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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第99話 女神の庭園






 既に帝政が廃止となり、その名だけの存在であるツァーリだが、それでも名に執着する者は良きにしろ悪きにしろ、大勢存在する。

 つい数年前まで、血で血を洗う戦争を繰り広げていた国のトップとその血筋が、公の場で仲良くお話しをする。何て状況は、エンフィール王国側の内情的にも体面的にも、少々都合が悪い。

 なので話の続きは、謁見の間から移動して、王族専用の応接間で行うこととなった。


 王家の応接間ということで、どんなに豪勢な場所へ連れてこられるのかと、一同は期待半分に身構えていたのだが、特別に何があるわけでも無い、普通の応接間だったので拍子抜けしてしまった。

 ただ、座るソファーの座り心地は、アルトの家のボロとは比べ物にならないほど上質で、革張りの感触が病み付きになりそうだ。

 テーブルを挟んで、エンフィール王夫妻と、ツァーリの主従コンビが座る。

 アルトとロザリンは、一応中立ということで、テーブルの側面に椅子を置いて貰い、そこに並んで座っていた。

 高級素材のソファーに座れなくて、アルト達はちょっと残念そうだ。


 応接間にいる人間は、この六名だけ。

 不用心にも思えるが、室内の至る所から、鋭い殺気を帯びた人の気配が見張っている。

 もしもハイネスが、僅かでも不審な行動を取ろうモノなら、瞬きをする間も無く制圧されてしまうだろう。

 女の子二人を目の前にして、ジェフリーはニコニコと柔和な笑顔を崩さない。

 対してアカシャ達は不安げな表情と共に、ジェフリーの真意を測りかねているのだろう。僅かな困惑と、見張りが踏み込んでこないギリギリの気配で、探るような警戒心が滲み出ていた。


「……さて、改めてお話をしようか」

「その前に、お聞きしたいことがあります」


 手を突き出して、アカシャが毅然とした態度で問う。

 ジェフリーは笑顔のまま、先を促した。


「何故、我々のことをご存知だったのでいしょうか? 自分で言うのも何ですが、かなり特別な手段で、この国に入ったのですが……」

「うん。それは、まぁ、割と最初からかな。君ら、アルトちゃんの見つけた遺跡から出て来たんだよね」

「……あの遺跡かよ」


 まさかの偶然にアルトが独り言を呟く横で、アカシャが頷いた。


「まぁ、種明かしをしちゃうと、色々と文献を調べた結果、あの遺跡が転移術式の転移先ってのは、わかったからなんだ。しかも、一方通行。必要なのは皇族の血筋ってのも調べはついていたから、後は各地方から入った情報と照らし合わせれば、まぁ、ツァーリの皇女様かなって」


 ペラペラと、軽い口調でジェフリーは喋る。

 その饒舌な口振りもそうだが、王が率先して行う高い情報収集能力に、アカシャは目を丸くして驚いた。


「なるほど。日和見の平和主義、などと戦時中は叩かれていたが、その正体は羊の皮を被った狼だったようですね」

「たっはっは~。んなぁ、大袈裟だよぉ。それに、そんなことを面と向かって言う皇女様も、大した肝っ玉だね」


 緊張感に慣れてきたのか、徐々に普段の口調に戻りつつあるアカシャに、横で聞いているハイネスは、気が気では無い。

 当のジェフリーは気に留めず、むしろより軽く返しているが、普通だったら激怒されてもおかしく無いだろう。


「つまり、タイミングよくシエロと連絡が取れたのは、その辺の兼ね合いがあったからか。アンタら、時機を見てこいつらと接触するつもりだったろ」

「ぬふっ。うちの特務は優秀だからね……ああ、普段はこんなことはしないよ。国民のプライベートは順守しています」


 両手の平を見せて指を細かく動かし、ひたすら軽くジェフリーは言う。

 けれど、アカシャとハイネスはニコリともしなかった。

 言動やノリこそ軽いが、それに惑わされれば、痛い目に遭うかもしれない。

 そう二人は考えているのだ。

 ただ、その立場を気にしてか、ジェフリーが軽い言動を繰り返す度に、無言のまま横に座るアンヌの眉間の皺が、どんどん深くなっていく。


「質問」


 そこで、ロザリンがスッと手を上げる。

 ジェフリーが視線を向けると、落ち着いた口調で、ロザリンは問いかけた。


「何故、わざわざ、王様自らが、接触したの? それに、皇族とはいえ、今は形だけの存在。こうして、人目を払ってまで、会話をする意義が、見えない」

「そこはほら、アルトちゃんとのよしみってことで、納得出来ない?」

「できない」


 間髪入れずに答え、ロザリンは、ジトッとした目を向ける。

 その意見に同意するよう、アカシャとハイネスも視線を注視させた。


「ま、当然だよね」


 ジェフリーは軽く、肩を竦めた。


「率直に言ってしまうと僕はね。今のラス共和国の情勢を、あまり好ましく思っていないんだよ」


 真面目な表情で、一言そう述べる。

 途端、室内の緊張感が増す。

 公の場では無いとはいえ、一国の王の発言としては危険すぎる。その上で迷い無くそう発言するのだから、彼が相当な危機感を、現状のラス共和国に対して持っている。ということなのだろう。


「ここ二、三年、共和国の、特に軍部の方には不可解な動きが多くてね。以前から少し探りを入れてたんだ……まぁ、具体的なことまでは掴めなかったんだけど、軍部の一部が共和国議会とは別に、独自に何かしらの動きを見せてるってことはわかった」


 アカシャとハイネスの表情が、僅かに強張る。

 横目でその表情の変化をみたアルトは、すぐに何かを知っていると悟る。

 恐らくは、ジェフリーの狙いはこれ。喋りながら、二人の反応を観察しているのだ。


「うん。ってなわけで、率直に聞きたいんだけど……君達の国で、今一体、何が起こってるの?」


 前のめりになって、問いかけられた言葉に、二人は一瞬だけ目を合わせる。

 何処まで話すべきか。

 僅かな逡巡の後、視線だけで互いの意思を確認し合い、アカシャが口を開く。


「その前に、申し訳ない。そもそも、我々は我々の目的があって、謁見に応じて頂いた。まずは先に、その話をしても良いだろうか?」

「……ふむ」


 ジェフリーは両腕を組む。

 呼び出されたのならまだしも、此方に用件があり、正式な手順を踏んで謁見に応じて貰ったのだ。なのにジェフリーの方から一方的に、用件だけを述べられるのは、筋が通らない。これは王の器量が問われる問題だ。


 同時に、用件を聞き入れてくれなければ、此方もおいそれとは話さない。

 アカシャのそういった意図も、含んでいるだろう。

 多少、慇懃な雰囲気もあるが、切り返しとしては悪く無いなと、アルトは内心で呟いた。


「いいよ。話を聞くって約束だもんね。用件を話してごらんよ」

「……それでは」


 許可を得て、アカシャが今回、謁見を申し出た経緯を話し始める。

 腹部に負ったハイネスの怪我のこと、魔術的な効果があること、生半可な方法では解呪できぬこと。それらを順に説明し、最後にその傷を癒す為に、エンフィール王国の国家神、水神リューリカの力添えを、立ち上がり頭を下げてお願いした。


 話を全て終え、ソファーから立った二人は、夫妻に対して頭を下げている。

 困り顔のジェフリーは、頭を掻きつつ一言。


「悪いけど、そりゃ無茶な話だよ」


 申し訳なさげな言葉に、落胆の重い空気が満ちる。

 けれど、諦めきれないアカシャが、顔を上げて必死の視線を向けた。


「無茶なのは百も承知! けれど、そこを曲げてお願いしたいっ!」

「ん~……でもねぇ」

「控えなさい、アカシャ・ツァーリ・エクシュリオール。王の御前ですよ」


 ぴしゃりと、それまで黙っていたアンヌが、厳しい言葉で食って掛かろうとするアカシャを言い咎めた。

 その迫力ある声色に、アカシャはウッと息を飲み、身を引いてしまう。


「貴女のお気持ちは察します。ですが、我らが水神リューリカは国家の守護神であり、町医者の類ではありません。誤解せぬように」

「あ、あの、アンヌさん? あまり厳しい言い方だとかわいそ……」

「陛下は黙っていてください」

「……はい」


 シュンと、ジェフリーは肩を落とす。

 改めてアンヌが二人に視線を向けると、その厳しさに満ちた眼光を、僅かだが緩める。


「リューリカ様のお力添えがあれば、確かに傷口の呪詛を消し去ることは可能でしょう。しかし、この国、いえ世界には大勢の苦しみを抱えた人達が存在します。たった一人を助けた善意が広まれば、我も我もと押し寄せ、いずれは収集のつかない事態へと陥るでしょう。国民感情は勿論、それが続けばリューリカ様もお怒りになる」


 静かな口調で、物語を読み聞かせるようにアンヌは語りかける。


「国家神と契約とは、あくまで大精霊側の人に対する善意によって履行されているのです。我ら契約者である王家が、リューリカ様の意向を無視して、一方的な負担をかけ続けるのであれば、リューリカ様は我らを見限り、その契約を打ち切るでしょう」

「……それはわかるっ。それはわかるが、だがッ」


 諦めきれないアカシャが食い下がる。

 利益などでは無く、単純にハイネスを救いたい。

 必死な表情からそれが読み取れるから、アンヌも思わず続く言葉に詰まってしまう。

 途切れた言葉を、ジェフリーが引き継ぐ。


「高次元に属する神クラスの精霊っては、人より上位存在だ。価値観が全く違う……ってわけでは無いんだけど、特にリューリカ様は気まぐれだからね。滅多なことでは寝所から姿をお見せしない。どころか、起きてることすら一年に一度、あるか無いかだ」

「……それって、もしかして」


 ロザリンが困惑気味に、問う。


「気持ち良く、寝ているところを叩き起こされて、不機嫌なところに、一方的なお願いなんかしたら、ブチ切れて、契約解除もありえる。って、こと?」

「問題なのは、その可能性が決して低く無いってことだよね」

「――馬鹿なッ!?」


 思わずアカシャは立ち上がる。

 興奮しているのか、その小さな身体は僅かに震えていた。


「人の、大切な人の命がかかっているのに……そんな理由でッ!」

「お怒りはごもっとも。僕も気持ちはわかる。痛いほどねぇ」


 口調こそ軽いが、ジェフリーの眼差しは真剣だ。

 彼もまた、過酷な戦争を体験した王。長く続く戦乱で民草は苦しみ、戦場では多くの人間が命を散らせて逝った。当時は貴族派の威光が強く、王族の発言力が弱かったとはいえ、ジェフリーは王として打てる手段は全て打ってきた。全ては戦争を終息させ、祖国に平和をもたらす為に。


 もしも、水神リューリカの力添えさえあれば、もっと早く戦争は終わっていた。

 もっと多くの人達を救うことが出来た。

 そんな葛藤がジェフリー・エンフィール王の中には存在する。

 だからこそ、感情的なアカシャの言葉が、ジェフリーには理解出来るのだろう。


「けれど、大精霊にとって人とは個体では無く群体。一人の意見が、全体の総意だと受け取られる。水神リューリカの善意によって守られている我々は、一方的に何かをお願いする立場には無いんだよ」

「……そんな。そんなぁ……」


 ジェフリーの言葉を受けて、アカシャは絶望に顔を歪める。

 よろよろと力無くソファーに座り、己の無力さを嘆くかのよう、俯き両手で顔を覆った。


「……アカシャ」


 自分のこと以上に、危機を強く受け止め、ショックを受けてくれる姿に、ハイネスは胸が締め付けられる気持ちで一杯だった。

 彼女が、アカシャがこんなに傷つく必要は無い。そう思いながらも、心の片隅ではこんなに思ってくれる姿は嬉しくて、ハイネスは思いのたけをぶつけるように、塞ぎ込むアカシャの身体を強く抱きしめた。


「……ハイネスぅ」

「大丈夫。大丈夫よ。なぁに、心配無いって。たかだか、当てが一つ潰れただけ。こっから大逆転すんのが、あたしら咢愚連隊でしょ?」


 背中に回した手を、ポンポンと数回叩く。

 アカシャは、涙を堪えるよう、その豊かな胸に顔を埋め、持った服の一部を思い切り握り締めた。

 正直、ハイネス自身にも落胆は大きかった。

 けれど、奥歯をギリッと噛み締め、萎えそうになる心を奮い立たせる。

 不幸中の幸いか、ロザリンのおかげで傷口の痛みは抑えられている。時間制限つきとは言え、これなら何とか戦えないわけでは無い。


 思考を切り替えようとした時、目の前のテーブルが大きく揺れる。

 途端、部屋を守るように取り囲む気配が、にわかに殺気立った。

 原因はハイネス達の横。ソファーから立ち上がったアルトが、片足をテーブルの上に乗せて、ジェフリーを睨み付けていたからだ。


 突然の蛮行に、皆声も出せない。

 唖然とする周囲などアルトは気にも留めず、何時もの調子でドスの利いた言葉を発する。


「おう、とっつぁん。人目を忍んだと思ったら、嫁の目の前で女二人を相手に言葉攻めかい? 随分といい趣味してるじゃあねぇか」


 不遜な物言いに、ジェフリーの身体がぴょんとなる。


「ちょちょちょちょ!? アルトちゃぁん!? 君、何を物騒なこと言ってくれちゃってんの?」

「……へぇ。そういった意図があったのですか」

「いやいやいや、違うから。こんな変な流れに乗っかんないでよぉ、明らかに無理があるでしょ!?」


 冷たい横目を向けるアンヌに、慌てた様子で弁解する。

 この場にいれば言いがかりだと当然わかるのだが、ジェフリーの挙動不審な態度を見ると、何らかの前科があるのかもしれない。


「王様、酷い」

「ええ~っ。僕だって駄目って言いたくて、駄目って言ってるわけじゃないのにぃ」


 アルトの乗っかるロザリンの、三白眼の視線と非難の言葉を浴びて、ジェフリーは泣きそうな顔をしていた。


「ちょ、ちょっとアンタら、止めなって!」


 何故か本人であるハイネスが、戸惑った様子で止めに入る。

 自分達の為に怒ってくれているアルトに対しては、心の中で「ひゃっほう!」と小躍りしてしまうほど、喜んでいたが、既知とはいえ王族にこの態度は不味い。現に、壁や天井から剣呑な気配が、ビンビンと伝わってくる。


「ほらほらぁ。王様である僕に、あんま無礼な態度取っちゃうと、牢獄行きになっちゃうよ? 今なら笑って見逃すからさぁ、もっと穏便に済まそうよぉ。ね?」


 上からなのか下からなのか、いまいちわかり難い態度で、ジェフリーはパチっと両手を合わせて拝むような態度を取る。

 一国の王様とは思えぬ態度に、アカシャ達も唖然としていた。


「――失礼します」


 誰かの断りの声が聞こえたかと思うと、ジェフリーの背後にスッと人影が出現した。

 細目が特徴の優男風の騎士、シエロだ。

 シエロは挨拶代りとして、アルト達に軽く微笑を送ってから、穏やかな口調でジェフリーに提言する。


「僭越ながら王。アルトは我が親友。特務騎士団長としてでは無く、彼の友人としてなにとぞ、慈悲のあるお言葉を賜りたいと存じます」

「……控えなさいシエロ団長。貴方の行為は、騎士としての職務を逸脱しています」


 視線も向けずアンヌが、厳しい口調で糾弾するが、シエロは引く様子を見せず、ゆっくりと首を縦に頷いた。


「ならば王妃様。団長としての我が首と引き換えにしても、ここは譲るわけにはいきません」

「――おい、シエロ! 何のマネだ、こっの馬鹿がッ!」


 アルトが怒鳴るが、シエロは軽く笑みを向ける。


「何か特別な誓いをしたわけじゃない。けど、困った時は出来る限り助ける……これが、僕ら三人の不文律でしょ?」

「……んな昔のこと、何時までも覚えてんなよ」


 顔を顰めて、アルトは頭を乱暴に掻き毟った。

 この言葉に、慌てたのはジェフリーだ。


「ちょ、ちょっとちょっと! そりゃ困るよぉ。ただでさえ、アレハンドロの一件で騎士団に大穴が空いてるのに、その上でシエロちゃんまで抜けちゃったら、騎士団が立ち行かなくなっちゃう! その口振りだと、シリウスちゃんも抜けちゃんんでしょ? 駄目駄目そんなの、僕がゲオルグに殺されちゃうよ!?」


 必死の形相で手と首を振り乱す。

 何処まで立場が弱いんだと、ハイネスとアカシャは何だか可哀想に思えてきた。

 一方のアンヌは、落ち着いた様子で考え込むよう、羽扇子を開いたり閉じたりしている。

 両目を瞑り、何事かを思案するよう、深々とシエロの言葉を噛み締める。


「これが殿方同士の友情……実に素晴らしい」

「あの、アンヌさん?」

「陛下」


 くわっと両目を開き、強い目力で横のジェフリーを見た。


「わたくしは甚く感動いたしました。そもそもにして、あの遺跡は遥か昔の物とはいえ、我がエンフィール王家とエクシュリオール皇家の、恒久なる友情を願って建てられた物だと聞きます」


 そうなんだ。と、アカシャが小さく呟いた。


「遥かなる時を経て、互いに癒えぬ傷、乾かぬ血を流した身なれど、忘れ去られた友情の架け橋を渡り、その子孫が助けを求めてきた。相容れぬ歴史はありましょう……けれど、その手を無慈悲に払うことは、我がエンフィール王家の名折れだと、わたくしは考えます」

「うっ……しかし、大っぴらに協力するのは、国民感情とかもあるし」

「そんなモノ、最終的にバレなければ良いのです。よしんばバレたとしても、誤魔化せれば問題はありません」


 バッと、羽扇子を開き、口元を覆い隠す。


「それにお優しい陛下のこと。リューリカ様のお力添えを借りる事なく、そこな騎士殿を救う手だてを、考えておいででしょう?」

「……ええ~っ。む、無茶振りだなぁ」


 そう言いつつも、ジェフリーは腕を組んで考え込む。

 暫く。ほんの二、三分ほど呻り続け、唐突にポンと手を叩いた。


「そうだ! あるある、大逆転の神の一手が!」


 大袈裟な物言いをして、ジェフリーはぬふっと口元を緩める。

 ちょっとばかり頼りない態度に、不安は隠しきれないが、一同は黙ってジェフリーの言葉に耳を傾けた。

 皆の視線を集めて、ジェフリーはスッと、ハイネスを指差す。


「ハイネスちゃん。君、竜の称号を得ちゃいなよ」

「……は?」


 予期せぬ言葉に、ハイネスは間の抜けた声を出してしまう。

 だが、それはハイネスだけでは無く、王夫妻以外の全員が、同じような反応を見せていた。

 とりわけ、アルトとシエロの二人は、微妙な表情をしている。


「君、昔に称号を得るチャンスを蹴ってるでしょ? つまり、逆を言えば一度認められてるんだから、資質は十分ってわけさ」

「は、はぁ……でも、それとこれとが何の意味が」

「ふふん。あるんだなぁ、これがぁ」

「……その顔ムカつくわぁ」


 勿体ぶるようなジェフリーの表情に、アルトは思わず内心の苛立ちを口に出してしまう。

 シエロは苦笑を漏らすが、同じ心情だろう。


「ご存知の通り竜の称号ってのは、国家神と契約を持つ者の推薦によって認定される。けれど、ハイネスちゃんは一度推薦を蹴っているから、今から欲しいと言っても、簡単には手に入らない」

「それじゃあ、意味無いじゃねぇか。まさか、また推薦人を集めろってか?」

「いやいやぁ」


 眉根を顰めるアルトの言葉を、ジェフリーは首を左右に振って否定する。


「竜の称号ってのは特別だからね。国家神の意思も絡むし、一度推薦した以上、余程の理由がなければ取り消されない……けれど、それじゃ自由すぎるってんで、時間が空いてからの称号取得の場合、一つの試練を課せられるんだ」

「試練?」

「そう」


 小首を傾げるアカシャに、にんまりとした笑顔を向ける。


「国家神、大精霊よる直々の試練さ」

「――ッ!? そ、それって、つまり、国家神に直接お会い出来るということか!?」


 興奮して、アカシャは思わずソファーから立ち上がる。


「そういうこと」


 ジェフリーが頷くと、ハイネスとアカシャの表情がパッと明るくなる。

 消えかけていた希望が、再び見えてきた。

 しかし、怪訝な表情をしているのは、背後に立つシエロだ。


「しかし陛下。自分の記憶が確かならば、その試練の為に謁見できる国家神は、リューリカ様では無い筈ですが……」

「……えっ?」


 途端に、アカシャの笑顔が曇る。

 ジェフリーは首を縦に動かしシエロの言葉を肯定するが、落胆しかけるアカシャを落ち着かせるよう、柔和な笑みを見せた。


「謁見の国家神はリューリカ様では無いけど、精霊としての格はリューリカ様以上だ。そしてその国家神のお力添えがあれば、ハイネスちゃんの身体に刻まれた、呪詛の魔術式を消し去ることが可能な筈」

「そ、それは一体、何処の国なんだ!」


 興奮気味にアカシャが問う。

 言葉を一端切って、ジェフリーは真剣な眼差しで二人を見つめた。


「ガーデン……女神の庭園と呼ばれる聖域さ」


 その言葉に、息を飲む者と怪訝な顔をする者、反応が二つに別れた。

 信じられないといった表情をしているのは、アルト、ハイネス、シエロの三人だ。

 しかし、アカシャとロザリンは心当たりが無いのか、いまいち何故、彼らが驚いているのかが理解出来ていない。

 好奇心旺盛なロザリンが、真っ先に手を上げる。


「女神の庭園って、何?」

「まぁ、普通は知らなくて当然だね」


 苦笑して、ジェフリーは頭を掻く。


「女神の庭園ってのは、大陸でも選ばれた者しか足を踏み入ることが許されない、最も純粋なる聖域と呼ばれている場所だよ。通称、ガーデンと呼ばれる場所の国家神が、女神マドエル。神代の頃から存在し続けている、最古の大精霊の一人さ」

「つまり、そこに行けば女神様に会えるってわけね」

「うん。噂ではとても慈悲深い女神様らしいからね。仮に試練に失敗しても、お願いすれば、傷をちゃんと治してくれると思うよ」


 二人の表情に、今度こそ明るさが戻った。

 安堵からか、アカシャの目元には光るモノが見える。


「そりゃ、わかったけどさ。その庭園って、何処にあんの?」

「……さぁ?」


 アルトの問いかけに、ジェフリーは後頭部を掻きながら、首を横に傾けた。

 途端、室内が冷たい空気で満たされた。

 ジロッと、刺すような視線を四方から浴びせられ、ジェフリーは慌てた様子で言い訳を口にする。


「だって仕方ないじゃないかぁ。聖域だよ? 普段は大結界で隔離されてて、探し当てることが不可能なんだからさぁ」


 泣きだしそうな表情で、ジェフリーが叫ぶ。

 今度こそ見つけたと思った希望は、またも手の中をすり抜けて行く。

 重苦しい空気が流れかけるが、それを一蹴したのはシエロの発言だった。


「その点については、何とかなりそうですよ」


 一斉に視線を向けられ、シエロは糸目に笑みを宿す。


「わからないのなら、わかる人に聞けばいいんです」

「だから、それがわかんねぇから困ってんじゃ……えっ? もしかして、心当たりあんの?」

「特務の情報収集能力は優秀だからね……それにアルト。君はもう少し、自分が引き付けてしまう人間の素性を、気にした方がいいかもね」


 意味深な言葉に、アルトはわけがわからんと顔を顰める。

 クスッと微笑を浮かべたシエロは、口元に人差しを添えた。


「テイタニア。彼女、ガーデンに所属する使徒ですよ」


 今日、何度目かの沈黙が流れた。

 そして次の瞬間、部屋が震えるほどの声が鳴り響き、眉間に皺を寄せたアンヌに「静かになさい!」と怒鳴られるのであった。





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