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 村の広場に整列した騎兵の数は、丁度三十だった。馬上の兵士はプレートメイルを身につけ、剣と槍で武装している。翼の形をした飾りつきの兜をしているのが隊長だろう。その隊長を含めて、丁度三十。巡視隊を出迎える村人たちの中に紛れ込んだロランは、その数を確認して思った。少ない、と。

(三十って、確か小隊の最低人数のはず……魔物の討伐だったら、中隊規模でもおかしくないのに……)

 ましてや、魔物は森の中に潜み、どこにいるのかも、またどれだけの数がいるのかもわからないのだ。その魔物を見つけ出し、一体も逃がさず討伐するには、一小隊では足りないはずだった。これでは村の警護に兵を回す余裕もないだろう。

(それに……指揮しているのは隊長一人だ。副隊長とか、分隊長も見当たらない……)

 まさか、二十九人の騎兵を隊長一人で指揮するつもりなのだろうか。ロランが書庫の本で読んだ限りでは、小隊は通常二つ以上の分隊で構成されているはずだった。分隊にはそれを指揮する分隊長がいるはずであり、戦場での混乱を避けるため、それとわかる飾りや紋章が鎧や盾についているはずである。もし分隊長がきちんといたとしても、全員が特徴のないプレートメイルでは兵の見分けがつかず、まともに指揮できるとは思えない。隊長一人で二十九人の騎兵に命令するのも、特徴のない板金鎧を着た分隊長が隊を指揮するのも、どちらも危険であった。

(あれで村を守れるの……?)

 不安に表情を曇らせるロランの視線の先で、村長のセウダが騎兵に近づいていった。両手を広げ、若干強張った笑顔を浮かべて隊長に話しかける。

「ようこそ、クベック村へ、巡視隊の皆様方。私どものために、わざわざこんな辺境の……」

「挨拶は結構だ。私の質問にだけ答えてもらえればよい」

 村長の言葉を、馬上の隊長が冷たい言葉で遮っていた。村人がざわめくが、それも無視して、飾りのついた兜をとる。鈍い銀色の鋼の下から、輝く銀色の髪が現れた。根本に近いところで縛られた髪の束が、鞭のように風を切って流れる。その顔を見たためだろう、ざわめきが大きくなった。ロランも目を見張っていた。騎兵を指揮する隊長は女性だったのだ。

(まさか女の人だなんて)

 遠くの女性の顔を、ロランはまじまじと見つめてしまっていた。村人の中で、恐らく一番驚いていたのはロランだろう。女性が騎士隊や巡視隊の隊長になることがどれだけ難しいか、ロランは本の知識ではあっても知っていたからだ。王国の中で、女性が重職につくのは非常に難しい。本の中から納得のいく答えを見つけることはできなかったが、だが世の規則としてそう決まっているようなのだ。然るべき地位の男性による試験と審査を乗り越えなければならず、その上男性以上に厳しく回数も多い定期審査が待っているのである。隊長の地位につくことも、それを守ることも至難であった。

(女性の隊長ってことは……あの人、すごく強い人なんだ。でもあの小隊の人数は……)

 重職についた女性は風当たりが強いとも、なにかの本に書いてあった。誰かの嫌がらせで、わざと歪な隊を任されているのかもしれない。優秀な隊長ならば、そのことに気づいているだろう。それでも隊長の表情は力強く、目つきはどこまでも鋭かった。

「私はテルナ・トラドール。北方地域第八巡視隊の大隊長だ。この森に潜む泥鬼の討伐のために来た。これより、この村は我々の管理下に置かれる。村長以下全員、我々の指示に従ってもらおう」

「大隊長様、あのまずはご挨拶を……」

「村長、私は、私の質問にだけ答えてもらえればよい、と言った。それ以外の発言を私は求めていない」

 テルナの冷たい言葉と視線が、村長の口を塞いだ。その視線で周りをぐるりと見回し、村人のざわめきまでも一睨みで消してしまう。

「では、質問だ。村長、村人がこの森で泥鬼に初めて襲われたのは、およそ一月半前と聞いている。間違いないな」

「……はい、間違いありません」

「その後も、狩りの最中等に村人が襲われている。だがどのときも、森の奥でのことであり、村の方に近づいてくることはない。また、泥鬼以外の魔物に襲われたこともない。間違いないな」

「はい、その通りです」

 なにを言っても無駄と悟ったのか、村長は大人しくテルナの問いに答えていた。余計なことは言わず、最低限の言葉で。まるで尋問のようなやり取りを、緊張した面持ちで村人は見守っていた。その中でロランは、テルナと村長の言葉を聞き漏らさないよう集中していた。自分の知らないことはないか、勘違いしていることはないかと、二人の話を真剣に聞いていた。

(よかった……思っていたよりも、村の被害は少ないみたいだ……)

 村長の答えでは、村人が襲われているのはあくまで森の中だけであり、村にまで泥鬼が現れたことはないらしい。村はずれの家が襲われたとか、家畜小屋が燃やされたなどという話が村人の間で交わされていたのだが、それらは不安から生まれた流言のようだった。話を聞いて、ロランは納得する。確かに、泥鬼が現れた、襲われたという話は多いが、実際の怪我人を見たことは少なく、葬式に参加したこともただの一度だったのだ。

(でも……)

 納得すると同時に、だがロランは疑問も抱いていた。なぜ泥鬼は村を襲ってこないのだろう? 泥鬼は生物の体液を啜る。特に人間の血が好物と聞いていた。人の恐怖や不安を食らうような悪鬼邪竜の類ではない。まるで焦らすような、不安感だけをかき立てるような襲い方に、疑問が拭えなかった。

「今一度確認するが……泥鬼が村を直接襲ってきたことはないのだな」

「はい、ございません」

 テルナの問いに、大隊長が自分と同じことを疑問に思っていることを、ロランは悟った。途端、ロランの胸中で不安が膨れあがる。嫌な予感が胸の中でいっぱいになった。

 視線の先、テルナは黙考するように目を閉じている。村長は怖じけたようにテルナの顔色を窺っていた。

 テルナが瞳を開いた。その瞳は決意の色に満ちていた。

「話は理解した。我々はこれより、泥鬼討伐のための行動を開始する。村人は以後、普段通りの仕事を続けてくれて構わない」

 テルナの言葉に、村長は安堵したように息を吐いた。安心した声音で、「大隊長様、どうぞよろしくお願いします」と言っている。集まっていた村人たちの間にも、「よかった」「これで安心だ」という声があがっていた。だが、ロランは逆だった。村長や村人たちとは違い、胸の内の不安は大きくなる一方だった。嫌な予感が当たってしまったと思い……たまらず背を向け、駆けだしていた。

(ダメだ……きっとダメだ……!)

 ロランは心中で叫んでいた。三十という最低人数の小隊。大隊長一人の指揮。泥鬼に襲われたのは森の中という話。村を直接襲われたことはないという説明。今見たもの、聞いたことが頭の中で繰り返され、そのたびに「ダメだ」という声が大きくなっていく。そして最後に、テルナの言葉が思い出された。

『話は理解した。我々はこれより、泥鬼討伐のための行動を開始する』

 テルナはそう言った。泥鬼討伐のための行動。村を守るとは一言も言っていなかった。

(あの人はこの村を守ってはくれない……!)

 騎兵の人数は少なく、隊を分ける余裕はないだろう。指揮できるのも恐らくテルナ一人だ。そして泥鬼は森の中にいて、村自体は襲われていない。ならきっと、あの大隊長はこう考えたはずだ。泥鬼に気づかれるより先に、森を強襲すればいい、と。その考えは間違いではないのかもしれない。実際村は襲われておらず、泥鬼は森の中に潜んでいる。ただでさえ少ない人数だ、兵を分散するよりも短期間での強襲に集中した方が正しいのかもしれない。討伐作戦としては分の悪い賭ではあっても、限られた兵を分けたり、いたずらに時間をかけるよりはましだとも思えた。だがそれは、泥鬼の討伐だけを考えた場合だ。逃げた泥鬼が村を襲ったときのことが、泥鬼を一掃できなかったときのことが考えられていなかった。

(いや違う!)

 その危険性も、あの大隊長は考えたはずだ。女性でありながら隊長職を務めるテルナが、ロランでも気づいたことに思い当たらないはずがない。テルナは泥鬼を逃がしてしまう危険性も考えたはずだ。泥鬼が村を襲ってこない不自然さにだって、気づいているだろう。だがその上で、泥鬼討伐のため、テルナは村の安全を切り捨てたのだ。

(なんだよ、なにも変わってないじゃないか!)

『大革命の書』の内容が思い出された。大革命によって変わったはずの世界。冒険者がいなくなり、代わりに国が民を守ってくれるはずの世界。そんなことは嘘だとロランは思った。国はまとまり、その力は強くなった。冒険者はいなくなった。でも変わったのはそれだけだ。それ以外は大革命前ときっとなにも変わっていない。こんなにも簡単に、自分たちは秤にかけられ、そして見捨てられるのだ。

「くそっ!」

 ロランは村の外へ、森に向かって駆け続けた。もうとっくに午後の仕事は始まっている。子供たちは柵作りの手伝いをしているはずだ。行かなければ、またガスや父に殴られるだろう。他の村人にも責められるに違いない。それでも、この不安を抱えたまま村の仕事をすることはできなかった。

 ロランは駆け続けた。作りかけの柵の横を通り過ぎ、誰かの怒声を背に、ロランは森の中に飛び込んでいた。

 あの男に、もう一度会おうと思った。冒険者ではないと言った、あの男に。


 森の中、泥鬼の犠牲になったと思われる動物の死骸に脅かされながらも、幸い泥鬼と遭遇することはなく……大した時間をかけることなく、ロランは男を見つけることができた。そこは森の一角、鹿が通る獣道に程近い場所だった。同時に泥鬼が潜みやすい沼地からも近い。森に泥鬼が現れてからは、村人はあまり近寄ろうとしない場所だった。あの男がまだ森にいるのなら、狩りがしやすく、同時に村人と会わずにすむ場所にいるはずだ。そう思い、ロランはその場所を訪れた。予想は当たり、男は確かにそこにいた。

 男は、大きな洞のあいた古木を住処の代わりにしているようだった。その古木に寄りかかり、男はただ黙って空を見上げている。鎧は着たままで、片手半剣と弓は木に立てかけられていた。

 森の中、男はなにもしていなかった。ゆっくり近づくロランにはとうに気づいているはずなのに、視線を向けようともしない。

「あの……」

 ロランが声をかけた瞬間だった。男の腕が跳ね上がるように動いていた。光るなにかが手から放たれた、ロランがそう思ったときにはもう、音が耳元で響いていた。肉に刃が突き刺さる嫌な音。一瞬の硬直の後、顔を横に向ければ、一匹の蛇の頭に短剣が突き刺さっているのが見えた。死んだ蛇は二度三度と体を揺らし、それから地面に落ちた。高い枝に尾を絡め、木の下の動物を狙う蛇がいると聞いたことがあった。これがそれなのだと、ロランはようやく気がついた。

 土を踏む音に前を見れば、眼前に男が立っていた。見上げるロランを無視し、男は仕留めた蛇を拾う。短剣を抜き、獲物の状態を確認すると一つ頷いた。そして古木へ戻ろうと背を向ける。側のロランを一瞥もせずに。

「あの!」

 無視する男を止めようと、ロランは大声を上げていた。だが男は足を止めない。ロランは走り、男の前に回り込んだ。進路を遮られ、ようやく男はロランに目を向けた。鋭い目に見つめられ、ロランの体が一瞬硬直した。言葉が喉に引っかかりそうになる。それでもどうにか、ロランは声を絞り出していた。

「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございました!」

 半ば叫ぶように言って、頭を下げた。それに対する男の返答は、

「邪魔だ、坊主」

 一昨日よりも更に冷たい言葉だった。

 男はロランの横を通り、古木の根元に座り込む。短剣をまた抜き、その刃で蛇の皮をはぎ始めた。ロランの方はもう見ようともしなかった。

 男の冷たい態度に、ロランは体を震わせていた。泣き出しそうな気持ちにもなる。だが、ここで帰るわけにはいかなかった。涙をこらえ、ロランは男に駆け寄った。

「あ、あの……お、お願いがあるんです!」

 ロランの言葉を、やはり男は無視していた。まるでなにも聞こえていないかのように手を動かし、蛇の肉を切り分けている。男が自分の話を聞く気がないのは明らかだった。それでもロランは言葉を続けた。

「お願いです、この森に泥鬼が潜んでいるのは知っていますよね? その泥鬼から、僕たちの村を守って欲しいんです!」

 ロランは言った。男は無視し続けた。ロランの言葉に瞳も向けず、ただ蛇の調理を続けている。男の足下には、等分に切り分けられた蛇の肉が、木の串を通され、地面に刺されていた。これがこの男の遅い昼食なのだろうか。泥鬼のいる森の真ん中で、のんきに火を熾し、蛇の肉を焼いて食べようというのか。

(そりゃ、あなたは大丈夫だろうけど……!)

 火に気づいた泥鬼がやってきても、この男は大丈夫だろう。一昨日の戦いを見ていればわかる。何体の泥鬼が来ようが、この男の敵ではない。自分の身を守るだけなら、なんの問題もないだろう。でもロランは違う。ロランたちの村はそうはいかないのだ。数体の泥鬼が入り込んだだけで、何十人という村人が殺されるだろう。この男のように戦う力など、村人たちは持っていないのだから。

 男が焚き火の準備を始めた。淡々と木の枝を組み、下に木屑を置く。その動作を見て、ロランの心に怒りにも似た気持ちがわき上がった。

「話を聞いて下さい! 冒険者のあなたにお願いしたいことがあるんです!」

 言い終えると同時に、体が凄まじい勢いで宙に持ち上げられていた。男がロランの服の襟元を掴み、立ち上がったのだ。それだけの動作で、ロランの体は簡単に地面から離されてしまう。足は頼りなく揺れるばかりで、求める地面は遠くどこかに消えてしまったかのようであった。

「おい坊主、よく聞け。冒険者なんてものは、もうこの世界のどこにもいない。俺も当然、冒険者なんてものじゃない。だからお前の頼みを聞くわけもない。わかったか」

「でも……あなたは僕を……」

「助けてなどいない。一昨日は目障りな泥鬼を殺しただけだ。今は昼飯の獲物を狩っただけだ。お前みたいな坊主がどうなろうが、俺は知らん」

 男が手を離した。ロランは地面に落ちた。打った尻が激しく痛み、締めつけられていた喉が空気を求めて喘ぐ。そんなロランを、男は見下ろしていた。

「わかったらさっさと帰りな、坊主。昼飯の邪魔だ」

 男の言葉に、だが立ち上がる気力はわかなかった。重たい絶望感が体にのしかかってくる。巡視隊大隊長テルナが村を守ってくれないと悟り、ロランは男にもう一度会おうと思った。もう一度会って、助けを求めようと思ったのだ。一昨日、男は自分を助けてくれたのだから。だから助けを求めれば、村を泥鬼から守ってくれると思っていた。

 だが現実は違った。一昨日、男は自分は冒険者ではないと言い、そして今また、同じ言葉を繰り返していた。自分は冒険者ではない。冒険者ではないから、ロランたちを助けるつもりもない。冷たく、男はロランの言葉を拒絶していた。

 動かないロランを見て、男は舌打ちをしながら火を熾していた。手慣れた動作で、火はすぐに大きくなり、炎が肉をあぶり始める。慣れない蛇肉の臭いと煙に襲われ、ロランの目に涙が浮かんだ。それを見て、また男は舌打ちをした。

 どれぐらいそうしていただろうか、俯いて座り込むロランの視界に、突然焼かれた肉が現れた。驚いて顔を上げると、男が蛇肉をロランに突きだしていた。顔はロランには向けられておらず、焚き火の方を見たままだった。戸惑いながらロランが串の反対側を手に取ると、男はすぐ手を引っ込めた。

「それを食ったら帰れ……わかったな」

 ぶっきらぼうに、男が言った。どう答えてよいのかわからず、ロランは黙って肉に視線を落とし、

「相変わらず子供の扱いは下手だな、グリーク」

 突然の声に、ロランは後ろを振り向いていた。視線の先にいたのは、馬に乗った銀髪の女騎兵。村にやってきた、あの巡視隊大隊長。テルナ・トラドールだった。

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