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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
第三章 鍛冶場の鋼と火事場の蝶(インゴット&イグニート)
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第十一話「炎」

 一番初めにスタンピードが起こった山の頂上は炎に包まれていた。


 パチパチと木々を焼き地面を黒く焦がす炎は、しかし勢いを伸ばすことは無くその場でくすぶり続けている。

 その中心にある社、そこに鬼は鎮座していた。


 炎に混じって風に揺れる真っ赤な髪。

 長い四肢を守るべき布は最低限の場所のみを包むに留まっている。


 手には黒曜石を切り出して作られた剣が握られており、時折吹き出す火山の様に炎が漏れだす。

 

 そしてそれはまるで火を吐く魔獣の様にも見えた。


 周囲を焼く炎が一か所、まるで扉が開くように何かを通す。


 ゆっくりと炎の中を歩いてくる銀髪の少女。

 あの日自分の元を訪ねてきた時に感じた美しさに対する“羨望”

 持ち主の心情を表すかのように剣の炎が激しさを増す。


「やあ、いらっしゃい。よくここだと分かったね」


 エリクトは元の表情に戻っていた。

 とても安らかな瞳で占い師の少女を見つめている。


「エル様はこちらにいると……占ってみました」


「ははは、すごいね。占いってそんなことまで出来るんだ。それじゃあ私が何者か何をしているかも分かっているんだろう?」


 もちろんアリスの水晶占いで割り当てた場所ではなかった。

 スタンピードを発生させているものが存在する。ただそれを確認すべく事件の現場に足を運んだだけだ。

 それでも多少の確信はあった。


 メロウリンク中がパニックになっている時、アリスと黒猫はエルの工房を訪ねていた。


 しかしそこには鍛冶師の姿はなく、ただ仕事道具だけが放置してあった。

 職人が命より大切な道具を捨てて逃げるだろうか。そうでないとしたら、この状況下で明らかな意図があってどこかにいる。それが当事者だと気づいたのは、モンスターを氷漬けにした後に見た頂上の山火事だった。


 炎が自らの意思で留まっている、何かを守っている。

 その力を持つ者は少ない。ギルドの中でもそこまでの人間はいないはず。


 ということならば、何かしらの手段でその力を手に入れた者の仕業に違いない。

 例えば、魔獣のコアであるとか……。


「見たところ、完成したのですね」


「ああ、見てくれ。君の素材と貴重な黒曜石で出来た剣だ」


 エルは黒く光る一振りを空へかざし、そのまま振り下ろす。

 黒曜石の剣は刀身に炎を纏いながら空を舞う。


「なぜ、この様なことを?」


 それまでうつむいていたエルは、空を見上げ語りだす。


「鍛冶神の祭りに捧げられる宝剣を作りたかったんだ。それが私の家族……父親の代からの悲願だった」


 父親という言葉を出した瞬間、周囲の火と黒曜石の剣から溢れる炎はその勢いを増したり収縮したりと不安定になる。


「私は父から鍛冶に必要なすべてを受け継いだ。すべては宝剣を作る為に……でもそれに至る剣を私は作ることが出来なかった。実力なかった。その時だよ『宝剣を作るのではなく育てれば良い』と言われたのは」


「鍛冶ギルド……いや、教会からですね?」


「そこまで分かっているのか」と半ばあきれる様に笑い、エルは指にはめた指輪を外しアリスの前に放り投げた。


「その指輪を使うと光の力が発動する。そうするとどういう訳かダンジョンからモンスターが山ほど湧き出てくる。私はねアリス、何年も何年も剣を作るたびに沢山のモンスターを切り倒してきた。切れば切る程県は脆く崩れ去る。私はそれでも作り続け、そして切り続けた」


「しかし、自然災害並みのスタンピードの中にあって、鍛冶師であるあなたが無事であるはずが……」


 社に座っていたエルはおもむろに立ち上がる。それと同時に周囲の火が勢いを増し完全な炎の結解が出来上がった。

 アリスは僅かな痛みを感じる。それは空気が乾燥し唇が割れる痛みだった。


「さっき父親から受け継いだって言ったよね?あれ、鍛冶の技だけじゃないんだ」


 エルの美しい手足は次第に獣のように長く、太く変化していく。体全体が黒曜石の様に黒く染まり、牙と爪がむき出しになる。

 

 逆立つ赤い髪の毛が炎のように揺らいでいた。


『バーサクか!』


 黒猫は徐々にモンスターへと姿を変える鍛冶師を見て叫ぶ。


『もともと獣型のモンスターに対し理性を犠牲にすることで能力の向上を目指す神々の思惑があった。そしてそれは戦争に参加した一部の戦士にも適用されたと聞くが……』


 アリスと黒猫が目を奪われた美しい鍛冶師はもういなかった。

 完全に獣と化したエルは、黒曜石の剣を構えこちらに近づく。


「ねえアリス、美しいだろう?これが私の打った最高傑作だ。何百ものモンスターを切り殺しても傷つくどころかその炎はどんどん勢いを増していく」


「待ちなさいエル!このままスタンピードを続ければいずれ街は壊滅する、そうすれば宝剣も祭りも意味の無いものになってしまいます!」


 エルの真っ赤に裂けた口がニタァと笑う。


「ならば生き残った私の剣が最強ってことだねぇぇ」


 剣を携えた獣は獲物の首を食いちぎらんとアリスへ飛びかかる。

 寸でのところで交わしたアリスだったが、すぐに周りの炎が逃げ路を塞ぐ。

 初手を交わされた獣は続けてアリスの着地点へ飛びかかり、それをまた交わすといったことが連続した。


「美しい……美しいなあアリス、お前はたくさんの物を持っているじゃないかぁ。一つぐらい、命のひとつぐらいおくれよう!」


 早い、そして逃げ道は炎で塞がれている。


《ガキィィィン》


ひょこっとアリスの後ろから出てきた黒猫は獣と化した鍛冶師を睨みつける。

アリスはハルバードを抱え、獣の斬撃を受け止めた。が剣に纏う炎が激しさを増し一度距離を置いた。


「へぇ、こりゃまた似合わない獲物を持ってるねえ。どこから出したか知らないが、占い師は手品も出来るのかい?」


「知らないのですか?女は大きくて太いモノが好きなんですよ?」



 獣はアリスが持つ武器のリーチをものともしないスピードで連撃を加え続ける。

 人体の限界を超えた動きに翻弄されながらもアリスは斬撃を受け流し続けていた。

 攻撃をかわした瞬間、ハルバードによるカウンターを試みるのだが、もはや目で追う事さえやっとの動きを捕らえることは実質不可能であった。


 更に厄介なのは周りを取り囲む火の牢がこちらの動きを封じる。

 まるで獣の意思を感じ取っているかの様に、連携をとりアリスを追い詰めていく。


 黒猫はその様子を少し呆れた顔で見つめていた。


『アリス!いつまで付き合ってるんだ?』


 気が付くとアリスは後方以外を全て火に囲まれ、唯一の逃げ道からは獣がゆるりと近づいてくる。


 獣の次の一撃を避ける道も武器で受ける幅もない。

 アリスは大きく溜息をついて構えていた武器を投げ捨てた。


 目の前の少女が観念したことを悟った獣は、黒曜石の剣をを少女に向け全速力で炎の道を駆け抜ける。


 無防備なアリスの胸元に剣先が突き刺さるかと思われた次の瞬間。


「消え……」


《バシィィィ》


 獣の顔に衝撃が走る。その痛みは脳から足元を貫き体は後方へ吹き飛ばされる。


 何が起こったか理解できない獣の前に現われたのは、拳を握る銀髪の少女だった。


「美少女ぱーんち」


『なにそれダサい!』



 カウンターでぶん殴られた形になった獣は、黒猫の尻尾を引っ張るアリスを不思議な目で見ていた。


「なぜ……だ」


「どんなに早く動けても、次にどこへ来るか分かっているなら躱しようがありますよ。しかもあなたリーチが長い武器と戦っていた感覚で走ってきたでしょう?剣先さえ最小の動きで避けることができれば懐はガラ空きですもの」


 獣はふらつく頭を押さえ、再び剣を構え直す。


「この剣、私の作った剣は最強だ!お前なんかに負けるはずがないんだ!」


 アリスが放った拳の衝撃で、エルのバーサク状態が解けつつある。


「どうしても“剣”ですのね……仕方ありません、タロ様の秘蔵、お借りしますね」


 アリスは黒猫を開放すると、再び指で魔方陣を描き新たな武器を取り出した。


『お前、それは』


 アリスが魔方陣から引き抜いた剣は剣身が全く見えず神々しく力強い赤に包まれていた。

 全てを溶かす溶岩から生まれ出たような、火とも炎とも異なる次元の違いを見せつける色をしていた。


『レーヴァティン……』


 はるか昔、イタズラ好きな神から預かった神器のひとつ。

 見つからない様に隠したつもりだったが、どこから見つけてきたのかと黒猫は感心するやら呆れるやらと複雑な心境を抱えていた。


「エル様、もうこんなことはお止め下さい。行き着く先は破滅しかありませんよ?」


「破滅?」


 エルは肩の力を落とし静かに笑い出した。


「破滅だって?お前に何がわかる!母の優しさも父の温かさも家族の安らぎも、何もかも鍛冶に奪われた私の気持ちがお前に分かるものか!最高の鍛冶師であること以外は私にとって破滅と同じだ!!美しさも強さも持つ恵まれたお前が知ったような口をきくな!!!!!!」


 エルの絶叫が再びバーサク状態を取り戻す。これまでにない強さで周囲の火もアリスを襲おうと機を伺っている。

 ついに炎がエルの体を包み一体と化した獣は火炎の鬼へと変化した。


 アリスは表情を変えず剣を構える。


「ならば来なさい火の獣よ。お前の全てを否定してあげます」


 悲鳴にも似た咆哮と共に獣はアリスに飛びかかる。

 先程までと比べ物にならない速さと重圧に周囲の火をも巻き込んで渾身の一撃をアリスに浴びせる。


 炎と炎がぶつかり合う衝撃と破裂音、大きな地鳴りが山全体を揺らしているようだった。


 炎と煙が収まり、中から二人の姿が現れた。

 アリスは赤い光を放つ剣で獣の一撃を受け切り、黒曜石で出来た剣からは炎が今にも消えようとしていた。


 そして。


 黒曜石とキマイラのコアで作られた剣は跡形もなく崩れ去った。


『あれ、相手の力も消し去るのか……とんでもない物をつくったんだなあいつ



 全てを無くし徐々にバーサクが解けていくエルはその場で膝から崩れ落ちた。


「な……なんで……」


 顔を上げるとアリスが頭上から見下ろしている。

 その顔つきの美しさを一切の陰りを知らず、振るった剣も今まで見たことが無い美しい光を放っていた。


 これで私の命も終わる、所詮ここまでしか来れなかったか、とエルは瞳を閉じ断罪の少女に首を差し出す。


 次の瞬間、首元を触れたのは少女の柔らかく小さな手だった。

 次第に手の平は顔に触れ、エルの頬を優しく包んだ。


「エル様、あなたに初めて出会った時、私はあまりの美しさに目が離せませんでした。」


 目の前の少女は何を言っているのだ?とエルは混乱していた。美しい?私が?ただ鉄を打つだけの化物の私が?と。


「炎と鉄を自在に操り、魂を込めて打ち付ける姿は本当に美しかった」


「なにを!何をバカな事を!私は父から引き継いだ鍛冶を、火を、鉄を、それしかない哀れな化物だ!!」


 頬を包む優しい感触から逃れる為、子供のように騒ぐエルをアリスはじっと見つめる。


「私の知っている双子の冒険者がいます」


 エルは一瞬怯えた目をし、もがくのを止めてしまった。


「彼らはお互いの欠けた部分を補うため、本来の自分ではない何かになりました。誰からも称賛されない、むしろ指を刺されて誹謗中傷の中生きていくことになっても、あの双子は自分でない者の為に違う生き方を選んだのです」


 ラインとライラは自分たちがあべこべに生きている理由をエルにも話してくれていた。

 同情を禁じ得ない話もあの二人は笑顔で話してくれた。


「あなたは誰の為に化物になったのですか?ご自分の名声の為ですか?父親の思いの為ですか?……あなたが本当になりたかった者は何ですか?」


「わた……しが……なりたかったもの?」


 毎晩のように私に語った父の話。

 武器を作る際に大事なことはイメージすること。

 何と戦い、誰の為にあり続け、誰の為に死ぬのか。

 その物語をイメージする。


 では、私は何なのだろう。


 私は誰のイメージの中で生きているのか?

 それは疑いもない父のイメージの中だ。


 では、父がいなくなった今、私の人生は誰がイメージするのか……。


 誰の為に戦い、誰の為に生き。誰の為に死ぬのか。


「かつて自らの信念の為に巨大な敵と戦った方がいました。その方は誰もが戦いを諦めた時ですら自分を信じてくれた者の為に戦い、全てを無くした。それでもその方は自分を信じる者の為に歩むことを止めなかった。それがどれだけ哀れで無力な存在に堕ちたとしても」


 アリスはエルの頬から手を離し、再び神器レーヴァティンを持ち首元に刃を立てた。


「あなたのこころは折りました。まだ自らが作った剣で誰かを巻き込むというなら、私が相手です。何度でもあなたの剣を葬って差し上げます」


 剣を引き赤い閃光がアリスの背中から指す様子をエルはぼんやりと思い出していた。

 それは昔、幼いころに父が読んでくれた絵本に出てくる天使の様だった。


「すごいな……本当に天使が現われたじゃないか……でも、なんておっかない天使なんだ……」


 エルの意識がなくなるのと同時に周囲の火も消えて無くなる。


 アリスは山のふもとから聞こえてきた歓声を聞きながら、子供のような顔で眠りにつく鍛冶師を見つめ、黒猫はエルが投げ捨てた指輪から光の力が消えていくのをずっと見ていた。

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