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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
第三章 鍛冶場の鋼と火事場の蝶(インゴット&イグニート)
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第十話「初雪」

 山の中腹でアストレイはモンスターの群れと孤軍奮闘中だった。


 撤退の号令時、一足先に街へ戻り入口の防御態勢を整えた後、アルテシアと入れ替わる形で負傷者の救護に回っていた。


 散開した冒険者は群れをなしていたモンスターを分断し、街へ一斉に押し寄せることだけは何とか防いだ。

 だが多勢に無勢、過去に例のないスタンピードは冒険者をあざ笑うかのように、次から次へと大群を送り込む。


 一人、また一人と冒険者は力尽き、気が付けば山で戦っているのはアストレイのみとなっていた。


「まさか!こんな!ことに!なる!とは!なぁ!!!!!!」


 豪傑の振るうバトルアクスが確実に一体一体を仕留めていくが、その勢いを止めることは出来ない。


「仕方ねぇ!なぁ!」


 アストレイはバトルアクスを両手で持ち、正面に掲げるとその中心に空気の渦が発生する。

 それは次第に大きさを増し、風に巻き込まれた葉っぱはことごとく切り裂かれていった。


「行くぜ、小汚ねぇ害虫どもがぁ!!」


 それまで正面に抱えていたバトルアクスを体を軸にして振り回し遠心力で渦を飛ばす。


「マキシマムタイフーン!!」


 いくつもの竜巻が生まれ、触れたモンスターを引き裂いていく。

 大きな竜巻からは沢山のかまいたちが生まれ、竜巻を逃れたモンスターを追撃する。


「くそが!俺にこいつを使わせるとは、鍛冶ギルドの連中がいないのが幸いか……」


 人間離れした大技で、ここら一体のモンスターを薙ぎ払ったアストレイは周囲を確認する。


「パチパチパチ」


 明らかに手では鳴らさず口で発した拍手音が聞こえてくる。


「誰だ!」


 アストレイはきょろきょろと周りを見渡し、ようやく木の上に座る少女と黒猫を見つけた。


「おいおい、あんた新たなモンスターか?それともお役御免の死神かぁ?こんなところに女の子がいるなんてなぁ」


「どちらでもありませんよ」とアリスは軽やかに地面へ着地する。


「先ほどの技、剣聖の技ですね?実際に目にするのは初めてですが……扱える人間がいるとは」


 アリスは黒猫を肩に乗せ、先ほどの大技を真似するかの様にクルクルと回って見せた。


「本来は剣に乗せて真っ直ぐ相手にぶつけるんだがなぁ、で?そいつを知ってるあんたは何モンだい?見られたくないものを見られたんだ、返答次第じゃあ、その可愛い唇を塞ぐことになるぜぇ?」


 クルクルと回りながら、凄むアストレイの前まで来るとアリスはピタリと止まり、スカートの裾をもって軽く膝を折った。


「私は流浪の占い師でございます。この度、何の所縁もございませんが非常事態ゆえ、アルテシア様の伝令としてはせ参じました」


「ほう、伝令?して、内容は?」


 アリスは頭を上げお辞儀の体制から戻した後、両手を胸の所で合わせて上目使いで祈る様に伝える。


「早く帰ってこい、このごくつぶし」


 大男はアリスの言葉を聞いた瞬間固まり、黒猫もその様子を見たまま固まる。


『そ、そんな言い方だったっけ?』


「私なりにアレンジいたしました」







 数刻前、アリスはアルテシアにある交換条件を出していた。

 街の入口が保障されない限り、怪我人を治療できる人間を呼べない。しかし一刻を争う事態なうえにこのままでは戦力が足りない。

 そこで、時間を稼ぎつつ急いで戦力をこちらに寄越すので、その代わり山へは誰一人近寄らせないで欲しい、と。


 そもそも、再度山を探索できる余裕は残っていないのだが、目の前の占い師が気軽に行き来できるような状態ではない。そして戦力といっても残された冒険者はほとんど連れ戻ってきた。そのことについてアリスは。


「鍛冶ギルドの方はここにいるのに、もう片方のギルドはどこにいらっしゃいます?」とだけ質問した。


 猪突猛進で山へ戻ったアストレイを知ったか知らずか、おおよその状況は把握しているらしい。

あとは、自分は小柄で動きも早くモンスターに見つからずに動くことも出来るから……ともっともらしい理由を付け加えていた。

 

 更には美少女であるからとか何とか言っていたがアルテシアはスルーした。この占い師にどんな思惑があるか知らないが、今はほんの僅かでも希望に繋がる材料が欲しい。高値で売りたいならいくらでも鑑定で上乗せしてやる。


「分かった、アストレイに伝えてくれ……」


 こうして二人の間で公表されないミッションがスタートした。






そして今に戻る。


『アレンジの仕方!!』


 万が一目の前の筋肉ダルマがへそを曲げここから動かなければこちらの思惑はパアになってしまうと、黒猫は素の顔で毒を吐く従者を慌てて戒めた。


「がーーーっはっはっはっはっは!!!!!!」


 大男による突然の大爆笑に、流石のアリスも一瞬体がビクンと揺れる。

 今回この街で出会った人間はほとんど見かけと性格が異なったが、目の前の筋肉ダルマは外見も中身もイメージ通りで逆にギャップを感じた。


「いやいや、すまんすまん。実の女房にも言われないセリフを、あの女から言われるとはなあ!はっはっは参った参った」


 アストレイは涙がこぼれるほど豪快に笑い、やれやれといった表情でバトルアクスを肩に乗せる。


「だが、俺もだいぶ山奥まで入った。モンスターの群れを交わしながらでは間に合わんかもしれんぞ?」


「その点についてはお任せください。私が来る道中に目印となる様ナイフを突き刺しております。それ伝いに下山していただければ……」


 そういってアリスは借りてきた投げナイフをアストレイに投げつけ、大男はそれを器用に二本の指で受け止める。


「なるほど、抜かりはねえって事か。で、小さなお前さんはどうする?この山はもう一歩先が修羅の庭だぞ」


「私が付いていけば、アストレイ様の速度が落ちます。どこかに潜伏し機を見計らって脱出いたしますのでご心配は無用です」


 アリスはそこまで話すとアストレイの指からナイフが消えていることに気付いた。その瞬間、真横にある木にナイフが突き刺さる。

 

 何の予備動作も見え無かった事を、アリスは少し悔しく感じていた。


「委細承知した、間違っても死ぬなよ、小さいの!そっちの黒いモフモフもな!!」


 そう言うと筋肉ダルマは高笑いをしながら猪の様に山を下山していった。


『小さいとか黒いとか雑な見方だな……』


 黒猫はどっちが化物か分からない豪傑を横目で見送った。


「タロ様?やっと二人っきりですね」


『ん?ああ、そうだな』


「気が付いておいででしょう?もう我慢の限界です」


『ああ、あっちがな』


 気が付くと周りの数百単位のモンスターが囲んでいた。

 オークにゴブリン、サイクロプスにグランバット。

 すでに退路は断たれ、凶暴な殺意だけがアリスに集中した。


「あの豪傑が去るのを待っていたみたいですよ?」


『その様だな、しかしまあ、しっかり目から正気が消えているものだ……ま、モンスターに正気も何も無いがな』


 群れのオークが声を上げ、それに追随するように数百の雄たけびが山中にこだまする。

 屈強な戦士でさえ、その場にいれば惨たらしい死を覚悟せずにはいられない状況のなか、アリスは表情一つ変えずに真っ直ぐとモンスターの群れを視界に捉える。


 黒猫は青白い光を放ち、少女の体が時折激しく波打つようにしびれる。

 やがて少女の体を落ち着きを取り戻し「少し頭を冷やしましょう」と手をかざした。




「エンプレス・オブ・グレイシャー」




 アリスは何者かを呼び出す仕草でその名を口にした。瞬間、周辺の空気が震えだしピリピリとした感覚が全てを包む。

 そして呼びかけに応えるかのように、突如雪交じりの強風が吹き上げ氷の女王がアリスの頭上に姿を現した。

 “氷河の女帝”は自らの息吹で瞬間的に周りの気温を氷点下まで下げ全てのモンスターが成す術なく凍っていく。

 大型のサイクロプスも、空を飛ぶグランバットの群れも女帝の息吹は平等に、そして情け容赦なく命を氷付かせる。


 やがて女帝は黒猫に頭を下げスッと姿を消すと、アリスの周りは草木一本残らず全て氷の彫刻へと姿を変えていた。



 先程までの殺意のこもった喧騒が嘘のように静まり返る。


 アリスは火が一番強く燃えている頂上付近の社を見上げた。

 炎は何かを待っているかのように、その場に留まり続けている。


「参りましょう、タロ様」


『ああ』



 山頂を目指すべく一人と一匹はゆっくりと歩き出した。

 するとアリスは行く手を塞ぐ氷の彫刻に触れる。


「砕けろ」


 次の瞬間、全ての氷は砕け、雪の結晶がキラキラと舞って山の斜面に降り注ぐ。

 雪の降らない地域に突如現れた雪原。

 それは命の結晶がもたらした死の芸術だった。


「綺麗……」


 アリスは振り返ることもなく、頂上を目指した。

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