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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第77話 乙女心調査中





 家でダラダラと眠りこけていたアルトは、激怒したカトレアに引っ張りだされ、何故かかざはな亭の店内で正座する羽目に陥った。

 流石に、服はちゃんと着ていて、普段通りの姿だ。

 何故、こんな目に遭うのか?

 理不尽さから、素直に正座しながらも、表情にはありありと不満の色が見て取れる。

 けれど、黙ってその理不尽さを受け入れているのは、目の前で仁王立ちするカトレアの姿があったからだ。

 カトレアはクドクドと、真剣な表情で小言を口にする。


「確かに、この一ヶ月、アンタが大変だったことは認める。人間には息抜きが必要だし、ダラダラと何もせず一日が過ぎてしまう時があっても、まぁそれは仕方のないことだわ。けれど……アンタのは度が過ぎてる!」


 ビシッと、勢いよく指差す。

 上から目線で指先を突きつけられたアルトは、しょっぱい顔立ちをするが、特に反論することは無かった。

 自分でも、言われても仕方が無いと、薄々は感じていたから。


「仮にもアンタはロザリンの保護者でしょ? 年下のロザリンが、毎日額に汗して働いているってのに、アンタは朝から晩までゴロゴロゴロゴロ! 恥ずかしいとは思わないの?」

「いやぁ」


 ようやく口を開いたアルトは、恥ずかしげもなく後頭部を掻く。


「意外に、それほどでも」

「馬鹿ッ! ほんッと、馬鹿ッ!」

「ほい」


 タイミング良くランドルフが差し出した鍋の蓋を手に取り、怒りに任せてアルトの顔面目掛け投げつける。

 正座したまま、アルトは顔を横にずらし、鍋の蓋をひょいと躱す。


「アンタって何処まで馬鹿なのッ! ようやく、最近になって治ってきた駄目男っぷりが、何で帰ってきたらまた元通りになってんのよ! ううん、それどころか、前より酷くなってる!」


 ツインテールが逆立ちそうな勢いで怒るが、全然堪えて無い様子で、アルトは気の抜けたような表情をしていた。


「そうかぁ? 俺ぁ、前からこんな感じだったと思うけど」

「まぁ、そうかも知れないよね」

「……店長?」


 背後で話を聞いていたランドルフが苦笑交じりに同意するが、ギロリと睨まれてしまった為、慌てて視線を逸らし咥えていた煙草を吸い込む。

 大きく紫煙を吐き、灰を手に持った灰皿の中に落とした。


「でもさ、太陽祭以前、ロザリンが来てからは、結構な騒動の連続だっただろ? 大怪我したのだって一度や二度じゃないし、それを鑑みれば、少しくらいだらけてしまうのは、仕方が無いんじゃないかなぁ」


 正座させられているアルトを気の毒に思ったのか、はたまた開店中の店内でそんなことされると迷惑なので、早く終わって欲しいと思っているのかは定かでは無いが、ランドルフがそうフォローを入れてくれた。

 が、カトレアは頑として主張を曲げず、


「甘いわ」


 と一言。


「怠け癖ってのはね、一度染みつくと中々抜けないの。今日やらない人間が、明日やる筈がありません!」


 ピシャリと、厳しい言葉を言い放つ。

 厳しいが、確かに正論であるカトレアの主張に、今度はランドルフもフォロー出来ず、視線で「ごめんね?」とアルトに謝った。

 そしてカトレアは、今度は一転、諭すような声色で語りかける。


「アンタだって、ご近所でロリコンヒモって呼ばれるのは嫌でしょ?」

「言われてねぇし! えっ!? 俺、この界隈でそんな不名誉な呼ばれ方してんの!?」


 アルトは驚いた声を上げるが、カトレアは何も答えない。

 ただ、一瞬だけ憐みに満ちた視線を、アルトに向けるだけだった。


「と・に・か・く! 働かざる者、食うべからず! 大体、アンタって普段から……」


 クドクドと、再び長い説教が始まった。

 大の大人が、年下の女の子に正座で説教されている姿は、何とも見ていて痛ましモノが感じられる。

 少なくとも店内の一角にいる女学生の一団は、複雑な眼差しでその光景を見ていた。

 特に初めてこの光景を目の当たりにする、カレンとルチアは唖然とした面持ちだ。

 そして、サッと二人は互いの顔を寄せ、同席している二人に聞こえぬよう声を潜めた。


「あ、あれが、プリシアの言う兄様? ちょっと、いや大分イメージが違ってるんですけど。どう考えても、アレは駄目でしょう」

「確かに、お世辞にも、王子様には見えないわね。多少の脚色は織り込み済みだったのだけれど、ここまでのギャップは予想外ね」

「予想外どころじゃないわよ。流行りのスィーツを注文したら、豚の餌が出て来たような。そんな衝撃に苛まれているわ、アタシ」

「……例えがファンシーなのか下品なのか、判断し辛いわね」


 こそこそと話ながら、二人は視線をプリシアの方へ向けた。

 百年の恋も冷める光景。普段、二人が知っているプリシアなら、絶対に落胆の表情を見せるだろう。

 が、恋する乙女は一味違った。


「ふぅ……怒られても悪びれない姿。ワイルドで素敵です、兄様」


 二人の親友は、頬を染めてうっとりしていた。

 予想外の反応に、二人は絶句する。

 そして再び顔を寄せ合い、カレンは焦ったような声を出す。


「おい、どーすんのよ、アレ! 完全に頭の中がお花畑になってるじゃない!」

「恋する乙女の横顔は魅力的なのだけれど……流石に、アレは引くわね」


 恋は盲目というレベルでは無い反応に、二人は戸惑いを隠せない。

 単純に、興味本位とからかい半分で覗きに来たのだが、この状況は予想外。そして、見てしまった以上、親友として放って置くわけには、いかなくなってしまった。

 頷き合う二人は、同じ結論を導き出す。

 結論。プリシアの想い人で噂の兄様アルトは、最底辺の駄目男だ。


「人の恋路に口出ししたくは無いけど、流石にアレはねぇ……無いでしょう。プリシア、男を見る眼が無さすぎ」

「面倒見の良い娘だから、余計にそういった類の方に、惹かれてしまうのかもしれないわね。らしいと言えば、らしいのかもしれないのだけれど」

「その果て、行き着くのは娼館とか?」

「下品。でも、笑えないわね」


 二人の視線が、アルトとプリシア、交互に向けられる。

 才女と駄目男。あきらかに不釣り合いな二人で、親友としてとてもじゃないが、交際を後押し出来るタイプでは無い。

 けれど、第一印象だけで決めつけるほど、二人は愚かでは無い。


 向けられる視線は、今度はロザリンに。

 状況を知ってか知らずか、一心不乱に食事を続けている。

 そして今度は、視線を正座している兄様、アルトに向けられた。

 身寄りの無い彼女の保護者として、一緒に暮らしている人物であり、プリシアの想い人であり、カトレアが必死になって説教している人物でもある。

 普通だったら皆に嫌われ、見捨てられてもおかしくは無いだろう。

 だからこそ、一方的な決めつけで、アルトという人物像を判断したくは無かった。


「でも、どうするのよ?」

「そうね……ところで、カレン。貴女は星が導く運命を、信じるかしら?」

「……はぁ?」


 唐突な言葉に、カレンは訝しげな顔をした。

 この娘とも長い付き合いになるが、こういった突拍子の無い発言は、未だに慣れない。


「私は信じるは。星が導く出会いを……そして、彼女の語った言葉の意味を」


 意味深に微笑み、顔を上げると視線をロザリンに向けた。


「あの、ロザリン……いえ、探偵さん」

「ん」


 食事の手を止める。

 ルチアは、ニコリと笑った。


「依頼があるのだけれど、よろしいかしら?」




 ★☆★☆★☆




 アルトが情けない姿を女学生達に晒した翌日。

 プリシア、カレン、ルチアの三人にプラスしてロザリンを加え、四人組となった少女達一行は、休日の東街を歩いていた。

 今日も空は青く、天気は良好。昨日まで続いていた猛暑も、強めの風が涼を運んできてくれたおかげで、随分と過ごしやすくなっていた。日向に出るとまだ汗ばむ日差しだが、この風があればそれほど気にはならないだろう。

 外で遊ぶには、絶好の行楽日和と言える。

 並んで歩く四人の少女の中で、プリシア一人だけ足取りが重い。


「私、今日はギルドのお仕事があったんですけど」

「まぁまぁ」


 何も聞かされず一方的に呼び出され、不機嫌な様子のプリシアを、落ち着かせるようにしてカレンが背中を叩く。


「プリシアのお婆さんには、ちゃんとアタシが話を通しておいたろ? 今日一日、お孫さんを貸して組ませんかーって。快くOKしてくれたじゃない」

「辣腕だと伺っていたけれど、話のわかる良い方だったわ」


 二人の言葉に、プリシアはまだぶすっと頬を膨らませていた。


「まぁ、太陽祭以降も忙しかったですから、お休みを頂けるのは嬉しいです。二人と遊ぶのだって、嫌いじゃありません」

「だったら、何で何時までもぶーたれてんのさ」

「急に予定を変えられたからです! 昨日、一緒だったんですから、あの場で言えばいいじゃないですか……それと」


 ギロッと睨み付ける先には、ぼんやりとしているロザリンがいた。

 新しい友人と出かける時でも、マントと傘の出で立ちは変わらなかった。


「何でロザリンも一緒なんですか?」


 プリシアの疑問に、ルチアは「あら?」と、心底不思議そうな表情で、顎に指を添えて首を傾けた。


「友人と交流を持つのが、そんなに不思議なことかしら?」

「む、むむっ」


 シレッとした顔で言われ、プリシアは口籠る。

 ここで「友達じゃありません!」と、感情的に騒ぎ立てない辺りが。プリシアの人の良さを物語っていた。

 そして今回もまた、そんなプリシアの人の良さに、漬け込む形となってしまう。

 はぁと息を吐いて、プリシアは気持ちを切り替えるように、不機嫌な表情を引込める。


 文句は言ってみたが、まだまだ年頃の女の子。純粋に丸一日、休みな日が貰えるのは嬉しいし、気の許せる友人達と過ごす時間も嫌いでは無い。それに、口では何だかんだ言っていても、ロザリンのことは、それほど嫌いでは無くなっていた。

 恋敵とはいえ、仲良く出来るのなら、それにこしたことは無いだろう。

 逆にそこを割り切れない自分の幼さは、何とかしなければと常々思っていたところだ。

 自分の中で結論付けて、そう言えば一方的に呼び出されただけで、今日は何をするのか、全く聞いていなかったことを思い出す。


「ところで、今日の予定は何をするんです? 図書館で、勉強ですか?」

「何でこんな天気のいい日に、勉強せにゃならんのさ」


 的外れの言葉に、カレンは露骨に嫌そうな顔をした。


「私は屋外より屋内にいられるなら、勉強の方が良いのだけれど」

「止めてよ、死んでしまうわ」

「そう言えばレポート提出もありましたよね。古代史を調べるヤツ。アレ、手付かずですけど、そろそろ始めないと不味くないですか?」

「ああ、そうね。近くに遺跡でもあれば、面白いモノが書けるのだけれど」

「レポート?」


 首を傾げるロザリンに視線を向け、ルチアは優しげな視線を見せる。


「学園では単位を取得する為に、試験とは別に長期課題が義務付けられているの」

「今回は古代史の調査レポートの提出なんです。ただ、近場の遺跡はあらかた調べ尽くされている上、他の班が調査レポを書くでしょうし……被ってはいけないわけではありませんが、可能ならあまり他の班と重複はしたくないじゃありませんか」

「ふふっ。プリシアは真面目だから」


 ルチアの笑みを受けて、プリシアは照れるように頬を掻いた。


「あ、でも確か、最近になって、出土した遺跡があるって、聞いたけど」

「本当なの?」


 驚いたような表情をルチアは見せるが、逆にプリシアは渋い顔で「ああ」と頷いた。


「確かにありますが、アレは無理ですね。国による立ち入り調査がまだ済んでませんから、一般人、それも学生の調査なんて受け入れてくれないでしょう」

「そう、それは残念ね」


 先駆けて調査レポートが書ければ、快挙となるのだが、そう上手くはいかなかった。

 二人はため息を吐いた後、あれやこれと、議論を始めてしまう。

 唐突に始まってしまった学業の話。

 優等生二人組はともかく、見た目不良のカレンは、案の定居心地の悪そうな表情をしていた。

 短く息を付き、二人を咎めるよう、カレンは大きく両手を振る。


「あーっ、もう! 折角の休みに勉強や学校の話とかマジ勘弁! それに、ロザリンが置いてけぼりじゃないか」

「「あ」」


 チラリと二人が後ろを向くと、見られたロザリンは小首を傾げる。

 途端にバツの悪そうな表情をする二人を見て、カレンは勝ち誇ったように胸を張る。


「アタシら三人だけがわかる話で盛り上がってちゃ、可哀想だろう?」

「そうね、失念していたわ……ごめんなさい、ロザリン」

「わ、私も謝ります。すみません」


 頭を下げて謝罪する二人に、ふるふるとロザリンは首を左右に振った。


「別に、大丈夫。皆の話を、聞くのは好きだから」

「いい娘ねぇ、ロザリンは。アンタら二人、心の広い彼女に、ちゃーんと感謝しなよ?」


 何故か偉そうな口を叩くカレンに、二人はジト目を向ける。


「何か、カレンに言われるとムカつきますね」

「そういった言動で自尊心を満たすのは、あまりよいことでは無いわよ?」

「うっせ……それより、今日の目的の方が大事だろ?」


 話を戻して、カレンはロザリンに視線を送る。


「それで、どうなってる?」

「ん。調べておいた。聞いた話だと……ほら」


 足を止め、ロザリンは前方を指差す。

 三人の視線が指を差す方向に集まり、プリシアの表情が崩れた。


「――ちょッ!?」

「いた」


 指差した先にいたのは、壁を背にして路地に佇むアルトの姿だった。

 誰かを待っているのだろう。彼は少し不機嫌な面持ちで、きょろきょろと周囲を気にしている。


「もももも、もしかして、にに、兄様も今日?」


 若干、裏返った声をプリシアは出す。

 動揺するプリシアを引っ張って、三人は立て看板の影に身を顰め、アルトの視界に入らないよう隠れた。

 てっきりアルトも同行するモノと思っていたプリシアは、怪訝な顔をする。


「あ、あの、一体これは……」

「――シッ! 声が大きい」


 カレンに咎められ、グッと言葉を飲み込んで、律義に言われた通り声を潜めた。


「一体これは、何のマネなんですか?」

「尾行」


 顰めた声の問いに答えたのは、同じく声を潜めるロザリンだった。


「び、尾行って……何で、私達が兄様を尾行しなければならないんですかっ」


 少し怒ったような表情を見て、カレンは軽く嘆息する。

 自分の方が空気を読めてないような反応をされ、プリシアは動揺した様子を見せた。


「なにって、ねぇ?」

「単刀直入に言えば、私達二人は、プリシアを心配しているの」

「し、心配?」


 困惑したように、プリシアは首を傾げた。

 二人に心配されるようなことに、身に覚えが無いプリシアは、眉を顰めて二人を交互に見回した。


「心配って、一体何のことですか? それと兄様に、何の関係が?」

「ありあり、大ありだよ」


 カレンは突きつけた指で、プリシアの鼻先をぷにっと押す。


「あんた、あの人が好きなんでしょ?」

「す、好きって!?」


 ぴょんと身体を飛び跳ねさせた後、顔を真っ赤にして両手の人差し指を合わせて、照れるようにぐにぐにと動かす。


「好きって言いますか憧れと言いますかわたしの王子様と言いますかそのその……」

「うっわ、きも」


 思わずカレンの口から、本音が零れ落ちた。

 ハッと正気を取り戻し、頬を赤らめながらも平静を装い咳払い。


「そ、それとこれが、何だって言うんですか?」

「ハッキリ言ってしまうと、私とカレンは、あの方がプリシアの想い人に相応しく無いと思っているの」

「……はぁ?」


 思い切り、顔を顰めた。

 まさか、そんな意見が出るなどと、本気で想像していなかったのだろう。

 次の瞬間、プリシアは拗ねるように頬を膨らませた。


「そ、そりゃ、私はチビですし子供です。まだまだ未熟だから、兄様には相応しくないかもしれないですけれど……」

「いやいや、逆だから」


 カレンとルチアは白い目をして、手を左右に振った。

 すると、本気で理解していないプリシアが、思い切り首を傾げた。


「はい?」

「……本気でわかって無いのね、この娘」


 難しい顔をして眉間を指で揉んだ後、真剣な表情でプリシアを見据える。


「いい? プリシアがどう思ってるか知らないけど、一般的に考えて、昼間っから仕事もせず飲んだくれて、年下の娘に食わせて貰っている人間は、駄目男と言って恋愛感情を抱いちゃいけない人種なの」

「駄目男? 兄様が?」


 ぷっと噴き出して、プリシアは朗らかに笑う。


「そんな馬鹿なぁ」

「……この娘、本気で駄目かもしれない」

「恋する乙女は手ごわいわね」


 頬に手を添えて、ルチアはほうと息を吐いた。

 目の前でそんな会話を聞いているロザリンも微妙だが、普通に考えてアルトが駄目男なのは否定出来ないので、うんうんと頷いて同意していた。

 と、言うか、プリシアのアルトに対する妄信は、ロザリンも呆れてしまう。


「とにかく、あんな駄目男とプリシアがもし仮にくっ付いたとしたら、不幸になるのは目に見えてる。友達として、そうなるのを見過ごすわけにはいかない」

「同意ね。人の恋路に口を出すのは本意では無いのだけれど、プリシアはもう少しだけ、冷静な目で彼を観察するべきだわ」


 親友二人の説得に、不満げながらもプリシアはグッと言葉を飲み込む。

 そして、恨みがましい視線をロザリンに向けた。


「……だから、ロザリンがこの場にいるんですね?」

「ん。私も、プリシアは少し、落ち着くべきだと、思うから」


 真剣な眼差しを受け、プリシアは黙り込む。

 注がれる視線を逸らし、誰にも聞こえないよう、口の中だけで呟いた。


「……先に知り合ったの、私の方なのに。偉そう」

 呟いて、不満げに唇を尖らせた。

 大きく息を吐き、ワザとらしく肩を竦めて、首を左右に振った。


「はいはいわかりました。わかりましたよ。要するに今日一日、冷静になって兄様を観察すればいいのでしょ? 簡単です」


 言って不敵な笑みを零す。


「まぁ、そんなことで私に気持ちが変わるとは、思えませんけどね」


 自信ありげに、プリシアは言う。

 そんな自信がどこから来るのかと、カレンとルチアは呆れるように互いの顔を見た。

 そうこうしている内に、アルトの方に変化が訪れる。


「皆、隠れて」


 咄嗟に発したロザリンの指示の元、皆は看板の影に身を顰める。

 こっそり顔を覗かせ様子を伺うと、どうやらアルトに声をかけて来た人物がいたようだ。

 チンピラ風の青年が、ぺこぺこと頭を何度もアルトに向かって頭を下げている。


「なに? あの柄の悪いの。知り合い?」

「さぁ。見たこと、無い」


 ロザリンが首を左右に振る。

 二、三言葉を交わすと、アルトはより不機嫌な表情になり、ペチッとチンピラの頭を平手で叩いた。


「……乱暴ね」


 ルチアは眉を顰め、不快感を露わにする。


「な、何かあの人が失礼なことを言ったんです! そうに決まってます!」

「ん~。でも、アル。ノリで、そういうこと、する時もあるから」


 折角フォローを入れるも、ロザリン自らが否定する。

 ギロッとロザリンに抗議するような視線を向けるが、素知らぬ顔でアルトを観察し続けている。

 このマイペースさに、カレンは苦笑いを漏らした。


「たはは。プリシアが振り回されるわけね」


 何度も頭を下げつつ、チンピラ風の男はアルトから離れて行った。

 再び、一人になったアルトは大欠伸をしてから、ダラダラとした足取りで歩き始めた。

 コートに両手を突っ込み、背を丸めて歩く姿は、あまり好印象とは言えない。

 特に礼儀正しさに定評のあるルチアは、ずっと怪訝な表情をしている。


 風が涼しくても日差しが強い為、すれ違う女性の服装は自然と露出度が高くなる。アルトとて健全な男子、真横を二つのたわわな果実を実らせた女子が、たぷんたぷんと果実を揺らしながら通り過ぎれば、自然と目線が引き寄せられてしまう。

 男性心理として、何の間違いも無い。

 けれど、年頃の女子には少々、心証は悪いだろう。


「まぁ、わからなくは無いけどねぇ。スケベ」

「あまり、好ましくは無いでしょうね。いやらしい」


 冷静に男子のスケベ心を批評する二人に対して、プリシアとロザリンは悲しげな表情で、ぺたぺたと自分の胸を触っていた。


「ほらほら。後を追うわよ」


 カレンに急かされ、四人はダラダラと通りを行くアルトの後を追った。

 気がつかれないよう、一定の距離を保って四人組みはアルトを尾行する。

 尾行しながら、カレンとルチアそしてプリシアは、少しドキドキしていた。気づかれないよう誰かをこっそり追いかけるという、日常ではあまり体験出来ない事柄に、奇妙な興奮を覚えたからだ。

 けれど、すぐにそれは落胆に変わる。

 道を歩くアルトは、何の事件に巻き込まれることなく、路地を曲がって行った。


「……なぁんか、思ってたのと違うなぁ」

「そうねぇ」


 思わずカレンが愚痴り、ルチアがほうと息を付く。


「言いだしっぺの二人が、揃って何言ってるんですか」

「依頼、止める?」


 呆れ気味のプリシアと共に、ロザリンは首を傾げ問いかける。


 二人はどうしようかと顔を見合わせるが、すぐに真剣な表情でロザリンの方を見た。


「いや、続けるよ。まぁ、思ってたより地味でつまらないんだけど、元々の目的はあの人がプリシアに相応しいか、見極める為だもんな」

「現時点では、マイナス要素しか無いのだけれど」


 二人の言葉に、プリシアはふんと鼻を鳴らし、


「兄様のお人柄に触れて、好きになっても知りませんよ?」


 その言葉に、二人は苦笑いをして「ないない」と両手を左右に振った。

 意思確認が出来たところで、ロザリンはアルトが曲がって行った路地の方を指差す。


「じゃ、急がないと、見失っちゃうよ?」


 四人は頷き合い、小走りに路地の方を目指す。

 さほど広くなり路地。四人がそこを曲がった瞬間、驚きと共に足を止めた。


「……よう」


 壁に背を当てて、待ち構えていたアルトが軽く手を上げた。

 片目を瞑り、ニヤッと意地悪く笑う。

「なぁに、してんのかな? この女学生共プラスαは」

 どうやら、尾行はバレバレだったらしい。

 意地悪な視線を受けて、四人はバツが悪そうな表情で、互いの顔を見合わせていた。






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