第50話 地下水路への誘い
ロザリンが国崩し攻略の為にまず始めたことは、情報収集だ。
と、言っても、水面下で極秘裏に進められてきた計画を、聞き込みなどしたところで、得られる情報など皆無だろう。
ならば発想を変えて、現在持っている情報を整理し組み合わせることで、推理していくしかない。
幸いなことに、ロザリンは天楼と繋がりがある事件を、幾つか体験している。
国崩しなどという一大計画を立てたシドや、あの狡猾なボルドが、全く無意味な事件を起こしているとは思えない。
そこから情報を取捨選択して、国崩しの概要を暴こうというのが、ロザリンの目的だ。
二階の私室に戻ったロザリンは、マントを外して洋服を脱ぎ捨てる。
下着姿になって床に胡坐をかくと、報酬で購入したり、そこかしこから譲り受けた様々な書物を引っ 張り出して、周辺に高く積み重ねた。
そして目の前に、王都全域を記した地図を広げる。
恰好がだらしないのは、昔からの習慣。
研究や勉強をする時など、服を着ているとどうも集中し辛く、落ち着かなくなってしまう。なので、普段から私室にいる時は、下着姿でいることが多い。
以前、そのことをカトレアに話したら、アルトがいるのだからと怒られてしまったので、最近は上にタンクトップのインナーを着ている。
しかし、今日は気合を入れる為、下着姿で調べものをするつもりだ。
正直、傍目から見ると色気が無い以前に、だらしなさが際立ってしまう。
「やっぱり、肝は炎神の焔、かな」
オークションでミューレリアと争奪戦を繰り広げた、あの炎神の焔が、天楼の計画と何らかの関係があるのかもしれない。
まずはその辺りを調べる為、魔術関係の書物を漁る。
現在、ラヴィアンローズには、一つの所用をお願いしてある。
ここで難しいのが、護衛であるラヴィアンローズの扱いだ。
最後までキッチリ戦わなかったとはいえ、アルトと引き分けるだけの実力を持つ、彼女の護衛は心強いのだが、やはりその自由すぎる性格が、少しばかり扱い辛い。
しかも、正確な雇い主はアルトの為、ロザリンを守る。以外のことは、するつもりは皆無だと、最初に言い切られてしまった。
彼女の知る情報を得ることが出来れば、推理の幅ももっと広がるし、天楼に立ち向かうなら、彼女の助力は不可欠なのだが、無理強いをしてヘソを曲げられてしまうのは、本末転倒だ。
けれど、何事にもやりようはある。
分厚い書物を速読で読み進めていると、階段を軽快なリズムで駆けあがり、ラヴィアンローズが二階に姿を現した。
「はいはい、おちびちゃん。お願いされた害虫駆除、キッチリとこなしてきたわよ」
「ご苦労、さま」
書物から顔を上げて、ねぎらいの言葉をかけると、ラヴィアンローズは偉ぶるように顎をクイッと上に向ける。
「お子様ランチかと思ったら、中々賢いおつむをしているじゃありません。わたくし、珍しく感心してしまいましたわ」
「……そりゃ、どーも」
アルトのマネをして返答する。
「そんなおちびちゃんに、ご褒美よ」
親指をピンと弾き、何か青くキラキラ光る者を投げて寄越し、ロザリンはそれを両手で挟んで受け止めた。
手の平には、深い青色をした宝石。
「これって、魔石?」
宝石からは魔力が伝わってくる。よく見れば、宝石を構成する青色は波紋が広がるように動き、微弱だが絶え間ない魔力を放出していた。
視線を向けてこれは何かと問うと、ラヴィアンローズは意味ありげに微笑む。
「さっき掃除した時に、ゴミ屑に交じっていたのを拝借したの」
言いながら椅子に腰かけると、メイクの具合が気になるのか、懐から取り出したコンパクトの鏡を覗き込む。
ラヴィアンローズの言うゴミ屑とは、ロザリンを狙って放たれた天楼の刺客のこと。
彼女の仕事はあくまでロザリンの護衛。
なので、普通に頼み事をしても、食事の皿一つ並べてくれない。
しかし、どうやら依頼に関わることなら、言動に反して忠実らしく、こうして外でロザリンの様子を監視している連中を、始末してくれている。
非力なロザリンにとっては、非常に心強いことだ。
それを見越してロザリンが、追加でラヴィアンローズに頼んだことは、黒衣の男達への対抗策を練る為に、戦闘後に何か重要そうな物を回収してきて欲しいと、一言添えた。
黙殺される可能性もあったが、どうやらこの作戦に、上手く乗ってくれたようだ。
受け取った宝石を指で摘み、窓に向けて陽光に透かして見る。
ゆらゆらと宝石の中で動く青色は、湖面の揺らめきにも似ていた。
ふと、頭の中で閃くことがある。
「これって、似てる、かも」
ロザリンは横に積み重ねてある書籍を崩し、その中に挟まっている一枚の紙を引っ張り出した。
取り出したのは以前、ラサラに貰った炎神の焔の資料だ。
「……やっぱり」
詳細に書き込まれている特徴と、青い宝石を見比べて、ロザリンは確信を得る。
この宝石の特徴は、炎神の焔のそれに酷似していた。
勿論、違う部分も幾つか存在するので、全く同じ物では無いが、類似する点の多さから、同系列の代物と判断しても良いだろう。
大まかな目星は付いたものの、これが実際、何なのかまではわからない。
「う~ん……本物の、炎神の焔を見ておけば、もっと何かわかったかも、しれないのに」
オークションの会場に入れなかったのが、今更ながら悔やまれる。
炎神の焔と酷似する、青い宝石。
これが国崩しと何か関係があるのか無いのか、判断材料が少なすぎる。
色合い的には水属性のアイテムとうことは、わかるのだが。
「ラヴィアンローズ。これって、なに?」
「さぁ? わたくしが知る訳がありませんわ」
爪をヤスリで磨きながら、ラヴィアンローズはニヤケ顔で言った。
あの顔は、知っているのに教えるつもりのない表情だ。
ならば、質問の仕方を変えてみよう。
「これ、持ち主は、何処に持っていたの?」
「はて。それはわたくしのお仕事に、何か関係あるのかしら?」
逆に問われてしまう。
多少、イラッとくる言い回しだが、ロザリンは心を落ち着かせて思考を走らせる。
「これが、何らかの秘密兵器なら、対策を練る必要が、あると思って。そうなると、何処に身に着けていたか、は、重要でしょ?」
爪の先に息を吹きかけて、ラヴィアンローズは横目を向けた。
「……ま、及第点ということに、しておきましょうか」
そう言って、ラヴィアンローズは自分の胸元を、指でトントンと数回叩いた。
意味が理解出来ず、ロザリンは首を傾げる。
「胸元に、めり込むようその宝石は装着されてましたわ」
ラヴィアンローズの言葉に、ギョッと視線を手の平の宝石に落とす。
つまり、身体の一部と化していたこれを、無理やり引っぺがした、ということか。
途端に綺麗な宝石だったそれが、不気味な代物に思えてしまう。
「めり込む……あれ?」
ふと、ラヴィアンローズに助けられた時、襲撃してきた黒衣の男が、眼光が青く光っていたことを思い出す。
そして偽ハウンド達の、不自然な魔力反応。
後で聞いた話によると、彼らの瞳も青く発光していたらしい。
「……もしかしたら」
一つの仮説を脳裏に立てて、ロザリンは床に魔法陣の描かれた黒い布を引くと、真ん中に青い宝石を置いた。
興味を惹かれたのか、ラヴィアンローズが椅子から腰を浮かせ覗き見る。
「それは、何ですの?」
「簡易術式セット。術式の、構成を練る時に使う道具で、これがあれば、面倒な初期動作を、省略出来る」
「……はぁ」
魔術に疎いラヴィアンローズは、いまいち理解出来ていない様子だ。
魔術を扱うには構成、設計図のようなモノが必要だ。
それは呪文だったり、薬品などの媒介だったりと、人や魔術分野によって様々だが、一番簡単でポピュラーなのは、魔法陣を使った構成方法。
古来より文字や数式は、それ単体で魔術的な意味を持つ。
様々な形でそれらを組み合わせることにより、効率的な魔術の運用を可能とし、先人達の努力によって生み出された文字列術式の数々は、現代魔術の礎となって日々、その数を増やしている。
反面、使用する術式は固定されているので、柔軟性に乏しいのが欠点だろう。
「今回は、これを使って、宝石のリーディングをしてみる」
「宝石に刻まれた過去を読み取る、ということかしら?」
ロザリンは首を左右に振る。
「それは、大魔術に位置するから、今の設備では、出来ない。この宝石の、魔力反応や、構成している術式を、調べてみる」
「ふぅむ。何を言っているかいまいちわかりませんけれど、それを調べることに何の意味があると? 宝石の正体が判明した所で、マイスィートハニーを助け出せるわけでも無ければ、国崩しを止められるわけでもありませんわ」
確かにその通り。
けれど、何が武器となるかわからない状況下で、少しでも先に進む為には、情報が必要なのだ。
「思いついたことは、何でもやってみる。時間は無いけど、考えているだけより、ずっと有益」
力強く言って、視線を青い宝石に向ける。
右手の親指を、犬歯で軽く噛み切り、血を滲ませる。
赤く膨らんだ血液を宝石に塗りつけ、両目を瞑り口の中で呪文を紡ぐ。
途端に宝石が淡く発光すると、触れた親指の先から伝わって、様々な情報が脳裏に流れ込んでくる。
強制的に流れ込む記憶の渦に、頭痛を感じてロザリンはウッと呻き声を漏らした。
鈍い痛みに歯を噛み締めて耐え、一方的に流れてくるだけの情報を必死で読み取り、何とか記憶に刻んで行く。
魔術を嗜む者にしか理解出来ない、思考が流れ込む感覚。
それらを、忘れないようキッチリ確実に、記憶の中へと収めて行く。
やがて頭痛が治まり、発光も徐々に弱まってきた。
流れ込む知識も途切れ途切れになり、これで終わりかと、ホッと息を漏らした瞬間、宝石にピキッと罅が入った。
えっ? と瞳を開くと、砕け散った宝石から、間欠泉のように大量の水が噴射した。
「――うわぶッ!?」
激しく噴射した水を、ロザリンは顔面で受け止め、勢いに負けひっくり返ってしまう。
宝石から伸びた水流は、天井にぶつかり雨のような雫となって、部屋全体に降り注ぐ。
一瞬の判断で危険を察知したラヴィアンローズは、一人だけ、ロザリンが入口を塞ぐ為に用意しておいた、大きな板の影に隠れ、水の大噴射を凌いでいた。
噴射は直ぐに治まったが、手の平に収まるサイズの宝石からは、想像出来ない量の水は、天井から床まで部屋をビシャビシャに濡らしただけでなく、研究機材や書物は流されて、辺り一面に散らばったりと見るも無残。これは、掃除が大変だろう
そしてびしょ濡れのロザリンが、水の冷たさにブルッと身体を震わせ起き上がる。
「くちゅん!」
本日の気温で、水を頭から被るのは冷たすぎた。
一人だけ助かったラヴィアンローズが、惨状を見回した。
「これは酷い有様ねぇ。水も滴るいい女を気取るには、おちびちゃんには身長もおっぱいも足りないようですわ」
「……うるさい」
不機嫌な声を出して、ロザリンは動物のように頭を振り乱し、水気を周囲に飛ばした。
予想外の出来事に遭遇したが、これで青い宝石の正体に対して、大まかな予想を立てることが出来た。
僅かに見え始めた光明に、期待で胸と鼻先がむずむずする。
「くちゅん!」
鼻をズズッと鳴らす。
とりあえず、身体を拭いて着替えることにしよう。
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びしょ濡れになった部屋の掃除や片付けは見ないフリ……もとい、後に回して、とりあえずロザリンは下の階に避難し、風邪なんかひいては大変だと、濡れた身体を拭いて着替えを済ませた。
勿論、普段と同じミニスカートにマントと、お馴染みのスタイルだ。
寒くなってきたので、温かいお茶を淹れつつ、手伝いもせずに座ってお茶菓子のビスケットを食べている、ラヴィアンローズの前に腰を下した。
お茶を飲み身体を温め、気持ちを切り替えてから、本題へと入る。
「それで、何かわかったのかしら?」
「うん。これは……」
回収しておいた、粉々に砕けた青い宝石の欠片の幾つかを、テーブルの上に置く。
「これは、魔力の結晶体。それも、高濃度。恐らくは、炎神の焔と、同等の濃度を持っていると、予想される」
「……その根拠は?」
問いかけに対して、ロザリンは順を追って説明を始める。
「リーディングした、宝石の情報は、鉱石では無く、魔術反応を多く、示していた。つまりこれは、物質では無く、魔術関係の代物。けれど、人為的な術式反応は、確認されなかったから、天然的な魔力の結晶体だと、判断した」
質的には炎神の焔の方が勝っているだろうが、ロザリンが調べた限りでは、宝石の魔力量も想像よりずっと大きかった。
それに、最後の大噴射。
元々が損傷していたらしく、外部からの干渉により傷が広がり、あのような暴走紛いの事故が起きたのだろう。
不幸中の幸いか、アレのお蔭で、一つの確信を得ることが出来た。
「あの水の魔力……王都に流れる大河と、同じ力を、感じた」
王都の水は中央の湖、その寝所にいるとされる水神リューリカの加護で、常に魔力を帯びて浄化されているのは、この街に住むなら周知の事実。つまり、それと同質の魔力反応を感じるということは、この宝石は水神リューリカに由来するモノ。
いや、
「この宝石は、王都の水、そのもの」
「…………」
ラヴィアンローズは真剣な表情で、ビスケットを食べる手を止めた。
「純度が高く、高濃度の魔力は、一定の状態に達すると、固形化する。ちょうど、炎神の焔が、そうであるように……多分、この宝石は、王都の何処かで、結晶化した水の一部」
ロザリンは、確信を持って断言する。
王都の水路は街全体を流れ、隅々まで行き届くように作られており、その流れが停滞することなどあり得ない。停滞しなければ、水は常に流れ続け、結晶化することもあり得ないのだが、水路の原型が作られたのは、もう何十年も昔のこと。
基本的な水路が作られた後も、街は増築を繰り返し、それに比例して水路も網目のように広がって行った。
そうなれば、計算外の場所や何らかの事故で、大きな魔力溜りが出来ていても不思議では無い。
この青い宝石は、そこから採取された物だろう。
「えっと、確か……」
部屋から回収してきた地図をテーブルの上に広げる。
それともう一枚。
同じ王都の地図を広げるが、二枚目は地図の上に網目状のような図形が、様々な場所に伸びていた。
「あら。それは何かしら?」
「王都の、水路。百パーセント正確、とまでは言えないけど、現在、もっとも詳しい形で、地下を含めた、全ての水路を書き記してある。って、ラサラが、言ってた」
地図を貰った時に、ついでにと渡された一枚。
まさか、こんなに早く役に立つ日がこようとは、思ってもいなかった。
ロザリンは白い紙とペン、そして算盤を取り出し、パチパチと器用に珠を弾きながら、白い紙に計算式を書き込んでいく。
覗いてもさっぱり意味がわからないので、ラヴィアンローズはすまし顔でお茶を飲む。
暫し、室内にお茶を啜る音と、珠を弾く音、そしてペンが走る音だけが響く。
やがて、小さな紙にびっしりと計算を書き込むと、解が出たらしくロザリンは大きくふぅと息を吐きだした。
そして、おもむろに立ち上がる。
「じゃあ、早速出かける」
「忙しないですわね。どちらにかしら?」
テーブルに置いてある地図の、ある一点にペンで丸く囲う。
「地下水路。魔力溜りに、なっている場所」
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王都の地下には、無数の水路が存在する。
飲み水など生活に必要な綺麗で清潔な水を扱う水路や、逆に排出された汚水を集め、浄化する役目を持つ水路など、用途によって様々な水路が使い分けられている。
護衛のラヴィアンローズを引き連れて、ロザリンが訪れたのは、東街にある大きな地下水路の一つ。 基本的に立ち入りは制限されているが、見張りがいるわけでは無いので、誰でも侵入することは可能だ。
地下に続く、扉の鍵を外すことが出来れば。
人目を避けて、南街に続く橋の側にある入口まで近づくと、二人は硬く閉ざされた、鉄製の扉の前に立つ。
「さて、と」
ロザリンは正面に座り込み、今回は忘れずに持ってきた傘を、脇に置いて鍵穴を覗き込むと、スカートのポケットからヘアピンを取り出し、先端を歯でガジガジと何度も噛みようく形を整えてから、鍵穴にゆっくりと差し込む。
折れないよう慎重に、差し込んだヘアピンを操作すると、鍵がガチャリと音を立てた。
ヘアピンを抜きドアノブを回すと、何の抵抗も無くすんなり扉が開く。
「貴女、魔女より、盗賊の方が向いているのではありません?」
「てへ」
ロザリンは照れ顔で、ピースサインをした。
最初の関門は、難なく突破出来たようだ。
扉の先は地下へと続く階段。
奥からは水が流れる音が聞こえ、ひんやりと湿った空気が流れてくる。
ロザリンが先頭に立ち階段を下り、その後ろにジメジメした雰囲気が嫌なのか、面倒臭そうな表情のラヴィアンローズが続く。
階段を下りるごとに、水の流れる音は大きくなっていく。
開いた扉から差し込む光が、徐々に届かなくなって来て、視界が闇に閉ざされこのまま階段を下りるのは少し危険だ。
「しまった。ランプとか、持ってくるべき、だった」
失念していた。
地下水路なのだから、当然、光源となる物など無い筈。
平静を装っていたつもりでも、やはり焦りは抑えきれなかったらしい。
勇み足をしてしまった己を自戒しつつ、このままでは先に進めないので、一度戻ろうと振り返るロザリンの背を、ラヴィアンローズが手を添えて止める。
「ラヴィアンローズ?」
「ま、これくらいは、サービスしておきましょう。なんて慈悲深いわ・た・く・し」
そう言って微笑むと、
「お出でませ、エーくん」
ラヴィアンローズの言葉に反応して、服の中からモゾモゾと現れた、緑色をした奇妙なネズミに似た小動物。
彼女が使役する、亜精霊だ。
エーくんはきゅうと可愛らしい声色で無くと、発光して暗い周囲を照らし始めた。
「これなら、問題ありませんでしょ?」
軽くウインクするラヴィアンローズに、ロザリンは頷いた。
「それじゃ、先に、進もう」
光源を確保出来たので、改めて地下水路探索へと出発する。
階段を降りきると、目的の水路へと出た。
小さな川ほどある水路には、勢いよく水が流れ、両端に人が通れる幅の通路がある。
ここは飲み水などの用途で使われる水路なので、排水は流れ込まず匂いは無い。
「さて、ここからどうしますの? 正直言って、あても無く捜し歩くのは、ゴメンですわ」
「それは、多分、大丈夫だと、思う」
計算で大体の場所は予測出来ている。
問題があるとすれば、地図に記されていない水路やその他の術式の影響で、予想を立てた場所が、魔力溜りになっていない場合だ。
「とにかく、行ってみよう」
歩き始めたロザリンの背を、嘆息しながらラヴィアンローズが続く。
絶え間なく、水の流れる音が響く地下水路。
地上とは違い日差しが無いので、水が空気を冷却してひんやりと肌寒い。
けれど、湿っぽさはあるが空気はとても澄んでいて、水自体が水神の恩恵を受けている為か、普通だったら暗く不気味な地下水路が、不思議と神殿や教会にいるかのような、厳かな気分になってしまう。
人より魔力反応に過敏なロザリンだからこそ、余計にこの水路に満ちる清浄な雰囲気に、神聖さを感じ取っているのだろう。
方位磁石を取り出し、方角を確認しながら進む。
「泳いでいる時も思いましたけど、街全体に張り巡らせているだけあって、水路は入り組んでますわね」
「うん。ラヴィアンローズが、どうやって抜けたのか、ちょっと不思議」
エーくんに照らされた水路は、少し進めばすぐに道が分岐する。
一応の方角は予測しているので、迷う事は無い筈なのだが、こうも分岐が多いと少し不安になってしまう。
十字路など水路が交差しているような場所には、向こう側に渡れるように橋として、板がかけてある。工事や点検などに訪れる人間が使用する為だろうが、古びた様子から、あまり使われてないようにも見えた。
腐敗した様子が無いのは、やはり水の加護のお蔭だろう。
暫く歩いていると、正面に何か青白くキラキラと発光している物が見えた。
「……あれは?」
ラヴィアンローズと顔を見合わせ、小走りに正面のそれに向かった。
水路の壁から通路側にかけて大きく崩れ、大穴が出来ていた。
原因は定かでは無いが、壁の向こうは恐らく小さな空洞になっており、それが雨水などで長年かけて少しずつ削れ、大きな空洞になり、支えきれなくなって崩落してしまったのだろう。
そこに水路の水が流れ込み、水溜りなっている。
問題はその水溜りが結晶化し、青い宝石の塊となっていた。
崩落した穴から溢れ出すように、青い宝石は通路をロザリンの背丈ほどの高さで、遮るよう覆っている。
一個の大きな塊、では無く、手の平に治まる大きさの宝石が積み重なり、歪な一つの宝石になっているのだろう。その所為か表面は妙にデコボコしていて、迂闊に触ると手を傷つけそうだ。
キラキラと青く輝く宝石に、ラヴィアンローズは両目を輝かせた。
「あらあらこれはこれは、わたくしったら久方ぶりに、ビックリ仰天というものをしてしまいましたわ」
「私も、びっくり」
ロザリンは目を丸くして、結晶に近づく。
恐る恐る指先で突くが、硬い感触がするだけで、危険はなさそうだ。
「うん。部屋で調べた、あの宝石と、同じ気配を感じる」
「では同じ物なのでしょうね。しかし、水が溜まっているだけで、こんな風に結晶化してしまう物なのかしら」
「ううん。それだけじゃ、こんなには、ならない」
ロザリンは結晶を調べながら、首を左右に振る。
「ここは王都でも、高濃度な魔力が、集まりやすい場所。事故で水が溜まり、魔力の流れが、停滞してしまったから、こうして結晶化したんだと、思う。けど……」
調べる内に見えてきた違和感に、ロザリンは眉根を顰めた。
「これは、異常」
「異常?」
ラヴィアンローズは首を傾げる。
「周囲の魔力量と、結晶化に必要な濃度が、比例してない」
傘の先端で結晶の一部を削り取り、指で抓むと、それにグッと力を込める。
すると、結晶はあっさりと砕け散り、霧状の水へと変わって行った。
「完全には、結晶化していない。あの宝石のようになるには、この辺の魔力量では、まだ数年の時間が必要」
「あら。ここが結晶化しているのを予測して、ここに来たのではなくて?」
「一番最初に調べるから、近場で選んだだけ。可能性としては、低いと思ってたんだけど、どうやら正解みたい」
「……出来損ないなのでしょう?」
疑問の言葉に、ロザリンは一拍置く。
「多分これ……人の手が、入っている」
「――ご名答」
響いたのは、男性の声だった。
瞬間、ロザリンを守るように前に出たラヴィアンローズが、背負った大太刀の柄に手を添える。
ロザリンも立ち上がり、結晶から離れる。その直前、軽く結晶の表面を親指で撫でた。
結晶体の向こう側。ランプの光を手に現れたのは、嫌な笑みを浮かべた青年。
ボルドだ。
「……ん」
自然と傘を握る手に、力が籠る。
睨み付ける視線に殺気が漲るが、そんな少女を諌めるように、ラヴィアンローズが腕を差し出して後ろへと下がらせた。
ラヴィアンローズは、普段通り悠然とした笑みで、ボルドの登場を迎え入れる。
「あらあら、お坊ちゃん。貴方自らご出勤だなんて、珍しこともあるものねぇ。でも、不幸だわぁ」
大太刀を片手で抜き、切っ先を向ける。
「この場で貴方の首を叩き落とせば、薄汚い野望も挫かれみんなまとめてハッピーエンド。感謝感激したアルトがわたくしにプロポーズをしてからの嬉恥ずかしハッピーウェディングで、大団円になると思いません?」
「ふふっ。相変わらず、頭が悪いなぁ、お前は」
クスクスと、嘲るようにボルドは笑う。
負け時とラヴィアンローズも、胸を張って高笑いをした。
次の瞬間、結晶体を踏み越えて、大太刀をボルドの首へ目掛け振り落した。
「わたくし、空気は読みませんから、一撃で終わりにして差し上げますわ」
「……勘違いするなよ」
低く呟くと、間近まで首筋に迫った刃が阻まれる。
何時の間に抜いたのか、手に握られたサーベルで、大太刀の一撃が防がれてしまった。
気がつかないほどの速さで、サーベルを抜刀したことに、ラヴィアンローズの表情が一瞬にして真剣になる。
刃越しにそれを見て、ボルドはニヤリと笑った。
「俺が弱いとでも思ったかい?」
刃を滑らせて弾くと、ラヴィアンローズは後ろに飛び、結晶体の上へと乗った。
ふぅんと目を細める。
「なるほど……まぁまぁですが、それでも驚くほどではありませんわ」
「お前達のような化物と、比べられてもな」
薄笑みを浮かべ、ボルドは指を鳴らす。
すると背後から、ボウガンを持った黒衣の男達が、狙いを二人に定めた。
人数は十人以上いる。
ラヴィアンローズは指差しで人数を数え、
「あら。流石にヤバイかもしれませんわ」
「えっ!? それ、困る!?」
気の抜けた表情で言われ、ロザリンが驚きの声を上げた。
ボルドはそんな二人に、嘲笑するような表情を向けた。
「小さい方は殺すなよ。たっぷり可愛がった後、あの野良犬の手土産にしてやる。魔女などと言う玩具は、希少価値が高いからなぁ」
ゲスな物言いに、ラヴィアンローズの視線に冷気が宿る。
「いいですわその屑っぷり。わたくしも優しすぎる心も、貴方達相手なら痛まないというもの……なます切りにして差し上げますから、かかってらっしゃい」
冷笑を浮かべ、大仰な構えで大太刀を背中まで振り上げた。
その視線に、黒衣達も気圧されたように息を飲む。
ただ、ロザリンは気になっていた。
ラヴィアンローズの実力を疑っているわけでは無い。だが、まるでロザリンの動きを見越したかのよう、この場に現れたボルドの姿、そんな彼が余裕の笑みを浮かべていることに、言いようの無い不安に襲われていた。
チラリと、視線を結晶体に向ける。
さりげなく仕込んだ仕掛け。もしかしたら、必要になるかもしれない。
狭く暗い水路の中で、ラヴィアンローズとボルド達は、バチバチと火花を散らす。




