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【火山転生】目覚めたら火山そのものだった〜マグマの力で最強の聖地を作ったら、麓に国ができていました〜  作者: 尾の長い虎(てぃが)
第一章:建国編

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55.つながる守り

 警鐘が鳴った。


 かん。


 短い間を置いて、もう一度。


 かん。


 三度目は、かっ、と潰れた音を残して途切れた。


 最初の集落へ着いたばかりのキイナから、先ほどまでの安堵が消える。


 神器を通して緊張が伝わってくるのと、ほとんど同時に。


 姿を消して付き添っていたフランが、遠くの声を俺へ運んできた。


「警鐘だ!」


「水路の方から聞こえたぞ!」


 集落の中で、いくつもの足音が走り始める。


 けれど、その向かう先は一つではなかった。


 ある者は水桶を取りに行き、別の者は槍を抱え、子どもの手を引いて家へ戻ろうとする者までいる。


「火事なのか?」


「違う、魔物だ! 三度は魔物の合図だろう!」


「三度は水路の異常じゃないのか!」


 周辺の集落では、警鐘を鳴らす回数も、その意味も統一されていない。


 別の集落から移り住んできた者もいるため、一つの集落の中ですら受け取り方が分かれていた。


 声が重なり、誰も何が起きているのか分からない。


 そうしている間にも、警鐘は二度と鳴らなかった。


(何があった?)


 俺は、音がしたという方角へ意識を伸ばす。


 新しく広がった聖域の内側だ。


 祈りの温かさは届いている。


 だが、そこを走る人間の足音も、魔物が地面を蹴る振動も、分厚い岩越しに探っているようにぼやけていた。


『キイナ。分かるか?』


『まだ、何も』


 短い返事の奥から、早くなった鼓動だけが伝わってくる。


「全員、止まれ!」


 混乱する集落へ、レンの声が響いた。


「水桶を持った者は井戸の前で待機。戦える者も、勝手に水路へ向かうな。誰がいないのか、先に確かめてくれ」


 声は大きいが、慌ててはいない。


 それだけで、ばらばらだった足音が少しずつ止まっていく。


「ミレア。方角は」


「北東。外れの水路にある見張り台からだと思う」


「スワイス。二人で先を見てきてくれ」


「分かった」


 短弓を持つミレアとスワイスが、警鐘の鳴った方角へ走り出す。


 一人では行かせない。


 見習いたちへ教えたばかりの決まりを、レンたち自身も守っていた。


「今日、水路へ出た者は?」


「二人です。朝から、取水口と見張り台を見に行っています」


「戻ったか?」


「いいえ。まだ……」


 答えた男の声が震える。


 警鐘を鳴らしたのが、その二人のどちらかだとすれば。


 音が途中で途切れた理由まで、嫌でも考えてしまう。


「俺たちも向かう。ガルドが前、バルクは右側を警戒。セナは負傷者がいた時に動ける位置へ。キイナは――」


「お父さんの後ろですね」


「俺の二歩以内にいろ」


「前より近くなってない?」


「警鐘が鳴った」


「分かってるけど、二歩だと杖がお父さんに当たるよ」


「……四歩までだ」


(そこは増やすんだな)


 ほんのわずかに、キイナの緊張が緩む。


 だが、一行が集落を離れると、また細い糸のように張り詰めた感情へ変わった。


 俺には、彼らの足元の様子が分からない。


 キイナの熱が遠ざかっているのか、近づいているのかさえ読み取れない。


 ただ、神器へ結ばれた一本の道だけを頼りに、向こうから届く声を待つ。


『御山様。水路へ入りました』


『……何が見える?』


『人影はありません。道具籠が落ちています。それと……石の上に、血が』


 キイナが息を呑む。


 俺には、その血がどこまで続いているのか分からない。


 倒れた者がいるのか。


 魔物がまだ近くにいるのか。


 何も見えない暗闇の中を、言葉だけが細い道を通ってくる。


(もっと近ければ)


 地面を持ち上げられる。


 岩壁を作り、魔物と人間を引き離せる。


 熱を流して、逃げる道を示すことだってできる。


 けれど、この場所を細かく感じ取れないまま、無理に地脈へ力を押し込めば。


 守るつもりで水路を壊し、負傷者まで巻き込むかもしれなかった。


(任せたって言ったばかりなのに、もう手を出したくなってる)


 神器から届く熱が、突然揺れた。


『誰か戻ってきます』


 俺の意識が、その声へ集中する。


 すぐに、フランが低く抑えられた会話を運んできた。


「二人とも生きている」


 戻ってきたスワイスの声だ。


「一人は見張り台の上。腕を怪我しているが、動ける。もう一人は取水口のそばで倒れている」


「魔物は?」


「見えたのは一体。四つ脚の獣型だ。ただし、泥の足跡は二つある」


 一体は見えている。


 もう一体は、どこにいるのか分からない。


 途切れた警鐘よりも、その報告の方が周囲を静かにさせた。


「見張り台の男が、魔物を引きつけている」


 ミレアが続ける。


「鐘を鳴らしたあと、下から柱へ体当たりされたみたい。台が傾いてる。長くは持たない」


「倒れている方は?」


「呼びかけに、かすかに反応した。でも、魔物との間を通らないと助けられない」


 レンは、すぐには命令を出さなかった。


 見張り台。


 取水口の負傷者。


 姿の見えない、もう一体。


 どれか一つだけを見れば、別の何かを見落とす。


「倒すことを優先しない。二人を連れて戻る」


 やがて、迷いのない声が告げた。


「ガルドとバルクは、見えている魔物を見張り台から引き離せ。ミレアは二体目を探しながら全体を援護。スワイスは倒れている者を運ぶ。見張り台の男は、隙ができたら自分で降りてもらう。セナとキイナは、ここで二人を受け入れる準備を」


「お父さんは?」


「全体を見る」


 レンが槍を構えたことを、フランが伝えてくる。


「始めるぞ」


 その一言を最後に、声が途切れた。


 代わりに届いたのは、大盾へ何かがぶつかる鈍い音だった。


 続いて、獣の唸り声。


 石を蹴る足音。


 短い指示と、剣が硬いものを弾く音が重なる。


 俺には、誰がどこにいるのか分からない。


 フランが運ぶ音や周囲の様子も、戦いが始まれば断片的になる。


 神器を握るキイナの緊張だけが、熱となって流れ込んでくる。


(大丈夫だ)


 そう伝えようとして、言葉を止めた。


 大丈夫だと断言できるものは、俺には何も見えていない。


 今できるのは、任せた相手を信じることだけだった。


「今だ、スワイス!」


 レンの声。


 重い足音が水路を横切る。


「一人、確保した!」


 直後。


「ミレア!」


 鋭い声が響いた。


 茂みが激しく揺れ、キイナの熱が大きく跳ねる。


『御山様、もう一体が――』


 言葉が途中で切れた。


(キイナ!)


 俺は反射的に、神器へ意識を集中させる。


 だが、何を伝えればいい。


 危険の位置も、逃げる方角も分からない。


 闇雲に声をかければ、かえって判断を迷わせるかもしれない。


 何もできない一瞬が、ひどく長く感じられた。


 弦が鳴った。


 一拍遅れて、魔物の吠える声が上がる。


「右前脚に当てた! レン、そっちへ行く!」


「セナ、キイナを下げろ!」


「もう下げています!」


「あと二歩!」


「お父さん、今は歩数を数えてる場合じゃないよ!」


(こんな時まで数えてたのか)


 キイナの声が聞こえた。


 それだけで、火山核の奥を締めつけていたものが、ほんの少し緩む。


 だが、まだ終わってはいない。


 フランが伝えてくる断片的な様子では、二体目の魔物が、負傷した脚を引きずりながらレンへ向きを変えていた。


 その隙に、見張り台の男が傾いた梯子を下り、セナたちのいる場所までよろめきながら走る。


 それを見届けたガルドが、バルクへ一体目を任せ、二体目の進路へ回り込んだ。


 大盾が地面へ突き立てられる。


 魔物が盾へ激突し、地面を擦る音が響いた。


「追い込むな! 逃げ道を残せ!」


 負傷者をセナへ引き渡したスワイスの声に、バルクが剣を引く。


 レンも槍の穂先をずらし、二体の魔物が水路の外へ逃げられる隙間を作った。


 獣たちは、すぐには退かなかった。


 低い唸り声だけが続く。


 人間たちも追わない。


 盾と槍と剣を並べ、負傷者たちとの間へ立ち続ける。


 やがて、一体が後ろへ下がった。


 もう一体も、その動きに続く。


 茂みを踏み荒らす音が遠ざかり、しばらくして完全に聞こえなくなった。


「追うな」


 レンが、もう一度言った。


「全員、周囲を警戒したまま下がる。セナ、二人の状態を見てくれ」


「分かりました」


 見張り台にいた男は、自分で歩けた。


 取水口のそばで倒れていた男も、意識は朦朧としていたものの、命に関わる傷ではなかった。


 セナが二人の傷を確かめている間も、誰一人として武器を下ろさない。


 魔物を追い払ったから終わりではない。


 全員が集落へ戻るまでが、救助だった。


 やがて、途切れていたキイナの声が、神器を通してまっすぐ届く。


『御山様。聞こえますか?』


『……聞こえる』


『二人とも助かりました。こちらも、全員無事です』


 その言葉を聞いた瞬間、力が抜けた。


 山だから、崩れ落ちるような身体はない。


 それでも、火山核を包んでいた熱が、ようやく元の流れへ戻っていく。


『……よかった』


「かしこみかしこみ。すべてを見通されながら、あえて御山の民へ守りを委ね――」


『フランさん。御山様には、見えていませんでした』


 キイナがすぐに訂正した。


 短い沈黙のあと、フランが何事もなかったように続ける。


「かしこみかしこみ。御山の民を信じ、あえて御目を向けられなかったのでございます」


(本当に言い換えが早いな)


『見ようとしていたことも伝わっています』


「かしこみかしこみ。見守らんとする御心をあえて抑え、人の子らの成長へすべてを委ねられたのでございます」


(それっぽくまとめても駄目だからな)


 キイナの笑いが、温かな揺れとなって神器から届いた。


 最初の巡回を終えた一行が、火守村へ戻ってくる。


 それまで神器の熱でしか分からなかったキイナの存在が、地面を通じた足音として俺の感覚へ戻ってきた。


 続いて、レン。


 スワイスと、四人の冒険者たち。


 出ていった時と同じ人数だ。


 負傷者を乗せた荷車も、その輪の中を進んでいる。


(帰ってきた)


 キイナが、俺の山体へ杖を向けた。


「御山様。ただいま戻りました」


『……おかえり』


 返事を受け取ると、キイナの温かな気持ちが大きく広がる。


「お父さんも無事です。途中から、ずっとわたしのそばにいましたけど」


「周囲を警戒していただけだ」


「帰り道も、四歩より離れなかったよね」


「魔物が戻ってくる可能性はあった」


「火守村の門が見えてからも?」


 レンの返事が止まる。


(心配性は、簡単には変わらないな)


「かしこみかしこみ。隊長自ら巫女の身辺を寸分の隙なく守護されし、まさに父愛不滅の――」


「フラン。それ以上はいい」


 レンが珍しく、フランの言葉を途中で止めた。


 キイナと、門まで迎えに来ていたヒナノの笑い声が重なる。


 ◇ ◇ ◇


 その後、キイナたちは何日もかけて、聖域内の集落を回った。


 農地のそばでは、水路の見回りへ出た者が魔物と遭遇しやすいこと。


 採掘区画へ続く集落では、槌や荷車の音が大きく、警鐘に気づけない場所があること。


 街道沿いの集落では、土地に不慣れな旅人が、知らないうちに聖域の外へ出てしまうこと。


 同じ聖域に包まれていても、抱えている危険は一つではなかった。


『御山様。採掘区画へ続く道には、途中にも見張り台が必要だと思います』


『……うん』


『街道には、聖域の境界が分かる目印もあった方がいいです』


『それも、いるな』


 キイナは、見たものを一つずつ俺へ伝えた。


 住民たちが困っていることも。


 普段、どの道を使っているのかも。


 雨が降れば、どこへ水が溜まるのかも。


 俺は火山として、その土地の地下を知っている。


 地脈がどこを通り、地下水がどちらへ流れ、どの岩盤が崩れやすいのかは分かる。


 だが、その上で人々がどのように暮らしているのかまでは、知らなかった。


 キイナの声を通して、ぼやけていた聖域の外縁へ、少しずつ暮らしの形が加わっていく。


 巡回を終えたあと。


 火守村の訓練場へ、各集落の代表者がもう一度集まった。


 最初に決めたのは、それぞれ違っていた警鐘の合図を統一することだった。


 魔物を見つけた時。


 火事が起きた時。


 負傷者が出て、助けを求める時。


 すぐに避難しなければならない時。


 火守村から応援を出してほしい時。


 音の長さと回数を変え、どの集落でも同じ合図を使う。


 一つの見張り台で鳴った警鐘は、隣の見張り台が同じ音で繰り返し、離れた場所まで順番に届けることになった。


「合図を増やしすぎると、いざという時に迷う」


 レンが言うと、代表者たちが頷いた。


「なら、最後にもう一つだけだ」


 スワイスが、集まった者たちを見回す。


「一つの集落だけでは対処できないほど、多数の魔物が現れた時。その時だけ使う合図を決めておく」


 訓練場が静かになった。


 誰も、その警鐘を鳴らす日が来るとは思いたくない。


 それでも、決めないわけにはいかなかった。


 長い音を三度。


 間を置いて、もう三度。


 それを聞いた見張り台は、敵を確かめに行かず、同じ合図を次へ送る。


 大規模襲来を知らせ、すべての集落へ避難を促すための警鐘だった。


「かしこみかしこみ。万魔押し寄せし折、御山の民を一糸乱れぬ避難へ導く、六声神火大警鐘として――」


『フランさん。合図の名前まで長くしないでください』


「かしこみかしこみ。では、短くいたしましょう」


 少し考えるような間があった。


「かしこみかしこみ。天地震撼万魔襲来即時退避神火警鐘では、いかがでしょうか」


(最初より長くなってるぞ)


『大規模襲来の警鐘でいいと思います』


「かしこみかしこみ。……承知いたしました」


 フランの背後で咲く炎の花が、納得していないように小さく揺れる。


(分かりやすい方が大事だからな)


 警鐘だけではない。


 巡回する道。


 見張りを交代する時間。


 集落ごとの避難場所。


 負傷者を運ぶための担架や、荷車を置く場所。


 決めたことは木板へ記され、それぞれの集落へ持ち帰られた。


 それから、必要な見張り台が建てられ、鐘と木槌が揃えられた日。


 火守村の警鐘から、最初の試し打ちが始まった。


 試し打ちのために決めた一度の長い音が鳴ると、離れた見張り台が同じ音を返す。


 一つ。


 また一つ。


 俺の感覚では細かな振動を拾えない場所からも、フランとキイナが、警鐘が順番につながっていくことを伝えてくれた。


 やがて、聖域の端にある最後の見張り台から、同じ合図が返ってくる。


《複数集落間における警戒網の成立を確認》


《領域発展条件の一部を達成しました》


(また、進んだ)


 聖域がさらに広がったわけではない。


 俺が急に遠くまで分かるようになったわけでもない。


 それでも、これまで俺には届かなかった危険を知らせる道が、集落から集落へつながった。


 俺一人の力が伸びたんじゃない。


 ここで暮らす者たちが、互いの届かない場所を補うために手を伸ばしたのだ。


 その夜。


 地上の足音が静かになったあと、俺は火山の深部へ意識を沈めた。


 閉ざした第六層より、さらに奥。


 新しい地脈の熱が流れ込む空洞で、ヴァルは変わらず岩殻に包まれている。


 亀裂はない。


 目覚める気配もない。


 ただ、以前より重くなった鼓動が、長い間隔を置いて岩床へ響いている。


 その岩殻の上では、今日の役目を終えたコロが、一番温かな場所を選んで平たく伸びていた。


「ぷるぅ……」


(ヴァル。急がなくていい)


 岩殻の中へ、俺の意思を静かに送る。


(こっちは、俺たちで守るからな)


 どくん。


 返事をするように、一度だけ重い鼓動が山体へ広がった。


 コロの身体が、その振動でわずかに跳ねる。


「ぷる?」


 しばらく身体を丸くしていたが、何も起きないと分かると、また同じ場所で平たくなった。


(起きたのはコロだけか)


 それも、ほんの一瞬だった。


 こうして生まれた守りは、その後も火守村と周辺の集落に受け継がれていった。


 見張り台は増え、街道は広がり、あの日に決めた警鐘の合図も、次の世代へ伝えられた。


 魔物を知らせる音は、何度も鳴った。


 火事を知らせる音も、負傷者を助けるための音も鳴った。


 だが、最後に決めた合図だけは、二十年のあいだ、一度も使われなかった。


 そして――二十年後。


 長い音が、三度。


 間を置いて、もう三度。


 一度も使われることのなかった「大規模襲来」の警鐘。


 その音を最初に聞いたのは――ヒナノの孫だった。

読んでいただきありがとうございます。


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