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黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】  作者: あもんよん
第三章 鍛冶場の鋼と火事場の蝶(インゴット&イグニート)
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第九話「双子」

 スタンピードの噂は街を駆け巡った。


 人々は情報を求め錯綜したが、ギルドからの正式な避難勧告が発令されると街は一斉にパニックになった。


 社がある山の方からは煙と地鳴り。

 そして今は火が回っているのが、どこからでも見て取れる。


 時々山から聞こえるモンスターの叫び声が、街の人々の恐怖心を煽り更にパニックになっていく。


 街は逃げ惑う人々で混乱していたが、その中で民衆とまったく逆方向に向かう一人の少女と一匹の黒猫がいた。


「どうしたんです?タロ様、急に走り出して。スタンピードの千や二千どうってことないですが、皆さんが逃げる方に行かないとまた疑われますよ?」


『少々気になる事がある』


 黒猫は逃げ惑う人々の足元を駆け抜け、アリスも俊敏な身のこなしで黒猫の後を追う。


「分かりました!火事場泥棒ですね?ならまず酒場のやつを……」


『分かってない!泥棒はしない!!』


 黒猫とアリスは街を見下ろす丘に建つ教会まで来ていた。

 混乱のるつぼと化した街と比べ、教会周辺は時間の流れがまるで違って見えた。


 アリスは教会のドアをそっと開けてみる。

 あれだけ賑わっていた鍛冶屋ギルドは誰も姿が見えなくなっていた。

 恐らく数人は依頼に参加してあの山に、そして大半の職員は避難をしたのであろう……それにしても。


『静かすぎる……』


 アリスはまだ残っている人がいないか、部屋を一つ一つ調べていく。

 ギルドの受付から、昨日鑑定士と出会った個室、そして神父の部屋。


 ドアを開けた瞬間、そこにはアリスにとっては見慣れた光景が広がっていた。


“死”


 十人ほどのギルド職員が折り重なるように倒れている。

 そのほとんどが、急所を貫かれ息絶えていた。

 恐らく痛みはほとんど感じなかっただろう。


 アリスは顔色一つ変えることなく、淡々と物言わぬ屍を見て回る。


 これは慣れた者の仕業だ。


 黒猫はこの悲惨な現状に対してそう述べた。


 部屋の奥にある神父の机では、初老の男性が自分の手でナイフを喉に突き立て死んでいる。

 大量の血で赤く染まったその服には、神父の証である十字架が掛けられていた。


『アリス、スタンピードが起こる理由について考えたことがあるか?』


「理由……ですか?確かモンスターの生みの親であるダンジョンが侵入者を排除するため、突発的にモンスターの大発生を起こす……と本で読んだことがあります。」


 黒猫は神父だった物を注意深く観察し話を続ける。


『確かにそれもあるだろう。だが私の考えではこうだ。ダンジョンはこの世界を恨んでいるのではないかと』


「この世界を?」


 アリスは一通り観察し終え部屋を出た黒猫の後を追った。


『ダンジョンとは元々、混沌の神が大戦で使役した兵士を生産する為の物だった。だが秩序の神が戦に勝ち、地上を支配した今、ダンジョンはその性質からこの世界……秩序が支配するもの全てを憎んでいるのではないかと思うのだ』


「ではスタンピードは……?」


『ああ、秩序の神の力に反応して出来る現象だ……仮説だがな』


 教会を出たアリスと黒猫は、改めて社がある山を見つめる。

 未だモンスターの叫び声と地鳴り、そして山火事は収まる気配がない。


 アリスは街の入口に冒険者と街の警備兵が集まっているのを目にした。


「タロ様、あそこ」


 アリスが指さす方には、純白の鎧を纏った騎士が忙しなく動いている。

 恐らくこれから始まるであろうモンスターの侵攻に備えている事は見て取れた。


 黒猫はアリスの肩に飛び乗り、静かに魔力を送る。


『急げ』


 瞬間アリスの姿は丘から消え、街を屋根伝いに駆け抜けていく。

 幸い避難した後で街には人の姿はなく、誰からも見られることは無かった。







「警備兵は冒険者ギルドと隊列を組んで迎撃の準備!その他はけが人を運べ!!」


 アルテシアの怒号が飛び交う修羅場となった街の門は、戦えるものが少なくほとんどが怪我人ばかりであった。

 彼女はアストレイと別れた後、各個撃破を行いながら街へ終結する冒険者をフォローし、何とかこの人数を集めることに成功した。


 だがもちろん、下山することも敵わずモンスターの大群に飲み込まれていった者たちも少なくなかった。

 救助できる者は救助した。手遅れかもしれないが彼女は見捨てず最善を尽くした。

 その中には、ひどい打撲と火傷を負った双子の姿もあった。


「アルテシア様!」


 呼び声に反応して振り返ると、そこには先日ギルドを訪れた占い師の少女と黒猫が立っていた。


「アリス……だったか。こんな所で何をしている?避難先はここではないぞ!」


 アリスは殺気立つ白聖に対しても物怖じすることなく進み出る。


「状況は?」


 こんな時に何を……と言いかけ、アルテシアはアリスの目に言葉を失う。己の立場を問いかけられた様な視線に己を律し一度大きな深呼吸をする。そして「すまない、助かった」と小さく呟きアリスに向かった。


「最悪だ。これまでの規模とは比べ物にならない事が起きている。これはギルド単体がどうこうする問題ではない、この国を統治する国家が対応するレベルの災害だ」


 アルテシアは兜を脱ぎ捨て、隠していた疲労をさらけ出す。

 街の者でもギルドの者でもないアリスに、今は何故か心許すことが出来た。


「負傷者は?」


 問いかけた少女に白聖は僅かに首を傾けた。

 その方向にはたくさんの怪我人が地面に寝かされていた。


 血が流れすぎて意識を失っている者。

 手や足がちぎれかけている者。

 そしてすでに事切れているもの。


 アリスはその中に双子の存在を確認した。


「まだ息はある、だが非常に危険な状況だ。その双子だけじゃない、早く医師か薬師を集めないと手遅れになる……がこの状況では」


 アルテシアは悲痛な面持ちで最悪のシナリオを語る。

 “全滅”という文字が頭から離れない。そしてそれ以上に街が壊滅するという事態に陥れば全てを失ってしまう。


 アリスは双子のそばに行き、その痛ましい傷がつけられた体をただ眺めていた。

 そこには前日までの妙に人懐っこく鬱陶しいあべこべの双子はいない。

 そこにあるのは勇敢に戦い、傷つき倒れた“戦士”が横たわっていた。


「その双子はね……」


 宙を見つめアルテシアはアリスに語り掛ける。


「おかしな双子だろ?兄は女で姉は男ときてる。何故だか聞いたかい?」


 アリスは双子を見つめたまま首を横に振る。


「その双子……ラインはね、生まれた時から心は“女”だったんだ。夜の街にいる下品な連中と一緒にしないでくれよ?感情も感覚も考え方も、全てが女そのものだったんだ」


 この世に産み落とされた魂は女のもの、だがその受け皿となるべき体は男のもの。

 そんなこと“神のイタズラ”以外にあり得るのか、とアリスと黒猫は考えていた。


「私らには想像もつかない苦しさだったろうさ。子供の頃はまだいい、だが年齢が進むと自然にその違いが露わになる。心と体の歯車が合わないラインは自分を呪った。だがそれ以上に周りがその子をあざ笑った」


 どんな土地、どんな時代にも“異端”は存在する。

 だがそれに対して人心が慣れるという事はあり得ない。


「ひどい差別と屈辱的な嫌がらせを受けてきたらしいよ?だがラインは女の心を捨てることは出来なかった。日に日に自らの檻に閉じこもったラインを、男として守ったのがライラだ。ラインに足りない男としての部分はライラが、ライラが捨てた女としての部分はラインがそれぞれ引き受ける形になった。それがその双子なんだ」


 アリスは双子の手を取り重ね合わせた。


「大抵は気味悪がって近寄らないか、興味半分で面白がるか非難するかのどれかだ。でもアリス、君はそのどれでもなかった。深く関わるわけでも突き放すわけでもない。その距離感が双子には心地よかったんだろう。近づいてほしくない、でも離れて欲しくもない。ほんと“あべこべ”だけどね」


 そう言い自嘲気味に笑うと、お互いを庇う様に倒れていた双子を改めて思い出していた。


 アリスは双子の笑顔を思い出していた。

 別に同情しているわけではない、だが双子がいなければ素材をお金に換えることも出来なかった。そんな恩もある。そんな事でも救う理由にはなる。


「質問があります」


 アルテシアはアリスの方に視線を向け無言で少女の問いかけを待った。


「今日、モンスターが出てきた場所には潜りましたか?」


 潜った、というのは恐らくモンスターの群れが這い出てきた風穴の事を言うのだろう。

 何故そんな事を聞くかは分からないが、自分は社のあった広場から動いていない。


 その事を伝えると、アリスは「そうですか」とだけ言いアルテシアの前に立った。


「一つ、お願いがあるのですが……」

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