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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第100話 再起への道筋






「えっ? うち、ガーデンに寝床借りとるけど、言わへんかったっけ?」


 応接間に現れたテイタニアは、当然のような顔で言い放った。

 王族の応接間に集まった一同は、もう何と言ってよいのかわからない微妙な表情。

 シエロの衝撃的な情報の直後、ことの真相を問いただす為に、急きょテイタニアを水晶宮へと呼び出した。


 代わりに用は済んだと、応接間からシエロの姿が消えている。

 最初は突然の呼び出しに、戸惑いを隠せない様子……まぁ、原因の一つは、エンフィール王であるジェフリーが、王族とはとても思えないほど、軽い態度で出迎えた部分も、多分にあるのだが。

 けれど、改めて問いただすと、気が抜けるほどあっさりと認めてしまった。


「まぁ、隠すことやあらへんしな。言わへんかったのも、別に聞かれへんかっただけやし」

「いや、まぁ、いいんだけどね」


 言いながら、ハイネスは額を押さえた。

 色々と葛藤があった分、拍子抜けしてしまった感は否めない。


「でも、これでハイネスの傷を治すことが出来そうだな」


 一方のアカシャはパンと、喜びいさんで手を叩き、笑顔を見せていた。

 その姿を横目に、ハイネスは唇に微笑を浮かべる。

 色々とあって、ぎこちない雰囲気を引き摺っていた二人だが、傷口を直せるとわかってか、少しずつだが開いていた溝が埋まりつつあるようだ。


「ああっと、喜んどるところ、恐縮やけど……」


 流れかけた和やかな雰囲気を、壊すようで気が引ける様子で、テイタニアは小さく手を上げた。


「うちはともかく、部外者は許可が無いと、ガーデンの結界内に入れへんで」

「その許可ってのは、何処から貰うんだよ?」

「ん」


 アルトの問いかけに、テイタニアは指差した。

 差された先にいたのは、待っている間にメイドが用意したお茶を啜る、ジェフリーの姿だった。

 何故かジェフリーは照れたような笑いを浮かべ、アルトは目付きを三角にする。


「またアンタかよ。嫌な予感がするなぁ、おい」

「そんな邪険にしないでよぉ。許可自体はパスを発行するだけだから、僕の独断で平気なんだよ……けど」


 スッと、ジェフリーは笑みを消す。


「僕も慈善事業で国家運営をしているわけじゃないからね。締めるところは、ちゃんと締めさせて貰うよ……許可を出す代わり、と言ったら何だけど、ここで最初に切り出した質問だ。今、ラス共和国内で何が起こっているのか……聞かせて貰えるかい?」


 真剣な問いかけに、ハイネスとアカシャは視線を合わせる。

 何処まで話すべきか、迷っているのだろう。暫く無言の時間が、この応接間に流れる。

 やがて、意を決したように、アカシャが口を開いた。


「わかった……何も持たぬ我らに、過去の友情を重んじて、慈悲をかけてくれたエンフィール王に敬意を表し、私が知ること、体験したことを全てお話しよう」


 そう言って、心を落ち着かせるように、アカシャは数回深呼吸をする。

 目の前の紅茶を一口含み、口の中を潤してから、静かに語り出す。


「始まりは今から、二年近く前の出来事だ……」




 ★☆★☆★☆




 全てを語り終え、アカシャが口を閉ざした頃には、窓から覗く空が僅かに赤らんでいた。

 色々と辛いことも思い出い所為か、アカシャの表情に疲労の色が浮かんでいる。

 一方のジェフリー達は、予想以上の状況に、真剣な表情で唇を真一文字に結んだ。

 アカシャの口から語られたラス共和国の内情は、衝撃的なモノだった。


 ミシェル・アルフマンの野望から始まり、近衛騎士局のシン局長暗殺。細かく言うならば、遠く地方、汚職官僚による圧政や水面下の軍事拡張。それらは、各国の情報網に引っかからないよう、密かに、綿密に進められていた。

 これらが露見すれば、誕生したばかりのラス共和国は、大陸諸国からの激しいバッシングに晒されるだろう。

 下手を打てば、七年前の戦火が、舞い戻ってくる可能性もありうる。


 中でも衝撃的だったのは、やはり人工天使計画だろう。

 その名を聞いた瞬間、アルトの表情が一際険しくなったのを、横に座るロザリンは見逃さなかった。

 鬼気迫る表情に気圧され、何も聞くことは出来なかったが。

 ロザリン的には、話にルン=シュオン達の名が出て来たことが驚きだ。暫く見ないと思っていたら、そんなところにいたのかと、アルトも呆れた顔をしていた。

 ジェフリーは難しい表情で押し黙り、両腕を組む。


「……なるほど、ね。こりゃあ、参ったな……本当に参った」


 真剣な口調で呟く。

 思った以上にキナ臭い現状。ジェフリーも対応に困っているのだろう。

 とりあえず、現状の確認が済んだところで、ジェフリーは息を付いてから、また元のお気楽な表情へと戻る。

 同時に、室内に満ちていた緊張感が、僅かだが緩んだ。


「まぁ、話はわかったよ。それで君達は、傷が治ったらどうするつもりなんだい?」

「そ、それは……」

「決まってるわ。ラス共和国に戻る。戻って、ミシェル・アルフマンをぶっ潰す」


 一瞬、迷うように視線をさ迷わせるアカシャに変わって、ハイネスが迷いなくキッパリと答えた。

 けれどアカシャは、特に同意することなく、唇を硬く真一文字に結んで項垂れる。

 明確な温度の違いに、ジェフリーはチラリと視線をアルトに向けた。

 視線を受けたアルトは、横目で二人を見た後、さぁ? とでも言うように、両肩を軽く上下させた。

 やれやれと苦笑して、心配げな眼差しを二人に向けてから、咳払いを一つ。


「それ以上は、僕が口を挟むことじゃ無いか……いいよ。ガーデンに入る許可、出してあげる……誰か!」


 ジェフリーが声を上げると、ドアをノックして、テイタニアを待っている間に、お茶を運んできてくれた、中年のメイドさんが一礼してから、静かに歩み寄る。


「ガーデンへの通行許可証の準備を」


 王様らしく真面目な口調で命令すると、メイドは「わかりました」と一礼して、静かに、そして素早く部屋を後にした。

 ジェフリーの迅速な対応に、アカシャは立ち上がると、深々と頭を下げた。

 続くようにハイネスも、立ち上がって頭を下げる。


「本当に、ありがとう。エンフィール王の熱き慈悲の魂、確かに受け取った……何も礼を返せぬ身であれど、この好意は決して忘れない」

「私からも、ありがとうございます。王様」

「いやいやぁ、そんなお礼なんていいってぇ」


 美女と美少女に礼を言われ、ジェフリーは締りの無い表情で、照れ臭そうに両手を左右に振った。


「それに、僕が出来ることなんてこれくらいだし。心情的には手助けしてあげたいんだけど、君達の現状は皇族対共和国という認識だ。これはテロ行為では無く、内戦だと僕は捉えている。これ以上、君達にあれこれしてしまうと、内政干渉になってしまうからね。国民の命を預かる身としては、軽々な行動を取る訳にはいかないんだよ」


 申し訳なさそうに、ジェフリーは両手を合わせた。

 しかし、ジェフリーの言葉に、ハイネスは唖然としていた。

 テロ行為では無く内戦。それはつまり、咢愚連隊を一方的な犯罪集団では無く、政治的勢力だと、意味のある戦いだと認めてくれているのだ。


「内戦……いえ。我々の戦い、存在を認めてくれただけで、それはとてもありがたいことです」


 今までの戦いは無駄では無かったと、泣きそうな表情をグッと堪えてハイネスは言う。


「まぁ、今回の手助けもギリギリアウトなんだと思うんだけど……」

「バレなければ問題ありません」

「……だってさ」


 堂々としたアンヌ王妃の物言いに、一同が苦笑いを浮かべた。

 いや、ただ一人、アルトだけが笑みを浮かべず、不機嫌な表情をしたままむっつりと黙り込んでいた。


「……アル?」

「…………」


 顔を覗き込み、問いかけてみるが、アルトは何も答えてはくれない。

 一方でアカシャもまた、浮かない顔をしていた。

 横目で視線を落とすアカシャの姿を見て、ハイネスの胸にはやるせない気持ちが沸き起こった。ジェフリーの問いかけに迷いを見せたように、アカシャはまだ前回の敗北から立ち直れずにいるのだ。

 自身の口からそれを語り、後悔がまたぶり返してきたのかもしれない。

 どうしたモノかと、ハイネスは困惑を浮かべた。

 言葉だけで奮い立たせられるほど、アカシャの心の傷は浅くは無い。


「え、えっと」


 何だか重い雰囲気に、ジェフリーは戸惑い気味に頬を掻き、何とか空気を換えなければと、視線を周囲にキョロキョロと巡らす。すると、同じように居辛そうにしているテイタニアと、視線がぶつかった。


「そ、そういうわけなんだけど……どうだろうか?」


 特に話題は無いので、先ほどの話を強引に持ってきて、無理やり明るい声を上げる。


「んん?」


 一瞬、戸惑うも、すぐにジェフリーの意図を察知して、手の平をパンパンと打ちながら、大袈裟な口調で、テイタニアも不自然に明るく声を張る。


「ああっ! もちのろんやでぇ、許可証さえ出れば、問題は無いと思います。うちも特別、何かしらの用事があるわけやあらへんし、まぁ何やったら、明日にでも速攻に出発出来るんやけどぉ……」


 と、言いながら、テイタニアは横目でハイネスの反応を伺う。

 視線を受けたハイネスは、少し考えてから、すぐに首を縦に振った。


「そうね。待たせるのも何だし、出来るなら早い方がいいわ」

「ほなっ、明日の朝、船で出発しよか。準備はうちの方でしとくから、任せといて」

「ええ、お願い」


 テイタニアの言葉にハイネスは頷き、改めて視線をアカシャに向けた。

 彼女は肩を小刻みに動かし、何やら落ち着かない様子で、ずっと俯いていた。

 もう一人、アルトも腕を組んだままジッと黙り込んでいる。

 相棒である彼がそんな調子なモノなので、ロザリンも気にしてか、ただでさえ少ない口数が更に少なくなっている。


「……あかん。雰囲気、変えられへんかった」


 何故か更に重くなった部屋の空気に、テイタニアは力無く項垂れた。

 その後、妙に重苦しい雰囲気のまま、エンフィール王との謁見は終了。

 この気まずい空気は、メイドが作成された許可証を持ってきて、ジェフリーが印を押し手渡すまで、ずっと続いていた。




 ★☆★☆★☆




 許可証を手に入れたハイネス達が、ギルドかたはねに間借りしている部屋に戻った頃には、外はすっかり日が落ちて暗くなっていた。

 部屋に足を踏み入れたハイネスは、借り物とは言え、ようやく落ち着ける場所に戻って来れたことに大きく安堵の息を漏らし、両腕を上に伸ばして、全身の凝りをほぐした。そして、上着を脱ぎ腰の双剣を外しながら、彼女はベッドへと腰かける。


「ふぅ……ようやく一息つけるわけね。気さくで良い人だったけど、やっぱ王宮ってところは緊張するわ」


 首の周辺を手で摩りながら、肩の凝りを揉み込む。

 そして視線を正面に向けると、そこには所在なさげな様子で佇むアカシャの姿があった。

 チラチラと此方を伺う姿に、ハイネスは寂しげに笑みを零す。


「んなところに突っ立っていないで、座ったら?」

「……ああ」


 促されてハイネスがポンポンと叩く、ベッドの横に腰かける。

 横に座ってもアカシャの態度は変わらない。

 俯き思い詰めたような表情に、ハイネスの胸に渦巻く不安が高まる。


「どうしたの?」


 不安感の為か、普段より問いかけが優しい。

 その違いを敏感に察知してか、アカシャは大きく息を飲み、身体を震わせた。

 何かを堪えるように、膝の上に乗せた拳を力強く握り、掠れた声を搾り出す。


「……もう、止めにしないか?」


 今にも消え去りそうな、小さな声色。けれど、確かにハイネスの耳に届いた。

 ハイネスは驚かない。

 言葉の意味を噛み締めるよう、両目を瞑り、軽く深呼吸をしてから、再び開く。


「どういう意味?」

「言葉通りの意味さっ!」


 顔を此方に向けたアカシャが、必死の形相で縋り付く。


「あの時、罠に嵌められて負けて以来、ずっと考えていた。私には人の上に立つ資格、人を率いる資格が無いのではないかって……そして今日、エンフィール王に会って確信した。やはり私には、そんな資質が無かったことに」

「何を言っているの。そんなわけ無いじゃない」

「慰めはよしてくれ」


 肩に添えたハイネスの手を、アカシャは辛そうな表情で優しく払う。


「エンフィール王の第一印象には、確かに面を喰らったが、あの方の内面はとても素晴らしい。その善性故に、選民意識の強い貴族達からは反発を招いているのだろうが、王としての資質、心構えは私の非では無い……いや」


 アカシャは自虐的な笑みを浮かべる。


「比べることすら、失礼に値する」

「アカシャ……貴女、一体どうしたの?」


 困惑気味に、ハイネスは問う。

 アカシャが精神的に参っているのは、以前からわかっていた。

 しかし、ここまで追い込まれていたとは、ハイネスも予想外だった。


 いや、予兆はあった筈。

 見逃した。気が付かなかったのはやはり、ハイネス自身の意識もギリギリだったからだろう。アカシャを守ることや、直らない傷口のことなど、精神的な負荷がかかることは色々あったが、それらは全て言い訳にしか過ぎない。


 ハイネスは自分の情けなさから、唇をキツク噛み締める。

 一度、口にしてしまって感情が決壊したのか、アカシャはボロボロと涙を零し始める。

 その姿を見た瞬間、ハイネスは言うべき言葉が四散しまう。

 しゃくりあげて、アカシャはハイネスに縋り付くようにして叫ぶ。


「私は、何の覚悟も出来ていなかった、何も理解出来ていなかったんだ! 誰かの命を背負うという意味を、私は軽んじていたッ……恥ずべき行為だッ。救いようが無いほど」

「落ち着きなさいアカシャ。アレは予測出来なかった……貴女一人の責任じゃない」

「いいや、違う。予測しておくべきだった……万が一の可能性を考えて、もっと対処を徹底しておかなければいけなかったんだ。私だったら出来た。普段の私なら、考え付いた筈なんだ!」

「……アカシャ」


 ハイネスの言葉にも耳を貸さず、アカシャはただひたすらに、自分を糾弾する言葉を吐き続ける。


「シン殿のことだって、私がもっと慎重に行動していれば、死なせずに済んだ。それが、私は彼を死なせたどころか、もっとあってはならない、アルフマンの台頭を進める手伝いまでしてしまった……私のミスの所為で、また、多くの人達が苦しんでしまう」

「……アカシャ!」


 ガタガタと震えるアカシャの肩を掴み、強く揺するが、まるで反応を見せない。

 壊れた人形のように、ただ自分自身を傷つける言葉を発し続ける姿に、ハイネスは言いようのない怒りと悲しみを抱いた。

 こんな時に、何の力にもなってやれない、自分の不甲斐なさにだ。

 悔しさに顔を歪めるハイネスの胸を、泣きながらアカシャは叩く。


「だから、だから、もう止めにしよう。私達の戦いを、これで終わりにしよう。元々、私の下らない復讐から始まった戦い。ここが限界だったんだ」

「……アルフマンの、人工天使計画は、どうするの?」


 感情を押し殺した声で、ハイネスは問いかける。

 憐れなアカシャの姿を見て、諦めてしまったのか。

 いや、口調こそ平坦であったが、その視線には硬い決意が宿っていた。

 真っ直ぐと向けられた視線から逃れるよう、アカシャは顔を横に向ける。


「……私以外の、優秀な人間が何とかしてくれるさ。エンフィール王だって危惧していたのだ。他の王達だって現状を良しと思っていない。ならば……」

「――甘えたこと言ってんじゃないわよ!」


 激しい言葉に、アカシャの身体がビクッと震える。

 胸倉を掴み、強引にアカシャの顔を自分に近づけた。


「他の誰でも無い、アカシャだから、あたしは命張って来たのよ!」

「そ、それは……」

「アンタがもう戦いたくないってんなら、無理に戦わせるつもりは無い。アカシャが未熟だってのも否定はしない……けどさ、アンタの為に笑って死ねる奴が、咢愚連隊にゃ一杯いたんだ!」

「――ッ!?」


 その一言に、アカシャの表情が、今までに無いくらいに歪む。


「今のアンタの言葉は、そいつらの思いを全部否定してる。そいつらの思いを全部ぶん投げて、笑って生きてられるような女じゃないだろッ、アンタは!」

「……だっ」


 キッと目付きを鋭くして、アカシャは胸倉を掴んだハイネスを突き飛ばし、ベッドの上から立ち上がる。


「だったらどうしろと言うのだッ! 全てを失った私に何が出来る!? 何かが出来たとして、また私に仲間を殺せと言うのかっ……私のミス一つで、仲間が、ハイネスが死ぬかもしれないんだぞッ!」

「それが甘ったれてるって言ってるんだ!」


 ハイネスも立ち上がる。


「それも含めての覚悟なんだ……あたしは、傷を治して共和国に帰る。アルフマンの野望、人工天使計画をぶっ潰す為に……例え、一人になったってやってやるさ」

「何故だ? ……何故、君はそこまで人工天使計画に拘る?」

「拘るさ。あの戦いの、最前線を経験した連中なら、誰だってアレを再び地に降ろそうだなんて思わない」


 激昂した感情を落ち着かせ、ハイネスは真っ直ぐとアカシャを見る。

 その決意の籠った眼差しが、まだ心揺れるアカシャには眩しく、逃げるように一歩、後ろに下がってしまう。


「アカシャ……本当にもう立ち上がれないなら、あたしは戦うことを強要しない。けど、あたしは諦めない。生き残った連中だって、きっと諦めない……だからさ」


 優しく、ハイネスは笑いかける。


「ここで全部終わりにするんなら、今までのことを忘れて、笑って生きろ。あたしら咢愚連隊はさ、笑ってるアンタが大好きなんだから」

「……ッ!?」


 口を開き、何かを言おうと唇を動かすが、感情だけがデタラメに先走って、言葉として発することが出来ない。

 歯を食いしばり、俯くアカシャの瞳から、また涙がポタポタと零れ落ちる。


「……そんなこと、出来るわけ、無いじゃないかぁ」


 辛うじてそれだけ言うと、アカシャは身を翻し、走って部屋を出て行く。


「――アカシャ!?」


 呼び止める声も空しく、二人の関係を示すようドアが閉じられた。

 差し出した手の平を握り、そのまま壁に拳を叩き付ける。

 やり場の無い空しさからか、すぐに後を追いかけるべきなのに、ハイネスの足は動いてくれなかった。


「……もっと上手い言い方があっただろうが、あたしッ」


 吐き捨ててハイネスは、自分で自分の頬を拳で殴りつけた。




 ★☆★☆★☆




 定休日のかざはな亭。

 客入りが無い筈の店内には、何故かカウンター席に腰かけ酒を飲む、一人の男の姿があった。

 アルトだ。

 別段、何するわけでも無く、酒瓶とグラスを前に置き、チビチビと酒を飲んでいるだけ。

 店長であるランドルフは、一人になりたい気配を察してか、「戸締りだけは確りね」と言い残し、既に自室へと引っ込んでしまった。ロザリンも似たような感じで、何か物言いたげであったが、引き止めることなく、家で大人しくしているだろう。


 まだ深くも無い時間帯だが、人がいない所為か、妙に辺りは静まり返っていた。

 グラスに注がれた琥珀色の液体を眺め、アルトは一人物思いに更ける。

 考え事とは、アカシャの口から語られた『人工天使計画』についてだ。


「ハルによって試作一号はぶった斬られた……あん時だって、敵味方関係無く、さんざ苦労させられたってぇのに、まだ連中は同じことを繰り返すつもりかよ」


 吐き捨てて、ゴクリとグラスの液体を飲み干す。

 空になったグラスに、再び酒を注ごうと酒瓶に手を伸ばすが、触れる前にひょいと持ち上げられてしまう。

 何時の間にか、真横に人影が立っていた。


「こんなところで、優雅に手酌でタダ酒?」

「ツケだからタダじゃねぇよ。残念ながらな」

「あっそ」


 現れたのは、私服姿のカトレアだった。

 カトレアはそう言うと横に腰かけ、奪い取った酒瓶を傾けて、アルトが手に持っているグラスに酒を注いだ。


「お前が酌してくれるなんて、珍しいじゃねぇか」

「アンタが黄昏てるより珍しくないっしょ」


 酒を注ぎながら、軽いノリで返す。

 注ぎ終わると酒瓶を置いて、カトレアはカウンターに片肘をついてこっちを見た。

 カトレアは酒が飲めないので、自分のぶんは無い。


「んで? なぁに悩んでんの」

「別に。お前に話すこっちゃねぇよ」

「……ふぅん」


 素っ気なく返されたのに、何故かカトレアは楽しげに目を細めた。

 口を付けようとしたグラスを途中で止め、ニヤケた視線を向けるカトレアを横目で見て、不機嫌な声を出す。


「んだよ。随分の楽しそうじゃねぇか」

「いやぁ、久しぶりだなぁって。そんな風に仏頂面であたしを突き放す姿、あたしらが初めて会った時以来だと思ってさ」

「んなこたぁねぇだろ。俺は何時もこんな感じだ」


 そう言って酒を一口含んだ。

 けれど、カトレアの楽しげな笑みは消えない。


「大体、アルトがそん顔をする時って、昔のことを思いだしてる時なのよね」

「そりゃ大した観察眼だな。俺本人も知らないようなことを、よくもまぁじっくり見てるモンだ」

「だって好きな人のことだもん。当然でしょ?」

「……んぐっ、ゲホッ、ゲホッ!?」


 思わぬ反撃に、酒が器官に入って咽てしまう。

 口元を拭いながら、アルトはギロッとカトレアを睨んだ。


「お前なぁ。そのマジなトーンは止めろよ」

「あたしもさぁ、時折思うのよねぇ……なぁんでこんな甲斐性なしの馬鹿、好きになっちゃったんだろって」


 話を続けるカトレアに顔を顰めた後、無視するように正面を向いて、アルトは酒を飲む。

 構わず、カトレアはしみじみとした言葉を発する。


「定職にはつかないし、面倒事ばっか起こすし、その度に女の子を引っ掛けて来るし」


 特に最後の部分に力を込めて、ジロッとカトレアは目を三角にする。

 無視を決め込んでいるが、殺気を感じてか頬に汗が一筋流れた。


「全ッ然、人の気持ちに答えてくれないし」

「不満があるなら他の男を探せよ」

「……それが出来ないから、困ってるんじゃない」


 カトレアは唇を尖らせた。

 けれど、直ぐに息を吐き、表情に苦笑を宿す。


「でも、ま、それがアンタなんだろうね」


 手を伸ばし、ツンツンと酒を飲むアルトの頬を指先で突っつく。


「ロザリンと出会ったり、北街とかの一件で色々変わった風に見えてもさ、やっぱりアンタ、根っ子の部分は相変わらずなのさ」

「お前は何が言いたいんだよ」


 うざったそうに、頬を突っつく手を払う。


「……つまりさ」


 言葉を溜め、払われた手でアルトのコメカミを、デコピンで弾いた。


「痛ッ!」

「何を悩んでるか知らないけどさ、アンタはアンタらしく、なぁんも考えずに突っ走った方がお似合いだって言ってんの」

「……さよか」


 コメカミを摩りつつ視線を向けると、カトレアはニヒッと歯を見せて笑う。


「さよさ」


 互いに見つめ合い、同時に笑みを零す。

 自然と先ほどまで、胸の中にあったつっかえは取れていた。

 色々と思うところがあったが、世の中はなるようにしかならない。

 とりあえずは、成り行き任せ。具体的な解決は何一つ無いが、何時も通り、自分の矜持に従おう。

 そう心に決めたと同時に、スイングドアが勢いよく開かれた。


「なんだぁ?」


 驚いて振り向いたアルトの胸の中に、一人の少女が飛び込んでくる。

 思わず抱き留めると、横のカトレアが睨んで来るが、今はそれどころでは無い。

 肩を掴んで引き離し、顔を確認すると、飛び込んで来た少女はアカシャだった。


「お前、どうしてここに?」

「あ、アルトぉ」


 顔を涙でぐちゃぐちゃにして、縋りつくような声を漏らす。


「だぁ、もう。俺の服がお前の涙と鼻水でぐしょぐしょじゃねぇか」

「んなこと言ってる場合じゃないでしょ。あたし、タオル取ってくるから」


 立ち上がったカトレアが、カウンターの向こうに回り、顔を拭う為のタオルを探す。

 その間、アルトは泣きじゃくるアカシャに、困り顔を向けながらも問いかける。


「おい、一体全体、何事なんだよ、こりゃ」

「アルト……頼む、頼むぅ」

「だから、何が?」


 グリグリとアルトの胸に額を擦り付けた後、大きく鼻水を啜り、顔を見上げた。


「何も出来ない、無力な私が……再び立ち上がれる力を取り戻すまで、ハイネスを、私の大切な親友を……守ってやってくれないか?」

「……はぁ!?」


 突然の言葉に、アルトは素っ頓狂な声を上げた。

 見上げる眼差しは真剣。決して、嘘や冗談の類では無いだろう。

 流れに身を任せると思った途端に、この展開。

 間が良いのか悪いのか。運命というモノの底意地の悪さを実感して、胸にアカシャを抱いたまま、ピシャリと額を叩いた。






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