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白雪の神子  作者: 日影ヱト
第03章:〝魔〟を操る者
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第07話:白雪姫の能力

 黒い巨(きょ)躯(く)は、動かなかった。


 なぎ倒された木(こ)立(だち)の中に二本の足で立ち、白く濁(にご)った目で、ただ小さな少女を見下ろしている。


 風が、止(や)んでいた。


 鳥も鳴かない。葉擦れの音すら、しない。


 この山ひとつが、まるごと息を潜(ひそ)めているようだった。


『――白雪姫(こゆき)』


 胸の奥から、涼(すず)やかな声が響く。


『ひとつだけ、確かめさせてください』


(うん)


『あれは、あなたを一度喰い殺しかけた獣と、同じ貌(かお)をしています』


 その声には、珍しく躊(ちゅう)躇(ちょ)の色が滲(にじ)んでいた。


『……本当に、大丈夫なのですか』


 ――当然の問いだった。


 一度牙(きば)を立てられた相手というのは、厄介なものだ。


 頭では違うと分かっていても、体の奥の方に、恐怖が錆(さび)のようにこびりついて落ちない。


 まして白雪姫(こゆき)は、まだ十二歳。神(み)子(こ)になって、ようやく一(ひと)月(つき)ほどの少女なのだ。


 ――だが。


(大丈夫だよ)


 白雪姫(こゆき)は、心の中でそう答えた。


(前の私とは、違うから)


 あの夜は、何も知らなかった。


 自分の中に眠る力のことも、魔(ま)物(もの)のことも、霊(れい)力(りょく)というものの意味も。


 ただ訳(わけ)も分からず追い回されて、転(ころ)んで、土の上を這(は)った。


 ――今は、違う。


(それに、何より)


 白い髪が、ふわりと揺れる。


(白櫻姫(こさき)ちゃんが、いてくれるから)


 刹(せつ)那(な)、胸の奥が、じんわりと温かくなった。


『…………』


 短い、けれど確かな沈黙があって。


『――ええ。結構です』


 声から、迷いが消えていた。


『行きなさい、白雪姫(こゆき)、そして証明してみせてください。……あなたはもう、獲(え)物(もの)ではないと』


(――うん‼)





❆





 先に動いたのは、獣の方だった。


 四(し)肢(し)が地を噛(か)み、膨(ふく)れ上がった筋肉が一息に弾(はじ)ける。


 ――突進。


 あの夜、白雪姫(こゆき)の体を藁(わら)束(たば)のように跳ね飛ばした、あの一撃と同じ。


 迫り来る、黒い壁。


 避(よ)けることは、できた。


 今の彼女の目には、その動きははっきりと視(み)えている。


 半歩退(さ)がって、体を捻(ひね)る。それだけで済む話だ。


 ――だが。


(……後ろに、みんながいる)


 道の端(はた)。


 片膝をついた紅葉(もみじ)。袖(そで)を裂かれ、腕に血の線を引いた翠(み)織(おり)。


 そして、その足元から自分を見つめる、小さな黒(くろ)華(か)。


 自分が躱(かわ)せば、この巨体はそのまま三人のところへ届く。


(――私が、守る‼)


 白雪姫(こゆき)は、退がらなかった。


 両腕を胸の前で交差させ、爪(つま)先(さき)を地面へ喰い込ませる。


 ――正面から、受け止める。


 衝(しょう)突(とつ)。


 空気が爆(は)ぜたような音が、山肌に反(はん)響(きょう)した。


 路面に罅(ひび)が走り、土(つち)煙(けむり)が円を描いて吹き飛ぶ。


「――白雪姫(こゆき)ちゃん‼」


 翠(み)織(おり)の悲鳴が、遅れて届いた。


 ――しかし。


 煙が晴れた先に立っていたのは、膝(ひざ)一つ折っていない、白い少女だった。


 靴底の跡が、舗(ほ)装(そう)の上に数十センチほど擦(こす)れているだけ。


 交差させた腕にも、擦(かす)り傷ひとつない。


「……嘘」


 紅葉(もみじ)が、掠れた声を零(こぼ)した。


 ――咄(とっ)嗟(さ)の判断ではあった。


 だが、白雪姫(こゆき)の体には、最初から備(そな)えがあった。


 身体強化。


 巡らせ続けていたのだ。ここへ来るまでの、ずっと。


 橋の袂(たもと)で紅葉(もみじ)の霊力を感じ取ったあの瞬間から、坂を駆け上がり、木の枝を蹴って跳(と)び、群れを一つ残らず叩(たた)き伏せる、その間ずっと。


 ――普通なら、とうに枯(か)れている。


 霊力とは、魂(たましい)に宿る生命力そのものだ。時間が経てば回復するとはいえ、垂れ流せば、命が削れる。


 だが、白雪姫(こゆき)の器は、底(そこ)が抜けていた。


 汲んでも、汲んでも、減った気配がない。


「――次は」


 白雪姫(こゆき)は、白い瞳を上げた。


「こっちの番だよ」


 地面が、爆ぜた。





❆





 黒い巨躯が、白雪姫(こゆき)を見失う。


 いや――見失ったのではない。


 その目が、白雪姫(こゆき)の速さに追いつけなかったのだ。


 懐(ふところ)。


 巨体が最も脆(もろ)い、内側の死角。


 そこへ滑り込んだ白雪姫(こゆき)は、腰を落とし、体の捻りをすべて右腕に乗せた。


 ――掌(しょう)底(てい)。


「――はぁっ‼」


 どぐん、と。


 鈍(にぶ)く重い音が、獣の腹の内側で鳴った。


 毛皮が波打ち、肋(ろっ)骨(こつ)の軋(きし)む音がそれに続く。


 黒い体が、宙(ちゅう)に浮いた。


 五メートルを超える巨躯が、紙風船のように後方へ飛び、幾(いく)本(ほん)もの杉枝をへし折って地に落ちる。


 口から溢(あふ)れた血が、黒い霧を混ぜながら舗装を打った。


「…………」


 道の端で、翠(み)織(おり)は言葉を失っていた。


 ――霊術ではない。神(じん)器(ぎ)でもない。


 ただの、掌底である。


(……あの子、いったいどれだけ霊力を注(そそ)ぎ込んでいるの)


 数秒ののち。


 獣は、地響きを立てて立ち上がった。


 ――だが。


 その動きは、明らかに変わっていた。


 振り抜かれた爪は狙いが甘く。


 黒紫の魔(ま)力(りょく)を纏(まと)わせた拳は、風を切る音すら細い。


 突進も、咆(ほう)哮(こう)も、先ほどまでの覇(は)気(き)がまるでない。


 まるで、別の獣と入れ替わってしまったかのようだった。


「――っ、と」


 白雪姫(こゆき)は、振り下ろされた前足を半身で流し、その手首を掌底で打ち上げる。


 返す動きで、膝の裏へ蹴りを叩き込む。


 黒い巨体が、大きくよろめいた。


(……あれ?)


 拍子抜けするほど、当たる。


(さっきの一発で、骨が折れちゃったのかな。それとも、罅が入った、とか……)


 それにしても、と白雪姫(こゆき)は思う。


 衰(おとろ)えているのは、動きの速さだけではない。


 ――勢いそのものが、萎(しぼ)んでいる。


『白雪姫(こゆき)。腹を御(ご)覧(らん)なさい』


 胸の奥から、静かな声が届いた。


(お腹……?)


 言われるままに、白雪姫(こゆき)は目を凝(こ)らす。


 ――あった。


 先ほど掌底を叩き込んだ、まさにその一点。


 黒い毛皮の上に、うっすらと白いものが広がっている。


 霜(しも)だ。


 まるで、冬の朝の窓ガラスのような、細かな結晶の膜。


『あなたの手のひらには、冷気が宿っていたのでしょう』


 白櫻姫(こさき)の声は、確信に満ちていた。


『打ち込んだ霊力が、そのまま獣の腹を凍(こお)らせたのです』


(……えっ。でも)


 白雪姫(こゆき)は、迫る爪を屈(かが)んで躱しながら、心の中で首を横に振った。


(それ、おかしくない?)


 仮に凍ったのだとしても、それは一瞬のはずだ。


 相手は生き物で、体温がある。魔力だって漲(みなぎ)っている。


 数秒もあれば、解(と)けて消えてしまうのが道理ではないか。


(それなのに、まだ残ってるなんて――)


『おかしいことなど、何も』


 声は、柔(やわ)らかく、しかしきっぱりと白雪姫(こゆき)の疑問を遮(さえぎ)った。


『あなたの作り上げる氷と冷気は既(すで)に、数秒で解けるようなものなどではない……それほどの域(いき)に達しているということなのですよ』


(……域)


『覚えておいででしょう。桜(さくら)ケ(が)丘(おか)幼(よう)稚(ち)園(えん)の、あの猪(いのしし)を』


 ――忘れるはずもない。


 廃園の庭。雑草の海。


 あの日、白雪姫(こゆき)の手のひらから生まれた一本の氷柱(つらら)は、五メートル級の巨体を、頭から縦に貫(つらぬ)いた。


『初めて氷を象(かたど)った者が、たった数度の試行であそこまで至る。……あれは、本来あり得ぬことです』


(で、でも、あれは白櫻姫ちゃんが教えてくれたから……)


『わたくしは、想像の道筋を示しただけ』


 声が、ふっと綻(ほころ)んだ。


『施設でも。学校でも。そして毎晩の精(せい)神(しん)世(せ)界(かい)でも。……あなたは、訓練を一日も欠かしませんでしたね』


(…………)


『机の下で、指先に霊力を集めては散らす。箸(はし)を持つ手に、薄く纏わせて維持する。湯(ゆ)船(ぶね)の中で、水面が凍らぬぎりぎりまで冷やしてみる』


 ――誰にも気付かれないように。


 誰にも言わないままに。


『あの霜は、あなたが日々積み上げてきたものの、結晶です』


 白雪姫(こゆき)の頬が、かっと熱くなった。


「……ばれてたっちゃね……。い、言っとくけど、お風呂はちゃんと最後に入った時にしかやってないからね⁉」


 思わず、声に出してしまった。


『くすっ。……わたくしは、あなたの中におりますのよ? それくらい分かります』





❆





 ――生き物というのは、体温が下がれば、それだけで動けなくなる。


 恒(こう)温(おん)動(どう)物(ぶつ)であれば、ある程度は耐える。


 だがそれとて、限りがある。


 だからこそ、この獣は鈍っているのだ。


 骨が折れたからでも、罅が入ったからでもなく――凍(こご)えているから。


「…………」


 その事実に思い至った瞬間。


 白雪姫(こゆき)の中で、ひとつの光景が形になった。


 ――氷柱で貫くのではなく。


 ――冷気で、削(けず)り取る。


「……ごめんね。ちょっとだけ、我慢して」


 白雪姫(こゆき)は、そう呟(つぶや)いた。


 右の手のひらに、意識を落とす。


 汲み上げた霊力を、ゆっくりと、丁寧に冷(ひ)やしていく。


 水が冷え、白く曇(くも)り、やがて硬い結晶へと変わっていく――あのときと、同じ想像で。


 手のひらの上の空気が、白く煙(けむ)った。


 ――そして、白雪姫(こゆき)は駆けた。


「――っ‼」


 懐へ。


 振り抜かれる爪をくぐり、腹へ一発。


 背後へ回って、後ろ足へ一発。


 跳び上がり、肩口へ一発。


 どれも、吹き飛ばすほどの威力はない。


 叩き込んでいるのは、衝撃ではなく、冷気だ。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 ――白い花が、黒い毛皮の上で咲いていく。


 生物の体には水分がある。


 打たれた場所から霜が広がり、隣の霜と手を繋ぎ、やがて面(めん)になる。


 獣の動きが、目に見えて重くなっていった。


 振り上げた腕が、途中で止まる。


 開いた顎(あご)がガタガタと震え、そこから漏れる息が、白く濁る。


 黒紫だった魔力の輝きが、燃え尽きる炭(すみ)のように弱まっていく。


 やがて。


 巨体は、四肢を投げ出すように、腕がだらんと垂れ、膝は地面に突く。


 瞼(まぶた)が落ちる。荒かった呼吸が、ゆっくりと、深いものへ変わっていく。


 ――眠りに、堕(お)ちていくように。


「…………」


 全身を包んだ霜は、厚い氷へと変わっていた。


 夕日を受けて、透き通った青と白がきらめく。


 牙も、爪も、逆(さか)立(だ)った背中の毛の一本一本までもが、そのままの形で閉じ込められている。


 ――獰(どう)猛(もう)な獣は、いつしか、美しい氷の彫(ちょう)像(ぞう)になっていた。


 白雪姫(こゆき)は、その前に立った。


 拳を握り、そして、少しだけ俯(うつむ)く。


「……ごめんね」


 小さな声だった。


 この獣もまた、元は山を駆(か)けていただけの命なのだと、知っていたからだ。


「――でも、あなたには、みんなを傷(きず)つけさせない」


 半身。爪先を内へ。膝を柔らかく。


 白い少女は、最後の一歩を踏み込んだ。


 ――渾(こん)身(しん)の掌底が、氷の胸元を捉(とら)える。


 パキン、と。


 鈴を割ったような、澄(す)んだ音が鳴った。


 次の瞬間、氷の彫像は内側から砕け散り、無数の欠(か)片(けら)となって山道に舞い上がった。


 夕日を浴(あ)びた氷の粒が、きらきらと煌(きら)めきながら降ってくる。


 ――厳(げん)冬(とう)の朝にだけ現れるという、ダイヤモンドダストのように。


 その光の中で、黒紫の魔力が糸を解(ほど)くように霧(む)散(さん)していった。


 魔物の命が、潰(つい)えた証(あかし)だった。





❆





(…………ああ)


 その光景を、白櫻姫(こさき)は胸の奥から見つめていた。


 白雪姫(こゆき)には、悟(さと)られぬように。


(――これこそが)


 自分の力は、命を芽(め)吹(ぶ)かせる力だ。


 真冬に桜を咲かせ、枯れかけた木に再び水を巡らせる、陽(よう)の力。


 ならば、この子の力は。


 周囲から熱を奪い、動きを止め、静寂へと還(かえ)す。


 ――命を刈(か)り取る、陰(いん)の力。


(同じ体に宿(やど)りながら、わたくしたちは、真(ま)逆(ぎゃく)なのですね)


 美しく、そして、どこか寂しい。


 自分たちは、命に関する力を有する。しかしその真髄は正反対。


 それが、白雪姫(こゆき)の霊力の真(しん)骨(こっ)頂(ちょう)なのだと。


 千年を生きた神子は、そう思わずにはいられなかった。





❆





「……終わった、わね」


 紅葉(もみじ)が、道の端で長く息を吐いた。


 顔色はまだ悪い。だが、その目には確かな安(あん)堵(ど)があった。


「ええ。……本当に」


 翠(み)織(おり)も、肩の力を抜く。


 裂けた袖から覗(のぞ)く傷は、幸い浅い。


 そして――彼女の胸を撫(な)で下ろさせていたものは、実のところ、それだけではなかった。


(……助かった、と言うと、不謹慎かしら)


 昨夜、相(そう)克(こく)庭(てい)の観測部から入った、行(むか)縢(ばき)の魔力反応。


 あの一報を、翠(み)織(おり)は〝とある理由〟で誤魔化していた。


 正直に報告すれば、黒(くろ)華(か)のことに触れざるを得ない。


 人間でありながら魔力を宿す、五歳の女の子。


 ――組織が黙(だま)っているはずが、ない。


(けれど、これだけの群れが出たのなら)


 道路の上には、無数の黒(こく)煙(えん)の跡と、抉(えぐ)れたアスファルト。


 これほどの規模の魔物の発生があれば、昨夜の反応の説明も信憑性を増せる。


(……ごめんなさいね。嘘つきの先生で)


 書くべき報告書の文面を頭の中で組み立てながら、翠(み)織(おり)はそっと目を伏(ふ)せた。


 ――と、その足元から、小さな影が飛び出した。


「おねえちゃんっ‼」


「わっ」


 黒(くろ)華(か)だった。


 止める間もない。小さな体が、まっすぐに白雪姫(こゆき)へと駆けていく。


 そして、そのまま胸元へ飛び込んだ。


 白雪姫(こゆき)は、咄嗟にその体を受け止める。


「……っと。あはは、危ないよ」


「……っ、……ぅ……っ」


 小さな肩が、震えていた。


 泣き声を堪(こら)えて、それでも顔を上げようとして、また俯いて。


 白雪姫(こゆき)は、その頭を撫でた。


「ごめんね。……いっぱい、怖い思いさせちゃったね」


「……こわく、なかった、もん」


「うん、そっか。黒(くろ)華(か)ちゃんは、強いね」


 言いながら、白雪姫(こゆき)は黒(くろ)華(か)の体を抱(だ)っこして持ち上げた。


 ――もっとも、白雪姫(こゆき)自身、同年代より頭ひとつ小さい。


 五歳児を抱(かか)えると、腕の中に収(おさ)まりきらず、姿勢はどうにも危(あや)うい。


 それでも、重くはなかった。


 身体強化を掛(か)けたままの腕には、羽(はね)のようなものだ。


「……あら」


 翠(み)織(おり)が、微(かす)かに笑った。


「その体格で抱っこは、さすがに無理があるんじゃないかしら」


「大丈夫です。霊力があるから、全然平気です」


「……その使い方でいいのかしらね、神子の力って」


 紅葉(もみじ)が、呆(あき)れたように零した。


 その口元は、しかし、確かに緩(ゆる)んでいる。


「――さ、戻りましょう」


 翠(み)織(おり)が、山道の先を示(しめ)した。


「蒼(あお)波(ば)ちゃんが帰ってきたら、食堂で話しましょう。……黒(くろ)華(か)ちゃんのことも、今日のことも、全部。前に、組織へ報告した内容も共有したいし」


「はい」


 夕日が、杉の間から斜(なな)めに差し込んでいた。


 氷の欠片はもう溶(と)けて、濡(ぬ)れた路面を光らせているだけだった。


 四人は、坂道を上っていく。


 ――白い髪の少女の腕の中で、黒(くろ)華(か)はいつの間にか、静かな寝(ね)息(いき)を立てていた。





❆





 同じ頃。


 延(のべ)岡(おか)駅の改札を、一人の少女が抜けた。


 年の頃は、十六か、そこら。


 紺(こん)のブレザーに、膝丈のスカート。この街の高校の制服ではない。


 背中には、大きなゴルフバッグ。


 地面には、その少女の持ち物であろうキャリーケース。


 ――だが、その中身がゴルフクラブでないことは、一(ひと)目(め)で知れた。


 布地の内側に浮かんでいるのは、直線の輪(りん)郭(かく)。


 彼女が歩くたび、中で硬いものが、こつん、こつんと鳴っている。


 少女はロータリーの手前で足を止め、眩(まぶ)しそうに西日を見上げると、ポケットからスマートフォンを取り出した。


 画面に地図を映し、指で縮(しゅく)尺(しゃく)を変えて、しばらく睨(にら)む。


 それから、盛大に溜め息をついた。


「……んー。むかばき青少年自然の家って、どう行くんだろ?」


 バスの時刻表と、地図と、山の方角を順に見比べる。


 どう見ても、駅前から歩いて行ける距離ではない。


 少女はバッグを背負い直すと、恨(うら)めしげに呟いた。


「――ったく、組織は人使い荒いんだから……」





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