第六十一話・中冷孔アルタール
それから三日間、王都近郊で俺達は怪物狩りを行った。
そのお陰で新しい大太刀やグリーブの使い方にも慣れ
パーティでの連携もスムーズに行えるようになってきた。
暁の英雄亭に戻って休息を取りながら
魔法学院から受けた依頼である中冷孔の解放を目指して準備を進めていた。
ヴァイスの話では次に目指す中冷孔は王都南部の森を越えた先に有るそうだ。
その向こうに岩山が有って、その辺りが中冷孔という話だが。
「ちょっと思ったけど何で森を突っ切って行かないんだ?」
地図を見せてもらったが森を直進すれば
一日で行けそうな距離では有ると思うのだけど。
「密生した森の中では戦闘においてこちらが不利だ。
剣も取り回しにくいし樹上からスナウトに急襲される恐れがある。
多少遠回りになっても視界が開けた場所の方が戦いやすい。
中冷孔に辿り着く前に消耗は可能な限り避けたい」
ヴァイスはそう語る。
「なるほど……」
想像して見ると、木々が乱立している場所では思い切り剣を振るう事が難しくなるはずだ。
大太刀が間違って木に食い込めば隙だらけになるだろう。
上からあの強酸スライムに降ってこられるのもヤバイ。
明日は天候も良いはずだとヴァイスが話していた。
確かに土砂降りの雨とかの悪天候のなかで怪物と戦いたくは無い。
視界が悪かったり足元が泥でぬかるんで滑ったりすれば全力が出せない。
だが天気予報も無いのに何故分かるのか気になって尋ねてみた所……
ヴァイスは風や雲の動きや質感、夕焼けの色、鳥が高く飛んでいる事や
大気の中の水属性の魔力の少なさからそう判断したのだと言った。
確か人工衛星や天気予報が無い時代は
そういう自然現象や生物の行動とかから天気を予想する技術というか
昔から熟練の漁師や農民が使ってた経験則見たいな
天気予報があることをテレビかなんかで聞いた覚えがある気がする。
滅茶苦茶アナログで原始的な方法だが天気予報なんか無い以上信頼するしかない。
水属性の魔力という辺りがパラダイムらしいが……
俺は消耗品のチェックをして背負い袋に詰めていた。
怪物避けの簡易結界を張るための楔形魔道具。
雨風を凌ぐテントや寝袋。
軽鎧の中に着込む鎧下や下着類の替え。
緊急時に生命力や魔力を回復させるための治癒の霊薬や包帯などの治療道具。
干し肉や乾パンなどの携帯食料や飲み水……
「よし、準備できたぜ」
俺がそう答えるとヴァイスは軽く頷いた。
「明日も早い、ゆっくりと体を休めておけ」
「わかった」
いよいよ明日は中冷孔に向けて王都から出発する。
††††††††††††
……中冷孔への道のりは覚悟していたほど辛いものではなかった。
寧ろ拍子抜けするほどだった。
装備強化や事前準備がしっかりしていた事もあっただろう。
随分長い時間をかけてこの時の為に準備していた気がする。
ヴァイスのアニキの予想通り、天気は快晴で雨に打たれて
無駄に体力を消耗する事も無かった。
森を迂回する形で進んで行き、日が暮れたら
簡易結界を張って交代で休息を取った。
途中何度か怪物にも遭遇したがマリウスやクリスのような強い部類の怪物ではなく
スラやハレマイア、ガルといった対処しやすい怪物が殆どだった。
見つけ次第、大概連携するまでも無く
ミルクの魔法やヴァイスや俺の剣技の前に一撃で沈んでいく。
「うーん、順調ねー。中冷孔の怪物もこのくらい楽だといいんだけど……」
ミルクが鼻歌交じりでそんな事を呟いていた。
「そうだな、なるべくならその方が良いと俺も思うぜ」
俺も同意するが敵が弱い事にはあまり期待はしていない。
ドミンがあれだけ厄介だったのだから……中冷孔の主が弱いはずが無いとは思う。
「……主の情報は何一つ無いと言うのが気がかりだ」
ヴァイスがいつもの冷たい声でポツリとそう呟いた。
「それってさ、冷孔の位置だけは見つかってるけど、誰もヌシを見てないか
それともヌシに出会って誰一人生きて帰って来なかったって事よね」
ミルクの声のトーンが微かに下がった。
「当たってみるしかねえな。
ここまで来て引き返すわけにはいかねえだろ……お?」
歩いていくと辺りの風景の様子が変わる。
森が途切れ、岩山が見えてきた。
だが中冷孔と思しき場所は岩壁が人工的に直角に切り出されている。
歩く道も舗装されていない土から、ツルツルした黒い石畳に変わる。
「何あれ……遺跡?」
ミルクの言うとおり岩山の一部が人工的に整備された場所は確かに遺跡に見える。
装飾も何もない、巨大な黒い石が正方形に切り出され直線的に並べられている。
漆黒の石壁には緑の蔦が覆い放置された長い年月を思わせる。
「この辺りには怪物の気配が全く無いな」
ヴァイスの言うとおり、中冷孔に近づいている筈なのに
全くといって良いほど怪物の気配を感じない。
耳が痛いほどの静寂と沈黙。
切り出された黒い石、そして植物以外には怪物の気配も野生動物の気配すらない。
……静か過ぎて嫌な感じだ。
「気をつけながらもう少し近づいてみようぜ」
やがて黒い石の柱に囲まれた入り口と思しき場所を発見した。
柱の表面には暗い紅色の線で逆三角形の頂点に円を配置したレリーフが書かれている。
入り口は岩山の奥に通じている様で、酷く冷たい風が吹き込んでくる……
「……冷気が吹き込んでくるし此処が中冷孔の入り口みたいね。
でもなんだか野ざらしの中冷孔とは様子が違う感じ。
岩を刳り貫いたなんだか変な遺跡みたいなものもあるし」
ミルクはそう呟き、ヴァイスは何時もの事ながら先ほどから押し黙っている。
「だな……お、此処になんか文字っぽいものが」
入り口と思しき場所には文字が刻まれた小さな石碑がポツンと置かれている。
「見たこと無い文字ね……」
「ちょっとまってろ……」
翻訳魔法が効くかどうか試して見ることにした。
瞳に魔力を集中し、大分風化して擦り切れた文字を追った。
「偉大なる……絶対の力……流れ……闇……
静寂たる……夢……捧げられし、アルタール」
読めたのはそれだけだった。




