイナスの『手刀の紙切り』が受けないからって、私の技を宴会芸にしないでよ。」
「あれは『呼吸法』や『気』の入れ方とかがあって、ただ扇子を早くひっくり返すのとは格が違うんだぞ。」
「一族の皆は、サイナスの手に仕込みがあると思ってるから。凄技とか、誰も思ってないし。不評なのよ。」
俺の初めての出し物は、正拳での板割りだった。
失敗だったのは、イコリスに俺が割る板を持たせた事だ。
少女のイコリスが持つ板に向かって俺が正拳を放ったので、皆一斉に引いていった。俺は慌てて、板には切れ目がありイコリスに負担無く、安全に割れる仕込みをばらしたところ、今度は皆一斉にしらけてしまった。
したがって翌年は、種も仕掛けもない『手刀の紙切り』を披露したが、一族の反応はいまいちだった。
去年は更に難易度を上げ、薄い鼻紙を手刀で切ってみせたが、誰も賞賛してくれなかったのだ・・・。
「くっ。去年のイコリスのプラントリー替え歌も受けてなかっただろ。ぶりっこした歌い方に、可愛いって言ってもらってただけだ。」
イコリスは笑いに特化していく傾向に乗り、流行りの歌にプラントリー一族のあるあるネタを歌詞に入れて歌っていた。
「う、受けてたし、あれはぶりっこじゃないし。音程を気にしたら、ああいう歌い方になるだけだもん。サイナスは代わり映えがないのよ。どうせ今年も、手でなんか切るんでしょ。」
中身の入った瓶を手刀で派手に切ろうと思っていた俺は、図星をつかれていた。
「構わないだろ。ナザフォリスおじさんだって毎年、『隣でしゃくれただけなのに』を披露してるじゃないか。」
ナザフォリスは、俺の実母の歳が離れた『いとこ』だ。
60歳近いナザフォリスおじさんは、4年前にイコリスの父の大げさな国王物真似を見て、ひどく感銘を受けたらしい。
触発されたおじさんは翌年、自身の辛く恐ろしかった出来事を、滑稽で愉快な体験談として一族へ披露した。それは抱腹絶倒が不可避の作品に、おじさんが話を組み立てていた。
「あの演目は、皆が待っているのよ。あの物語を見ないと年を越せないって、お母さまも言ってたわ。」
「とにかく、手首を痛めてるんだから。トゥランに見てもらうのは止めろ。」
「別に良いじゃない。年末迄には治るわよ。」
「いやいや、本番は明日、登校が始まってからだろ。忘年会目指してるなら、やっぱり宴会芸じゃないか。」
俺達はとりあえず、扇子芸を披露していいかをトゥランに決めて貰う事にして、部屋に入った。
すると扉近くにいたトゥランが、珍しく笑顔を溢れさせていた。俺達の揉める様子が、可笑しくてたまらなかったらしい。
「毎年、披露されるナザフォリスおじさんの『隣でしゃくれただけなのに』って何?演目とはどういうことだ?」
好奇心が止まらない様子でトゥランが聞いてきた。
ナザフォリスおじさんは、プラントリーらしい白銀髪の眉目秀麗で長身の美中年だ。
そんなおじさんが妻に先立たれると、平民で成金の中年女性がしつこく付きまとい始めた。プラントリー一族の大人は不織布のマスクを常時着用しているのだが、ある日その中年女性が、一目だけで良いから素顔を見せて欲しいとおじさんに懇願する。
もし見せてくれたら、付きまとうのを止めて恋人になるのは諦めると言われ、おじさんはマスクを外した横顔を少しだけ見せる事にした。
いざマスクを外して素顔を晒す瞬間、中年女性にとても腹が立っていた為、衝動的におじさんはわざと『顎をしゃくれた横顔』にして見せつけたのだ。
その様子を正面から目撃したある貴族が、平民に笑顔を見せたと勘違いしてしまい、王都から親衛隊を呼び寄せて、おじさんをきつく取り調べさせた。
当事者である中年女性は取り調べの事情聴取に、おじさんと恋人同士なので罪はないと親衛隊に証言する。
そして悍ましいことに中年女性が、親衛隊への証言通りに本当に付き合えと、おじさんに迫るのだ。
忘年会ではおじさんが、話の佳境で何度も『隣でしゃくれただけなのに』を入れて、その都度、会場は笑いの渦に包まれたのだが、俺はトゥランの前で吹き出さないように、あらましだけを冷静に伝えていた。
「・・・この悲惨な体験を、おじさんが面白おかしく話すから、一族はお腹を抱えて笑ったんだ・・・次の年おじさんは、場面ごとに合った音楽を流しながら『隣でしゃくれただけなのに』を、椅子に座って詩を朗読するみたいに披露したんだよ。それから去年は一族数名が協力して、おじさんの主役で『隣でしゃくれただけなのに』を劇にした。だから演目なんだ。」
「ははっ。その劇、私も見たい。音楽が流れる朗読も、かなり興味深いな。あー可笑しい。・・プラントリーの人々は、面白い。宰相の大げさな国王の物真似も見てみたいよ。」
俺はトゥランに隠している事があった。
実を言うと、おじさんは『隣でしゃくれただけなのに』の台詞を言う時は必ず、中年女性に見せた『しゃくれた顔』を再現する、『顔芸との合わせ技』だったのだ。
このくだりを説明すると、俺は確実に笑ってしまう。
イコリスも俺の説明に、おじさんの顔芸を補足することなく、マスクを付けているのに扇子で顔を隠していた。顔芸を思い出すだけで、きついのだ。
そんな俺達に、おじさんのしゃくれたキメ顔を笑わずに説明する事は至難の業なので、トゥランには隠すしかない。
俺が伝えるあらましでは、要所に入るはずの『隣でしゃくれただけなのに』とそれに伴う『顔芸』の説明を省いていたのに、トゥランは終始、涙を滲ませて笑っていた。
トゥランがナザフォリスおじさんの舞台を生で見たら、呼吸困難に陥るのではないだろうか。
イコリスの瞳はめったにないトゥランの大笑いする姿を映し、嬉しそうに揺れている。
この楽しく和やかな時を壊さないために、俺はファウストの閨事をイコリスへ告げ口するのは止めておいた。・・決して、ファウストから恨まれたくないという保身で、告げ口を止めた訳ではない。
次回の更新は5~7日後を予定しています。
物語が進むと、異世界ファンタジーからSFファンタジーになる予定ですが、
まだしばらくは異世界ファンタジーが続きます。次回更新後もお読みいただければ幸いです。
よろしくお願いします。




