ひとりんぼの姫さま、変な男と出会う 1
「これが無事そうに見えますう?」
「み、見える」
黒くてひょろ長い男が騎士のロッシュと話しているのを、あたちは不思議な気持ちで見ていまちた。
ひょろ長い男は全身黒くて、前髪と紙みたいな黒いマスクで顔を隠した変な格好で、とっても弱そう。
だけど、あたちの『力』を受けても傷一つ無く立っていて、飄々とロッシュをからかっていまちゅ。
「どちてでしゅの?」
「んー、なんか、『なんでも笑いに変える力』らしいよ。知らんけど」
不思議に思う気持ちのまま素直に聞いたあたちに返ってきたのは、ひょろ長い男の他人事のような返答でちた。
男は「笑いなんて起きてへんしなあ」と独り言を言いながら、どこか諦観の籠った視線を空へ投げまちゅ。
どうやらこの男もまた、あたちと同じ『力持つ者』のようでちた。
◇ ◇ ◇
あたちが『力』に目覚めたのは、あたちが物心つくより前のことでちた。
覚えてはいましぇんが、あたちの『力』発現の後に大規模な王宮のリノベーション工事が行われたしょうなので、たぶん大破壊の限りをちゅくしたんだと思いましゅ。
あたちの『力』のせいで怪我をした人や、もしかしたら亡くなった人がいるのかもしれましゃん。
あたちは国のまだ幼い姫さまで、数世代ぶりに現れた『力持つ者』で、しょしてコントロールの効かない暴走超特急でしゅ。
なので、そんなあたちが心乱すことのないよう、たとえあたちの『力』が原因であっても、凄惨な場面については目に入りましぇんし教えてもらえることもありましぇん。
あたちがそれを見てしまえば、知ってしまえば、ロッシュたちのような数少ないあたち仕えの者が罰せられてちまうのでしゅから。
あたちはあたちの『力』を恐れまちた。
いつ何時どのような厄災をもたらすとも知れない大きな力を、それをコントロール出来ないでいることを。
ある時は文字の読み書きを教えてもらっている最中に大爆発を起こしまちた。
ある時は優しかったメイドが辞めてしまうのを知って三日三晩止まない土砂降りの大雨を降らせまちた。
ある時は大臣みんなを魅了ちてしまったり、ある時は王様の心の声を駄々洩れにさしぇてしまったり、またある時は負傷兵を全回復さしぇ、ある時は魔界にいる魔王とテレパシーで通じ合い、ある時は獣騎隊の獣たちを暴走させまちた。
いつだって突拍子もなく起こるあたちの『力』の発動のうち、良い事が起きるのか悪い事が起きるのかそれがどんな事かは選ぶことができじゅ、イチかバチかでしゅ。
そのタイミングだってまちまちで、数か月に一度の事もあれば一日に何度も起きてしまう事もありましゅ。
本当は兵隊さんたちを回復させた奇跡の力を自由に行使できるようになれば良いのに、唯一自分のタイミングで出来るようになった事といえば、発射をするイメージで手の平をかざすと何か出るという技だけでしゅ。
あくまで何か出る、でしゅ。
それも選べましぇんが、花吹雪、ウミヘビしゃん、色んな種類の刃物がたくさん、美味しそうなステーキの匂いがする空気なんかの変わり種がたまに出る以外は、危険な攻撃や飛び道具が相手に向かって飛んでいく事がほとんどでちた。
治癒の奇跡がいつか手から出ないかと試行錯誤ちていまちたが、護衛騎士のロッシュやメイドのアイリスにお願いしゃれてちまったので大きくなるまでは練習は禁止でしゅ。
あたちのそばにいてくれるロッシュとアイリスにはいつも感謝ちていましゅ。
お姫さまかつ何を起こしても不問になってしまうあたちに対して、ほとんどの人は遠巻きでしゅ。
最初はなんとか接してくれていたメイドたちも、護衛の騎士たちも、あたちが言葉を話すようになっても『力』の行使が全く安定しないどころか威力だけが上がっていくのを見て恐れおののき、一人また一人とあたちのそばから去っていきまちた。
父さまと母さまも、おそばにはいれましぇん。
二人があたちにビビるとか以前に、この国で一番怪我させちゃまずい人たちだからでしゅ。
そんなあたちのそばに残ったのは、王家へ妄信的なまでに忠義の厚いロッシュと、滅茶苦茶に厳しいし口悪いし冷たいのに絶対あたちを一人にちないツンデレメイドのアイリスだけでちた。
ロッシュはお堅くて、いつでもあたちの為に命捨てる覚悟はできてますとか言ってすぐ死にそうな目に遭ってこっちが涙目になるし、アイリスはツンが強すぎてそこに愛情を見出しゅのは幼児のあたちにはまだちょっと早いでしゅ。
あたちは、もっと、なんていうか、こう…………。
寂しいなって。
ちょっとだけ、ちょおっとだけ、思ってたんでしゅ。