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グリークと呼ばれた男と、巡視隊大隊長テルナが並んで座っている。その光景を、ロランは不思議なものを見る目つきで見つめていた。実際不思議な光景であった。現在では非合法の可能性が高い武装で身を固めた男と、国の正規の巡視隊大隊長が並んで座り、蛇の肉を食べているのだ。まるで笑話の一場面のようですらあった。
テルナは、森に駆けていくロランに気づき、その後をつけてきたのだという。走り去るロランの背を見て、隊長職としての勘が働いたとのことだった。テルナのその冗談めかした言い方は、村の広場で見たときにはとても想像できないもので、ロランは驚きに目を見開いた。もちろん、馬で後をつけながら、まるで気配を感じさせないことも驚きであったが。
(二人は知り合いなのかな……?)
二人の向かい側に座ったロランは、上目遣いで様子を窺った。ロランのときとは違い、グリークはテルナを無視しようとはしていない。テルナも村のときとは違い、わずかではあるが表情を緩めていた。だが二人とも、体から緊張は抜けていない。顔は動かさず、視線だけを向け、相手の動きを探っているような様子もあった。居心地の悪さに落ち着かず、ロランは蛇の肉をいじることしかできなかった。
「……いつの間にか出世したようだな」
蛇の肉をあらかた食べ終えたところで、グリークが口を開いた。
「ああ、出世した。上に行くにつれ、権限よりも苦労の方が増えていくような気がするがな……それでも、私は出世した」
肉を呑み込み、テルナが言った。
「そういうグリークは変わっていないな。昔のままだ」
「……俺も変わった。昔とは違う。貯め込んだ金を浪費しながら、気ままにあちこち歩き回る毎日……昔とは違う、楽な生き方をするようになったさ」
そう言うグリークに、テルナは苦笑いを浮かべ、そして手の中の串を炎に投げ入れた。炎に呑まれ、木の串はすぐに見えなくなる。二人はそれきり、また黙り込んでいた。
「あ、あの……」
沈黙に耐えかね、ロランは口を開いた。その声に、グリークは顔を上げはしなかった。だがテルナは顔を上げ、先を促すようにロランを見つめた。
「お二人は、その……知り合い、なんですか……?」
躊躇いがちに口にした言葉に、テルナは頷いてみせた。
「ああ、古い仲間だ」
お二人とも冒険者だったんですか……その問いを、ロランは口にすることができなかった。一瞬上げられたグリークの瞳が、鋭くなったテルナの目が、その問いが声になるのを許さなかったのだ。だが、もう尋ねずともロランにはわかっていた。この二人は昔冒険者だったのだ。ロランに問いを許さない強い態度が、なによりも雄弁にその事実を物語っていた。
二人の元冒険者。大革命のそのとき、グリークはすでに歴戦の冒険者であったことだろう。テルナは、年齢から想像すると、丁度ベテランの仲間入りを果たしたところだろうか。そして十年後の今、グリークは自分が冒険者であることを否定し、まるで敗残兵のように森に潜んでいる。片やテルナは、女性でありながら巡視隊大隊長を務める立場になっている。大革命の後の二人の人生。ロランにはそれを想像することなどできず、ただ口を噤んでいるしかなかった。
長い沈黙のときが続く。次にそれを破ったのは、グリークであった。
「……泥鬼の討伐のために、この森に来たのか」
串をまとめて炎の中に放りながら、グリークが尋ねた。
「ああ、そうだ。クベックの村民から、泥鬼による被害を聞いたのでな。先行した偵察兵によれば、かなりの数が潜んでいるようだ。だから私自ら、隊を指揮することになった」
「それにしちゃ、兵隊の数が少ないようだが?」
「……言ったではないか。上に行くにつれ、権限よりも苦労の方が増えていくような気がする、とな」
言ってテルナは苦笑を浮かべ、グリークは無言で炎の中に唾を吐き捨てた。二人のやり取りにロランは口を挟めず、俯いたまま蛇の肉を口の中に放り込んだ。冷めた肉は硬いばかりで、なんの味もしなかった。
ロランが肉を呑み込んだのと同時に、テルナが立ち上がった。
「そろそろ失礼するとしよう。あまり長く留守にするわけにもいかないのでな」
そう言いながら、テルナは視線でロランにも立ち上がるよう促した。ロランの目的はまだ果たせていない。冒険者であるはずのグリークに助けを求めることは、まだ成功していなかった。だが、テルナの視線は、ロランがこれ以上ここに留まることを許していなかった。その瞳の強さに逆らえず、ロランは立ち上がった。
「グリーク、お前がこの森にいるという噂は聞いていたが、まさか会えるとは思っていなかった。この少年のお陰だな。久しぶりに話せたのは僥倖だった……だが、昔馴染みとしての振る舞いはここまでだ」
言い終えた途端、テルナの表情から甘さが消えた。村で村長とやり取りをしていたときと同じ、いっそ険しいと言うべき顔つきに変わっていた。
「明朝、我々は泥鬼の討伐を開始する。わずか一小隊だが、泥鬼の討伐には充分だ」
テルナは座ったままのグリークを見下ろしながら、言葉を続けた。
「泥鬼の討伐は、我々巡視隊の仕事だ……グリーク、お前は一切、手を出すな」
「……言われんでもわかってる。それに、この坊主にも言ったがな……俺は、冒険者なんかじゃない。この世にはもう、冒険者なんてもんはいないんだからな」
顔も上げずに言ったグリークの言葉に、テルナはなにも言わなかった。ただ少しの間グリークを見つめ……踵を返し、歩き始めた。ロランの腕を掴み、有無を言わさず馬のもとへ歩いていく。
二人の間の空気の重さに、ロランはもう、なにも言えなかった。それでも歩きながら、未練を胸にそっと振り向く。だがグリークは、焚き火の前に座り込んだままだった。身じろぎ一つせず、そこに座っていた。テルナの馬に乗せられ、ロランがその場を後にしても、グリークが動く気配は、最後まで伝わってくることはなかった。
その夜、ベッドの上で、ロランは腫れた頬を水で濡らした布で冷やしていた。午後の仕事をさぼったロランであったが、テルナの口添えのお陰で、ガスや村の大人たちに責められることはなかった。だが父はそうはいかなかった。家に戻ったロランは、他の人間の目のない部屋の中で、父に何度も殴られた。両の頬が腫れた上、口の中も切ってしまった。もし夕食を取り上げられなくても、とてもではないが食べることはできなかっただろう。
乾いた布を桶の水に浸し、反対側の頬にあてる。痛みに顔をしかめながら、ロランは森からの帰り道で、テルナに言われたことを思い出していた。
『ロランと言ったな。君はとても賢い子のようだ。昼間の広場で、君は私と村長のやり取りをとてもよく聞いていた。よく聞き、よく考えていた。その末で、私の考えも見抜いた。グリークのもとに行ったのはそのためだろう?』
村長のときとは比べるまでもないほど柔らかい口調で、テルナは言った。
『ロラン、君の不安は理解できる。それに対し、安心しろなどとは言えない……だがロラン、君はその不安に耐えなくてはならない。泥鬼の討伐は私に任された。私はその任務を遂行する。そして村人は、その間耐えるのが務めだ』
話しながら、テルナの口調は徐々に厳しいものに変わっていった。その声に落ち着かず、ロランは助けを求めるように視線を動かした。だが目に映るのは森の木か、でなければ泥鬼の犠牲になった動物の死骸ばかりであった。助けも慰めも、どこにも存在しなかった。
『ロラン、君は賢い。とても聡い子だ。だが……君は子供だ。いくら賢くとも、泥鬼と戦うことはできない。いくら聡くとも、村を守ることはできない。ロラン、子供の君にできることは、村人と一緒に待ち、耐えることだけだ』
村に着き、ロランは馬の上から下ろされた。すぐに馬上に戻ったテルナは、その上からロランを見下ろし、言った。
『ロラン、泥鬼討伐は、我々巡視隊の仕事だ。他の誰の務めでもない。ましてや、この世にもう存在しない冒険者の出番などはない』
思い出した言葉の強さに、ロランの手に力が入ってしまった。腫れた頬が強く押され、その痛みにうめき声が漏れてしまう。
(あれって……釘を刺したってことなんだろうな……)
余計なことはするな。そして、グリークのことを他の人間に言うな。考えるまでもなく、言外にそう言っていたのだ。それに対し、ロランは反論できるわけもなく、ただ頷くしかなかった。
(僕が子供なのは……本当のことだ……)
子供の自分にできることがないのは本当のことであり、村人は耐えるしかないのも事実であった。自分たちに戦う力はなく、ただ巡視隊が泥鬼を討伐するのを待つしかない。それが村人の務めだと言われたら、頷くしかなかった。
『そこで頷けない人間が、冒険者になるんだよ』
ふと、祖父の言葉が脳裏をよぎった。冒険者の活躍を描いた物語を読んでもらっていたときのことだ。どういう人が冒険者になるのか、どうすれば冒険者になれるのか。物語を聞いた後、よくロランは祖父にそう尋ね、その度に祖父は答えていた。
『おかしいことも我慢しろと言われ、苦しいこともただ耐えろと言われ……でもそこで頷けない人間が、冒険者になるんだよ。そこで頷けず、今を変えたい、戦いたいと思った人間が、冒険者になるんだ、ロラン』
祖父の言葉を思い出し、ロランは書庫の鍵を握り締めた。祖父が読み聞かせてくれた冒険者たちの活躍が脳裏に浮かびかけ、
『俺は、冒険者じゃない』
グリークの言葉が、また思い出の物語を消していた。
グリークは何度も言っていた。自分は冒険者ではないと。
テルナも何度も言っていた。この世界に冒険者はもういないと。
冒険者であったはずの二人が言ったのだ、冒険者など、もうこの世のどこにも存在していないと。
そして、自分はテルナの言葉に頷いてしまっていた。冒険者はいない。戦うのは巡視隊の仕事。村人は耐えるのがその務め……その言葉に、ロランは頷いてしまったのだ。
「我慢するしか……耐えるしかないんだ……」
乾いた布を乱暴に濡らし、腫れた頬にあてた。痛みに涙が浮かんだ。
「耐えるしか、ないんだ……」
言葉とともに、涙がロランの頬を流れ落ちていた。




