門10
「・・・キースの情報・・イコリスと共有しておくか・・・。」
「キースも、イコリスの好みなのか?」
「そういうのじゃない・・。もしや、トゥランの方がイコリスを取られたくないんじゃないか?」
「・・・・・。」
軽く聞いたつもりだったが、トゥランは否定も肯定もせず黙ってしまった。
したがって、俺は兼ねてから思っていたことを伝える事にした。
「トゥラン・・・イコリスは自分が結婚出来るとは思っていない・・・幼い頃から結婚は諦めているみたいだ。だから、イコリスが誰かに好意を持ったり持たれたりしたら、俺はできる限り、応援しようと思っているんだ。」
「・・・イコリスへ好意を持つ者にも、応援するのか?」
「そうだ。イコリスと付き合うのは相当な決意が必要だろう・・本気なら、五大貴族の頭首の息子でも、俺は応援するよ。」
平民の魅了に対する意識とはまた違い、国の要職に就く貴族は、魅了を制御出来なかった過去を持つイコリスを嫌厭する。一族の末端なら閑職に就けばいい話だが、頭首の息子には極めて困難だ。
トゥランが再度沈黙し気まずい静寂の中、おそらくトゥランはこの様な話をしに来た訳ではないだろうことに俺は思い至った。
「ところでトゥラン、俺の部屋にまで来て伝えたかった事はなんだ?」
「・・・アイ・レットエクセルだが・・・昨日、ファウストに退学を申し出たらしい。」
「は?辞めるのか?フラーグ学院を。」
俺は、まるでアイの為に用意されたような学院を辞めたいと言い出すとは、思いも寄らなかった。
「谷間が見えるいかがわしい服で過ごすのは耐えられないとの理由で、アイは退学したかったようだが、国王に却下され希望は叶わなかった・・・。」
「王命で退学を禁じるのか・・・。」
「国王が正式に王命を下したのでは無いが・・・アイは学院へ通わなければならなくなった・・・それから昨晩、ジェネラス、ラビネ、チェリンが王城に呼ばれて、ファウストと共にアイを守るよう国王から直々に頼まれたとのことだ。」
「なんだそれ・・・守るなら、退学したくないイコリスだろ。」
「学院の演出効果を誘発しそうな姿のアイを退学させないばかりか、ファウスト達でアイを保護するんだ・・・考えすぎかもしれないが、私は国王がイコリスを学院から追い出したいと、いまだに思ってるのではないかと疑っている・・・。」
「・・・それは・・・。」
「そういう訳で、これからはファウスト達を頼れるとは思わない方が良い。」
「・・・・・・・・。」
「嫌かもしれないが、サイナスも紙の打撃具を常に持っていてくれ。」
「・・・うん。そうするよ。」
事前登校では緊急事態だったので、トゥランから渡された打撃具をイコリスに使ったが、俺は平民女子からの好感度を気にして紙の打撃具を所持したくないと、前々から言っていたのだ。
トゥランへ背を向け、窓の外を眺めながらぬるくなった紅茶を一口飲んだ俺は、少し落着きを取り戻した。
「・・・アイの件、フラリスがいないな・・・。」
「ゴホッ・・・フラリスは、ゴホッ、女子に耐性が無いと広く知られているから・・・ゴホッ。」
長椅子で紅茶を飲んでいたトゥランが、咳き込みながら返事をした。俺に遠慮しないで、笑っても良いのだが。
俺は簡易マスクをつけ直して、トゥランの対面に座った。
「フラリスが谷間を見る度に前髪がめくれて、パンツが見えるとかなりキツイし、アイの取り巻きから外してくれて助かったよ。」
「ゴホッゴホッ・・・パンツじゃない、眼帯だ。取り巻きって・・・。」
「どうせアイの周りをファウスト達で取り囲むだろ?文字通り取り巻きだ。・・・トゥランは誰からこの件を聞いたんだ?ジェネラスか?」
「・・・キュリテグロースの血縁からだ。」
「!。まさか、あの豊満で奔放な庶子の女性・・・。」
「そうだ。彼女がファウストから俺に伝えるよう、言付かってきたんだ。血縁としか言ってないのに、鋭いな。」
性に奔放で特定の男性に執着しない、合理的で魅惑的なお姉さんがキュリテグロース一族にいた。彼女は庶子だがしっかりした後ろ盾も有り、ファウストの閨指南を任されていた。
「閨教育は何度もあるのか・・・まさかこれからも定期的に・・・許さないぞファウスト。イコリスに言ってやる。」
「はぁ。ファウストはイコリスの為に、登校する前に伝えたかったんだろ・・・。やっぱり、サイナスだけに先に伝えて正解だったな。」
「イコリスの為が免罪符になると思うなっ。」
「・・・私に言ってどうする。アイに近づかないのがイコリスにとって一番安全だという事を、ファウストは理解している・・・。チェリン達が花びらを降らせる危険性は、ゼロではないからな。前もって私達で相談しておけるように気遣ったんだ。」
「くっ・・・それはそれ、閨事は閨事だ。」
コンコン。
ぷんぷんしている俺を放置して、トゥランが紅茶を飲んでいると、また扉が叩かれた。
「紅茶のおかわりと、お茶菓子をお持ちしました。」
俺とトゥランは顔を見合わせた。
扉越しに聞えたのは、イコリスの裏返った声だった。




