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第57話 水神の雫





 通りを挟み、ミュウとラヴィアンローズが睨み合う。

 異様な雰囲気に、往来する人々も怪訝な表情を見せるが、関わり合いを恐れてか足早に目の前を通り過ぎて行く。

 近所の人間が心配して近づこうとするが、ロザリンが首を振るので、口を出してはこなかった。

 賑やかな通りにあって、この周辺だへ不自然に重苦しい。

 ラヴィアンローズは背中の大太刀に手をかけたまま、厳しい表情で問う。


「おちびちゃんを殺す、ですって? 冗談も休み休みお言いなさいな」

「ハハッ。この私が殺すって言ってんのよ。冗談なわけ無いじゃない」


 まるで遊びに来た、と言っている程度の、軽い口調で言う。

 意図が読めず、ラヴィアンローズは眉根を顰めた。


「……何が目的ですの?」


 問いかけるが、ラヴィアンローズに全く興味を示していないミュウは、退屈そうに欠伸をすると、ジト目で周囲をねめつける。


「初めて来たけど、不愉快な街ね……どいつもこいつもヘラヘラ笑って、気分が悪くなるわ」


 唾を路上に吐き捨て、嫌な笑みを浮かべる。


「この場で二、三人ぶち殺してやったら、ここの連中はどんな顔をするかしら」

「――ッ!?」


 嘲笑混じりの暴言に、ロザリンの頭がカッと熱くなり、赤い瞳に魔力が宿る。

 それを、ラヴィアンローズが手で制した。


「胸糞悪い戯言は、顔だけにしてくださいな」

「言うねぇ」


 楽しげに一笑いした後、ギロッと睨みつけてきた。


「冗談のつもりは無いわよ……そこのガキ、私についきな。拒否すれば、ここの連中を無作為に一人ずつ殺す」


 瞬間、ラヴィアンローズは鯉口を切る。


「おっとラヴィアンローズ! そこから一歩でも動いた時点で一人殺すわよ」

「――ラヴィアンローズ!? 駄目ッ!?」


 ミュウは本気だ。

 慌ててラヴィアンローズの腕に縋り付き、今にも斬りかかりそうな彼女を、今度はロザリンが制止する。


「……クッ」


 切った鯉口を、悔しげな表情で戻す。

 ロザリンの護衛以外は興味が無いと豪語するラヴィアンローズも、ミュウのように全方位の人間を、すべからく犠牲にしても構わないと思うほど、無法者では無い。

 ミュウのことは多少、知っている故に、彼女が殺すと言えば、本当に殺すだろう。

 それだけでは無い。建物の影や、路地の隙間。能天気通りの至る所から、場違いな気配を感じる。恐らくは、天楼の手の者が何人か紛れ込み、目立つミュウを盾に此方の様子を伺っているのだ。

 動きをピタリと止める姿を、ミュウはニヤニヤと楽しげに眺める。


「アンタに興味は無いわ。フェイの奴みたいに、いたぶっても楽しめるタイプじゃないし、あの獣の障壁は面倒臭いからね……そう考えると、フェイの奴はあっさり潰さずに、もう少し遊んでやるべきだったかしら?」


 ラヴィアンローズの眉が釣り上がる。


「……フェイを、やったの?」

「ムカつくから潰してやった……まぁ、死んでないから安心しなよ。友達思いのラヴィアンローズ」

「…………」


 からかう言葉を浴びて、全身から怒気が漲る。

 こんなラヴィアンローズは、恐らく滅多に見られないだろう。

 だが、動けばミュウが無作為に、この場にいる連中を殺す。

 どうすればいい?

 怒りを覚えながらも、動くことの出来ないジレンマを感じるラヴィアンローズの前に、ロザリンが立った。

 確かな怒りを秘めた瞳で、真っ直ぐとミュウを見据える。

 その姿に、得体のしれない恐怖を怯えていた幼さは無い。


「……おちびちゃん」

「おや、どしたチビ? 大人しく私に殺される気にでもなった? 少しくらい抵抗してくれないと、楽しめないんだけど」


 腰に手を当てて、馬鹿にしたように笑う。

 湧き上がる怒りを表すように、ロザリンはキュッと唇を噛み締めるが、ゆっくりと息を吐きだし、衝動を押さえつけた。

 こんな時、アルなら何と言うか、頭の中でシュミレーションしてみる。


「話は、わかった」


 手に持った傘の先端を、ミュウに向ける。


「だったら、御託は、いらない……叩き潰すから、かかって、くればいい」


 強気な口調に、ラヴィアンローズも驚いて、ポカンと口が開いたままになる。

 ロザリンの言葉に、てっきり大笑いで馬鹿にすると思っていのだが、ミュウは無表情になると、不機嫌を無理やり押し込めるように右手を握り、指の骨をバキバキと鳴らした。


「……その態度、ムカつくわね。でも、まぁ、いいわ」


 キツク握り締めた拳を胸元に持ってくると、凄惨な笑みを浮かべた。


「ここで殺ると、色々と面倒臭いのよね……着いて来なさい」


 そう言って、ミュウは歩き始めながら、ラヴィアンローズに意味深な流し目を送る。

 視線の意図に気づいて、ラヴィアンローズは舌打ちを鳴らした。

 周囲の気配はまだ残っている。つまり、ラヴィアンローズが此処から動けば、連中は有無を言わさず通りにいる住人を殺すだろう。

 そのことにロザリンも気がついているらしく、硬い表情のまま、ミュウの後ろを追う。


「――おちびちゃん!」


 一歩もそこから動けず、情けないと思いながらも、人通りの中に消えていくロザリンの背中に声を掛けた。

 勝てるわけが無い。殺される。

 答えはわかりきっているのに、言葉として口に出てこない。

 振り向いたロザリンは、迷いながらも通りの人々を気遣い、動かないでいてくれるラヴィアンローズに笑顔を向け、親指を立てて見せた。


「大丈夫」


 鼻息荒く言って、ロザリンは小さな胸を張った。

 ラヴィアンローズは呆気に取られた後、クスッと笑みを零す。

 そして、直ぐに真剣な表情をした。


「……あの女の能力は異常回復。生半可な攻撃は無意味ですわ。わたくしも必ず、後で向かいます。貴女が死んだら、マイダーリンのハートを、射止められなくなってしまうから」


 腕を組み、胸をたゆんと強調しながら、不敵に笑う。

 ロザリンは左目の下に指を添え、ベェと舌を出すと、クルリと背を向けてミュウを追い駆けて行った。

 ブカブカの黒いコートを着て、手には黒い蝙蝠傘。そして背中には、白い布が巻かれた長物を背負っている。もはや、魔女とも言えない風貌をしているロザリンを見送り、ラヴィアンローズは心の中で、彼女の無事を祈った後、視線をグルリと周辺に向けた。

 とりあえず、何かをするのにも、どうにかこの場を切り抜けなければならない。

 頭取が異変に気がつき、手を打ってくれるのを、待つしかないのか。

 逆計術式を起動される時間まで、まだ余裕はある。

 ラヴィアンローズは腕を組み、ジッと反撃と時を待つことにした。




 ★☆★☆★☆




 ミュウに連れられて来たのは、東街の外れにあるリュシオン湖沿いの古びた公園だ。

 手入れはされているらしいが、通りからは少し離れた場所にあるので人の姿は皆無。その為か花壇はあるが、花などは植えられておらず、真っ黒な土だけが盛られ、何処か寂しげに見えた。

 公園の奥には階段があり、そこを下りると桟橋になっていて、リュシオン湖と水晶宮を一望出来る。

 ロケーションとしては最高なのだが、やはり、通りを奥に入った目立たない場所にある為か、穴場スポットと呼ぶ以前に、かなり寂れたという形容が似合う公園だ。

 だが、これからこの場で行われることを考えれば、人気が無い方がやり易い。

 それに偶然か、ロザリンが目的地にしている魔力溜りも、この近くの水路にある。

 前を歩いていたミュウが足を止めると、クルリと此方を振り返った。


「さぁ、チビ。良く目に焼き付けておきな。アンタがこの世で、最後に見る光景なんだ」

「くどい」


 得意げな語りを一言で切り捨ていると、途端にミュウの表情が気色ばむ。

 睨み付ける視線に鋭利さを増すと、顎を軽く上に向けた。


「気に入らないガキね……いいわ。半殺しにして、アルトの前でぶち殺してやろうと思ったけど、面倒臭いからこの場で殺す」


 気だるげに左足を上げ、思い切り踏み降ろす。

 途端、地面が激しく揺れた。

 落石でも起こったかのような轟音が公園を響かせ、ミュウが踏み込んだ足下の石畳は、粉々に吹き飛んでしまった。


「どんな殺され方がいい? 圧殺が惨殺か轢殺かぁ? まぁ、私の気分で決めるけどね」


 じゃあ聞くなと思いつつ、ロザリンはコートを靡かせ、ポケットに左手を突っ込む。

 取り出したのは、棒付きの青い玉のキャンディ。

 涼しげな色の飴玉を、パクリと口に咥えた。

 突然の行動に、ミュウはケタケタと腹を抱えて笑い出した。


「なにそれ。最後の晩餐のつもり? ……だったら」


 ダン! と右足を踏み込む。


「地獄の底までその味を覚えて逝きなッ!」


 地面を蹴り、真正面から突貫する。

 獣の如き体捌きで石畳の上を疾走すると、硬く固めた拳を突き出す。

 特に鍛えている風でも無い、年端もいかない少女の身体など、ミュウの一撃で骨までバラバラに砕けてしまうだろう。

 一撃、顔面に叩き込めば終わり。ミュウはそう高を括っていた。

 得意げに突き出した右が、空を切るまでは。


「……あれ?」


 正面にいた筈の、ロザリンの姿が消えた。

 唖然とするミュウの顔に、日差しを遮るよう影が差す。

 視線を上げると、身を捻りながら跳躍し、両手で傘を握るロザリンの姿があった。


「潰れろ」


 振り落された傘が、無防備なミュウの後頭部に炸裂する。

 全く予想だにしていなかった方向から、予想以上に強い打撃を加えられ、ミュウは地面に思い切り叩きつけられバウンドする。

 突貫してきた勢いもあって、顔面から突っ込んだミュウは、そのままゴロゴロと地面を不格好に転がっていく。

 上手く着地したロザリンは、飴玉を咥えたまま、ホッと安堵に胸を撫で下ろす。

 心臓はまだ、バクバクと音を立てていた。

 ぶっつけ本番だったが、どうにか上手く作動したようだ。

 後ろを振り向くと、静止したミュウは暫く地面に伏せた後、ゆらりと幽鬼のように立ち上がり、顔を此方に向けた。


「その力……ブースターだな?」

「うん」


 頷いて、ロザリンは咥えていた飴玉を取り出す。

 見た目こそ飴玉だが、実は本物の飴玉では無く、結晶体の核から削り出して術式を刻み込んだ、ロザリンオリジナルの特殊なブースターなのだ。

 よく見れば、飴玉の中央には術式を示す文様が刻まれている。


「これが、私の、奥の手」


 結晶体をブースターとして使用するには、身体に埋め込んで魔力と術式を直結しなければ、身体能力の強化は果たせない。だが、無理な魔力のブーストは身体に負荷がかかりすぎ、オーバーロードすると人体そのものが変質化する恐れがある。

 そのリスクを回避する為に作ったのが、この飴玉式ブースターだ。


「結晶体に、特別な術式を刻むことで、人体に埋めることなく、ブースト効果を生み出すことに、成功したの」


 ブースターの効果とは、結晶体から発せられる魔力を体内に取り込むことで、様々な効果を生み出す。それは、身体とのシンクロ率が高ければ高い程、より高レベルな効果が期待出来る。

 口内に咥える。つまり、粘膜からの魔力吸収はリスクこと低いが、ブースターとしての効果は最低限の身体強化のみ。偽ハウンド達のように五感を強化したり、ミュウのように異常な回復能力があるわけでも無い。


 それだけなら、ただの劣化アイテムだろう。

 だが、小さな魔女ロザリンは、この飴玉にある特殊な仕掛けを施してある。

 これを使えば、相手がどんなに化物染みた人間でも、対等に戦える筈。

 立ち上がったミュウは無表情のまま、首を左右に倒しコキコキと鳴らす。


「あー……普通だったらさぁ、ここで面白くなってきた、とか言うんだろうけど。やっぱ戦うのって面倒臭いわ。反撃されるとムカつくし、テンションが上がってる時じゃないと、苛々しっぱなし」

 うざったそうに前髪を掻き上げる。


「でもさぁ。アンタの場合は、面倒とかそういうの関係無く、殺さなきゃいけないんだよねぇ」

 理不尽な言葉に、ロザリンは眉間に皺を寄せた。

 こんな危ない人間に、命を狙われるような恨みを買った覚えは無い。


「どういう、意味?」

「アルトを手に入れる為よ」


 当然の如くミュウは言った。


「アンタを殺して、アルトを手に入れる……アンタ、アルトのお気に入りなんだってね。だったら、アンタの死体と臓物を目の前にぶち撒けてやったら、アルトはどんな顔をするかしら? きっと怒りで我を忘れて、私のことしか考えられなくなるわ」


 楽しげに、キヒッキヒッと不気味な笑い声を上げる。

 その中に交じるある種の熱を、本能的に感じ取ったロザリンは、不機嫌に口の中の飴玉を転がした。


「むぅ。また、変なのに、懐かれてる」


 本人がこの場にいれば、好きで懐かれているわけじゃ無い、と言うだろうが、ロザリンにしてみれば出会って数か月で、何人もライバルを増やされたら溜まったモノでは無い。

 ミュウは笑みを薄くして、猫背の身体を更に前に倒し、ロザリンを睨み付ける。


「多少、動けるようになった程度で、私を倒せると思うんなら、やってみればいいじゃない。後悔する頃には……バラバラだろうけどね!」


 再び地面を蹴り、ミュウが襲い掛かってくる。

 今度は真正面から突っ走っては来ず、身体を左右に素早く反復させ、ロザリンの視線を散らす。

 ブースト効果で身体能力が高まっているとは言え、動体視力等まで上がっているわけでは無く、ミュウの素早い体捌きを視覚的に追うのは困難。迂闊に視線で左右に散らす動きを追い駆ければ、注意力が散漫になり攻勢に反応出来なくなるだろう。


「それ、なら」


 視線は正面に向けたまま、動きの残像だけに注意を払う。

 無駄に全てを追うのでは無く、狙いを絞れば、相手が幾ら早くても対応出来る。

 ミュウの動きが急停止。場所は、ロザリンの右、真横だ。


「ふっ」


 無造作に上げた左手を、刈り取るように頭部目掛けてスイングする。

 紙一重で避けるような技術は無いので、ロザリンは気配だけに意識を飛ばし、座り込むように膝を屈伸させその一撃をかわす。


「ハハッ。蹴り頃の位置だ」


 足元にいるロザリンを、透かさずボールでも蹴るように蹴飛ばす。

 咄嗟に傘で蹴りを受け止めるが、衝撃は想像よりずっと激しく、座った態勢では堪え切れずに、ゴロゴロと転がるよう後ろ向きに蹴り飛ばされてしまった。


「――クッ」


 防御することには成功していたので、痛みはそれほどでも無い。派手に転がったのも、踏ん張れば衝撃をまともに喰らうと判断して、流れに身を任せたのだ。

 ここで、ミュウから目を離してはいけない。

 素早く態勢を立て直し、正面に視線を戻すが、既にミュウの姿はそこには無かった。


「どこ、に?」


 瞬間、何処からか刺すような殺気が浴びせられ、背中がゾクリと粟立つ。

 ほぼ無意識の予感に突き動かされるまま、ロザリンは不格好に真横へ転がるように飛び退くと、一瞬遅れてミュウが数秒前までロザリンがいた場所に落下してくる。落とした右足の蹴りが地面に突き刺さり、破砕した石畳がパラパラと周囲に降り注いだ。


 目標を外して、ミュウはチッと舌打ちを鳴らした。

 遅れて、ロザリンの全身に、恐怖で鳥肌が立つ。

 アルトと行動を共にするようになって以来、危険な鉄火場は何度も体験したし、自分も参加を余儀なくされたこともある。

 だが、今初めて、一人で戦うという恐怖を、身を持ってロザリンは味わっていた。


「怖い……それに、不安、だよ」


 震える声で、ロザリンは呟く。

 今までは戦闘になっても側に、アルトかカトレア、頼れる人達がいてくれた。しかし、今は一人きり。それも、相手は敵対した誰よりも強く恐ろしい上、自分が負ければ死ぬだけでは無く、国崩しを阻止する手段も失われてしまう。

 例えのようの無いプレッシャーが、胃の中に重く圧し掛かり、身体は指先まで冷たくなっているのに、汗が流れて止まらなかった。

 対して余裕綽々のミュウは、ロザリンが恐れているのを察知してか、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


「アル達は、何時も、こんな緊張感の中で、戦ってたの?」


 胸ペンダントを握り締める。

 そして思い出す。今までの日々を。

 戦うアルトの背中は、何時だって言葉より雄弁に語ってくれた。焦がれる人と並ぶ為には、心臓が掴まれるような恐怖にだって、打ち勝つ必要がある。

 矜持を持つほどの経験は未だ無く、矜持を貫ける意地もまだ持ち合わせていない。

 たった数ヶ月程度の経験で人は、何者にも負けない英雄にはなれない。

 だが、アルトが今でも騎士であり続けているように、ロザリンは生まれた時から魔女である。

 ロザリンがたった一つだけ胸を張れる歴史を武器に、ミュウを、国崩しを打ち砕く。

 大きく深呼吸をする。

 緊張はまだ解けず、胸の鼓動も大きい。だが、身体に熱は戻った。

 真っ直ぐと、ロザリンはミュウを睨み付けた。


「……へぇ」


 変わった雰囲気を察知して、あのミュウが感嘆の声を漏らした。


「私の殺気にあてられなかったのね。やるじゃない。北街の連中だって、私と対峙して恐怖に飲み込まれない奴なんて、そうはいないわよ?」


 ミュウの全身から発せられる殺気は毒々しく、浴びているだけで恐怖を煽られ、冷静でいられなくなる。

 狂気が伝染する、とでも言うべきだろうか。

 その正体は恐らく、ミュウから垂れ流しになっている異様な魔力だろう。


「この魔力、とっても、不可思議。この人、本当に、人なの?」


 およそ人が発するに相応しく無い魔力に、ロザリンは困惑を深めた。

 その呟きが届いたのか、ミュウはハッと小馬鹿にするように笑う。


「私をそこらの屑共と一緒にしないで欲しいわね。私のこのクソ忌々しい力は、アンタみたいな良い子ちゃんには、到底想像もつかないモンで出来てんのよ」

「想像も、つかない?」

「他の連中にはシドが、私の父親がどういう風に映っているのか知らないけどね……アイツはボルド以上の外道だ」


 彼女がシドの娘だというのも驚きだが、憎々しげに吐き捨てる言葉に、思わず息を飲んだ。


「だけど、今は少し感謝しているよ。この力があれば私は無敵だ。気に入らない奴をぶち殺して、好き勝手暴れられる……後はテメェを八つ裂きにして、アルトを全ては手に入れれば、私は満足だ。化物になった意味があるってモンだろうぉ?」


 血走った眼で、狂気じみた言葉を吐きだす。


「そんなに、アルが、好き、なの」

「違うね。私がこんなにも気にかけているんだ。アイツも、私だけを想うべきだろ? だから、アイツの心を散らすアンタを、私以外の全てを壊し尽くしてやるよ。死んでも私を呪い尽くせないほどに、私一色に染め上げてやるのさ」


 身勝手な言い分に、ロザリンの胸がざわつく。

 負けられない理由が、もう一つ出来た。


「そんなこと、絶対にさせない」

「だったら――やってみろらぁ!」


 言葉にならない咆哮と共に、ロザリン目掛けて跳躍してくる。

 降りると同時に落とされた踵が、空気を裂いて真横を掠める。

 風圧がピリピリと、ロザリンの肌を叩いた。


「こっ、の!」


 接近したミュウを、傘で殴りかかる。ブーストした筋力での一撃は、細腕のロザリンでも、巨漢の男くらいは渾沌させられる威力を持つだろう。しかし、ミュウは鼻で一笑すると、突き出した腕で簡単にそれを弾いた。

 太い鉄柱を殴りつけたような感覚に、衝撃の反射が傘を通じて、手を痺れさせた。


「ほぉら、どうしたちび!」


 笑いながら、拳を振り上げ、ロザリンを殴りつける。

 遊んでいるのか、ロザリンでも対応出来る速度で打ち下ろされる乱打を、何とか傘で受け止め続けるが、ビリビリと重い一発一発に押され後ろに下がっていく。


「ヒャハハハ! ほらほらほぉら!」

「グッ、ググッ!」


 後退しながら、何とか攻撃を捌く。が、腹部に激痛が走る。

 視線を落とすと、爪先がロザリンの鳩尾に突き刺さっていた。


「ガハッ!?」


 息が止まる苦痛に、ロザリンの身体がくの字に折れる。

 その頭髪を、ミュウは乱暴に握り締めた。


「意識が散漫なんだよ!」


 もう一度、腹部に膝蹴りを叩き込む。


「――ッ!?」


 衝撃に、胃の中が逆流しそうになり、口元を手で覆う。

 掴んだ頭を振り回し、乱暴に後ろへ押し倒すと、腹部の激痛に気を取られていたらロザリンは、ヨロヨロとその場に倒れ込んだ。


「ほぉら、吹っ飛べ!」


 更に追い打ちとして、走り込んできたミュウは、倒れるロザリンに蹴りを叩き込んだ。

 無防備なところに激しい一撃を喰らい、小柄なロザリンは勢いよく吹き飛んで行く。

 地面を数回バウンドしても勢いは弱まらず、公園の柵を破壊すると、そのままリュシオン湖へと落下、水飛沫が舞い上がる。


「おっと。このまま溺れ死んだら、死体をアルトに見せつけられないわね」


 ロザリンを湖から引っ張り上げようと、ミュウがリュシオン湖に近づいた瞬間、まるで大木でも生えるように、噴射した水柱が数本、湖の上にそびえ立った。

 舞い散る飛沫が切りとなり、湖の上を白く染め上げる。

 その水柱の中央には、水面に立つロザリンの姿があった。


「……何よ、これ?」


 驚き数歩、後ずさるミュウに、ロザリンは青く光る眼光を向け、指差した。


「これが、私の切り札。名付けて、水神の雫」


 言った瞬間、水柱達は意思を持っているかのようにうねり、渦巻きながら岸部に立つミュウに襲い掛かった。


「――なッ!」


 巨大な水柱に襲われ、流石のミュウも動揺が隠せないが、素早く腰を落とし真正面から迫る水の塊に、右拳を叩き付け四散させる。

 だが、圧倒的な水量を持つ水柱を全て散らすことは出来ず、様々な方向から迫る水にミュウの身体は瞬く間に飲み込まれていったしまった。

 水柱は白い飛沫を上げ、ミュウを押し流そうとする。

 が、唐突に公園全土を揺らす強い地震が鳴ったかと思うと、渦巻く水が一気に弾けて吹き飛ばされてしまう。

 水の中から現れたのは、すり鉢状にくぼんだ地面。

 その真ん中には、真下に両の拳を叩き付けるミュウの姿があった。

 地面に叩き付けた拳の衝撃波で、襲い掛かる水を吹き飛ばしたらしい。

 デタラメ過ぎるのにも程があると、ロザリンは息を飲みこむ。

 ポタポタと雫を落としながら、荒い息遣いで湖面に立つロザリンを睨み付ける。


「……やってくれるじゃない」


 立ち上がるミュウの全身から、怒気が立ち上る。

 ダメージは与えられなかったが、ロザリンは内心で確かな手応えを感じていた。

 これなら、いける。

 湖面と岸部。

 桟橋を境界線に睨み合う、両者の本当の闘いは、ここから火蓋を切る。






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