子犬殿下視点・第6話
スターフィア大使館で証拠が精査されている時間を隠れて過ごす。兄上は僕が死んだと思って思いっきりはっちゃけているらしい。勉学を疎かにし、ペティル嬢に民の血税で購入した品を貢ぎ、シルヴィア嬢につらく当たる。やりたい放題、我儘放題だそうだ。兄の評判が落ちる分には構わないが、国を傾けるのは止めて欲しい。
のんびり過ごしていると、トリスタ殿が、目を怒らせてやってきた。
「ロッテが自殺未遂しましたよ。」
お怒りのご様子だけど、僕の頭はそれどころじゃなく、さーっと蒼褪め、指先まで冷たくなった。
「ろ、ロッテ嬢のご容態は!?」
「直前に僕が止めたから無傷だよ。きちんと食べて寝るようにも説得したし。」
すごい嫌な汗が噴き出た。無事だとわかった今でも背中が汗でひんやりしている。
「ねえ、やっぱりロッテには伝えておいた方が良かったのじゃない?」
「ロッテ嬢は…僕が自分の命を餌にするとしたら絶対に、何が何でも止めました。そういう方ですから、絶対に打ち明けるわけにはいかなかったのです。例え一時、ロッテ嬢を悲しませても、怒らせても、これから先の長い時間、ずっとロッテ嬢の傍に居たかったのです。だから、今でも僕の選択は間違っていなかったと信じています。ロッテ嬢の自害を止めていただき、ありがとうございます。トリスタ殿。」
「ほんとクリストファー殿下ってロッテが好きだよね。特別に僕のことを『トリスタ兄様』と呼ぶことを許すよ。どうやらロッテの心はクリストファー殿下に奪われてしまったようだから。」
「トリスタ兄様…」
本物の兄上に全く親しみを持っていなかった僕は、幼い頃から僕を実の弟のように可愛がってくれたトリスタ兄様の、本当の弟になれたようで、嬉しくて、少し面映ゆい。
トリスタ兄様はペティルコロニーでの僕の暗殺に関わった貴族子弟の発言を記憶している限りまとめて、父上に奏上したようだ。関わっていたのはジャレッド、ディレンツ、サイードらしいが。多分父上は各家に通達を出すだろうな。第二王子暗殺に関わるとか、首が飛ぶかな?未遂だったし、多分父上はこの一連の事件が全部僕の仕込みだって察してるから、首までは飛ばないかも。
***
スターフィア大使館に引き籠って1ヶ月たってから、やっと父上からお呼び出しがあった。
「証拠はすべて正しいものだったと証明された。ヴィクトルには病気になってもらうしかあるまい。死ぬまで病気療養だ。ジャレッド、ディレンツ、サイードの家にも連絡をつけて処罰を決めた。仲良く揃って死ぬまで病気療養だ。病死するかどうかは各家の判断に任せる。ただし暗殺未遂は存在しなかったこととなり、各家にそれ以上の罰はくださない。理由はわかるな?」
「ええ。」
皆僕の策略に踊らされた、ある意味被害者だからね。僕なんかの策略に踊らされてしまうほどのおつむしかなかったから、病気療養しなくても国の重要なポストには就けなかったと思うけどね。しかし、ジャレッドとディレンツとサイードが兄上に手を貸してしまった理由が今ひとつわからない。兄上に吸い付いてうまい汁を吸おうと思ったのか、ペティル嬢を王妃にして愛する人のために働く自分に酔いたかったのか、あるいは両方か。
「もし、すべてはクリスの仕込みだったと、罪を不問にしたとしても、クリスがいなくなってからのヴィクトルの言動を鑑みて、あやつをこのまま王位に就ける訳にはいかん。」
「中々派手にやっていたらしいですね。」
「他の王位継承者候補がいないと、こういう行動をとるのが本性じゃと、嫌になるくらい理解させられたわい。本当になぜあのように育ってしまったのか…。」
父上は頭を抱えた。
「さて?僕は母上の教育方針を見て、兄上がこう育つことを予想できなかった父上と母上に驚いておりますが。」
同じような教育方針で僕がまともに(?)育っちゃったから甘く見てたのだろうけど。僕はロッテ嬢に育てられたようなものだからな。
父上は悲しそうな顔をした。自分たちで自分たちの息子の一人をダメにした自覚が出て、落ち込んでいるようだ。
「これは、ヴィクトル達の処遇を決定した書類じゃ。今夜の夜会ででも渡してくるが良い。」
「そんな目立つ席で、良いのですか?」
普通ひっそりと静かな席で病気療養させない?父上は鼻で笑った。
「ふん。どうせ公然の秘密よ。まあ、無暗に傷口は広げないでもらいたいがな。」
父上が良いと仰るならば良いけれどね。なんだか父上は捨て鉢になっている気がするよ。
「ミランダはヴィクトルの教育失敗を理由に蟄居してしまったわい。」
母上がねえ。まあ虐待レベルに酷い教育ではあったけどね。
「教育は夫婦でするもの。わしにも咎はあろうよ。いきなり退位するわけにもいかないがな。」
そりゃあ僕が今即位したって14歳の国王陛下は流石に舐められると思うよ。もう少しばかり父上には頑張っていただきたい。
「……のう。クリストファー、おぬしはこの結果に満足か?」
汚い手で兄をハメて、王位を奪取して、愛おしい人を手に入れる?
僕は皮肉気に笑った。
「どうでしょうね。でも僕は父上と母上が悪いと思っておりますよ?僕の唯一にして最大の願いを叶えてくださらなかったのだから。第二王子だからと言って兄上を優先して。兄上がシルヴィア嬢を本気で好いていなかったのなんてちょっと見れば分かったでしょうに。」
「我々が誤ったのだな…」
父上は見るからに消沈していた。
***
新しく衣装を仕立てる暇はなかったので、今まで仕立てたことのある衣装を具合良く組み合わせ直して着た。
夜会にはロッテ嬢も出席されるはず。ロッテ嬢のお顔を見られる…と思ったら気分が高揚した。僕はほぼ勝ったも同然だが、最後まで気は抜かずに行こう。ロッテ嬢も「勝って兜の緒を締めよ」と仰っていた。兄上が逆上する可能性もあるし。よもや夜会に武具など持ち込んでいるはずもないと思うが。素手で殴られるかもしれないくらいの覚悟はしておこう。父上は「傷口は広げないでもらいたい」と仰っていたので、あまり派手な展開にならなければ良いが。
夜会会場。父上はいつも通り開会の挨拶をしたら早々に引っ込んでしまった。母上は蟄居してらしているので顔すら見せない。国王夫妻の不審な行動に目を留めたものはそう多くない。殆どの者が平常通りの夜会と思っている。勿論兄上も。僕はこれから生涯病気療養に励むやつらが、最後に愛しい令嬢とラストダンスを踊るのを待ってあげた。全員が1度ずつしっかりと踊るまで。
ふと見るとシルヴィア嬢とロッテ嬢が会場に入ってくるのが見えた。ロッテ嬢は喪服のような黒いドレスを纏っていらした。相変わらずお可愛らしいが、能面のように無表情で、お顔色はあまり良くない。随分と憔悴されているように見える。
人波に紛れてロッテ嬢を攫った。ロッテ嬢の腰を抱いて引き寄せる。
「黒も小悪魔的で似合いますけど、お顔の色が暗いですよ。きちんと眠ってきましたか?」
微笑むと、ロッテ嬢はまさに驚愕の表情を浮かべた。あんな無表情になるほど心を殺していたというのなら、ロッテ嬢には秘密にして死んだ振りをしていたなどと言ったらひっぱたかれるかもしれない。
「く…」
「しー。まだ駄目ですよ。僕をひっぱたくのは後にしてください。」
唇の前に人差し指を立てると、敢えて悪戯に微笑んだ。僕には最後の大仕事が残っているから。兄上を表舞台から消し去るお手紙を兄上に届けて差し上げるというね。
混乱しているロッテ嬢の腰を抱いたまま兄上たちの踊っているホールの中心へと向かった。僕の姿に気が付いた貴族たちが慌てて道を譲る。兄上の元まで一本道が出来てしまった。父上…意外と傷口は大きくなるかもしれませんよ。
「やあ、兄上。楽しんでる?」
にっこり笑って話しかけると兄上は目に見えて青くなった。まるで幽霊でも見たかのような表情を浮かべている。
「クリストファー…なぜ…」
兄上の声がかすれた。
「うん。僕は親切なので、みんながラストダンスを踊れるまで待っててあげたのですよ。楽しかったですか?ダンス。そして僕のいない王宮は?中々派手にやってらしたみたいですね。兄上の弾けっぷりに、父上も驚いていらっしゃいました。これは父上から兄上にお手紙です。ジャレッドと、ディレンツと、サイードにも連絡事項があるからよく読んでおいて。」
兄上達に手紙を渡した。内容は兄上達を嫡子から外し、病気療養させる。病死させられたくなければ無駄な抵抗はせずに戻るように。というシンプルなものだ。兄上は案の定怒り狂った。
「何故俺が…!」
「お黙りなさい。何故?僕が元気な時点で事態を察せれない?頭の出来は相変わらずなようですね。」
ぴしゃりと兄上を黙らせた。無駄口を叩かせては傷が大きくなる。
兄上はまだご自分が優位に立って僕に意見できる存在だと信じている。僕が元気なのに今まで死んだ振りなどしていた時点で陰謀の匂いを感じられない?暗殺者と消えた僕が元気でいるのだから暗殺者も生きていて口を割らせられたと想像がつかない?僕を暗殺しようとしたことは既に父上に知られている…ということがまだ察せられないのか。なんと愚かな…
ジャレッド、ディレンツ、サイードは手紙を読んで青くなっている。流石に事態を察したのだろう。
「父上は全てをご存じだ。さあ、病人はもう、お帰りなさい。ラストダンスは楽しんだでしょう?」
「ま、待て…!」
「それとも無理矢理引っ立てられたいのですか?それは僕も恥ずかしいから止めて欲しい所ですが。」
王子が兵士に無理矢理引っ立てられたりしたら、病気療養という公然の秘密すら危うい。傷口がものすごーく大きくなるから止めて欲しい。
「ふ、ふん!母上に一言お願いすればすぐに病人でなど無くなるわ。」
その母上は兄上の教育失敗を理由に蟄居していて、もう父上に対する発言力はほとんどないのだけれどね。僕の暗殺未遂が露見して、なお、まだ「母上に愛されている自分は大丈夫だ!」と思える兄上が、頭が悪すぎていっそ哀れになる。
「ねー。何があったのぉ?」
ペティル嬢が呑気に兄上の袖を引いた。
「ペティル。今日は一度解散だ。すぐに迎えに行く。安心しろ。」
流石の兄上も、自分の愛する人に心配を掛けたくなかったらしく、優しくペティル嬢に語り掛けた。兄上達がペティル嬢を迎えに行く機会は、もう二度と訪れないんだけれどね。
「うん?」
ペティル嬢は事態をよく理解していないようだ。曖昧に頷いている。
「トリスタ様、踊ろうよ!」
ペティル嬢は自分の取り巻きの中で唯一会場に残っているトリスタ兄様の腕を取った。
「ペティル嬢。申し訳ありませんが、僕は愛しい婚約者であるフローレン嬢のエスコートがあるのでご一緒できません。」
トリスタ兄様は微笑んでペティル嬢の手を振りほどいた。
「え…」
ペティル嬢が「信じられない!」とでもいうように呆けた。
「可愛い妹たちのことを思えば、貴女の傍に侍るのも中々有意義でしたよ。感謝します。では…」
トリスタ兄様がペティル嬢に感謝しているのは真実だろう。ペティル嬢を利用して捨てたのにトリスタ兄様が良心の呵責を覚えていないのは、ひとえにペティル嬢がハーレム希望の尻軽令嬢だったからであろう。トリスタ兄様は久方ぶりにフローレン嬢との逢瀬を楽しむつもりらしい。本当に見ているこちらが恥ずかしいくらいの熱々ぶりだ。
ロッテ嬢とペティル嬢はぽかんとしていた。
周囲の人間は事態が上手く掴めない者もいれば、聡く僕の陰謀を感じ取って戦慄するものもいる。兄上を王として戴かずに済むということに気付き安堵する者も。
「シャルロッテ嬢。一曲お願いできませんか?」
ロッテ嬢の手を取ってそっとキスをした。僕の公式デビューのファーストダンス。是非ともロッテ嬢にお相手願いたい。ロッテ嬢には随分と辛い思いをさせてしまったようだが、これから先はずっとロッテ嬢にとって幸せな日々が続くはずだから。
ロッテ嬢とのダンスは素敵な思い出になった。エルヴィス殿もシルヴィア嬢を得られて喜んでいることだろう。
***
夜会で席を立ってから、すぐに兄上は「病気療養に励む」ことになって、「病身の為」シルヴィア嬢との婚約も解消になった。兄上は今、城の北の塔に閉じ込められ、厳重な見張りをつけられ、最低限の使用人をつけられて一歩も外に出してもらえずに、日々を送っている。ジャレッド、ディレンツ、サイードも実家で病気療養している。各家はそれぞれ次男や遠縁の者を当主にと選んでいるようだ。ペティル嬢は誰だかのお子を身籠っていたが、彼女に手を付けたものは皆病気療養で引っ込んでしまっているので、ひっそりと産んで、セレス家で育てられるそうだ。ペティル嬢に近付いていた男どもが揃って病気療養させられたと知ってなお、ペティル嬢に近寄ろうなどと思う強心臓な男は中々いないであろうから、ジャレッドが病気療養し、ペティル嬢が伴侶を得られそうにない、跡継ぎの消えたセレス家にとっては子供はありがたいのではないだろうか。兄上の子供だとか言われても王家は絶対に認めないだろうし。
ペティル嬢は「おかしい!こんなのシナリオになかった!」と喚いていると聞くが、彼女の『シナリオ』とは何だろう。全ては僕の選んだ『シナリオ』通りに事は運んだわけだけど。
「結局、わたくしたちはクリス様やトリスタお兄様にハメられましたの?」
ロッテ嬢に聞かれた。
今日はグラシア家まで、ロッテ嬢に事情釈明に来た。相当お心を痛めていたようだから、きちんと説明しなくては申し訳が立たない。
「正直に言うとそうです。僕が王位を継ぎそうだという噂をばらまいて、兄上を焦れさせて、手出しするよう仕向けました。兄上の周りの使用人は少しずつ入れ替えていってもう全員僕の手駒ですし、トリスタ兄様にも内通させてたので、僕が奴らの計略で死ぬわけがないですし。あとは死んだふりでもして時間を稼いで、その間に父上に奏上した『クリストファー暗殺未遂の証拠』の精査が行われました。それが認められれば兄上は病身になるしかないですからね。僕が死んだと聞かされた後にも思いっきりはっちゃけてたようですから、病死までするかどうかはわかりません。母上が助命嘆願してますので。因みに母上は兄上の教育を失敗したことを理由に自ら蟄居しています。時々父上が会いに行ってますが。」
やっぱり、ロッテ嬢は僕の策略にはあまりいいお顔をされなかった。面と向かって叱責もされなかったけれど。
「死んだふりしていた間どこにいらっしゃったんですの?」
「スターフィアの大使館です。」
「エルヴィス様もハミルトン様もグルですのね…」
「シルヴィア嬢を欲しているエルヴィス殿とロッテ嬢を欲している僕が手を組まないわけがないでしょう?ハミルトン殿は純粋なご厚意ですけど。」
随分と腹黒いご厚意だったけれど。スターフィアには借りが出来てしまったので、いずれ何か別の形で返したい。
「一言くらい仰って下さればよかったですのに…」
とロッテ嬢ならおっしゃるはずだと思っていた。トリスタ兄様曰く、ロッテ嬢の憔悴ぶりは本当にすさまじいものだったらしいから。
「悩んだのですけれど、ロッテ嬢に上手に絶望する演技が出来たとは思えなかったので。幾らおつむの残念な兄上でも僕と飛び切り仲の良かったロッテ嬢が僕が死んだと聞かされたのに、ピンシャンしてたら流石に怪しみそうだったので仕方なく。」
ロッテ嬢は素直で可愛い方だから、きっとわざと絶望する演技などできないだろう。それに本当に僕が死んでしまったらロッテ嬢がどの程度凹まれるかは未知数だった。うまく演技など無理だろう。実際兄上はロッテ嬢の憔悴ぶりを見て僕の死亡を確信していたようだし。
「それにロッテ嬢は僕が自分自身の命を餌にすると知ったら絶対に止めたでしょう?だからどうしても打ち明けられませんでした。僕は自分の命を餌にしても、兄上を陥れても、どうしてもロッテ嬢が欲しかったのです。」
ロッテ嬢はお優しいから僕自身の命を餌に使うなどと言ったら絶対に反対されるはずだ。心配してくれるのはすごく嬉しいが、僕にとって今回ばかりが、それはありがたくないことだったのだ。
でもロッテ嬢が僕を亡くし、心の底から悲しんでくれた、というのはきちんと理解できた。
「ロッテ嬢には僕をひっぱたく権利があります。今日はそれをしてもらいに来ました。父上にも許可を得てあります。思い切りやってください。でも、ひっぱたいて気が晴れたなら、僕と婚約してほしい。愛してます。ロッテ嬢。」
ロッテ嬢に愛の告白をした。
「ひっぱたく前にそれを言うのはズルいです…」
「僕はズルい男なのです。」
本当はちゃんとひっぱたかれても良いと思っているけれどね。
ロッテ嬢の髪を撫でた。
「ズルい僕はお嫌ですか…?」
愛おしいロッテ嬢を見つめる。ロッテ嬢はみるみる真っ赤になった。
そして僕に軽くデコピンをした。全然痛くない。
「わ、わたくしだって、クリス様の公式デビューでのダンスならもっと素敵なドレスを選んだのに!」
「申し訳ありません。」
それはちょっと拗ねているようだと思った。
「死ぬほど絶望したんですのよ!」
「正直それだけが一番心配でした。トリスタ兄様によくよく目を光らせるようにお願いしたのですが、ロッテ嬢が死んでしまっては、こんなくだらないことには何の意味もなくなってしまいますから。」
ロッテ嬢が自殺未遂されたと聞いた時は全身の血の気が引いたよ。
「……わたくしのことお好きですか?」
「愛してます。」
「キスしてください…」
「……。」
ロッテ嬢の柔らかな唇に、自分の唇を押し当てる。
愛おしい…
「わたくしもクリス様のことを愛しております。」
ロッテ嬢を逃がさないようにぎゅっと抱き締めた。
幼い頃から、好きで好きで堪らなくて、欲しくて欲しくて、僕に非道な決断をさせたロッテ嬢がついに僕の手の中に落ちてきた。
「やっと捕まえた。」
もう絶対に逃がさない。
幼い頃からこの時だけを待ち望んで計画を練ってきた。ようやく実を結び、感無量である。これからは良き王となり、優しい夫となり、この可愛い小動物を絶対に逃がさないようにしよう。心に決めた。
***
随分と長逗留していたエルヴィス殿は一度、祖国に帰られ、双方の準備が整った後に、シルヴィア嬢はお嫁に行かれた。僕も16歳になって愛するロッテと結婚した。結婚するにはちょっと若めの年齢だが、僕とロッテは3歳違いなので僕がゆったりしているとロッテの方が周りに「婚期遅め?」と思われてしまうので、やや慌てて結婚した形になる。結婚式は盛大に、皆に祝福されて行われた。
父上は随分早くに退位されて、母上と共に過ごしている。僕が時々政治的判断に迷うとき、そっと助言をくれたりする。僕は皆の期待を裏切らず、賢君の名を恣にしている。生涯そう讃えられる王でありたいと思う。
スターフィアへの借りは今返している途中だ。スターフィアの第一王子が叔父君に命を狙われ、危ういそうで、今我が国にご遊学されている。スターフィアからの刺客を蹴散らして、第一王子のお命を守っている最中だ。レミッシュ国内で第一王子が死亡されるなど、とんでもない国際問題になってしまうので、警備には警備を重ねている。
政務に疲れるとロッテの顔を見たくなってしまうので、そっとロッテの部屋へ近づいた。
ロッテはテーブルの上にメモ帳を乗せて、何やら思案しながらメモを取っているようだった。
「やあ、僕の可愛い妃殿下。何をしているのですか?」
ロッテが顔をあげた。
「シルヴィの出産祝いを何にするか決めてしまおうと思って。あの子、何が欲しいのかしら?そういえば狼陛下の、『王位に就くことも厭わないほど欲しいもの』は手に入りましたの?」
僕は微笑んだ。
「ええ、ちゃんと捕まえましたよ。」
可愛い小動物は捕まえられたし、とても美味しくいただいている。シルヴィア嬢は第一子を身籠られたそうだが、うちもそろそろなのではないかと思っているところだ。父上や母上を反面教師として、我が子にはきちんとした躾と教育を行いたいと思っている。
僕に捕まえられた小動物は、僕が手に入れたかったものが自分だなんて微塵も気付いた素振りはなく、平和な悩み事をしているようだ。
可愛い小動物。これからも僕らが平和であればいいね。
最後までお付き合いいただき、有難うございます。「どこが子犬なんだよ!?」という苦情はお受付いたしかねます。シャルロッテ嬢には子犬に見えていたのです。(途中まで)
乙女ゲーム物だというのに細かい設定スルーの上に断罪シーンも、ペティルの心情も何も描かれていない作品ですまぬ……すまぬ。これは乙女ゲームとは全く関係ない奴らがべきべきフラグを折る小説なんだ。
もっとゲームゲームした小説も書いてみたいですなあ。




