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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第1部 天楼奈落

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第60話 包囲網を突破せよ






「……来ねぇ」


 穏やかな昼下がり、緊張感も何も無く、寝転んだアルトは天井を見上げてぼやく。

 ミュウと決闘の約束をした翌日、てっきり向こうの方から喜び勇んで乗り込んでくると思い、治った傷口の抜糸を済ませ、軽く準備体操をして体調を整え、万全の態勢で待っていたのだが、待てど暮らせど一向にミュウが訪れる様子は無かった。

 すっかりやる気を殺がれたアルトは、ダラダラとシーナ宅でだらけている。


「あの馬鹿、忘れてんじゃねぇだろうなぁ?」


 耳を指で穿っていると、苦笑を漏らしながら、エレンが用意したお茶を目の前に置く。

 決闘が気になったらしく、朝早くからここを訪れては、食事や手当の手伝いなど甲斐甲斐しく働いてくれた。

 エレンの勤勉な姿には、全く頭が下がる。


「何かあったんでしょうか? そう言えば、湖の方でも事件があったらしいですし」

「事件ね……だとしても、それで一々動くほど、勤勉な女かよアイツは」


 起き上がると、用意してくれたお茶に口をつける。

 家で飲むお茶に比べて、少し味が物足りないと思ってしまうあたり、随分と舌が慣らされてしまったようだ。


「先生も、どうぞ」


 部屋の隅で、何やら作業をしていたシーナにも、お茶の入ったカップを渡す。


「ありがとう、エレン」

「そういえばアンタ、一体、何やってんだ?」


 立ち上がり、後ろから覗き込むと、何やら特殊な機材を並べていた。


「ああ。医療器具の点検をしていたんだよ。長らく使って無かったんだけど、アルト君の治療をした時に少し思ったんだ。やっぱり、いざって時を考えると、こうして何時でも使えるよう、手入れくらいはした方がいいかなって思って」

「ふぅ~ん、そりゃ、いい心がけなんじゃねぇの」


 軽く笑顔を見せて、アルトは元の位置に戻った。

 昨夜の会話の影響なのか、朝起きた時から妙にシーナの様子がぎこちなかったのだが、今話した感じだと、何でもなさそうに見えた。


「…………」


 作業をするシーナの背中を横目に、アルトはズズッと音を立てお茶を啜った。

 何にしても、やることが無いのは困りものだ。

 想定していた予定が処理されない内は、動きたくても動けない。

 頼んでおいた剣もまだ届かないので、今来られても丸腰で戦う羽目になる為、来ないなら来ない方が嬉しい。けれど、やっぱり手持ち無沙汰は否めない。

 つまり、退屈で仕方が無いということだ。

 カップ一杯分のお茶など、あっという間に飲み干し、アルトは頭を掻く。

 もう一杯貰おうか。

 そう言いかけた時、勢いよく戸が開かれた。


「――ッ!?」


 驚いた三人の視線が集まり、アルトは咄嗟に腰を浮かせ、戦闘態勢を取った。

 室内に飛び込んで来たのは、ボロボロのフェイだ。


「――フェイ!?」


 戸に寄り掛かり、崩れ落ちる彼女を、駆け寄ったアルトが抱き留める。

 手が身体に触れると、フェイは痛がるように、苦悶の表情を浮かべた。


「おい、大丈夫かよ。何があった?」

「骨が折れているのかも……アルト君、早く中へ……」

「待て。このままで、構わん」


 慌てて治療の準備を始めるシーナに促され、室内に運び込もうとするアルトを、傷だらけのフェイは襟首を掴んで制止させる。

 抱き留めた腕を振り切るよう乱暴に外すと、フェイは真剣な表情でアルトを見上げた。


「時間が無い……早く、ここから逃げろ」

「どういう意味だ?」

「時間が無いと言っている!」


 焦っているのか、大声を張り上げる姿に、余裕の色は一切見られず、アルトは困惑を深めた。


「あ、あの。一先ずは中へ……何もわからないと、対策も立てられません」

「……むっ」


 剣幕にオドオドとした様子のエレンだが、確りとした正論で彼女を諌めると、多少の冷静さを取り戻したのか、フェイの表情から僅かながら苛立ちが薄れた。


「わかった……すまない」

「それじゃ、中へ……」


 自分を恥じるような顔をするフェイに微笑みかけ、立ち上がるのを手助けする為、エレンな側に寄った瞬間、アルトは鋭い眼光を開かれた戸の向こう側に向けた。


「――あぶねぇ!」


 叫び、アルトは入口にいる二人に飛び付きながら、足で開きっ放しになっている戸を蹴り、スライドさせて閉める。


「――キャッ!?」

「――ッ!?」


 急な行動に驚き、悲鳴を上げる二人を胸に抱き抱え床に転がる。

 一瞬遅れて、閉められた木製の戸を突き破り、数本の鏃が顔を覗かせた。


「矢!? 一体、何処の誰が!?」


 驚いた様子で頭を抱え、身を低くするシーナが問う。

 アルトの肩越しから突き出た鏃を目にして、フェイが悔しげに舌打ちを鳴らした。


「天楼だ。もう、動き出したのか」

「天楼って、ミュウの馬鹿か? アイツ、一対一とかいいながら、兵隊引き連れて攻めてきやがったのかよ」

「違う。これは、シド様の指示を受けたボルドの兵隊だ」


 アルトは思い切り、顔を顰めた。


「はぁ?」

「ミュウは東街に向かった。魔女狩りをする為に」

「……どういう意味だ?」


 途端、アルトの声色が低くなり、気配に鋭利さを増す。

 その声は、下にいるフェイが青ざめるほどの殺気が籠り、見惚れるほど蠱惑的だった。

 一瞬、フェイは言葉を忘れるが、すぐに我に返り、アタフタと説明を続けた。


「あ、う、んんッ! し、心配の種は先に取り除いておこう。結論を先に言えばミュウは失敗した。魔女は無事だ。当然、東街の人間にも被害は出ていない」

「……さよか」


 アルトの気配が、露骨に緩んだのがわかった。

 ほんの僅かに、フェイは残念そうな顔をする。


「あ、あの……とりあえず、お話は後回しにした方が、いいと思うんですけど……」


 同じく下に敷かれたエレンが、申し訳なさげに口を挟む。

 顔がボッと音が出るくらい赤らんだフェイは、ワザとらしく咳払いをした。


「とにかく! アルト。今、お前に抹殺指示が出ている。取り囲まれる前に、早くここを脱出するんだ」

「なるほど」


 二人の上から退くと、アルトは戸の方に視線を向ける。

 矢の第二射は無く、踏み込んでくる気配も無い。

 恐らくは様子見。同時に、逃げ場を塞ぐように兵隊達を展開しているのだろう。


「さぁて、どんなモンなのかな?」


 壁の隙間から覗き、外の様子を伺う。

 見える位置に、人影が複数あるのが確認出来る。

 ワザとらしい配置から、これは、「俺達はお前らを監視しているぞ!」という牽制の意味があるのだろう。


「こりゃ、時間をかけるのは不味いな」


 一人二人なら問題は無いが、大勢で囲まれると不利は否めない。こっちには非戦闘員がいるし、フェイは満身創痍。口には出さないし、戦う気は満々のようだが、実力の三割も発揮出来れば良い方だろう。

 それに、アルトは丸腰だ。


「アルト」


 逡巡する様子に気がつき、フェイが声をかける。

 振り向くと、目の前に何かを投げつけてきた。

 軽く驚きながら受け取ると、手の中に馴染みのある感触と重みが宿る。


「……これ、俺の剣じゃんか」


 渡されたのは、アルトが昔から愛用している片手剣だった。

 フェイは両腕を組み、若干渋い表情をする。


「許可を取らず、黙って持ち出してしまったのは不本意だがな……しかし、おかげで有益な情報を得ることが出来た」


 有益な情報というのは、今回の襲撃のことだろう。

 アルトは渡された剣と、不機嫌そうな表情の中に、僅かな哀愁を漂わせるフェイを見比べた。


「いいのか? 尊敬するシド様を裏切ることになるんだぜ?」

「構わん。覚悟は出来た……私にとって天楼は、北街は守るべき大切な場所。だが、その為に誰かの大切な場所を踏み躙る行為は、やはり私には許容出来ない」


 力強く、アルトを見つめる。

 その視線に、以前のような迷いは無かった。


「気に入らないんだよ。シド様やボルドがやろうとしていることは……それだけだ」


 らしくない不遜な物言いに、アルトはフッと笑みを零した。


「サンキュ。やっぱ、頼りになるよ」

「……ふん」


 軽薄な礼に眉を顰め、フェイはそっぽを向いた。

 アルトは剣を腰のベルトに繋げる。

 久しぶりの重さに、ようやく本調子が戻って来た気がした。


「さて、んじゃとっとと脱出したいんだが……壁、ぶち破っていい?」

「んっ!? ま、まぁ、緊急事態みたいだし……仕方ない、よね」


 とは言うものの、やはり自宅を壊されるのは嫌らしく、シーナの態度が煮え切らない。


「お前も付いて来た方がいいな。アルトの協力者として認識されている以上、捕まればただでは済むまい……この家も、引き払い、暫くは天楼の外で身を隠すのが得策だ。ボルドとて、無関係な貴様を探し出してまで、どうこうするつもりは無いだろう」

「……だね」


 フェイの忠告に頷いて、シーナは力無く苦笑した。


「んじゃ、話がまとまった所で、天楼脱出作戦と参りましょう」


 アルトはそう言い、外の気配を探って一番薄い位置の壁に、抜いた剣の切っ先を添えた。




 ★☆★☆★☆




 上手いこと包囲網が引かれる前に脱出することが出来たらしく、意外なほどあっさりと天楼の門を突破したアルト達。

 が、流石に連中も甘くは無かった。

 天楼の本拠地から出れば、追手の追撃もてっきり緩むモノと思い込んでいた。

 しかし、実際には外に出てからが一苦労。むしろ、中の警備の方がザルでは無いかと思うくらい、連中の動きは統率が取れていた。その上に数が多く、一々相手にしていられないと逃げるアルト達は、北街の中を縦横無尽に走り回った。


 その途中、シーナとは別れることになる。

 ある区画に差し掛かったところで、どうやら彼の知り合いが近くにいるらしく、信用出来る人間だからと、知人宅に匿って貰うことを提案してきた。

 流石のアルトも、その提案には首を左右に振る。

 追ってくる連中の様子を見る限り、ボウガンなどを躊躇なく撃つなど、形振り構わない行動が見受けられる。これ以上、無関係な人間を巻き込むのはよろしくないと、アルトは判断した。

 本音の部分では、ロザリンや東街の状況が気にかかり、一刻も早く東街に戻りたいのもある。

 それ故に同じくウェインが心配だろうエレンに、別行動を取ることは進めなかった。


 無関係といえば、シーナも同じこと。

 アルトはシーナ一人だけで友人宅に匿って貰うことを提案。

 人の良い彼は、眉根を顰めて渋るが「俺達は逃げてんだぜ? 悪いが、足手まといは少ない方がいい」と言うと、反論出来ず、最終的にシーナは頷いた。


 そんな訳で現在、アルト達は三人で行動している。

 北街の薄汚れた狭い路地を、三人が並んで疾走する。

 二人広がっては通れない狭い路地を、全速力で走り抜ける。下に落ちている瓦礫やゴミは蹴飛ばされ、偶然いた宿無し連中は、剣幕に驚いて壁に張り付き道を譲る。

 これを曲がり角があれば左へ右へと曲がり、網の目のような動きを飽きるほど繰り返してきた。

 決闘の為に体調を万全にしてきたアルトはともかく、怪我人のフェイや小柄なエレンの表情には疲れが浮かんでいた。

 本人な全力のつもりなのだろうが、走る速度も大分遅くなっている。

 先頭を走るアルトがチラッと後ろを振り返り、死にそうな顔で走る二人を見て、どうしたモンかと頭を掻く。


「こりゃ、流石に限界かぁ……お前ら、この辺が何処かわかるか?」


 走る速度を気づかれないよう緩めながら、アルトは問いかける。

 苦しげな息遣いで周囲を見回し、フェイが吐息交じりに答えた。


「ここは、西よりの路地だな。もう少し先に行けば、西側の大河に出る」

「西側かぁ……ちと、不味いな」


 北街から西街に続く大橋は、基本的に封鎖されているので、他の街に逃げ込むには渡し船か、グルリと東側まで戻らなくてはならない。

 何が不味いかと言えば、基本的に北街の西側は、天楼の勢力圏なのだ。

 渡し船を営業している連中も、天楼の息がかかっている可能性が高い。


「一先ず、休める場所を探すか」

「何を悠長な……!」

「俺はともかく、お前らは限界だ。報酬を貰っちまった以上、俺はエレンを無事に連れ帰る義務がある。足を引っ張る要素は、少しでも減らしたいんだよ」

「……だったら、私も置いて行けばいい」


 速度を落とし、横に並ぶアルトの言葉に、フェイは視線を逸らして自棄気味に言い捨てる。


「悪いが俺は、テメェの為に命を懸けてくれる奴を見捨てられるほど、器用な生き方は出来ねぇんだよ」


 真剣なアルトの物言いに、フェイの頬がサッと赤らむ。


「べ、別にこの怪我は、貴様を庇って出来たモノでは無い」

「だとしても、お前が仲間を裏切ってでも情報を教え、剣を持ってきてくれたのは事実だ。それに報いなきゃ、俺の矜持が廃るんだ。諦めろ」


 背中をバンと叩かれ、フェイは軽く咳き込む。


「馬鹿者……貴様がそんな言い方ばかりするから、私がこんな苦労をするんじゃないか」


 憂い交じりに呟いた言葉は、アルトの耳に届かなかった。

 ことにする。

 悩むフェイは後ろを向き、苦しげな表情をしながらも、懸命に足を動かすエレンを見る。


「……わかった。手頃な廃屋を探して、暫し休むことにしよう」


 フェイが納得したことで、一先ずの方針が決定する。

 ここらだと人目に付くので、まずは人の出入りの少ないスラム側へ行こうとした矢先、人生というモノのままならなさに直面した。

 路地を飛び出した途端、天楼の兵隊達の一団とかちあってしまう。


「――貴様らッ!? 見つけたぞ!」


 ちょうど真横にいた天楼の兵隊達と接触しかけ、驚きながらもよく訓練されている兵隊の一人は、大声を張り上げて透かさず武器に手を伸ばす。


「クソッ、引きが悪すぎだろうッ!」


 吐き捨てながら、アルトの身体はすぐさま戦闘態勢に移行した。

 兵隊が腰に差した剣を抜くより早く、手近な男の顎を肘で打ち上げ、更に裏拳を顔面に叩き込み背後へと打ち飛ばす。


「――フッ!」


 透かさずフェイがアルトの肩に片手を乗せ、反動をつけて飛び上がると、もう一人の首筋に蹴りを叩き込む。グルンと白目を向いて、膝が抜けかけたところ、胸板を押し込むように蹴り飛ばし、後ろで武器を構えようとした連中を巻き込み押し倒した。

 地面に降り立ったフェイは、傷が痛むのか、僅かに顔を顰める。


「――走れッ!」


 アルトは叫ぶと、足が止まり、壁に手を当てて息を整えているエレンの腕を引っ張り、男達とは逆方向へと疾走した。

 大きな通りと言っても、繁華街のように店が構えてあるわけでも無いので、賑わいは無く人はまばら。両脇にはボロボロになった家屋や壁が、並んで立っているだけだ。


「はぁはぁはぁはぁ……!」


 すぐ後ろを走るエレンの呼吸の間隔が短く、息遣いが酷く苦しげだ。

 横のフェイも表情こそ平静を保とうとしているが、時折走る足をもつれさせている。

 二人共、体力的にはもう限界だ。

 不運なことに、今走っている通りは正面に大きく伸びていて、先ほど出て来た場所以外に飛び込める路地が、全て瓦礫などで塞がっていた。

 後ろから、笛を吹く音が聞こえてくる。

 ここで逃がすまいと、周辺に散っている兵隊達を呼び集め、追い詰める寸法だろう。


「おいおい。アイツら、何時から警備隊になったんだ。これじゃ、俺達が悪者みてぇじゃねぇか」

「……彼らは縄張りの自治も管理している。あながち、間違いでは無いな」

「そ、そんなつっこみ、いらない、ですよぉぉぉ」


 ヘロヘロになりながら、エレンが律義につっこんだ。

 一度、足を止めて気力が途切れたのか、エレンの速度が見る間に落ちて行く。

 腕を掴んでいるアルトも、同じように速度が鈍る。

 後ろを振り向けば、数を増した追手が、我先にと迫って来ていた。


「……本気で、不味いな」


 フェイがポツリと呟く。

 正面の十字路まで届けば、逃げ道が増えることで、追手を撒ける可能性も出てくる。

 逆に正面を塞がれれば、アルト達は逃げ道を失い、敵に囲まれてしまう。

 ならばいっそのこと、追手が集まり切らない内に、後ろの連中を潰して置くべきか。


「……無理っぽいよなぁ」


 走ること自体限界なのに、戦うなんてもっと無理だ。

 偉そうに啖呵を切った手前、どちらかを人質に取られたら、見捨てることが出来ない。

 せめてアルト一人だけなら、どうとでも切り抜けられるのだが……。

 逡巡している内にも、追手との距離はどんどん縮まっていく。


「――あっ!?」


 迫る緊張感からか、無理に動かない足を動かそうとした所為で、エレンは足を絡ませて転んでしまう。

 当然、腕を引くアルトの動きも止まる。


「――おい、大丈夫かッ!」

「馬鹿! お前まで止まんなッ!」


 驚いて足を止めるフェイに、慌ててそう怒鳴る。

 無視して走り続けていれば、アルトは強引にエレンを引き起こして後を追えた。

 だが、フェイは足を止めてしまい、アルトは彼女に指示を出さざる得なくなった。

 ほんの数秒。だが、そのほんの数秒の隙が、命取りになる。


「ボウガン、構えろ!」


 足が止まった隙を狙い、追手の一部が指示に従いボウガンを構える。

 一度撃ったら、再装填に時間がかかる武器だけに、狙いどころを絞っていたのだ。


「クッ、狙い撃ちにされる……フェイ!」

「仕方あるまい!」


 エレンを守るようにして、二人はそれぞれの武器に手を伸ばす。

 剣でボウガンの射撃を防いでも、一度動きを止められてしまった以上、戦うしか方法は無い。

 覚悟を決め、飛んでくるボウガンの矢を狙い、タイミングを計る。


「――てぇぇぇ!」


 リーダーらしき男の掛け声が響く。

 背筋の凍るような風切り音が、複数響いた。

 周囲に、静寂が訪れる。

 アルト達は剣を振るうどころか、抜くことも無かった。

 何故なら矢は発射されず、代わりにボウガンを構えていた兵隊達は、一斉のその態勢のまま崩れ落ちた。

 首には皆、同じようなナイフが刺さり、絶命していた。


「な……なにが、起こったんだ?」


 状況がさっぱりわからず、流れる血に驚き後ずさるリーダーは、唖然とした声を漏らす。


「……美味しいとこ持ってきやがって」


 アルトはジト目で、ナイフが飛んで来たであろう、廃屋の屋根を見上げた。

 人の姿は形も無く、ほんの僅かに、黒い残影だけが日差しの前を横切った。

 何はともあれ、ここはチャンスだ。

 横にいるフェイの腰を抱き寄せ肩の上に担ぐと、腕を持ったエレンを引っ張り上げ、小脇に抱きかかえる。


「なッ!? ちょ、おまッ!?」

「ひゃん!?」

「この隙に、一気に逃げるぞ!」


 女性を、一人は子供とはいえ、二人を両手に抱えて、アルトは全速力で走り出す。

 重く無いわけでは無いが、疲れている二人に合わせて走るよりはずっと早い。

 追手たちも突然の出来事に混乱しているようで、すぐに指示が出せずその場で右往左往していた。

 アルトは逃げながら、投擲されたナイフの形を思い出す。


「……あのナイフは、やっぱ、アイツか」


 見覚えがあった。が、今は逃げることが先決だ。

 更にスピードを上げて、一直線に十字路まで目指す。

 あまりに早すぎで怖いのか、抱えた二人が仕切りに何かを叫んで、背中や太ももをパシパシ叩いているが全て無視する。

 後僅かで十字路に差し掛かる、その直前、数名の人影が道を塞ぐよう現れた。


「――ッ!?」


 走る速度が緩む。


「――どうした!?」


 後ろ向きの為、正面の様子はわからないが、速度が緩んだことで異変を察知したフェイが、慌てた口調で問いかける。

 同じく正面を向いているエレンからは、絶句したような気配が伝わる。


「……いや」


 緩んでいた速度を、元に戻す。


「何でも無い」


 そのまま正面に立つ男達の列に、速度を落とさず突っ込んだ。

 列の真ん中、先頭に立つ男とアルトがすれ違う。


「ま、ここは任せときな、兄弟」

「けっ。礼は言わねぇぞ日和見野郎」


 交差した瞬間、二人は視線も合わさず軽口を叩き合う。

 何事も無く列をすり抜け、フェイは目撃した光景に、我が目を疑った。

 三人を見送るように手を上げた男の後ろ姿、ファーのついたド派手な革製コート。この北街で、あのような悪趣味なコートを着ている人物は、一人しかいない。


「奈落の社……!? な、何故、奴らがこんなところに?」

「さぁてな。連中の事情なんぞ、わかるかよ」


 一気に駆け抜け、遠ざかるハイド達とアルトの後頭部を見比べながら、慌てた様子で喋るフェイとに、少しだけ不機嫌な声を返す。


「にゃろう……人に面倒押し付ける、選別のつもりか?」


 一つだけ思い当る節はあるが、この場は追手を遮ってくれることに、素直にとは言い難いが、感謝はしておこう。

 十字路を抜けたアルトは、素早く小さな路地へと飛び込んだ。

 再び狭苦し路地に入り、女の子を二人担いだ怪しすぎる風体で、アルトは額に汗を浮かべながら疾走する。

 遠くの方から騒々しい声が聞こえるけれど、アルト達を追ってくる気配は無い。


「追ってはこない、ようだな……しかし、まだ油断は出来ん」

「ま、二度目はなさそうだからな……どん詰まりになる前に、何とか北街を脱出しなけりゃ、こっちの身体が持たんぞ」


 げんなりとして呟く。

 せめて、逃げている方向が東側なら、何とかなったのだが。

 色々と悩みは尽きないが、当面の危機は回避した……と、思ったのだが。

 何も考えず飛び込んだ細い路地。

 妙に薄暗いその先に、人の気配を感じた。


「……誰かいるな」

「敵か?」


 後ろ向きのまま、フェイの緊張したような小声が聞こえる。

 足を止めず警戒心を強めながら、アルトは薄暗い路地の先に目を凝らす。

 足音を立てて現れたその姿に、思わず息を飲み込んだ。


「やぁ、野良犬君。奇遇だね」

「テメェは……!?」


 アルトは足を止める。

 薄暗い路地の先から、微笑を湛えて現れたのは、男性用の貴族服を身に纏った眼帯の少女……ルン=シュオンだ。

 顔見知り。だが、アルトは警戒を緩めない。

 その様子に、ルン=シュオンは悲しげな態度で、肩を大きく竦めた。


「おやおや。久方ぶりの再会なのに、随分とつれない態度じゃないか」

「普段、根城から顔を出さねぇテメェと面合わせて、偶然ってのは出来過ぎだろう?」


 アルトは抱えた二人を下すと、前に出て剣に手を添える。


「誰の差し金だ?」

「怖い怖い」


 睨み付けられ、ルン=シュオンは大袈裟に怖がりながら、無抵抗を示すよう両手を上げた。


「ルンはただ、お仕事を果たしに来ただけだよ」

「仕事、だぁ? お前、情報屋じゃなかったのか?」

「人探し、と、言うのは情報の一環さ。勿論、普段は請け負わないのだけれど、お得意様のたっての頼みでは、ルンも断るわけにはいかなくってね」

「頼まれたって、誰にだよ?」


 一瞬、ロザリンや頭取辺りが頭に浮かんだが、響いた声がそれを否定した。


「それは、ボクですよ」


 聞き覚えのある声と共に、執事を連れて現れた背の低い少女。

 場に不釣り合いなその姿を見たアルトの顔は、よっぽど間抜けだったのだろう。

 少女は思い切り顔を顰めた。


「なんですかその顔は? 全く。駄犬はやはり駄犬。ご主人様に対して挨拶も無しとは、やはりボクが飼ってあげないと駄目駄目ですね」


 随分と久し振りな気がする毒舌に、アルトは思わず苦笑を漏らした。


「おいおい。仕事、忙しいんじゃないのかよ」

「そう思うなら、手間をかけさせないでください」


 少女は薄い胸を張って、大きく嘆息した。

 そして、少し照れ臭そうな笑顔を見せる。


「お久しぶり……と、言うほど、間が空いていたわけじゃありませんね」

「ああ、元気そうで何よりだラサラ。それに、レオンハルトも」

「恐縮でございます」


 後ろに控えているレオンハルトが、恭しく一礼した。

 ラサラは表情を引き締める。


「この先の水路に、船を用意しています。ラサラカンパニーが用意した船ですから、安全です。とりあえず、ボクの家まで逃げましょう」


 突然の助っ人に、事情の呑み込めないフェイとエレンはポカンとしていた。

 驚いたという意味では、アルトも同じだが、当面の問題が一気に片付いたことは素直に喜ばしい。

 大きく、安堵の息を吐きだしながら、アルト達は助けに来てくれたラサラ達に導かれ、何とか北街を脱出することに成功した。

 だが、再びここに戻ってくることになるだろう。

 全ての決着をつける為に。





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