逃走
この世界で再び意識を取り戻した時、気づけば俺は鬱蒼とした森の中を一心不乱に駆け回っていた。迫る青々とした無数の葉を薙ぎ分け、残忍なほど仕掛けられた巨木の根を飛び越え、そして地を這う赤紫色の実を潰し、存在しない目的地に向かって走る
(一体どうなっているんだ!?どうして俺は今逃げているんだ?というかみんな無事だよね)
シュンはその自問に答えるために頭の中で今までの事を整理する
俺が意識を取り戻した時、まず目に入ってきたのは床に倒れ伏した両親の姿であった。そして奥に目を向けると10歳くらいの女の子が倒れている。俺は慌てて両親の元に駆け寄り「父さん!母さん!」と肩を揺さぶり声を掛ける。その緊迫した俺の呼び掛けに返ってきたのは、空気を読まない気の抜けた穏やかな寝息であった。俺がその事に安心と戸惑いを感じていると、家の玄関が大きな音を立てて開き、細かな傷は多数見られるものの良く手入れの行き届いている胸に煌びやかな勲章が彫られた鎧を身に着けた数名が入ってくる。おそらく「騎士」と言われるであろうその数名の先頭に立つ男が俺に向かって不機嫌そうな声で声を掛ける
「おい冒険者、なに突っ立っているんだ?」
「え、どどえ」
「もういい、この人達は俺たちが保護するからお前は他の所に行け!」
俺が答えにどもっていると、その男が軽蔑を込めて俺に罵声を飛ばす。その剣幕に気圧され、俺は反論をすることもなく、靴も履かずに家を飛び出る
転びそうになりながら家の外に出ると、放射状に成り立つこの村の中心、村長の家の周辺に多くの煙が一面を覆う曇り空に向かって立ち昇っているのが見えた
(この村で何が起こっているんだ?)
俺は意識が戻ってからの一分にも満たない時間の出来事を振り返りながら、考えることを放棄した脳死の疑問を呈する。ただ、俺はそう疑問に思うからといって、村の中心に偵察に向かうほどの度胸も好奇心も持ち合わせていない。なぜなら、今自分が何歳なのかは知らないが、意識を失うまでの六年間は確かにこの村で過ごし、その中で繋がりも出来た。が、しかし、六年間過ごした小学校で火事が起きたといって懸命に消火活動もしくは人命救助に名乗り出る人が少なく、大半が自分の命優先であるように、例に漏れず俺もその内の一人であり、少し愛着のあるこの村で何か起きているにせよ、関わらずに蚊帳の外である方が良いと思うからだ。それに脳を起動させ考えた結果、俺の家族が保護してもらえるであろうことから、ここの村人達はおそらく無事であろうと考えられるからでもある
(いや、待てよ。慌てて家を飛び出てきちゃったけど、俺も保護してもらった方がいいんじゃないか?)
最終的に、最も自分の生存可能性が高くなるのは、再び家に戻り、自分が村人であることを先ほどの騎士達に打ち明けて保護してもらうことであると結論付けた俺は、体を家の方に向け、地を覆う草が剥げた地面を踏み、家の中へ戻ろうとする
しかし、戸を開けようと手を伸ばした時、ふと後ろが気になって首を斜め後方に動かすと、黒紫色の髪は後ろでまとめ上げられ、彫りの深い顔の血で所々彩られた鎧を着けた男と目が合った。俺は目が合ってしまったことに対する居心地の悪さにすぐに首をもとに戻すが、また気になって後ろを振り返ると、男が黄金色の目を血走らせながら、俺目掛けて鞘に収まっている剣を引き抜き、勢い良く走ってきた
俺はここの村人であることを伝えようとするが、あまりの男の殺意に俺はそれを諦め、本能のままに逃走する。本能で逃走できたのは、今まで前世含め生きてきた中で、初めて浴びた純粋な殺意に俺の生き物としての原始的な思考が働いたからであろう
俺は考えるまでもなく、生命魔法を発動させる。幸運なことに男の速さは勢いはあるにせよ、マッシュの四つん這いにも劣るため、俺が森に吸収されるように走り入る頃にはかなりの距離が離れていた
そして、心に纏わりつく恐怖心を燃料にするように走り続けて、今に至る
(痛え~)
俺を追いかけてきた男の姿が見えなくなってからそれでもなお走り続け、ようやく燃料が尽きてきたところで足の裏を始めとして様々な箇所が痛むことに気が付く
太陽の光、いや違うかこの世界では煌球って言うんだったな、煌球の光が入り込む隙間が無いほど大量に生えた巨木の周りにある中で最も太い木の幹に、隠れるようにしてもたれ掛かる。そして、上がった息と心拍数を落ち着かせながら、痛む足を何の気なしに眺めて俺はゾッとした
(うわ、気持ちわる!)
俺の左右のふくらはぎには数匹の体を貫くように赤い線の入った白色の細長いにょろにょろとした生き物が張り付いていた。俺は慌ててその生き物達を引き剝がし、遠くに投げ捨てる。かなり強い力で張り付いていたようで、引き剥がすのにも痛みが伴う
全部剝がし終え、次は怯えながら足の裏を見てみると、至る所に傷が出来ており、その傷は土で黒茶色に縁取られている
(最悪だ。本当に気を付けないと小さい毒虫とかにやられて死ぬな。それに、傷が汚染されても良くないな)
このままこの格好で森の中に居続けるのは、健康面で大きな損害を受けそうだと判断した俺は、早急になんだか清潔的なイメージのある「川」を見つけることを目標にする




