第一話
小学校六年生の二月、四年前だ。
悔やんでも悔やんでも悔やみきれない、嫌な記憶。あの年代特有だろう、女の子と遊ぶとダサいと思われたり、好きな子に意地悪したりしてしまうのは。
「おい、誠。お前昨日、黒田の家に行っただろ!」
クラスの男子から、からかいの声が飛ぶ。
「行ったけど、なんだよ。」
黒田都は僕の幼なじみだ。母親同士が同級生で仲が良く、幼稚園からずっと一緒だった。
「おまえ、黒田のこと好きなんだろ?」
「別に好きじゃねえよ!あいつのお母さんが、うちのお母さんと仲が良いから、俺も連れていかれるんだよ!」
僕は、都のことが好きだった。今はどうだかわからないけど、幼稚園の時なんかは、いつも誠くんのお嫁さんになるって言ってたし、少なくとも嫌われてはいないはずだ。
「朝、チョコレート貰ってただろ。もう、告白しちゃえよ、告白!」
「あいつが勝手に渡してきたんだよ、こんなもん、別に欲しくねえし!」
今日はバレンタインデーだ。毎年都は手作りのチョコレートをくれる。他の男子にはあげてないようで、僕はそれが嬉しかった。
「大体、あんなブス、うっとうしいんだよ。」
嘘だ。実際、都の顔は整ってるし、そもそも僕は彼女に好意を抱いている。可愛いと思いこそすれ、ブスだなんてとんでもない。
「じゃあ、そのチョコレートいらねえのか?」
「ああ、いらないね。食べたいなら、食べてもいいぜ。」
「へー、じゃあ、貰うわ。」
売り言葉に買い言葉で、せっかく貰ったチョコレートまで差し出してしまう。せっかく都が作ってくれたのに・・・、後悔と、取り返したい気持ちはあるが、変なプライドが邪魔をする。
もし都にバレたらどうしよう、チョコレートの感想を聞かれたらどうしよう。そんな心配が頭をよぎったが、すぐにその必要もなくなった。
なんてことはない。都は教室のすぐそこ、扉も窓も開け放たれた廊下に友達といて、男子たちはそれをわかっててからかってきていたのだ。
都は性格も明るく、人気者だった。男子からからかわれても、笑って受け流す、うまく言い返すような、賢い子だった。きっと男子たちは、僕を弄ることで、都と絡みたかったのだろう。
「白石、サイテー!」
廊下から聞こえた女子の声に振り返ると、僕を非難する女子たちと、呆然としている都がいた。
しまった、人生であんなに焦ったことはなかった。あそこですぐ謝罪すれば、僕と都の関係は修復できただろうし、今の僕ならそうする。でも、この時の僕はあまりに幼稚すぎた。
泣いている都を見て、心が痛んでいた。男子たちは、まさか泣いてしまうとは思わず、ばつの悪そうな顔をして黙っている。
そして、追い詰められた僕の口は、内心とは裏腹に、とんでもないことを口走ってしまう。
「何泣いてんだよ、ブス。」
一瞬、信じられないものを見るような目で僕を見た都の目に、大粒の涙が浮かんだ。
ジリリリリリリリリ!
夢か。
朝を告げる目覚まし時計を止める。
うるさい、人の安眠を妨げやがって。いつもならそう思うのに、今日は違った。嫌な夢から目覚めさせてくれた。
学校に行く支度をしないと、そう思ったところで、今日が土曜日だと思い出した。アナログな目覚まし時計は平日と休日の概念を持っておらず、いちいち設定し直すのがめんどくさい僕は、土日も彼に起こされていた。
三階の自室から二階のリビングに降りると、テーブルの上にカップ麺がいくつか置かれている。
そうだ、確か母さんは、都の母親と旅行に行くんだって話していた。
都はあのことを親には話さなかったのか、それとも子供同士のたわいない喧嘩だと思ったのか、僕の母親と都の母親は今でも仲良くしている。あんたたち、昔は仲良かったのにね。そうやって何の気なしに放つ母の言葉で胸が痛くなるのは、まだ僕が都のことを好きな証拠だろうか。
朝はトーストにゆで卵が食べたいが、生憎トースターもコンロも使ったことがないので、何分調理していいかわからない。仕方がないので、無駄に壮大なコマーシャルで有名な国民的カップ麺にお湯を入れ、三分待つことにする。
ピンポーン!
そろそろ三分、そんな絶妙なタイミングでチャイムが鳴る。
なんだよ、麺、伸びちゃうだろ。心の中で毒づきながら、ドアを開ける。
「白石さん、宅配です。ここ、サインか印鑑お願いします。」
僕宛ての郵便、発送元は某有名ゲーム会社。まさかと思った。さっきまで、嫌な夢からずっと憂鬱な気分だったのに、一気に気分が晴れてくる。
「やべえ、まじで当たったよ・・・。」
中に入っているのは、大きなヘルメットと、たくさんのコード。それに、デスクトップパソコンみたいな、大きな箱だ。
日本の技術者たちの血と汗と涙の象徴。現実世界の記憶は一切なく、産まれたときからそのキャラクターだったかのように異世界を体験できるVRMMO、「Another World On-line」。そのテストプレイヤーに、僕が選ばれた瞬間だった。




