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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち
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第76話 魔女と才女と女学生×2






 最近、カトレアには気になることがある。

 前もって言っておくと、恋愛事では無い。いや、恋愛に悩んでないと言ったら、嘘になってしまうが、とりあえずそっちの件は現状維持というか、保留中だ。ライバルも多いので、今更一人でジタバタしても仕方が無いし。

 そんな個人的事情は、今はどうだっていいことだ。

 話を戻そう。

 時刻は夕方と呼ぶにはまだ早い頃。夏場は日が落ちるのが遅い為、夜が本番のかざはな亭はお客さんも来ず暇な時間帯だ。

 やることが無いので、カウンター席に座ってボーッとしているカトレアの視線の先には、厨房で料理の練習をしているロザリンの姿があった。


「……健気ねぇ」


 素直な感想が口をつく。

 基本、アルトとロザリンの食事は、カトレアかかざはな亭に頼り切りだ。

 置物同然の用心棒代は、ほぼ食費に消えているが、ロザリンがウェイトレスのアルバイトをしているので、金銭的には余裕があるのだけれど、好意に甘えっぱなし。

 しかし、カトレアにも都合があり、場合によっては食事を作れない時もある。

 かざはな亭に頼れば問題は無いのだが、折角なら手料理を振る舞ってやりたいと、いじらしい乙女心から、アルトが帰って来て以来、こうして暇を見ては料理の練習をしているのだ。


「懐かしいわねぇ……あたしも、昔はこうだったなぁ」


 しみじみとカトレアは呟く。

 思い起こせば、誰かさんの気を引きたくて、毎日指を傷だらけにしながら、慣れない料理を学んだものだ。

 あの頃の乙女心は、何処に飛んでってしまったのかしらと、ババ臭いため息を吐く。

 美しい青春の一ページだが、それとは別にカトレアは一つの疑念を抱いていた。


「あの娘、あんま年の近い友達って、いないのよねぇ」


 両手で懸命にフライパンを振るう姿を眺め、カトレアはボンヤリと呟く。

 そう。カトレアが懸念しているのは、ロザリンの友達の少なさだ。

 勿論、カトレア自身はロザリンと友人関係。ただ、面倒見の良い性格と、兄弟の多さからどうしても、姉のような感覚でロザリンと接してしまう。年上でもあることだし、一般的に言う友達関係とは、少し違うかもしれない。

 ラサラとはそこそこ仲が良いのだが、多忙な上に東街と西街。頻繁に交流するには、物理的にも離れすぎている。


 年齢の近さならエレンやウェインがいるが、この二人も同様だ。

 森の中で祖母と二人だけで暮らしてきた影響か、人付き合いは苦手では無いのだが、あまり自分から、積極的に人と関わり合いを持とうとはしない。

 十代の多感な年頃に、心を許せる年の近い友人がいないのは、少し問題だろう。


 その点で言えば、プリシアなどが同じ能天気通りの住人だし、年齢も近いので一番相応しいのだが、 不思議のこの二人、あまり仲がよろしくない。普段は聞き分けがよく聡明な二人が、顔を合わせると妙なことで張り合ってばかり。

 極まれに、気の合うところを見せるので、相性自体は悪く無いと思うのだが。


「何か切っ掛けでもあれば、一気に仲良くなると思うんだけどねぇ」


 頬杖を付いたまま、悩ましげな吐息を漏らした。

 噂をすれば影、何て言葉は、まさにこの瞬間のことを言うのだろう。

 スイングドアが開き、来客を知らせる鈴が鳴った。

 反射的に立ち上がったカトレアが、入口の方へ視線を向けると、来店してきたのは、何とも不機嫌な表情をしているプリシアだった。

 珍しく、今日は学生服姿だ。


「いらっしゃい。珍しいじゃない、一人で店に来るなんて」

「いやぁ、その……」


 口籠るプリシアは、恨みがまし目を背後に向ける。

 妙な素振りに不思議そうな顔をして、カトレアが視線を追うと、スイングドアの隙間から中を覗き込むように、同じ制服を着た女学生二人が顔を出していた。


「友達連れとは、こりゃまた珍しい」

「そうですね。彼女達は、能天気通りとは反対方向に住んでますから……遠慮してないで、入ってきたらどうですか」

「どもども、お邪魔します」


 プリシアに促されて、長身の方の少女がへへっと笑いながら、店内に足を踏み入れる。

 その後ろから小さい方の黒髪の少女が、微笑を浮かべて軽く一礼した。


「この二人はカレンとルチア。学校の、クラスメイトです」


 紹介されると、二人は一歩前に出て、カトレアに挨拶をする。

 カトレアは腰に両手を当てて、にこやかな笑顔を向けた。


「はい、よろしくね。あたしはカトレア。この店の看板ウェイトレスよ……あっちが」


 指差した方向には、出来た料理を盛り付けているロザリンの姿があった。


「うちの二枚看板、ロザリンよ」

「ども」


 視線だけ向け、軽く会釈をする。

 愛想の無い態度にプリシアは顔を顰めるが、友人の手前、食って掛かったりはしない。

 一方で、違う反応をする人間も。


「あら」


 その姿を見て、何故かルチアは嬉しそうに右手を自分の頬に添えた。

 どうやらロザリンのミステリアスな雰囲気が、ルチアの琴線に触れたらしい。

 奥の方から、店長のランドルフが「僕のことも、紹介して欲しいんだけどなぁ」という声が聞こえたが、それを無視してロザリンは三人を席へと案内する。


「注文はどうする?」

「では、まずは飲み物を……私は紅茶を下さいな」

「んじゃ、自分はソーダ水」

「私はコーヒーを頂こうかしら。ブラックで」

「見事にバラバラね……了解。追加の注文がある時は、また呼んでね」


 ニコリと笑ってから、カトレアは注文を通す為に席から離れた。

 途端、プリシアは大きく息を吐く。

 そして、ギロッと二人を睨み付ける。


「……どうして、よりにも寄って、ここ何ですか?」


 恨みがましく言うと、またため息を吐いた。


「まだ言ってるのかよ。賭けに負けたのはアンタなんだから、大人しく罰ゲームを受けなさいよね」

「だから、奢るのは構いませんが、何故ここまで来る必要があるのかと、私は聞いているんです」


 強い口調のプリシアに、ルチアは不思議そうに首を傾けた。


「あら。何か不都合があるのかしら?」

「べ、別に何もありませんが……」


 何も無いと言いながら、チラチラと店の奥にある席を気にしたような素振りを見せる。

 だが、向けられる視線の先には、誰も座っていない。

 何かを誤魔化すように、コホンと咳払いをする。


「ここからだと、帰る時、二人が大変だと思いまして。幾ら日が長くなったとはいえ、食事をしてから家につく頃だと、辺りは暗くなっている筈ですよ?」

「平気平気」


 カレンはお気楽な口調で言う。


「いざとなったら、アンタん家に泊めて貰うから」

「それは実に素敵な提案ね」


 にっこりと笑い、ルチアは同意する。


「まぁ、明日は休日ですから、別に構いませんが……」


 奔放な友人二人に、呆れたようなジト目を向ける。

 強引で豪快なカレンに、計算高くクールに見えて押しの強いルチア。二人に徒党を組まれて、プリシアの意見が通った試しは無い。

 半ば諦め気味に、プリシアは三度目のため息を吐いた。

 一方、計算通りことが運んだ二人は、視線を合わせてシメシメと笑う。


 プリシアがワザと、この通りに二人を近づけさせないのは知っていた。

 普段、ギルドを仕切っているだけあって、頭の回転が速いプリシアを真正面から説得しようとしても無駄。だから、冷静に見えて意外に喧嘩っ早い性格を利用し、カレンが挑発して、ルチアが得意のカードゲームで賭けをする。

 結果、熱くなったプリシアがルチアに勝てる筈も無く、負けて罰ゲームを受けることになったのだ。

 罰ゲームは食事を奢ること。

 勿論、二人の目的は違う。

 二人はさり気なく店内に視線を這わせながら、目だけで会話をする。


(……件の兄様は、いないみたいね。どうする?)

(露骨に安堵しているプリシアは愛らしいけれど、これでは目的が達成出来ません。まぁ、とりあえず今は様子を見ましょう)


 以心伝心。二人はプリシアに気づかれぬよう、何気ない姿を装う。

 二人の本当の目的。それは、学園のマドンナ的存在、切って捨てた男は星の数。で、有名なプリシアが、愛してやまない噂の兄様を、一目見てその人柄を確認する為。それだけの為に、こんな回りくどい方法を取ったのだ。

 何故だか知らないが、話題として口にする癖に、プリシアは兄様と二人を合わせたがらない。仮に罰ゲームで会わせて欲しいと命令しても、断固として拒否し、首を絶対に縦に振らないだろう。

 問題は、ここからどう、兄様に会うとう目的まで持っていくかだが。

 運よく兄様が居合わせていなかったので、プリシアは密かに安堵していたのは、既に二人の知るところだ。


「お待たせ」


 そうこうしている内に、注文していた飲み物が届く。

 丁寧な手つきで運んできたのは、カトレアでは無く、ロザリンだった。

 プリシアは咳払いを一つし、横目でロザリンを見る。


「……客商売なのですから、もう少し、丁寧な言葉遣いを心がけた方が宜しいのでは?」

「こりゃ、失敬」

「そういうところを言っているんですっ!」


 軽く聞き流す姿に、プリシアはぷんぷんと怒る。

 その様子を見て驚いたのは、他ならぬ友人二人組だった。


「……へぇ」

 興味深げな声を漏らすカレンを、不機嫌な表情で睨み付ける。


「なんです?」

「いや、珍しいなぁと思ってさ」


 そう言って、カレンはソーダ水の注がれたグラスに口をつける。

 同意するよう、ルチアは頷いた。


「確かに。プリシアは人に対して厳しいところがあるけれど、感情を露わにして怒ることは稀ね。私もカレンも、驚いているのはその点よ」

「そ、それはぁ」


 自分でも心当たりがあるらしく、プリシアは言葉を濁す。

 それもまた意外な反応だったらしく、興味を惹かれたカレンは、少し身を乗り出してロザリンに問いかける。


「ねぇ。もしよかったら、少し話してかない?」

「カレン。彼女は、お仕事中なのよ」


 ルチアが咎めるが、意外なところから声が飛ぶ。


「いいわよ、別に。まだ、忙しくなるまで時間あるし」


 と、カトレアがカウンターの方から許可を出した。

 カトレアからしてみれば、渡りに船。プリシアとの関係改善に繋がるかもしれないし、上手くいけばあの二人とも、友人関係を築けるかもしれない、絶好のチャンスだ。

 頷いたロザリンは、お言葉に甘えてちょこんと椅子に座る。

 すると、気を利かせたつもりなのか、カレンがメニューを手渡す。


「それじゃ、折角だしロザリンも何か食べなよ」

「――えッ!?」


 露骨にプリシアの表情が歪む。

 何も知らないルチアも、乗っかるように微笑みかける。


「そうね。出会いの記念として、好きなモノを頼むといいわ。全部、プリシアがお代を払ってくれるから」

「――ちょッ!?」

「なるほどー」


 青ざめるプシリアを無視して、ロザリンの瞳がキラリンと輝く。

 そして数秒後、二人は本気でプリシアに頭を下げる羽目となる。




 ★☆★☆★☆




 テーブルの上には、溢れるほどの料理が並べられた。

 肉料理、魚料理、サラダに果物と、フルコース並のラインナップだ。

 見ているだけで胸やけがしそうな光景に、青ざめる女子の中でロザリン一人だけが、ナイフとフォークを両手に持ってワクワクしていた。


「……ごめん。マジ、ごめん」


 沈痛な面持ちで、カレンは真剣にプリシアへ謝罪した。


「いいですよ、もう」


 半ば自棄になって、プリシアは嘆息する。

 太陽祭関連の業務で、昼夜問わず先頭に立ってギルド運営の陣頭指揮を取っていた。その給料を先日、祖母である頭取から貰っているので、金銭面では余裕があるし、機会があれば、太陽祭に付き合えなかったお詫びとして、二人には奢ろうと考えていた。

 まさか、ロザリンにも奢る羽目になるとは、思ってもみなかったが。


「遠慮せず頂いてください。ここのお料理の美味しさは、私が保証します」

「そう? んじゃ遠慮なく」

「頂かせて貰うわね」


 二人は笑顔を見せると、料理を口に運ぶ。

 真っ先にチキンの照り焼きに頬張ったカレンは、感動するように大きく目を見開いた。


「うっわ、なにこれ!? 超美味しいんだけど」

「こちらのサラダも素晴らしいわ。特にドレッシングが。酸味が少し強いけれど、後味が良いから食欲が沸いてくる」


 二人は感想を述べると、続けて料理を口に運んだ。

 自然と浮かぶ笑みから、お世辞などでは無いとわかり、連れてきたプシリアは得意げな表情をする。

 まずは皆、料理の味に舌鼓を打ちながら、言葉少なに料理を食べ進める。

 最初の内は料理の美味しさに、手を止めること無く進めていたが、食べ盛りとはいえ女の子。徐々にペースが落ちていき、表情も苦しげになっていく。

 その中にあって、一切ペースを落とさず、ロザリンは次々と皿を空にしていった。

 既にロザリンの健啖っぷりを知っているプリシアはともかく、この光景を始めてみる二人は、目を丸くしていた。


「全く。その小さな身体の、何処に食べ物が消えていくのか、疑問ですね」

「いやいや。驚いたけど、清々しい喰いっぷりじゃない。私は気に入ったよ」

「ええ、同感ね。それでいて、決して卑しくない上品な食べ方。好意に値するわ」


 二人に褒められ、ロザリンは照れるように視線を下げた。


「ども」


 意識が食事に向いているのか、いまいち反応が鈍い。

 いや、意外と同年代の同性を前にして、緊張しているのかもしれない。

 その様子を見て、プリシアは軽く嘆息する。


「ロザリン。折角だから、改めて紹介するわ」


 少し強引に、プリシアが話を切り出す。

 カトレアの意図を汲み取った。そういうわけでは無いが、折角一緒に食事をする機会が生まれたのだから、共通の知り合いとして、彼女らには仲良くして欲しいという考えが働いたのだろう。

 まず、プリシアはカレンの方を手で指し示す。


「こちらの、少し不良っぽい娘がカレン。見た目はちょっぴりおっかないけれど、慣れれば気の良い人間よ」

「随分と酷い言い草なんじゃないの? ……ま、否定はしないけどね」


 ジトッとプリシアを睨んだ後、ロザリンに視線を向けた。


「よろしく、ロザリン。へへっ。改めて挨拶するのも、ちょいと照れるね」


 苦笑して、カレンは前髪を掻いた。

 続けてルチアが立ち上がり、ロザリンに向かって一礼する。


「改めまして、ルチアよ。僭越ながら、プリシアとカレンの親友を自称しているわ。ロザリンともきっと、良好な関係が築けると、星の導きがそう示しているわ。よろしくね」


 そう言ってニッコリと笑うルチアに、ロザリンは首を傾げた。


「星の導き?」

「ルチアは、学校で魔術学を専攻しているんです。その関係で占星術も学んでいて、時折占い紛いのことをやってるんです」

「ほう、魔術、占星術」


 魔女として興味深い話題に、食いつくようロザリンは食事の手を止めた。

 ロザリンの様子に、ルチアはクスッと微笑を零す。


「将来は錬金術師を目指しているの。ただ、専門分野の専攻は高等科に上がってからだから、まだ基礎的なことしか学んでいないのだけれど……ロザリンは、魔術学に興味がおあり?」

「あ、その……」


 何気ない問いかけに、事情を知っているプリシアは困り顔で、チラチラとロザリンの顔を伺う。

 意図を察したロザリンは、軽く笑って一回頷いた。


「私、魔女、だから」


 ロザリンの告白に、二人は一瞬呆気に取られる。

 本来なら、あまり自ら口にしてよい事柄では無い。が、短い時間だが二人の人柄に触れ、ロザリンは素性を晒しても問題無いと判断した。そしてその判断の中には、普段は仲の良い素振りを見せない癖に、心配そうにロザリンを見つめるプリシアの友人、という事実も含まれている。


「まぁ、魔女。それは意外……いえ、言われてみれば、そこはかとないミステリアスな雰囲気は、魔女と呼ぶに相応しいモノが」

「マジ? アンタ、それ、絶対後付でしょ?」


 困惑した様子だが、決して悪い印象を与えたわけでは無さそうだ。

 その姿に一番、安堵しているのは、他ならぬプリシアだった。

 そして、ポツリ、ポツリとロザリンは素性に関しての話を二人に聞かせた。


 勿論、全て包み隠さず。というわけにはいかないが、母親を探しに来てアルトと出会い、今、能天気通りで楽しく暮らしていると、素直な感情で語った。

 二人共、終始真剣な表情で、ロザリンの話に耳を傾けてくれていた。

 本人は気づかれないよう装っていたが、途中でさり気無く目尻に浮かんだ涙を拭っていた。掴みどころの無い印象だったルチアも、真摯な眼差しで話を聞いてくれた。

 良い人達だ。ロザリンは、素直にそう思う。


「――感動したッ!」


 全て話終えると、カレンが拳をギュッと握り叫んだ。

 突然の大声に、ロザリンとプリシアはギョッと驚く。


「カレン。あまり騒ぐと、お店の方々に迷惑よ」

「おおっと、いけない……つい熱くなっちった」


 ルチアに窘められて頭を掻くと、椅子に座り直す。


「でも、アタシは感動したんだ。歳も同じくらいなのに、色々な経験を積んでて。プリシアと同じくらい、尊敬するよ」

「あ、いや、そんな、ことは」


 真正面から褒められ、照れ臭くなり言葉が小さくなってしまう。

 さりげなく尊敬していると言われたプリシアも、こっそりと照れ臭そうにしている。

 不良っぽい強面の外見で口調も乱暴だが、発する言葉は常にストレートで胸に突き刺さる。だから、余計に褒められると、過剰に恥ずかしくなってしまうのだ。


「私も同感です」


 頷きながら、ルチアも同意する。


「話を聞く限り、魔術に関しても深い知識を持っているよう。是非とも、共に魔術の真理について語り明かしたいわ」

「うん。私も、色々と、話が聞きたい」


 ルチアに関しては、まだ底の知れない部分があるが、決して悪い人間では無いのがわかった。

 それに、一人の魔女として、純粋に魔術の話を語り合える人間が出来るのは、嬉しい限りだ。

 カレンは楽しげに、ポンと手を叩く。


「いやぁ、今日は良い日ね。美味しい料理は無料で食えるし、新しい友達は出来るし。毎日がこうだと、嬉しいんだけどねぇ」

「あら。カレンは、私達二人だけでは、物足りないと?」

「私は意外ですね。カレンはもっと、人付き合いとか興味が無いと思ってました」


 二人の問いかけに、カレンは考えるよう視線を上に向けた。


「別にアタシは、面倒臭い人付き合いは大嫌いだけど、気の合う仲間や気に入った子とは、友達になりたいと思うくらいの、情は持ち合わせているんだよ」

「……友達」


 反芻するよう、ロザリンはポツリと呟いた。

 独り言のつもりだった呟きは、どうやら他の三人にも届いていたようだ。


「そうそう。アタシとロザリンは今日から友達。決定、決定」

「僭越ながら、私もその輪に加えて貰えると、とっても嬉しいわ」

「……やれやれですね」


 ロザリンは大きく目を見開き、ぱちくりと瞬きを繰り返す。

 そして、視線がプリシアに向けられる。


「な、なんですか?」

「プリシアも、友達?」

「……うっ」


 言葉を詰まらせるも、ジッと注がれる三人の視線に耐えかねたのか、目を逸らして唇を尖らせる。


「なんでもいいですよ、友達でもなんでも」

「……嬉しい」


 噛み締めるよう、ロザリンはニッコリと笑って呟いた。

 その笑顔があまりに可愛らしくて、同性ながらも頬を赤らめてしまった三人は、思わず顔を見合わせて苦笑した。


「と、ところで! ロザリンはそのアルトさんって人と、同居してるんでしょ」

「――ぶふっ!?」


 油断しきっていたところ、唐突に話題を切り出され、プリシアは思わず吹き出してしまう。

 事前に兄様の名前が『アルト』ということは、聞きだしていた。ロザリンが同居相手だというのは、完全な偶然でこの質問も咄嗟のモノではあるが、このチャンス、生かさないわけにはいかない。


「どんな人なのかしら。とても、興味あるわ」


 プリシアが止めに入る前に、ルチアが援護射撃を入れる。

 問われたのがロザリンな以上、プリシアが横から口を挟み、静止することは出来ない。

 ギリギリとフォークを噛み締め、恨みがましい視線を、素知らぬ顔で目的を遂行している二人に向けた。

 ロザリンは少し考え、


「ん~、格好いい」


 と答えた。

 想像していた答えとちょっと違い、二人はアイコンタクト。

 更に踏み込んだ質問をしてみる。


「どのようなお仕事をされている方なのかしら?」


 いきなり深く踏み込むと、プリシアに強制終了されられる可能性があるので、まずは軽い質問をルチアが飛ばしてみる。

 が、この質問が、意外な結末を呼んでしまう。


「働いてない」

「……へっ」

「アルは、働いて無い」


 暫しの沈黙。


「今は、お休みってこと?」


 カレンが好意的に解釈するが、ロザリンは首を横に振った。


「無職。昨日も、明け方までお酒、飲んでた」


 再び沈黙。

 どう反応してよいのかわからず、二人は顔を見合わせた。

 そして、ロザリンの言葉に反応を示したのは、別の人物だった。


「……何ですって?」


 ゆらり。と、ちょうど飲み物をサービスで持って来たカトレアが、異様なオーラを纏い眼光を鋭くする。


「アルトの奴、何もしてないの?」

「ん。この三日、ダラダラしてた」

「……そう」


 発する殺気に、ロザリン以外の三人は、青い顔でぶるぶると震えていた。

 トレイに乗せた飲み物をテーブルに置くと、カトレアがエプロンを外しながら入口の方へと向かう。


「店長。ちょっと、外すから」


 有無を言わせぬ一言と残して、カトレアは外へと出て行く。

 数分後。

 仁王立ちするカトレアの目の前で、床の上に正座するいい年をした青年の姿が、かざはな亭にあった。

 唖然とするカレンとルチア。

 親友の恋を応援する二人が出会うには、何とも駄目過ぎる初対面だった。






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