第10話「泡沫の夢」
……………
…
スマホのアラームの音と共に、目を覚ます。
視線の先には見慣れた天井。
まだ気怠い体をゆっくり起こしてみれば、いつもの自分の部屋。
なんだか、変な夢でも見ていたような気がする。
アラームを止め、朝の準備に取り掛かる。
顔を洗って、歯を磨いて、朝ごはんを…
「あら、おはよう紫音。昨日はよく眠れた?」
「んー…おはよー。あんま寝た気しないわ…」
リビングに向かうと、食卓に朝ごはんを並べるお母さんの姿があった。
血が繋がっていない…そう聞かされてからしばらく経つが、なんだかんだ両親との関係は良好だ。
なんなら変に気を遣うこともなくなったからか、前より仲良くなった気もする。
「最近そればっかりねぇ…大丈夫?授業中寝ちゃったりとかしない?」
「んー…」
心配そうなお母さんの言葉に適当に返し、朝ごはんへと手を伸ばす。
カリカリのトーストに目玉焼きの乗ったエッグトーストだ。
「お母さんは心配性だなぁ。紫音なら大丈夫さ、なあ?」
「んー…」
お父さんはテレビのニュースを見ながら声をかけてくる。
適当な返事を返しつつトーストに齧り付いた。
ちょうどいい塩加減のとろとろの半熟卵、カリフワな香ばしいトーストの味が口いっぱいに広がり、一気に幸福感に包まれる。
ああ、毎日これが食べられるなんて、なんて幸せなんだろう。
朝ごはんを食べ、まだ時間に余裕があるのを確認してスマホを見る。
SNSに朝の挨拶を送信して、適当にタイムラインを眺める。
そうだ、今日は好きな小説の最新刊が出るんだったか。帰りに本屋にでも寄ろう。
「ずっとスマホばっか見て と目を悪くするわよ?」
「大丈夫だって、この前の視力検査でも───」
………あれ?ふと言葉が止まった。
あまりにも自然だったから気が付かなかったが、今何か、違和感が……
「そんな事言って、大人に ると一気に下がる人だっ いるんだから。」
「はは、お母さ のことか?」
「からかわな の!」
おかしい。いつもの何気ない会話。なのに、ノイズがかかったかのように言葉がかき消される。
それは段々と酷くなり、両親の会話、ニュースキャスターの声、SNSの文章、何もかもがノイズで埋め尽くされていく。
逃げるように自分の部屋に戻り、制服に着替えると、行ってきますの挨拶だけして家を飛び出した。
外に出て、強烈な違和感に襲われる。
何かが違う、何かが…
……そうだ、空だ。
空が、赤い。つい先程までなんの違和感も感じずに見ていた赤い空が、気づいた途端思考を違和感で埋め尽くしていく。
ここはどこ!?
私に何が起きたの!?
ふと、声が聞こえた。
『あーあ。気づいちゃった。』
『気づかなければ、幸せなままだったのに。』
『幸せな夢に、溺れていられたのに。』
クスクスと笑いながら、声が響く。その声は様々な声が混ざっているかのようだった。幼い子供のようであり、大人びた声であり。男のようで、女のような声。
そんな声が、より一層不気味さを加速させる。
「だ、誰?ここはどこなの?」
『知らなくてもいいことだよ。』
『だって、もう起きちゃうんだから。』
「起きるって…」
ぐるり、と視界が回った。
一瞬、全身に激痛が走る。
思わずギュッと瞑った目を開けば、見知らぬ天井が見えた。
いや…見知らぬわけではないか。見慣れない天井だ。
全身に冷や汗が滲み、呼吸が荒い。
ずっと、夢を見ていたのだと理解した。
同時に、私はまだ元の世界に帰れていないことも、理解してしまった。
時刻は朝の5時。どうやら時間感覚は元の世界と変わらないらしい。
とりあえず汗を流して落ち着こうと1階に降りると、美味しそうな香りが漂ってきた。
「あ、シオンさん。おはようございます、起きるの早いですね?」
「それは、ミカイアさんもそうだと思いますけど…ちょっと、夢見が悪くて。」
1階ではミカイアが私達の朝食の準備をしてくれていた。
「そうですか…まだこの世界に来て1日ですし…体も心も、ついていけていないのかもしれません。」
「そうですか…慣れられるのかなぁ…」
いや、きっと慣れなければならないのだろう。
まだ朝食まで時間があるから、というミカイアの勧めで軽くシャワーを浴びて汗を流す。
温かい水がなんとも心地よい。
ふと夢の内容を思い出しそうになり、軽く頭を振ってシャワーの水に頭を突っ込む。
あれはただの悪い夢だ。
起きる直前の体の痛みを思い出し、思わず両手で体を抱きしめる。
あの声は、夢は、一体……
考えても仕方ないと水を止め、服を着て頭を軽く乾かしてからリビングに戻る。
丁度朝食の準備が終わったようで、ミカイアがこちらに微笑みかける。
リリアも起きてきたようで、大きく欠伸をしながら2階から降りてきた。
「あら。案外早起きなのね。」
「あー、その…まあ。」
「朝ごはんをどうぞ、そしたらこれからの話をしましょう。」
綺麗にテーブルに並べられた料理はどれも美味しそうで、こちらの食欲を誘う。
食べたらこれからの話をするらしいが……私は、この先どうなるのだろうか。




