第56話 鮮烈なる来訪者
小鳥の囀りと窓から差し込む朝日に、沈んでいた意識はゆっくりと覚醒する。
夏の始まりを示す温かな日差しは、早朝の爽やかな風をより涼しげに演出していた。
ロザリンにとって、決戦の朝を迎える。
パチリと目を開くと、頭の中は妙にすっきりしていて、そのまま身体を起こし大きく伸びをした。
ロザリンが寝ていたのは、ベッドの上では無く床の上。
私室は床一面に様々な機材や書物、書きかけの紙切れが散乱し、足の踏み場も無いくらい。その中で、ロザリンが座るスペースだけがぽっかりと空いていて、昨夜は小さく丸まって眠っていたのだ。
昨日は作戦会議が終わってから、深夜まで部屋に引き籠り術式の構成を練っていた。
流石に王都全土を覆う結界術式を逆計するだけに、術式の構成には膨大な計算や手間を要したが、何とか数時間前に完成させることが出来た。
疲れも残っているし、睡眠も十分とは言い難いだろう。
けれど、一つの山を乗り越えた達成感から、心身はとても充実していた。
「……よし」
今日は忙しい。早々に、身支度を整えよう。
側に置いてあった、タオルでゴシゴシと顔を拭う。涎の後なんかついていたら、女の子として恥ずかしいと、カトレアにお説教されてしまう。
事前に用意しておいた、逆計術式に必要な道具の入った鞄を、近くまで引き寄せる。
そして集中する為に下着姿だったロザリンは、脱ぎっぱなしの衣服……では無く、カトレアが洗濯して、畳んで置いておいてくれた服に袖を通す。
ヒンヤリとする生地は、寝起きの身体に心地よい。
シャツとスカートを穿き、黒マントに手を伸ばしたところで、ふとある考えが頭に思い浮かび手を止める。
「……にやり」
と、口で言ったロザリンは、マントはそのままにして、蝙蝠傘と鞄だけを持ち邪魔な機材を足で掻き分けながら、階段を下りて行った。
★☆★☆★☆
「ちわー。ロザリン、起きてるー?」
朝食用に作った、大量のサンドイッチが乗せられた大皿を片手に持ち、カトレアが軽い調子で訪れると、椅子に座りテーブルに突っ伏していたラヴィアンローズが、眠そうな顔を上げて、挨拶代りに大欠伸をした。
「ああ、丁度いいわ。眠気覚ましに、濃い目のお茶を淹れてくださる?」
「あたしゃあんたのメイドかっ」
目を三角にして怒りながらも、皿をテーブルに置くと、慣れた手付き茶葉とティーセットを取り出し、お茶を三人分用意し始める。
「ロザリンは? まだ寝てるの?」
「起きてますわよー。今は、着替え中、ですわ」
半目で船を漕ぎながら、何故かラヴィアンローズは二階では無く、奥にあるアルトの部屋を指差した。
訝しげな表情で視線を向けると、いいタイミングでドアが開き、ロザリンが中から出て来た。
現れたロザリンの姿を見て、カトレアは思わず苦笑した。
「……乙女ねぇ」
アルトの部屋から出て来たロザリンの恰好。シャツとスカートは普段と同じだが、上に羽織っているのは、何時もの魔女らしい黒マントでは無く、アルトが普段から季節感無く着ている、七分袖の黒いコートだ。
体格が違うので、裾が地面ギリギリ。七分袖も倍の数、折り曲げていた。
「どう?」
鼻息荒くドヤ顔で、クルリとその場で一回転した。
カトレアは腕を組み、上から下までを見回し、
「服に着られてる感、満載ね」
と、率直な感想を述べた。
自分では割と、完璧に着こなせていると思うロザリンは、微妙な反応がご不満らしく唇を尖らせた。
「あー、まぁ、普段の印象があるから、見慣れないだけかもね」
「うん。これからは、これでいく」
「……今日だけにしておいた方がいいんじゃない? アイツ、絶対に嫌がるし」
ただでさえ、ご近所の視線が生温かいのに、ペアルックのコートなど着だした日には、一斉にご祝儀が送られてくるだろう。
ふと、視線を落とすと、ロザリンが白い布に包まれた長物を持っているのに気がつく。
何処かで見覚えがあるなと、カトレアは首を傾げた。
「あれ……それって」
「秘密兵器」
意味深な口用で言うと、長物を抱き締めてニヤリと笑う。
あまり寝てない所為か、普段よりテンションが少しおかしい様子だ。
今日は忙しくなる予定だし、朝っぱらから何でも間でもツッコンでいられないと、頭を掻いたカトレアは深く追求せず、淹れたての湯気が立つお茶をテーブルに置いた。
「とりあえず、腹が減っては戦は出来ぬってね。朝食にしましょう」
顔を上げると、既に着席していたロザリンが、待ってましたとばかりにサンドイッチに手を伸ばした。
ハムやチーズ、レタスを挟んだサンドイッチに、砂糖が多めの甘いお茶。
決戦の直前にちょうどよいと、眠気の残る身体に気合を入れる為、活力を補充する。
★☆★☆★☆
食事を終え、全ての準備を完了させた三人は、待ち合わせ場所である、かざはな亭へと移動する。
休業中の張り紙が貼られたスイングドアを開き、ロザリンは店内へと入った。
「もう、遅いですよ!」
開口一番、頬を膨らませ、仁王立ちするプリシアの声が飛ぶ。
店の中には既に、お馴染みの顔ぶれが揃っていた。
「プリシア殿。我々の方が早く到着しただけで、ロザリン殿も時間には遅れてないですよ」
「こういう集まりは、一番最後に来た人間が、そう言われるのはお約束なんです」
フォローするクランドに、薄い胸を張ってプリシアは何故か自慢げに言う。
普段は礼儀正しい聞き分けの良い娘なのだが、ロザリンを相手にすると、何故だか途端にちょっと意地悪な性格になる。その理由はこの場にいる人間の殆どが理解しているので、皆一様にしかたないなぁという苦笑を浮かべていた。
「……むっ」
当然のことながら、ロザリンの服装が普段と違うことに気がつき、プリシアは視線を細めてススッと近づく。
「このコートは、兄様のですよね?」
「うん。借りた」
「なぜ?」
「気合を、入れる為」
素直な言葉に、プリシアは難しい顔をして沈黙する。
そして、ロザリンの両肩に手を乗せると、
「わかります、その気持ち」
「……匂い嗅いだりは、しないよ?」
ジト目でそう言うと、プリシアは妙な汗を額から流し、サッと視線を逸らした。
「仲が良いのはよろしいけれど、そろそろ本題に入ってもいいかしら?」
柔らかい口調で頭取が二人に問うと、プリシアは慌てた様子でロザリンから離れ、頬を赤く染めながら、切り替えるよう咳払いをする。
視線が自分に集まったのを確認して、頭取は真剣な表情をロザリンに向ける。
「ロザリン。逆計術式の準備は?」
「ばっちり」
手に持った鞄を下に降ろすと、中から手の平サイズの銀板を数枚取り出した。
カトレアが後ろから覗き込む。
銀板の表面には、細かく彫金された複雑な図形が描かれていた。
「それが、逆計術式のアイテムなの?」
「正確には、逆計術式の効果を補助するアイテム」
近くのテーブルに取り出した銀板を置く。
表面に彫金された図形は、全て共通の物のようだ。
「これを、ポイントとなる、魔力溜りに配置することで、構成された術式を段階的に開放される、仕組みになってる。これをしないと、術式が正しく作用しなくなり、不発に終わってしまう、の」
銀板を抓み上げ、カトレアはキラキラと輝くそれを見回す。
何の知識も無い彼女には、普通の装飾品くらいにしか見えない。
「簡単な話、これを魔力溜りに設置すれば、国崩しを阻止出来るのよね?」
「ん。ざっくりと言えば」
身も蓋も無い言い方だが、間違っては無いのでロザリンは肯定する。
指で挟んだ銀板をヒョイと上に投げ、クルクルと回るそれを右手で掴み取って、カトレアは皆の方を振り返った。
「んじゃ、チャッチャと取り付けに行きましょ」
「と、簡単な話では無いのよね」
意気込むカトレアを窘めるよう、冷静な口調で頭取が、視線をクランドに向ける。
視線を受けたクランドは、頷いて口を開く。
「それとなく警備隊の部下達に、目標の魔力溜りを監視させていたのですが、朝一番の報告で、不自然な人影を見たと、複数の報告が入っています。恐らくは、天楼の手の者が守りについているモノと思います」
「……つまり、戦闘になる可能性が高いってわけね」
カトレアの言葉に、クランドは厳しい表情で頷いた。
「はい……ですが、どうやら天楼も人材不足なのか、十三か所全てでは無く、ポイントを絞って守りを固めている様子ですので、戦力が分散するリスクは、軽減出来ると思います」
彼らも、もしもの事態を避けたいのだろうが、逆計術式の存在を知らない以上、国崩し術式を直前で、無効化する手段は無いと踏んでのシフトだろう。
これは付け入る隙だと、皆は同じ考えに行きつくが、ロザリンと頭取の表情は冴えない。
「どうも、罠臭いわね」
「同感。誘われている気が、する」
「でも、逆計術式の存在を知らなければ、止める手立ては無いわけですし」
プリシアが口を挟むが、それでも二人の表情は晴れない。
「逆計術式は、マイナーだけど、全く知られてない魔術じゃない。けど、知らなくても、破られることを前提で、当日まで行動する可能性も、ある」
「破られること前提って、負けることを考えてるわけ?」
後ろ向きな発想に思えるのか、カトレアは半笑だ。
「カトレア。戦略と言うモノはね、負けた場合のことも想定してなければならないの。想定外の事態、なんてよく口にする人がいるけれど、本物の戦場ではそんな事態があっては駄目なのよ」
「……なるほど」
頭取の重みがある言葉に、本当に理解しているかはわからないが、カトレアは神妙な顔をして頷いた。
でも、と頭取は言葉を続ける。
「こちらには時間が無い故に、様子見なんて選択肢は無いわ。罠だとわかっていても、討って出るしか無いわね」
守りに入るのを人目に付かせたのは、牽制の意味合いもあったのだろう。
二の足を踏み時間を無為に浪費すれば、それこそ連中の思う壺だ。
「逆を言えば、私達は舐められている。そうとも取れるわよね?」
笑顔のまま、頭取は鋭い視線で一同を見回す。
何か手段があったとしても、少数で叩き潰せる。少数で重要な拠点を守るということは、戦力に自信があると同時に、こちらの力を甘く見ているのだ。
「目にもの見せてあげましょう。力だけでは何も変えられないということと、能天気通りの心意気を」
ニヤリと不適に笑う頭取の言葉に、皆は力強く頷いた。
「それで、具体的な策は?」
「勿論、正面突破よ」
ストレートな作戦に、問いかけたクランドも思わず静止してしまう。
他の皆も驚いた様子で、返答に困っていた。
それを見た頭取は、不思議そうに首を傾げる。
「あら? 私、何かおかしなことを、言ったかしら?」
「いや、その……流石に、無茶じゃない?」
相手は天楼、北街の無法者達だけでは無く、青い宝石でブーストしたボルドの私兵もいるだろう。
偽ハウンド並とはいかないまでも、並の人間では相手にならない。
だが、頭取の表情には余裕すら伺える。
「私の作ったギルドのメンバーに、その程度の連中に後れを取るような未熟者は存在しないわ。そうでしょ、プリシア」
「はい。それはそうですけど……ただ、現状で動かせる戦力では、想定している敵戦力には届かないかと。これ以上人数を割くと、太陽祭に支障が出ますし、そうなるとご近所様方に、異変を悟られる可能性もあります」
プリシアは申し訳なさそうな表情で、手帳を捲り現状を報告する。
国崩し阻止において、頭取が一番危惧していることは、流言飛語だ。
この王都で国崩しが公になった場合、性質の悪い冗談だと受け止められている内はまだいい。
だが、深刻に受け止める者が現れれば、噂は瞬く間に尾ひれ背びれを付けて広がり、混乱が起きるかもしれない。
現に不穏な噂は調べれば、チラホラと聞こえていた。
恐らくは天楼の差し金。上手く混乱が起これば良し。起こらなくても水面下で噂が広がりれば、国崩しの存在を内密のまま阻止したい自分達には、動き辛くなる。
「なるほどね。頭取が派手に動けば、皆は何かが起きていると勘ぐる。勘ぐれば自然と、噂の国崩しに繋げてしまうってわけか……いやいや、この作戦を考えた奴は、相当の性悪だね」
黙って話を聞いていたランドルフが、吸っていた煙草の煙を吐き出して、嫌味っぽく言った。
煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、肩を揉みつつ首をだるそうに回し、椅子に立てかけてあった古ぼけた剣を手に取る。
「それ、店長の、なの?」
「ん? ああ、昔取った杵柄ってやつでね。頭取に頼まれちゃ、嫌とは言えないからさ」
と、困り顔で頬を掻いた。
そんなランドルフの姿を、カトレアが疑わしそうな視線で見つめていた。
「店長が戦うのぉ? そんなロートルの中年が一人増えたくらいで、アイツらに勝てるんなら苦労は無いわよ」
口は悪いが、実際に雀蜂と戦いブースターの恐ろしさを、肌で感じたカトレアだからこその発言。
苦笑いを浮かべるランドルフに変わって、カトレアに反論したのは別の男性だった。
「だったら、そのロートルに、もう一人追加して貰おうか」
突然の声に、頭取とプリシア以外の全員が驚く。
振り返ると入口の近くに、警備隊隊長のマグワイヤが立っていた。
「隊長!?」
クランドは透かさず、ピンと背筋を伸ばして一礼する。
東街の警備を一手に引き受ける警備隊の隊長ともなれば、太陽祭が目の前に迫るこの時期は、寝ている時間も惜しいほど忙しい筈。今回の事件でクランドを貸し出してくれただけでもありがたいのに、わざわざ自身まで足を運んでくれるとは、驚くべきことだ。
「隊長、さん?」
ロザリンの呟きにチラリと視線を向け、微笑を見せると、そのまま頭取の方へと歩み寄った。
「上層部に掛け合って、王都全域にいる警備隊員を、借りられるだけ借りてきた。これがリストだ」
渡されたリストを受け取り、目を通すと頭取は笑顔で頷いた。
「十分な戦力だわ。流石、ラグね」
「……恐縮です」
ファーストネームで呼ばれた為か、少しだけマグワイヤは渋い表情をする。
警備隊にギルドかたはねのメンバー。これなら十分に、天楼と渡り合えるだろう。
「力押し出来るだけの戦力は整ったわね」
「ほ、本当に力押しで攻めるの?」
戦力は整ったものの、正面からぶつかり合うことにはまだ不安が残るのか、カトレアは戸惑い気味だ。
「心配する必要な無い。地下水路での戦闘は、警備隊の得意分野だ。北街の連中になんぞ早々遅れは取らん」
地下水路が多い故に、そこを利用する犯罪者は後を絶たなく、必然的に戦闘経験が増していく。結果、現在では地下水路においては、騎士団と直接ぶつかっても引けを取らないほどの自負がある。
当然、普通なら知らないような秘密通路や、水路限定の戦術にも精通している。
「まずは報告にあった、守りの無い箇所から術式を設置。守りがある箇所は部隊を複数にわけて、確実に攻め落としましょう」
頭取が、スラスラと基本戦術を述べて行く。
「この場合に重視して欲しいのは、相手を倒すのでは無く、追い払うことに重点を置いてね。私達は民間人。相手を殺す為に、戦っているのでは無いのだから」
重い言葉に、皆の表情も真剣さを増す。
甘い考え、とうだけで無く、戦力で拮抗し、戦術で勝ったとしても、一人一人の自力はブースターを使った相手の方が上だろう。ならば、あまり無理に突いて手痛い反撃を喰らうより、余力を持って引かせた方が、味方側も安全なのだ。
「分散した天楼の兵隊が、一か所に集まるのは不味いから、最後の攻撃は複数個所同時に行いましょう。術式さえ完成して発動させれば、私達の勝ちなのだから」
勝利の方程式が導き出され、皆の表情に気合が満ちる。
闇雲に戦うと不安が先立ち、どうして動きが鈍ってしまう。
けれど、こうして目標を定めれば、無駄な思考に迷うことなく作戦成功に、全力で挑めるだろう。
これを計算してやっているのだから、やはり頭取はただ者では無い。
「それでは、部隊の振り分けは……」
マグワイヤ、プリシアを交えて、リストを元に編成を組み立てる。
頭取が戦力を均等に編成している間、ふとロザリンは店の隅っこで、ボンヤリとしているラヴィアンローズに視線が向いた。
「ラヴィアンローズ?」
「なにかしら、おちびちゃ~ん」
気怠そうな口調で、大きく首を傾けた。
何時もハイテンションな彼女が大人しいのは、何だか違和感があり、ロザリンは眉を顰めて見つめた。
最初は眠いだけかと思ったが、どうやらそれも違うようだ。
「何か、気にかかることが、ある?」
一瞬だけ、何かを迷うような表情をした後、急にニンマリとした笑みを浮かべた。
「この家がいずれ、わたくしとマイスイートダーリンアルトとの愛の巣になるのかしらと、乙女回路をきゅんきゅんさせていたところですわ」
「ないから」
冷たく言い放ち、呆れるようにため息を吐くと視線を外した。
視線が自分から外れたことを確認して、ラヴィアンローズは意味深な視線を窓の外へと向けた。
「……まさか、考えすぎですわね」
★☆★☆★☆
いよいよ、国崩し封じの作戦が決行される。
作戦には細心の注意を払って各自別行動、現場ではそれぞれ頭取が使命したリーダーの指揮の元、段階的に攻略が行われる予定だ。
予定の時間が訪れるまで、日常通りの生活を行う。
明日は太陽祭。多少、騒動が起こったところで、皆も気には留めないだろうが、周囲に与える疑惑は少ない方がいい。
ロザリンとラヴィアンローズは、自宅にて家を出るタイミングを待つ。
二人が向かう魔力溜りが、国崩し術式の帰結点。
すなわち、そこが逆計術式の起動ポイントになるのだ。
術式を正しく起動させるには、最初のポイントで鍵となる術式の銀板を設置しなければならない。
その際、同時に魔力を流すので、この役割は術式の設計者であるロザリンにしか勤まらない。
他の箇所と違って、術式を起動させてしまえばOKなので、ロザリンの意見により人員は護衛のラヴィアンローズを含めて二人だ。
頭取やカトレアは渋い表情をしたが、効率を考えれば、これが最善と説得して何とか了承を得た。
「とにかく、術式を起動させるだけ起動させて、後はトンズラすればいいだけのお仕事ですわ。楽勝ね……でも、前回のよう激流に飲み込まれるのは、ゴメンなのだけれど?」
「大丈夫。今回の術式には、指向性の作用もあるから、発動者の方に、水は噴射しない仕組みになってる」
一流の魔女は、同じ失敗を二度はしない。
祖母からの教えを忠実に守り、前回の反省点を確りと生かしている。
魔力を流す時に多少の調整は出来るので、発動して即、激流が溢れるということは無い。しかし、一応の対策として、指向性の術式を銀板に組み込んでおいた。
対応もバッチリ。後は、現場に向かうだけ。
「……んと」
ロザリンはテーブルの上に、複数の透明な硝子玉を置く。
数は全部で十二個だ。
「あらあら。綺麗な硝子玉ですわね……なんですのこれ?」
一つ指で抓み上げ透かして見ると、突然、透明だった硝子玉が真っ青に染まった。
「あら?」
「それ、連絡用の、アイテム。それぞれが、銀板と連携していて、銀板が正しく設置されると、反応して青く染まる、仕組みになっている」
これがあれば、リアルタイムで状況がわかる。
続けて、数個の硝子玉が青く染まる。予定通り、順調な滑り出しだ。
いや、予定より早い硝子玉の染まり具合に、ロザリンは不審そうに首を傾げた。
「……こっちの想定より、相手の守りが、薄い?」
想定していたより、守りを固めている箇所が少なかったのか。
妙な引っ掛かりを覚え、ギルド本部で全体指揮を執る頭取に相談すべきか迷う。
数秒思案し、ロザリンは首を左右に振った。
「頭取のところにも、同じ硝子玉は、ある」
ならば、現状の不自然な動きにも、きっと感づいている筈。
ロザリンの役割はロザリンにしか果たせない。ここは、速度を優先させるべきか。
「……駄目」
もう一度、首を左右に振る。
これはロザリン一人の戦いでは無い。
作戦行動中に報告、連絡、相談を軽んじるわけにはいかない。
ロザリンは立ち上がり、指で硝子玉を弄って遊ぶラヴィアンローズを見る。
「ギルド本部に、行こう」
「懸命ですわね。今回は、冷静に行動出来たではありませんかおちびちゃん」
含み笑いを浮かべ、後に続くようラヴィアンローズも立ち上がる。
状況次第では、予定を繰り上げるかもしれず、急がねばと早足で戸を開いた。
夏の熱い空気が、流れ込んでくる。
「チッ……やっと出て来た」
「――ッ!?」
聞き覚えの無い声が聞こえた瞬間、後ろにいたラヴィアンローズの殺気が高まり、ロザリンの肩を乱暴に掴むと、無理やり家の中に押し込んだ。
ラヴィアンローズの手が、背中の大太刀に伸びる。
人が往来する能天気通りを挟んで、壁に背を預け両腕を組む白く長い髪の少女が、ニヤリと不気味な笑みを、ロザリン達に向けていた。
「……ミュウ」
普段、飄々としているラヴィアンローズからは、想像のつかない鋭い声色に、ロザリンは驚くと同時に、彼女にここまでさせるミュウと呼ばれた少女の発する、ドロドロとした異様な気配に、言い知れない恐怖を懐いた。
「へぇ。アンタ、ここに転がり込んでたんだ……気に入らないわね」
「……ひっ」
ギロッと睨み付けた視線から発せられた殺気に、思わずロザリンは怯む。
王都に来て様々な人物、事件と関わってきたが、本能的に恐ろしいと思ったのは、彼女が初めてだ。
まるで、森の中で凶暴な魔物に出会った時の感覚に似ていた。
ミュウは眼光鋭い瞳を、スッと細めた。
「でも、アンタに興味は無いの。目的は……」
しゃくった顎が、ロザリンを指す。
「アンタよ」
「わた、し?」
ニヤリと、不気味に頬を釣り上げた。
「そう。アンタを、ぶっ殺しに来たの」
指先に真っ赤な舌を這わせ、流し目を送るミュウは、何処までも恐ろしい。
見上げると、ラヴィアンローズの額から、一筋の汗が流れ落ちる。
それは決して、夏の日差しの所為では無いだろう。
佇むだけで、ミュウは鮮烈な印象をロザリンに叩き付ける。
本能的に恐怖で竦む身体を、ロザリンは胸のペンダントを握ることで、何とか奮い立たせようとしていた。




