鏡像迷宮 16
ボチボチ書く。良くも悪くも一日一歩ペースです。弛緩しているといえばしていますが、作品というより僕の場合にはセラピーなのかもしれません。自分で言うのもナンですが、アウトサイドの文章なのでしょう。
おり悪しく、十三時。停電の時間でした。
とうぜん休憩室の蛍光灯も消え、マックラになります。
こういう際は、夜勤の巡視なんかに用いる懐中電灯を手元に置いて、光源にするのですよね。われわれも一本、ココに持ち込んでおりました。
…言葉もなく夢野さんがそれをまさぐる。
指は闇のなかでも仄かに浮き、暗渠をぬう白魚さながら。隠秘にしろい。顔は杳として見えず、くらいトバリに沈んでいます。さらには。サラサラ前髪がしだれて影の暈を投げるのが、眉目をおおい隠していました。
その姿が一瞬だけれど、なにやら象徴に感じられた。道ばたで拾い上げたアレゴリー、木偶の、あの恵に感じられました。錯覚。
カチリと。ちいさな灯がともる。
当たり前ですが、そこに現れるのは人形ではなく、やっぱり夢野さん。ムヤミにほっとします。…あおい翳にいろどられ、はっとするくらいキレイでした。
「…そう。息子がいたの。生きていたら、キミくらいかな。だから構っちゃうのかな、葉山クンのこと」
「…お幾つで?」
「十五歳。何がいけなかったのかしら。自分で命を絶ってしまったのよ」
部屋は暗く、息苦しい。
僕自身の兄、双子の兄も自死していました。自死遺族の気持ちはよく分かります。
…そんな負の感覚とは言え、憧憬の人とこころを重ねるのだから、なにがしかカタルシスを得そうな物ですが、違うのですね。
顔に真綿やビニールを押し当てられジメジメ締め上げられるようにです。息苦しい。それからひたすらに暗いのでした。
厭な予感がしました…。怖気めいた。
「ねぇ、葉山クン、変なこと聞いていいかな?」
「はい、何ですか。ナンでも」
「キミさ、ホントに変なこと聞くけど、…えっとね、本当に御免なさいね。葉山クンって背中にさ」
「え? ハイ」
「イレズミが入ってないかな、大きな」
「えっ、どうして」
…分かるのだろう。どうして、分かる。臆病者。ビビリのネズミ。小さな小さな心臓の僕は、職場の誰にも洩らしたことは無いんですよね。ここでは誰も知るはずが無い。刺青を入れていることなど。
魂消、丸くした目をみはる僕を、真っ直ぐに見据えるのでした。夢野さんは。僕のあこがれた人は。
その女性は、鏡を見ている。僕ではなく僕の背の鏡を。
…いや。鏡をだろうか。はたして。虚空をかもしれない。
彼女には表情というものが無い。呆然と見ている。見ているが、それは実は対象を欠いた視線であり。さながら傀儡なのだ。
「鏡」
ぽつり。
狂れたように、ひとこと。
女は言いました。
…続きます。