第21話
後から知ったことだが停戦の話がまとまったのは俺達が占領していたデュッセルの陣地から逃げている最中だったらしい。
ペイル、デュッセルの両国はおよそ1週間の間お互いに停戦を行い、戦死した仲間の収容や捕虜の交換を行うそうだ。
その後うまく行けば休戦するらしいが……まぁまずあり得ないだろう。
「俺達は故郷に帰れるんですか? 軍曹殿」
戦闘が終わったなら、戦地から家に帰れるかもしれない。
弟も俺も、家に帰れるかもしれない。
支給された酒を飲みながら俺はエリアンに話を振ってみたが……
「敵はまだ目の前……アールスに居座ってる、そんな状態で帰れると思うか?」
「……ですね」
エリアンの言葉に俺はがっかりした。
まぁ、そうだろうな。
「うんざりですよ。ここじゃ煙草だけが楽しみだ。家に帰ってライ麦の世話でもしてやりたい」
「モーゼス、お前農場出身だったのか」
「まぁな」
モーゼスとはそれなりに長い付き合いだったが、農場出身だったのは初めて聞いた。
というより俺が聞いちゃいなかった、戦場でお話するのは上官の愚痴と飯の味だけだったからな。
だが敵の攻勢が止まって多少の余裕が出来た今はおしゃべりするにはいい機会だ、他にやることもないしな。
「アヌック、お前は何やってたんだ? ここに来る前には」
「歌手でした」
アヌックの返答に俺は酒を吹き出し、モーゼスは煙草を落とした。
歌手?敵の頭をぶち抜いたり、こっそりエリアンの酒に水混ぜてその分をがめる女が……歌手?意外にも程がある。
「……失礼ですよ。皆さん」
「いやすまん。まさか歌手だったとは……」
鉄帽を外して金髪をおろしたアヌックはむくれた。
「歌手といっても酒場で歌を歌ってただけですけどね」
「じゃあ歌姫じゃないか。何か一曲聞かせてくれよ」
モーゼスと俺は目を輝かせた。
ほぼ娯楽のない俺達はそういうのに飢えてからな。
少しだけでもいいから故郷の暮らしを思い出せれば、軍人じゃなかった頃を思い出せれば、心も休まる。
「楽器も無しで、歌なんて……」
「いいだろ? 頼むよ。ああ故郷の歌にしてくれ、軍歌は無しだ」
俺とモーゼスが頼み込むと、アヌックは少しの間黙り込んだあと、少し恥ずかしげに歌い始めた。
「死者の眠る街へ行くの? それなら眠る彼に言ってほしい、彼はかつての好い人だったから」
まるで祈りを捧げているかのような……透き通った、とても綺麗な歌声だ。
「鶫の鳴き声と朝露で酒を作れと伝えてほしい、樽も葡萄もなしで、そうすれば私は君のものになれる。底の無い杯で葡萄酒を飲んでと伝えてほしい──」
近くを通りかかった兵士が、彼女の歌に気がつき、足を止める。
楽器もマイクもない、汚泥の溜まった塹壕が今やアヌックの舞台になった。
歌っているのは故郷で嫌というほど聞かされていたバラード……だがそんな歌が今は堪らない。
「──そうすれば私は君のものになれる」
短い歌のあと、アヌックに向けて兵士達と一緒に拍手を送った。
故郷を思い出す、いい歌だった。
「ありがとうよ。いい声じゃないか」
「い、いえ……所詮は売れない歌手でしたし……」
恥ずかしそうだ、せっかくだからもっと煽ってやろう。
「いや謙遜することはないさ。見ろ、あいつらなんてアンコールしてるぞ?」
俺が指差す方には拍手しながらアンコールをねだる兵士がいて、そいつをみた瞬間、アヌックは鉄帽を深く被って目を隠した。
もっと煽ってやろう。
「そら、もう一曲──」
「いや見事な歌声だアヌック。だがここらでやめとこう」
煽ってやろうとした瞬間、エリアンが横槍を入れてきた。
余計なことしやがる、お陰で集まってた兵士もしらけちまった。
「次は、そうだな……軍歌でも歌ってみせてくれ」
「軍曹殿、それじゃあんまりだ」
少しだけでも故郷を感じられたらと思って歌ってもらったのに。
「……兵士に里心がついてしまう。戦いを放棄する人間も出るかもしれん。ここではそれは無しにしてくれ」
エリアンの言葉は分かるが……辛いな。
「まぁ次はアヌックちゃんの店で聞こうぜ。勿論他の連中も連れて、アヌックちゃんの奢りでな」
「なんでですか!?」
「そうだな、そうしよう」
「軍曹殿まで!?」
「ただ酒にありつけるなら、行くしかないな」
「一等兵殿まで!?」
ささやかな幸せの時間、だがそんな時間ほど過ぎるのはあっという間だった。




