第49話 小さな魔女の挑戦
ミュウがふんぞり返っていた上に、アルトがテーブルを叩き割ってしまった手前、アレ以上店に留まるのも気が引け、とりあえず一同は別の場所へと移動することになった。
何故か、一番無関係な筈の、シーナの家に。
シーナの自宅は天楼の一番端にあるあばら家。
隙間風が吹き抜ける、廃屋に毛が生えた程度の狭い家屋に、五人が膝を突き合わせて座った。
「あの、本当はお茶の一つも用意したいんだけど、生憎、茶葉どころか人数分のカップも無いもので……」
急な来客なのにも関わらず、シーナは申し訳なさそうに言った。
そんなお人好しに対して、アルトは苦笑しながら手を振る。
「んな、北街で男の一人暮らししている家で、茶なんか振る舞われる方がビックリだよ」
北街で暮らす人間は、大なり小なり問題を抱えている。
その一番が金銭的な事柄であり、常に明日の食事に困窮していて、この北街では当たり前なのだ。
それでも天楼内は、他と比べて潤っている方だが。
多分に漏れず、シーナの家も最低限の家財道具しか置いていない。
「でも、アンタ闇医者じゃねぇのか?」
アレだけ手際よく治療が行えるのだから、真っ当な病院が存在しない北街なら、引く手数多の筈。
それこそ、裏稼業に携わるお得意様がつけば、真っ当な医者として働くより、よっぽど儲けることが出来るだろう。
しかし、シーナはとんでもないと首と両手を振る。
「自分はただ心得があるだけだよ。普段は代書師として働いているんだ」
「私、シーナさんに字を教わっていて、その縁で知り合ったんです」
「ほう。そりゃ、博学だな」
戦後、学校の設立などで王都の就学率上昇により、知識レベルの水準はかなり高まった。
けれど、それは一般より上の家庭での話で、下級層や貧困層の間ではまだまだそんな余裕は無かったりする。
とりわけ北街では、まだ字の読み書きが出来ない人間は、年齢を問わず大勢いるだろう。
医術を嗜んでいるのもそうだが、シーナは北街でも珍しい存在らしい。
恐らく元から北街に住んでいたのでは無く、何等かの理由でここに流れてきたのだろう。
それを問うのは野暮になるので、アルトはそれ以上何も聞かなかった。
「さて。北街で贅沢も言えねぇから、さっさと話しを始めるか」
「あっ、水なら瓶に溜めてあるから、近所でコップでも借りて……」
「その必要は無い」
シーナが腰を浮かせたところで、フェイが何処に持っていたのか、ドンと床に酒瓶を置いた。
「ふふん。杯も、人数分ございますわ」
これまた何処から取り出したのか、ラヴィアンローズが陶器の杯を人数分、アルト達の前に置いた。
「……随分と用意周到だな」
「建前だ。これから話すことは全て、酒の上での戯言。という、な」
「さよか」
杯を手に取ると、フェイが手ずから酒を注いでくれる。
並々と注がれた透明な液体。薫りは、中々に強い。
「あの、自分はあまりお酒は……」
「私も飲んだこと無いんですけど」
困り顔の二人。
けれど、ラヴィアンローズは酒瓶を手に取り、意地悪な笑顔を二人に向けた。
「あらぁ。大人の社交場において、飲めないなんて答えは存在しませんわ。無理してでも飲みなさぁい」
飲み口ギリギリまで酒を注がれ、シーナとエレンは苦虫を噛み潰したような表情をする。
「でわでわ。どうせ景気の悪い話をするのだから、最初くらいは景気よく乾杯をしましょ。さぁさぁ、何に乾杯するのかしらぁ?」
「くだらん。別に何でも構わんだろ」
「ああ、だったら……」
アルトはチラリと、杯を持って困り顔をしているエレンを見る。
「一足先に大人の階段を昇る、お嬢ちゃんの前途を祝して」
「あ、アルトさん!?」
「ブリリアント! もう、流石マイダーリンアルトですわ。このロリ殺しッ!」
「ふん。めでたいかどうかは疑問だが、祝杯にするには悪くないな」
照れたように頬を染めて下を向くエレンを見て、ハイテンションなラヴィアンローズに、素直では無いフェイが続く。
一人、困惑したまま、シーナは頬を掻く。
「あの、全然、事情が呑み込めてないんですけど」
顔見知りというだけで、エレンの事情を知らないシーナが遠慮がちに問うが、皆はチラッと視線を向けて、また元に戻してしまった。
答えてくれないことに、シーナは苦笑いを浮かべるしか出来ない。
「んじゃま、エレンの自由を祝して」
アルトの言葉に、皆は杯を合わせ、音を鳴らした。
そしてアルト、フェイ、ラヴィアンローズの三人は、一気に杯を煽り飲み干す。
酒が得意では無いシーナも、苦しげな表情を見せるが、ゆっくりと透明な液体を飲み降していく。
一人、酒を飲んだことの無いエレンだけが、両手で杯を握り、難しい顔をしていた。
「飲めそうに無いなら止めておけ。無理して飲むような物では無い」
「い、いえ! いただきます」
止めるフェイの言葉に首を振って、エレンはグッと杯を上に傾けた。
ごくごくと喉を鳴らす飲みっぷりに、ラヴィアンローズは感心した笑みを浮かべるが、嫌な予感にアルトは顔を顰める。
酒を飲み干し、エレンは大きく息を吐きながら、顔を正面に戻した。
「ぷはぁ……ひっく!」
大きく身体を揺らすと、瞬く間に顔が真っ赤になって、エレンはそのまま目をグルグル回し倒れてしまった。
「おいおい。大丈夫か?」
「……きゅう」
「完全に目を回していますわね。やっぱり、お酒は大人になって楽しむのが一番ね」
有無を言わせず飲ませた張本人が何を言うと、アルトが視線で突っ込むが、ラヴィアンローズは無視して二杯目の酒を、自分の杯に注いでいた。
「このままじゃかわいそうだから、部屋の隅で休ませておきますよ。あまり、綺麗な布団じゃなくて申し訳ないけど」
そう言って、立ち上がったシーナが目を回しているエレンを抱え上げ、部屋の隅へと連れて行った。
介抱もあるだろうが、気を利かせて席を外してくれたのだろう。
構成員では無いとはいえ、天楼の属するシーナに、都合の悪い会話をするかもしれないので、その方が彼の為でもある。
「それで? 話ってのは」
「…………」
ストレートに問うと、フェイが微妙な表情をする。
何か迷っているフェイの様子に、ラヴィアンローズは嘆息すると、変わりに口を開いた。
「単刀直入に言って、今王都はかなり不味い状況ですわ」
「そりゃ、国崩しに関係することか?」
ラヴィアンローズは頷く。
「わたくしは所詮雇われ者ですから、あまり詳しい話は聞かされてませんけれど、現状で下準備はほぼ終了。もう間もなく、最終段階に入る頃ですわ」
酒を一口含む。
「太陽祭の当日、いえ前日には国崩しは決行されるでしょうね」
「太陽祭って、後五日後じゃねぇか」
事も無げに言うラヴィアンローズの言葉に、アルトは眉を顰めた。
黙っていたフェイが、説明に追記する。
「正確には、デッドラインが五日後だ。これは縮まることはあっても、伸びることはあり得ない」
硬い口調から、決して簡単な話をしているのでは無いのが通じる。
アルトは難し顔をして、僅かに考え込むが、すぐにフッと表情から力を抜き、杯に口をつけると音を立てて酒を啜る。
「ふぅ~ん。なるほど、ね。そりゃ大変だ」
「あらあら。随分とつれない態度ですわね。この衝撃発言に慌てふためくなりなんなりしてくれないと、お姉さん楽しくないじゃない」
「お姉さんって、俺の方が年上じゃねぇか……それに、んなこと言われてもなぁ」
アルトは困り顔で両腕を組んだ。
「そんな話を聞かせて、俺にどうしろってんだ。野良犬騎士だなんて言われちゃいるが、俺ぁ所詮、能天気通りに住む一般人だ。国崩しだなんて大層な話を聞かされても、手伝うことも止めることも出来ねぇぞ」
手に持った杯を傾け、酒を煽る。
ふぅと、息を吐きだし、正面に座る二人を見比べた。
「そもそも、天楼のお前らが何で俺にそんな話を聞かせんだよ?」
「もっともな疑問ですわね。わたくしはただの用心棒。契約は本日で切れますが、延長の話も来ていますから、このまま何事も無ければ、また用心棒の仕事を請け負うでしょうね……ただ」
言葉を一度切って、物憂げに唇をなぞる。
「正直わたくし、今の天楼はあまり好きではありませんの」
ラヴィアンローズがそう言った途端、フェイはキツク唇を噛み締めた。
今の天楼と、ラヴィアンローズは言った。
確かに少し歩いただけだが、以前来た時に比べて、通りの雰囲気が変わっていた。
思い当る原因は、一つだけある。
「……ボルド、か」
「ええ。あの腐れ外道のド畜生ですわ」
相当嫌いなのか、ラヴィアンローズが口汚く罵る。
アルトとしても、同意しか出来ない。
「あの男が戻って来て以来、天楼は変わってしまったわ。どいつもこいつも口先に踊らされて、すっかり天楼の次期頭領扱い。国崩しの話題も水面下で広がっている影響もありましてか、特に血気盛んなチェリーボーイ達が騒がしくて、全く嫌になってしまいますわ」
うんざりと、ラヴィアンローズは肩を竦めた。
「わたくし、以前の微妙に緩くて温い天楼の雰囲気が、お気に入りでしたのに、こんな有様では興ざめですわ」
「そりゃ、ご愁傷様。確かに俺も、ボルドを放って置くのは面白くねぇ。が、それとこれとは別問題だ。そもそも、俺の耳に届くようなことが、騎士団の連中に知られてないわけがねぇだろ。国崩しなんて大層なことを起こしても、騎士団に潰されるのがオチだ」
アルトは軽い口調で言い切った。
仮にも先の戦争で、王国を守り抜いた精鋭が集う騎士団。例え様々な策を弄して後手に回ったとしても、北街のチンピラ風情に敗北するとは思えない。
それはフェイ、ラヴィアンローズ、そしてミュウが揃ったとしても同じこと。
例えボルドが偽ハウンドと同等の戦力を、騎士団と同じ数だけ集めたとしても、彼らを倒せる確率は皆無だろう。
そんなことは、街の子供だって理解出来ること。
しかし、フェイは硬い口調で言った。
「我らも馬鹿では無い。騎士団に対する仕込みも万全だ。ボルドも別に、お遊びの一環でクロフォードを、名乗っていたわけではないのだからな」
「アレハンドロ、か」
呟いた名前に、頷きこそしなかったが、僅かに動いた表情を見れば、正解なのだろう。
保守派を後ろ盾に持つ騎士団長が、国崩しの為に騎士団を封じる為に動く。何とも皮肉な話だが、ボルドが取りそうないけ好かない手段だ。
「けど、騎士団を完全に抑え込むことは出来ないだろう。僅かに隙は出来るだろうが、それだけ引っくり返されるほど、この国は甘くはねぇよ。考えるまでも無く、不可能だ」
フェイは硬い表情のまま、言葉を続ける。
「その不可能を可能に出来る方法が、たった一つだけある」
「……なに?」
視線で問うが、フェイは答える気が無いのか、口を真一文字に結んでいる。
そんな姿を、ラヴィアンローズは呆れ顔で見つめた。
「フェ~イ。貴女はまだ、迷っているのかしらぁ?」
「……迷うも何も無い。私は天楼の、シド様の側近。その信頼を裏切るようなマネをしたくは無い」
「けど、そんな貴女も今の天楼には疑問を覚えている。だから、マイダーリンアルトのところへ来たのでしょう?」
「ち、違う。私はただ、お前が余計な口を滑らせないか、監視しに来ただけだ」
無理のある反論に、ジトッと視線を細めた。
けれど、素直では無いフェイのこと、これ以上追及してもヘソを曲げるだけだと判断したのか、視線をアルトの方へ戻した。
「残念でしたわね。フェイがヘタレを拗らせた所為で、重要な情報は得られませんでしたわ。もっと早めに手籠めにしていれば、簡単に口を割ったでしょうに」
「なんじゃそりゃ……お前は知らんのか?」
「まぁ、さわり程度は知っているけれど、教えませんわ」
パチっと片目を瞑る。
「このゴージャス&エレガントな美少女剣士。あまりペラペラと口が軽いようですと、信用にかかわりますわ」
もう手遅れのような気もするが、こうまで言うのなら、決して口を割ることは無いのだろう。
むしろ、ここまで情報を与えたことが、天楼に義理のある彼女らの、最大の譲歩かもしれない。
行動と矛盾しているように思えるが、これも一つの女の矜持、とでも言うべきか。
とは言え、それをアルトに知らされても、困ってしまうのが実際のところだ。
「ま、話はわかったさ……けどよ。俺ぁ見た通り、満身創痍で絶賛拉致監禁中だ。武器も取り上げられちまったし、この状態であの馬鹿女のやり合うのは、正直勘弁だな」
「悠長ですわねぇ。そんなマイペースなところが愛らしいのですが、状況はそれを許してくれませんわ」
「あん?」
物騒な物言いに、アルトは訝しげな表情をする。
「マイダーリンアルトの連れ子。狙われていますわよ」
「…………」
杯を置き睨み付ける視線に、殺気が漲る。
ようやく合点がいった。それが、彼女らがアルトの元に来た理由だろう。
「ボルドの仕業か」
「ご明察。マイダーリンに対する、抑止力にするつもりなのか、見せしめにするつもりなのか、目的は様々でしょうが、近い内に彼女はボルドの手の者によって、襲撃を受けるでしょうね」
カッと、頭の中が熱くなるが、怒りを覚えれば覚えるほど、思考は鋭利になっていく。
無言のまま、チラッと部屋の隅で目を回すエレンに視線を向けた。
「止めておきなさい」
途端に、フェイの声が飛んだ。
「天楼から自由になった彼女を使って、警告を出すつもりなのなら、止めておくのが懸命ね。貴様と関わったことで、あの娘もボルドの監視対象に入っている。天楼を出た瞬間、殺されるわ」
「そりゃ、用意周到だな」
不機嫌さを前面に押し出し、アルトは呟いた。
そしてすぐさま、思考を巡らせる。
最悪、無理にでも天楼を脱出する手段を取らねばならないが、エレンを置いて行くわけのもいかないし、連れて行ったところで、守りながら敵地のど真ん中を突っ切るのは難しい。
ボルドのこと、単純にアルトに対する抑止力だけで、ロザリンを捕えるのでは無く、彼女の魔女としての才能にも目をつけているのだろう。
国崩しで対決するのは目に見えているのだから、魔女を巡って騎士団と対立するのも怖く無い筈。
恐らくボルドは、国崩し後の絵も、思い描いているのだろう。
如何するべきか。
考え込みながら、座る態勢を立て直すと、ズボンから何か光る物が床へと転がり落ちる。
矢を受けた時に掠って、ズボンのポケットに穴が開いていたらしい。
参ったなとそれを拾い上げると、不意に脳裏で閃くモノがあった。
「おい、薔薇子」
「あら、何かしら?」
「お前、確か天楼との契約、切れてたよな」
「ええ。再契約もまだですから、事実上、今のわたくしはフリーですわね」
「だったら」
ピンと、アルトは手の中のそれを弾き、ラヴィアンローズに渡した。
右手で掴んだそれを見ると、ラヴィアンローズが受け取ったのは、一枚の金貨だった。
「俺が雇う」
アルトの言葉に、視線を金貨に落としたまま、にたぁと意地悪く笑う。
「このわたくしが、こんなはした金で雇われるとでも」
「そいつで、ロザリンの奴を守ってやってくれ」
「ハッハ~。女の前で他の女を守れとか、どんだけドSなんでしょマイダーリンわ」
立ち上がると楽しげに笑い、受け取った金貨を胸の谷間にしまう。
「いいでしょ、その依頼、受けましたわ」
「ラヴィアンローズッ!」
簡単に引き受けると、フェイが目尻を釣り上げて立ち上がった。
ラヴィアンローズが面倒臭げに、視線を睨みつけて来るフェイへ向ける。
「何ですの。挟めるほどのおっぱいが無いからって、ひがまないで頂けるかしら?」
「貴様、天楼を裏切るつもりか?」
茶化す言葉を無視して、怒りの滲み出る言葉をぶつける。
やれやれと、ラヴィアンローズは鼻から息を抜いた。
「だって今の天楼は面白くないのですもの。だったら愛のぶんだけマイダーリンに助力した方が、美容と健康によろしいですわ」
「たったそれだけの理由で、シド様に刃を向けるかッ」
「別にシドは嫌いでは無いですわ。わたくしが嫌いなのはボルド。彼が仕切る天楼に興味は無いし、あの透かした顔が屈辱に歪むなら、わたくしは喜んでアルトに手を貸しますわ。それに、本音では貴女も、ボルドの遣り口は気に入らないのでしょう?」
問われて、嘘でも否定すればいいのに、馬鹿正直なフェイは言葉を詰まらせてしまう。
返す言葉の無いフェイは、怒りを噛み殺すよう奥歯を鳴らすと皆に背を向けた。
「フェ~イ~」
逃げるようその場を去ろうとするフェイの背中に、ラヴィアンローズは冷めた声を投げかけた。
「義理と人情を秤にかけるのもよろしいですけれど、少しは自分の矜持、というモノを、お持ちになった方がよろしいのでは無くて?」
フェイは足を止め、振り向くと、睨み付けるような視線を向けた。
「無関係な人間を標的にするのは恥ずべき行為だ。故に私は警告を促した。ただそれだけだ……貴様らがこの場で何を話そうと、全ては酒の席での出来事、私は関知しない。が、明日以降、天楼に弓引く行為を行うなら、貴様らは私の敵だ……そのことを、深く心に刻んでおけ」
厳しい口調。だが、何処か自分に言い聞かせるような言葉を残して、フェイは出て行こうとする。
「悪いなフェイ。サンキュ」
「……ふん」
アルトの礼に一瞬だけ足を止め、フェイは表へ出て行った。
軽く笑みを零し、アルトは残っている酒を飲み干した。
部屋の隅で、目を回しているエレンを介抱しているシーナと視線が合うが、彼もどんな表情をしてよいかわからないらしく、苦笑いを返されてしまう。
「さて、と」
ラヴィアンローズも酒を飲み干し、杯を床に置いて立ち上がった。
「ではわたくしは、早々に北街を出るとしましょう。フェイのことですから、密告するような浅ましいマネはしないでしょうけど、ボルドはわたくしの動きを見越して、網を張っているでしょうし」
そうなると、普通に道は使えないだろう。
ラヴィアンローズの実力なら、生半可な連中など何十人集まっても物の数では無いだろうが、あまり暴れすぎるのも得策では無い。
なので極力戦闘を避ける為、早い内に天楼を出て、人目につかぬようこっそりと移動するのが望ましい。
「何か、おちびちゃんに伝言はありますかしら?」
「ん? んじゃ、一つだけ」
アルトがラヴィアンローズに伝言を伝えると、彼女は少し驚いた顔をして、微笑を浮かべた。
「心得ましたわ。でも、わたくしの仕事はあくまで護衛。一切合財の面倒事は全て、お任せしますわ。このお人好し」
「うっせ。ま、ボチボチ考えておくさ」
ニコリと笑い、ラヴィアンローズは入口に向かう。
「では、また近い内にお会いしましよう。チャオ」
最後にそう言い残し、投げキッスを送ると、少しだけ嫌そうな顔をしたアルトに見送られ、夜の街へと躍り出た。
★☆★☆★☆
「と、いうわけで愛する殿方の熱い口づけと共に見送られ、未来の花嫁たることわたくしは、涙に頬を濡らしつつ義理の娘を助けるべく、憎むべき仇敵が潜む街を昼夜問わず疾走して来たのですわ!」
「説明が、全然会ってない」
ノリノリで最後は適当なことを言うラヴィアンローズに、ロザリンはジト目を向けた。
とりあえず、最後の妄言は置いておいて、アルトの現状は理解出来た。
決して無事と呼べる状況では無いようだが、それでも最悪の事態にまで発展しなかったことに、ロザリンはほっと胸を撫で下ろした。
自然と涙が滲む。
その姿を見たラヴィアンローズは、お茶を飲みながら、優しげに微笑んだ。
「ところで、何で全身、びしょ濡れなの?」
「ああ、これですの? 忌々しいことですが……」
思い出して怒りが込み上げたのか、話し始める前に舌打ちを大きく鳴らす。
「ボルド配下の溝鼠共に、散々追いかけ回されましてね。仕方が無いから用水路を潜って、逆回りから東街に入りましたのよ……全く。依頼が無ければ、全員ぶち殺して差し上げましたのに」
と、ぷんぷん起こり始める姿に、ロザリンは苦笑を漏らした。
それで昨日の夜に天楼を出て、昼過ぎに合流したのかと納得する。
しかし、無茶をするものだ。
王都の水路は常に術式で浄化され、そのまま飲めるほどの清潔さを保っているが、要所によっては深さがあったり流れが早かったりと、危険な場所が多い。そこを泳いで移動するなど、普通に考えてはあり得ないことだ。
まぁ、ラヴィアンローズが普通の枠組みには収まらないなど、最初からわかっていたことだが。
「それで、アルの、伝言って?」
「……聞きたいですの?」
意味深に、視線を細める。
一瞬だけ気圧されるが、負け時と睨み返し、力強く頷いた。
ラヴィアンローズは、ゆっくりと、唇を動かす。
「『皆を頼む』それだけですわ」
彼女の口から語られた言葉が、スッと胸に入り込む。
たったそれだけで、ロザリンの迷いは晴れてしまった。
何て単純なことだろう。自分で自分をあれだけ卑下しておきながら、アルトの一言で心が奮い立つ。
出来る出来ないは問題では無く、アルトの信頼に、何としても答えたかった。
「で? これからどうするのかしら、おちびちゃん」
「……アルを探すのは、中止する」
無事が確認出来たのなら、今日のところはそれで構わない。
今、やるべきことは、他になる。
決意を込めて、目の前で悠然と足を組むラヴィアンローズに、ロザリンはこれからの行動方針を一言で表した。
「国崩しを、ぶっ潰す」
慣れない言葉を、慣れない低音で言い放つ。
少しだけ、アルトのマネをしてみた。
不相応な大言を放つ自分に、負けないよう決意を込めて。
小さな魔女ロザリンは本日、身の丈を超える強敵を打倒する為、開戦を宣言した。




