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第43話 思春期デイズ






 麗らかな昼下がり。

 太陽祭も間近に迫り、人々の熱気と外の気温は、グングンと上がって行く。

 毎度おなじみかざはな亭も、これからの季節、暑さと太陽祭を乗り切る為に、スタミナをつけようと肉料理と、冷たい飲み物が飛ぶように売れる。

 店長のランドルフを初めてとした従業員達が、ヒーヒーいいながら、狭い店内を駆けずり回り、ようやく最後の客を見送り昼の営業を終え、クタクタの身体を休ませている頃、この店の用心棒はズーッと、ニヤニヤと締りの無い顔を周囲に晒していた。

 アルトの座る席のテーブルには、先日、ラサラの依頼を完了した時に貰った報酬の袋が、そのまんまパンパンの状態で乗っていた。


「……んふっ」


 傍目からも、気持ちの悪い笑みを零す。

 こんなに上機嫌なアルトも、随分と珍しいのだが、その分、常時ニヤニヤしている姿は不気味以外の何物でもなかった。

 見かねたカトレアが、エプロンを外して呆れ顔で近づく。


「アンタさぁ、馬鹿面ぶら下げてるだけなら、邪魔だから帰ってくれない? 折角、帰る家が出来たんだし、そっちでニヤニヤすればいいじゃない」


 用心棒といっても、基本的にアルトの勤務時間は夜だけだ。

 昼間は場所を取る分、ハッキリ言って邪魔なのだが、こうもニコニコ上機嫌だと、一方的に追い出すのも憚られる。気持ち悪いけれど。

 とはいえ、何時までも居座られても片付かないので、カトレアが声をかけたのだ。

 アルトはにやけた表情を隠しもせず、ポンポンとテーブルの上の袋を叩く。


「オイオイ、口を慎みたまえ貧乏没落貴族くん」

「……アンタ、キャラが変わってるわよ?」


 無理やり低い声を出すアルトを、カトレアは気味悪そうな目で見つめる。

 だが、今日のアルトは挫けずに、更なるハイテンションで側に来たカトレアの腰を、右手でバンバンと叩く。


「いや、だってこれ見てみろよ。キャラも変わるっつーの」


 弾むような声で、袋の口を閉じていた紐を解いた。

 袋の取り出し口が開き、中からキラキラと輝く金貨の山が、かざはな亭の店内を黄金色に照らす。


「……まぁ、凄いっちゃ凄いけど。そういえば、結局幾ら貰ったわけ?」


 問いかけると、待ってましたと言わんばかりに、アルトは口角を釣り上げた。

 面倒臭そうな様子に、カトレアは聞かなきゃ良かったと、少し後悔する。


「まぁ、なんだ。実際、言う程は大したことはねぇんだよ? その、俺の実力からすれば順当っつーか、本気を出せばこれくらい軽いっつーか」

「早く金額だけを言えよ」


 勿体ぶった口調に、カトレアは腕を組んで苛々を露わにする。


「金貨百八十六枚」

「……随分と半端な額ね」


 凄いは凄いが、キリが悪いと何となく驚き辛い。

 それでも普段、ポケットの中には埃しか入っていないアルトからしたら、それはニヤケ顔が止まらなくなってしまうのも、無理は無いことだろう。

 上機嫌にアルトは語りかける。


「いやぁ、あの爺に金貨百枚払っても、まだ八十六枚も残るんだぜ? いやはや夢広がるねぇ、上等な酒、上等な飯が、暫く楽しめるってなモンだ」


 口には出さなかったが、久しぶりにイケナイお店に行くのもアリだ。

 ここ最近は、金が無いのもあるけれど、ロザリンやカトレアなどが側にいる所為で、その手の遊びに繰り出すことが出来なかったが、纏まった金が手に入った今、欲望を解禁して羽目を外し倒すのも悪くは無いだろう。


 怪しく笑う姿に、カトレアは呆れ顔の視線を向けるが、気持ちは理解出来る。

 現にカトレアだって、報酬を受け取った日は、鼻高々で家に帰って弟や妹達に自慢したモノだ。

 勿論、アルトがイケナイ遊びに繰り出すつもりなどとは、想像もしていないが。

 ただ、気がかりなことが、一つだけある。

 洗い物を終えたランドルフが、布巾で手を拭いながら、アルトの席へと近づいてきた。


「やっぱり、金貨が山になってると壮観だねぇ。でも、いいのかい? こんなところで見せびらかしていたら、大変なことになるんじゃないの?」

「スリや物取りの心配でもしてんのか? おいおい、俺を誰だと思ってんだよ」


 馬鹿なことを言うなと、アルトは両手を上げた。

 通り魔事件や天楼へのカチコミ、おまけにオークション会場襲撃事件と、ここ数日で野良犬騎士の噂は王都にかなり広まっている。

 騎士団の団長と懇意で、奈落の杜、天楼の暗部組織からも一目を置かれる男。

 そんな男の居場所を、好きこのんで襲ってくる馬鹿はいないだろう。

 居たところで、そんな馬鹿にアルトがやられる筈は無い。

 だが、ランドルフとカトレアはアルトの態度に、苦笑を漏らしている。


「アンタ、全然、わかってないのね」

「そんな心構えじゃ、もう無理かなぁ」


 不穏な物言いに、アルトは訝しげに視線を細めた。

 その時、店のスイングドアが開かれ、来客の音を鳴らす。


「こんにちは。少々、よろしいかしら?」


 現れたのは車椅子の老婆。冒険者ギルドかたはねのギルドマスター、頭取だ。

 車椅子を押され、頭取は温和な笑みを浮かべて店内へと入る、

 押しているのは、珍しくプリシアでは無く、ギルドメンバーの男性。視線が集まったのに気がつくと、彼は無言でペコリと一礼だけをする。


「あら、いらっしゃい頭取。一応店は終わっちゃったんだけど……」


 出迎えたカトレアが、そう言葉を濁す。

 本来なら片づけも終わったので、クローズ中の来客は有無を言わさず追い帰すのだが、能天気通りの顔役で、普段から色々とお世話になっている頭取だ。無下には扱えず、どうしてもというなら、料理を提供出来るというニュアンスを残す。

 しかし、頭取は首を左右に振った。


「大丈夫よ。ちょっと用事があって寄っただけだから」

「用事って、僕にかい? 太陽祭の準備に、何か不備があったとか」


 先日まで頭取の手伝いをしていたランドルフが、煙草に火を点けようとした手を止めて問うが、それも頭取は首を振って否定した。


「……と、なると」


 自然と二人の視線が、テーブルでまだニヤニヤと馬鹿面を晒している男に集まる。


「……ん? なんだよお前ら?」


 視線が集まっていることに気がつき、アルトは目を細めて見返す。

 頭取は苦笑を漏らし、車椅子を押されながら、アルトのテーブル近くへと寄った。


「よう頭取。今日はプリシアは一緒じゃないのか?」

「こんにちはアルト。ええ。あの娘ったら、最近、何か落ち込むことがあったらしくて。ここ数日、そとに出たがらないのよ」


 頬に手を添えて、頭取は困ったように息を付く。


「ふぅ~ん。まぁ、年頃の娘っ子だしな。色々と悩みが多くなる時期なんじゃねぇの?」

「それなら、心配ないのだけれどね」


 孫の成長を感じてか、笑顔の中に、少しだけ寂しげな色を滲ませる。

 何だかいい話風になっていることに、何故かアルトは引っ掛かりを覚えるが、思い出せないのでそのままにしておこう。


「それで頭取、今日はどうした? 俺に何か用があるのか?」


 機嫌が良い所為か、普段だったら面倒臭そうな顔を真っ先にする癖に、笑顔で応対する姿に、横で見ていたカトレアは胡散臭そうに顔を顰めた。


「ええ。実は貴方にお話しが合って来たの……これを見て頂けるかしら」

「あん? 何だよ」


 後ろの男性から、一枚の紙切れを手渡され、何の気なしに目を通す。


「えっと、何々……水場、水回りの工事……はぁ!? 請求書!?」


 何かの見間違いかと目を擦り、紙切れの文章を見直すが、文面が変わることは無かった。

 しかも、記されている金額が、半端では無い。

 バンッと紙切れをテーブルに叩き付け、立ち上がると頭取を睨み付ける。


「おい、こりゃ何の冗談だ?」


 また趣味の悪い騙し討ちをされたかと、アルトは怒りを露わにする。

 ここで引いては要らぬ出費が増えると、強気の態度で迫るが、頭取は恐れる様子も無く、むしろ「何を言っているの?」とばかりに、首を傾げていた。


「冗談って、水回りが無いと、困るでしょ? 貴方は勘違いしてたみたいだけれど、シャワーと調理場はちゃんと、設置出来る作りになっているのよ? 取り外して置いた分、ちゃんと修理しておいてわ」

「そりゃありがとさん、って馬鹿ッ!? 何で今更金を請求してきやがるんだよ? ありゃ、仕事の報酬なんじゃねぇのか?」

「いやだわ、何を勘違いしているの?」


 噛み合わない話の理由に気がついて、頭取はケラケラと笑った。


「家は無料で提供するけれど、手入れや壊れている部分の修理は別よ。古い家だから、一片にキチンと直してしまった方が、後々で面倒が無くて良いのよ。ちょうど、貴方達が仕事で出てると言うから、その間に直して貰ったの」

「俺に何の説明も無く、勝手にやるってどんな押し売りだよ」


 ため息交じりに、アルトは右手で顔を覆った。


「一応、家の契約書と一緒に、工事の許可証も渡した筈だけれど」

「……ああ、アレか」


 思い出した、が、アルトは目を通していない。

 色々と面倒臭そうだったので、ロザリンに丸投げしてしまったのだ。


「アイツめ……金がかかることなら、一言相談しろよ」

「あら、ロザリンちゃんを責めちゃ駄目よ? 大人の責任を放棄したのだから、原因は貴方なのよアルト」


 怒られて、アルトは不貞腐れ気味に椅子へと座り直す。


「まぁ、アルトが貧乏なのは知っているから、一括で払えなんて言うつもりは無いわ。家とは長い付き合いをするモノだし、分割で少しずつ……そう、今日は言おうと思ったのだけれど……」


 頭取の視線が、テーブルの上の金貨に向けられる。

 嫌な予感が頭を過る。


「待て。待て待て。落ち着こうぜ、頭取。冷静になろう」

「でも、やっぱり、お金のやりとりはすっきりと一括払いが望ましい、わよねぇ」


 両手を差し出して止めようとするアルトを無視して、笑顔で頭取が周囲の問いかけると、カトレアとランドルフは神妙な顔で何度も頷いていた。

 視線が、アルトへと戻される。


「ではアルト。キッチリ、耳を揃えて料金を頂くわね。急な話だったのは申し訳ないけれど、家が住みやすくなったのだから、結果は上々でしょう?」

「いや、あのな」

「まさか、嫌とは、言わないわよね」


 表情は笑顔だが、何とも言えない迫力に、アルトはギリギリと歯を鳴らして、ガックリと肩を落とし脱力する。

 無言で金貨の入った袋を前に差し出すと、了承と受け取った頭取が、後ろの男性に目配せを送る。

 男性は頷くと、気の毒そうな視線をアルトに向け、袋から金貨を数十枚抜き取った。

 パンパンだった袋が、一気にゆるゆるになってしまう。


「では、用は済んだから、私達はこの辺でお暇させて貰うわ。ごめんなさいね、クローズ中にお邪魔しちゃって」


 恨みがましいアルトの視線を浴びながら、終始笑顔のままの頭取は、車椅子を押されて店を後にした。

 頭取が立ち去ると、アルトは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「……厄日だ」

「大変だね。どうやら、金貨の輝きでも、アルトに憑りついた貧乏神は払えなかったようだね」

「そんな落ち込むことじゃ無いでしょ。結果オーライじゃない、シャワー付きの家なんて、東街じゃ殆ど無いんだから。今度、あたしにも使わせなさいよ」


 他人事だと思って、二人は口々に勝手なことを言う。

 だが、まだだ。まだ、余裕は残っている。

 大分、減ってはしまったが、約束の代金を差し引いても、まだまだ遊び歩けるだけの金額はある。

 夢はまだ潰えていないと、決意を込めて顔を上げた。

 しかし、二人は何故か、アルトに向けて合掌している。


「おいこら。そのポーズは嫌な予感しかしねぇから止めなさい」

「いや、アルト。さっきの幸せそうな顔を見ている分、あたし達もこれから落ち込むアンタを見るのは、辛いんだよ?」

「止めろ!? そんな落ち込むことが決定事項みたいな言い方ッ!?」


 慌てて金貨袋を抱き締めるが、そんなアルトの姿を嘲笑うかのように、外から大勢の足音が聞こえて来る。

 嫌な予感に、サッと顔が青ざめる。

 スイングドアを勢いよく開いて現れたのは、どいつもこいつも、ニヤケ顔を浮かべた能天気通りや、他の地区で暮らしている連中だ。


「アルト、金が入ったんだって!」

「アルト、ウチの飲み代のツケ、払ってくれるよな」

「アルト、昔壊した、壁の修理代」

「橋渡しの運賃」

「博打の負け金」

「焼き栗の肩代わりした代金」

「振った俺の妹への慰謝料」

「とりあえず何か奢れ」


 ワラワラとアルトに群がり、亡者の如くアルトから金を毟り取って行く。

 若干数名、とんでもないことを口走っている連中がいたが。

 アルトも抵抗するが、多勢に無勢。

 助けを求めるようにカトレア達を見るが、巻き添えが嫌なのかカウンター席に避難し、憐憫の眼差しを向けていた。

 そしてランドルフは、店が荒らされるのが嫌らしく、次々と来訪する住人の整理をしていた。


「や、止めろお前ら……止めてくれぇぇぇぇぇぇッッッ!?」


 悲痛な叫びは空しく、人並の中に飲み込まれてしまった。

 そして数分後。

 波のように引いて行った住人達。すっかり萎れてしまった袋を目の前にして、アルトはテーブルに突っ伏し泣き濡れていた。


「酷いッ! あんまりだッ! 俺が一体何をしたぁ!?」

「なぁんもしなかったのが、悪いんじゃない?」


 移動させたテーブルや椅子を直して、カトレアが冷静に指摘する。

 金貨の残りは百三枚。

 流石に冷やかしで来た連中は毟り取っていかなかったが、随分と各方面にツケが溜まっていたらしく、根こそぎ持って行かれた。

 能天気通りの住人は義理人情に篤いぶん、在るところからは徹底的に持っていく。

 要するに、人の好意に甘えてばかりは、いけないということだ。


「いいじゃない。マイナスがゼロになったと思えば」


 そう言いながら、カトレアは袋から金貨を一枚抜き取る。


「あっ、コラ返せ!」


 手を伸ばすが、カトレアはひょいっとそれを回避する。


「たまぁに、アンタのご飯、作ったりしてるでしょ? アレ、あたしの実費なんだからね。トータルで言えば、金貨一枚じゃ足りないくらいよ」

「そういうことなら、僕も」


 便乗して、ランドルフも金貨を一枚抜き取った。


「だって君、用心棒代より高い飲み食いをたまにするじゃない」

「……ぐぬぬッ」


 呻きながら、袋を覗き込むと、残り百一枚。

 天楼に支払えば、残金は金貨一枚となる。


「あ、悪夢だ……」


 直視し難い現実に、アルトは魂が抜け落ちたかのよう、椅子から滑り落ちた。

 憐れアルト、と、二人は再び合掌する。

 ちょうどその時、スイングドアが開かれた。

 また金を毟りにきたのかと、ビビるアルトは急いで金貨袋を懐に隠す。

 入って来たのは、お使いに出ていたロザリンだった。


「……何だよ」

「う?」


 妙な雰囲気の店内に、事情を知らないロザリンは首を傾げる。

 見れば、数時間前まで艶々としていたアルトの血色が、今は見るも無残にげっそりとしていた。


「何が、あったの?」

「いや、実はさぁ……」


 苦笑しながら、カトレアが事情を説明する。

 話を聞き終えたロザリンは、眉を八の字にすると、テテッとアルトに駆け寄った。

 テーブルに突っ伏す、アルトの腕を引っ張る。


「アル。元気、だして?」

「……ん~。無理」

「むぅ」


 完全に拗ねてしまったアルトに、ロザリンは困り顔だ。

 これでは、どっちが年上だかわからない。


「ああっ。ついさっきまでは、パラダイスだったのになぁ。せめて、頭取の書類を俺がちゃんとチェックしとけば」

「……ごめん」

「別にお前が悪いわけじゃねぇけどな」


 愚痴っぽくなったところで、頭取に釘を刺されたことを思いだす。

 それに、自分が見つけたところで、結果的に頭取に口先で丸め込まれるのは、わかりきっていた。

 それなのに未練たらしく、アルトは湿った息を吐く。


「ハァ……久し振りに、羽目を外したかったなぁ」

「はめ?」

「いや、外すっつーか、入れるっつーか。その大人の悲喜交々っつーか、青少年のお遊びっつーか」

「おーい。子供に変なこと教えちゃいかんよ」


 意味がわからず首を傾げるロザリンとカトレア。

 一人下ネタだと理解しているランドルフが、苦笑いを浮かべて止めに入る。

 すると、ロザリンは手を後ろにやり、モジモジと恥ずかしげな顔をする。


「遊ぶなら、私が一緒に、遊んであげるよ?」

「お前じゃ駄目だ」


 一言で切り捨てられ、ロザリンはムッとする。


「……なんで?」

「何でって、全部が小さいから。背も、胸も、年齢も」

「…………」


 ロザリンの視線が、細くなる。


「やっぱ、女は肉感的じゃなくっちゃ。包容力っつーの? それって、俺的には視覚的にわかる胸に露わになると思うわけよ」

「……うー」


 ロザリンの頬が、パンパンに膨れる。


「ちょっとアンタ、止めなさいよ」


 会話の流れがおかしいことに気がつき、カトレアが頬を赤らめながら止めに入る。

 アルトも流石に不味いと思ったのか、誤魔化すように笑みを浮かべ、自分の頬を掻いた。


「あーっと、要するにだ、お子様のお前にはまだ早い話なんだよ」


 言った瞬間、乾いた音が店内に響いた。

 突然の出来事に、誰もは息を飲み、状況をすぐに理解出来なかった。

 ロザリンが、アルトの頬を平手打ちした。


「……もん」

「は?」


 呆気に取られたまま、聞き返すと、ロザリンは瞳に涙を浮かべて睨んできた。


「お子様じゃ、無いもん」


 それだけ言うと、ロザリンは店の外へと駆け出して行った。

 突然の激昂。

 訳もわからずカトレアを見ると、彼女は失敗したと顔を顰めていた。


「あちゃ。今のは、完全にあたしもマズったわ」

「……おい、どういうことだ?」


 問うとカトレアは此方を見て口を開くが、何かを言いかけて止める。


「……あたしの口から、言うことじゃ無いわよ」

「意味がわからん」


 叩かれた頬を撫でながら、アルトは背もたれに体重をかけた。

 殴られたりすることは慣れているが、ロザリンの一撃は、何時までもアルトの頬にジンジンとした熱を与えていた。






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