馬鹿は要らないそうです
学園での放課後。
授業も終わり、学園内に残っている学生の数が少なくなっているなか、人があまり訪れることのない学園内の隅にベラ・アルコットは呼び出されていた。
呼び出した相手は婚約者であるゴードン・サラー。
人気のない場所へ呼び出され、さらに呼び出された場所が場所のためあまりいい予感がしない中、断ることが出来るわけもなくベラはその場所へ向かった。
日の光が直接当たらない学園の校舎の裏。学園生はほとんど来ることのない場所にベラが到着した時には婚約者であるゴードンが先に到着しており、近くにあったベンチに腰を下ろしていた。
「ああ、来たか」
ベラが来たことに気づいたゴードンがそう言ってベンチから立ち上がり、それに合わせベンチの近くで立ち止まったベラの前に移動してきた。
「お待たせしました」
「待ってはいないから問題はない」
「そうですか」
かみ合っているような、いないような微妙な短い会話。
ベラの返事を最後に少し間が空く。普段とは少し違う何とも言えない婚約者の雰囲気にベラは戸惑うが、当のゴードンは真剣な表情をしており気にしている様子はない。
ベラとゴードンは2人が小さいころ親同士が決めた婚約者だ。そのため付き合いは長いが2人の間に恋愛感情はないに等しい。
とはいえ、このような関係の婚約者を持つ者は多い。基本的に貴族同士の婚姻は親が決めることが多いため、恋愛の末に婚約者になることが稀なのだ。
そもそも貴族間の婚姻は家同士のつながりを作るために行われることが多く、愛は婚姻してから見出すものという考えが主だ。
最近はそのような考えをする貴族が減っては来ているが、まだそれが主流である。
「あれこれ前置きをするつもりだったが手間だし時間の無駄だ。単刀直入に言おう」
「なんでしょうか」
沈黙を破りゴードンがそう告げる。ベラは嫌な予感を覚えながらゴードンの言葉を待った。
「俺とお前の婚約を破棄させてもらった」
想定外の言葉にベラは目を張る。
普段と同じように話の初めに小言の1つや2つ飛んでくると思っていたベラにとってゴードンの言葉は一切予想していなかった物だった。
「させてもらった、とは」
予想外の言葉に驚く中、ベラがゴードンの言葉の中でそこが引っかかっていた。
ゴードンは破棄する、ではなく破棄させてもらった、と言ったのだ。すでに婚約は破棄されている、そう取れる発言だ。
「言葉の通りだ。すでにこの話はサラー家を通してお前の父に正式に通してある。今更喚いてもこれは覆らない」
さすがに喚くようなことはない、そう思いながらベラはこの後、一度実家へ帰る予定を組みつつ、ゴードンの表情を観察する。
ゴードンは先ほどと同じように真剣な表情のままで、冗談で言っているわけではないことは明らかだった。
「理由は何だったのでしょうか」
婚約が破棄されていたのは理解した。しかし、その理由が分からずベラはゴードンにそれを問う。
「ふん、俺より馬鹿な女と婚姻するつもりはない。そう言うことだ」
馬鹿、という言葉が出たのは数日前に行われた学内試験の結果を見たからだろう。
その試験の成績はベラよりもゴードンの方が少し上だった。これまでの試験結果もほとんどがゴードンの成績が上で、試験結果だけを見れば確かにベラはゴードンよりも馬鹿とは言えた。
しかし、あくまで差は少しなのだ。ドングリの背比べといった差しかなく、試験結果を知る他の者がこの会話を聞いていたら、呆れて笑っていたことだろう。
「なるほど」
ベラも試験結果は把握しており、婚約者であるゴードンの成績もしっかり記憶していた。
「言い返してきたりするなよ? 俺よりお前の方が成績が下なのは事実なのだから」
「そうですね」
してやったという少し自信ありげなゴードンの言い方に、たかが少しの差でここまで態度が大きくなるとは、と内心呆れながらベラは短く返事をした。
「そういうわけだ。これから俺とお前は婚約者ではなく、家同士が少し仲のいいだけの他人だ。今までと同じように接してくるなよ」
「了解しました」
ゴードンは最後にそう言い残すとベラの返事を待たずにその場から離れて行った。
その背中を完全に見送った後、ベラは大きくため息を吐いた。
「馬鹿は要らない、ですか」
ベラは誰もいない校舎裏でそう独り言ち、現在生活している学生寮へ戻って行った。
(予想外でした。まさかこのようなかたちで婚約を破棄してくるなんて)
父に話を聞くため寮長に一時的に実家へ帰還する旨を伝え、学園にも数日休むことの許可を貰った後、自室で実家へ戻る際に必要となる荷物をまとめながらベラは今回の件について考える。
ベラは普段からゴードンが自分に対して少し不満を持っていたことを把握していた。
何かにつけて自分の方が上だと主張してくるゴードンをベラがなだめ、時にはそれとなくあしらい今日まで過ごしてきたが、そういった態度もゴードンに取っては不満がたまる要素だった。
さらに、ベラはゴードンが最近親しくしている女生徒が居ることも把握していた。
今回の話の本当の目的はその女生徒と婚約するためのものなのだろうとベラは考えている。
(いずれはこうなるかもしれないと、想定はしていましたがこのようなタイミングでしてくるとは思っていませんでしたね)
試験結果による婚約破棄。他の者が聞けば何だそれはとなるかもしれないが、実は少し前に似たような事例で婚約を破棄された令嬢が居たのだ。
(ゴードンはそれに倣い私との婚約を破棄したのでしょうが、そもそも私たちとその方たちとの婚約では重さが違いますからね。しかし)
荷物が入った鞄を閉めながら、ベラは少しだけ肩の荷が下りたような少しだけほっとした表情を浮かべていた。
(これからは加減をしなくても良い。そう思うと気が楽ですね。少し前の試験で私の成績がゴードンよりも良かった時は非常に面倒でしたからね)
荷物の準備も終わりベラは自室のベッドで寝転がった。
「とりあえず、今後についてはお父様と話し合わないとだめですね」
ベラはそう言いながら翌日の予定を頭の中で確認し、その日はそのまま就寝した。




