これからの話
翌日早朝、ベラは自分で手配した馬車を使い実家へ帰還した。
学園からベラの実家、アルコット家へは馬車で1日かからない程度の距離のため、道中に一度馬車を乗り換え、空が暗くなりかけた時間に実家に到着することが出来た。
「すまなかった」
実家に帰ると早々にベラは自身の父親であるデルク・アルコット子爵からそう謝罪をされた。
「別に謝らなくても大丈夫ですよ」
「いや、ベラの相手を選んだのは私だ。それにベラにあちらに合わせて行動するよう指示を出したのも私なのだ。その結果こうなってしまった以上、責任は私にある」
ベラはゴードンの婚約者になった際、デルクから相手に合わせて行動するよう言い伝っていた。
これはなるべく相手の気分を害さないようにと、娘がサラー家の者から嫌われないように、上手く立ち回れと言う意味での指示だったが、今回の件ではそれが完全に裏目に出てしまっていた。
ベラの生家であるアルコット家とゴードンの生家であるサラー家では明確に力の差がある。アルコット家は子爵の位、サラー家は伯爵の位で爵位が1つ違うのだ。
アルコット家は子爵の中では力のある家ではあるが、伯爵の位を持った家には権力で敵うことはない。故に今回の婚約破棄に関して、アルコット家から抗議文を出したところで意味はないだろう。
ベラとゴードンの婚約の話は現アルコット子爵からサラー伯爵家に持ち掛けた物だった。
そういう点でもアルコット家当主としても父親としても見る目がなかった。
娘が嫁いだ後、少しでもいい暮らしが出来るようにと考えての婚約だったが、今思えば浅慮だったとデルクは深く反省していた。
「とりあえず、すぐにその謝罪をされるということは、サラー家から私たちの婚約を破棄する旨の通達が来ていたということでいいでしょうか」
「ああ、2日前に来ていた。学園に居たベラに連絡を送ったのだが、その様子だと行き違いになったのだな」
「そうだと思います」
アルコット家から送られた連絡は、ちょうどベラが学園を後にした数時間後に到着しており、完全に入れ違いになっていた。
デルクの言葉にベラはあの場でゴードンに言われた「正式に家を通している」という言葉が嘘ではなかったことを理解した。
「お父様」
「なんだ?」
今回の件が原因で少しやつれているデルクに対し、ベラはいつもの調子で聞く。
「今後の件なのですが、どうすればいいでしょう」
「今後、か。そうだな」
デルクはベラから一旦視線を外し逡巡する。
学園に通う令息、令嬢はすでに婚約者が決まっていることが多く、およそ半分程度は婚約者を持っている。
今回の件でベラは経歴上傷が付いてしまった。相手の都合という部分が大きいが、破棄の理由自体は事実のため否定することもできない。
婚姻した後、というわけではないので傷自体は大きくないが、しかし何の傷も持たない令嬢に比べると少し敬遠されてしまうのもまた事実だ。
「ベラはどうしたいんだ」
適当に新しい婚約者を探し出すのは難しくない。しかし、新しく見つけて来た婚約者も同じようなことになるのは避けたい。
そう考えた後、デルクは一度娘の意見を聞くことにした。
「私は…そうですね。許してもらえるのなら、しばらくは自由にやってみたいですね」
長くゴードンに合わせて自分を抑制して生活していたベラゆえの回答。また婚約者が出来てしまえばそれに合わせて生きていくことになる。
そうなる前にベラは一度でもいいから自分を制することなく自由に学園生活を送ってみたいと考えた。
「そうか。なら、そうしてみると良い。新しい婚約者は追々だな」
ベラの答えにデルクは今一度真剣に考え、そう答えを出した。
「いいのですか?」
まさか自分の言ったことをそのまま受け入れてもらえるとは思っていなかったベラは、デルクの言葉に驚き普段よりも少しだけ弾んだ声でそう返す。
「ああ、そもそもこの件はアルコット家からしたらあまり言いふらすようなことではない。新しい婚約者を探しているとなれば今回の件が露呈してしまうから、しばらくそう言った動きをせず自由に過ごすのはありだろう。それに、あちらも進んで公表はしないと言っていたからな。……本当かどうかは正直わからないが」
デルクは今回の件でサラー家のことを信頼すべきではない相手と認識するようになっていた。
今まで信用していた相手からの突然の婚約の解消という約束の反故。しかも話し合いもなく一方的なものだ。
そんなことをしてくる相手を信頼できるわけもない。
「確かにそうですね」
ベラはまだ学園の2回生になったばかりだ。3年通う学園のまだ半分も経過していない。新しい婚約者を探す時間の余裕もある。
そう考えればもう少し今回の件が落ち着いてからでも遅くはないだろう。
「それに、ベラが自由にやっている間、善い者が見つかればその者に話を持ちかけてもいいからな」
「……そう簡単に見つかるとは思えませんが」
取り立てて目立つような存在ではないことをベラ自身自覚している。むしろ今までずっと下手に目立たないよう過ごしてきた下地の影響で、目立つことを忌避している節すらある。
「いや、ベラならすぐ見つかるだろう。勉学だって本来は優秀なわけだし、学園は実力主義だろう。しっかりそれを示せば寄ってくる者はいるはずだ。それに今回の件で言われたことを否定することもできる。
それにベラはラミと似て美人なのだから、普段からそれを出していけば引く手あまただと思うぞ」
父親にそう言われて少し恥ずかしそうにベラは頬をかき、デルクから視線を逸らした。
ラミはベラの母親であり、デルクの妻の名だ。周囲から挙ってデルクがラミを嫁に迎えたことを羨ましがられる程度には美しい女性だ。
その母親と似て美しいと言われ、そう言った言葉になれていないベラは父親からの言葉でも恥ずかしくなってしまった。
「私はお母さまほど綺麗ではないですし、また嫁自慢ですか」
「どちらも事実だからな」
そうベラは否定するがデルクはすぐに否定していく。
娘に対して嫁自慢をするという若干惚気話になりかけだが、今後に関して、しばらくベラは学園で自由に過ごして良い、という形で話はまとまった。
そうしてベラは一晩実家に泊まり、翌日の早朝にはアルコット家の馬車を使い学園へ戻った。




