門4
(アイ・レットエクセルにも見たことのない強制力が課されるのか?・・・。)
俺が剣呑な思いに捉われていると、透き通った甲高い声がそれを打ち破った。
「やだー。もう、誰もいなーい。間に合わなかったのかなーーー。」
学院を囲む塀の正面に設けられた門扉の方角から、桃色髪の女の子が大きな胸を上下にたゆんたゆんさせながら走って来た。
「あ、ラビネ様、ファウスト様ー。遅くなっちゃってごめんなさいー。入学式始まってますかあ?」
乱れた呼吸に合わせて上下する大きな胸に手を当てながら、アイ・レットエクセルは榛色の瞳を潤ませた。
背中まである豊かな髪は、陽光に照らされた桃の花の色に紅梅の赤みが織り交ぜられており、実に艶やかである。
「入学式はまだだけど、強制力の確認は皆、もう済ませたよ。」
「私が最後なんだぁ・・・来る途中、目の前でおばあさんがこけて足を挫いたんで、診療所迄付き添ってたんですう。待たせてごめんなさい。」
彼女はラビネに謝りながら肩をすくめて、サクランボのような舌をちらりと出す。
恋情を掻き立てる可憐な女子の仕草だが、俺はアイ・レットエクセルに得体の知れない違和感を感じて、声をかける気になれなかった。
「ラビネとファウストとはいつから顔見知りなの?」
聞くべき質問をフラリスがした。さすがである。
「ラビネ様は12歳頃に初めてお会いしてぇ、ファウスト様はフラーグ学院の入学にあたって魔力の再検査をした時に、お世話になったんですよぉ。」
「そうなんだ・・・僕はフラリス・ブリストンだ。・・・よろしく。」
「アイ・レットエクセルですぅ。これからよろしくお願いしまぁす。」
「・・・んんっ。」
可愛い女子に平静を装って話しかけたフラリスだが、肩から絹のような桃色髪を流れ落としながら微笑んで挨拶する彼女に、たじろいでしまっていた。
イコリスはファウストの横へ音もなく移動し、腕をツンツンした。
アイ・レットエクセルと会った事を黙っていたのを責められるとでも思ったのか、ファウストが一瞬跳ねた。
「・・・紹介して。」
丸い扇子を使い、ファウストの耳元でイコリスはお願いした。
「はぁ・・・レットエクセル嬢、官僚クラスに在籍する同輩を紹介しよう。」
少し前に出たイコリスは鼻と口を扇子で隠したまま、彼女を正面から見つめて言った。
「今日から同じクラスになる、イコリス・プラントリーです。よろしくお願いいたします。」
「アイ・レットエクセルです。アイとお呼び下さい。ファウスト様もぉ、レットエクセル嬢じゃなくってアイでお願いしますぅ。」
「・・アイさん・・・私の事もイコリスと呼んで下さい。」
「わかりました。イコリス様。」
「あの、様じゃなくて、さんで・・・なんなら、ちゃん付けでも良いです。」
「ありがとうございますぅ。気さくな方なんですねぇ。イコリスさんって呼ばせていただきますぅ。」
「僕も『様』呼びじゃなくて良いよ。フラリスって呼び捨てでも構わないしっ。」
「えええ。五大貴族の方を呼び捨ては難しいですぅ。フラリスさんにしますねぇ。」
「これから同じクラスで学ぶんだ。身分は気にしないで、私達にも『様』は止めてよ。なぁファウスト。」
「ああ、そうだな。改まった敬称は無しで良い。」
ラビネの提案で、平民が王太子を『さん』付で呼ぶ事になった。
どうでもいいが、俺はなんとなく気に食わなかった。
アイ・レットエクセルが俺をチラ見しているのに気付いたイコリスは、彼女の前に俺を引っ張り出して言った。
「私の義弟。一緒の官僚クラスですよ。」
「・・・イコリスと同い年の弟で、サイナス・プラントリーだ。今日からよろしく。」
「アイ・レットエクセルですぅ。よろしくお願いします。あのぉ、サイナスさんってお呼びしても?」
彼女はきゅるんとした上目で訊ねてきた。
「どうぞ。どうぞ。」
俺の気のない返事を聞いたイコリスが、俺を肘で小突く。
「あー・・・。『魅了』が有るから愛想無いけど、気を悪くしないで。」
「そんなぁ、お気遣いありがとうございますぅ。」
「私も、いつも真顔で怖いかもしれないけど、怒ってないですから。」
「フフッ。イコリスさんは全然怖くないですぅ。」
顎に両拳を添えて笑うアイ・レットエクセルは、周囲をほんわかさせた。ただし、俺を除いて。




