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コンプレックス ~心に傷を抱えた少女の一年間~  作者: 下東 良雄
二学期・前半
68/223

第五七話 写真(二)

 一枚の写真によって、自分の身体の秘密を知られてしまった幸子。

 幸子は<声>と『現実』に屈服して、その場に倒れてしまう。


「さっちゃん!」


 はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ


 駿が倒れた幸子を覗き込むと、目は開いており、浅く早い呼吸を繰り返している。


「さっちゃん、オレを見て。見ることができるかい?」


 視点は、目の前にある駿の顔ではなく、その向こう側にあった。呼び掛けにもまともに反応ができていない。


 はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ


「亜由美! さっちゃんの後ろ側に回って、支えるようにして、軽く抱き起こしてあげて!」

「わかった!」


 亜由美は、幸子の後ろに回り込み、背中から軽く抱き起こす。


「ジュリア、ココア、キララ! さっちゃんの手を握ってあげて! 由紀乃も頼む!」

「すぐやる!」

「握る~」

「わかった!」

「う、うん」


 四人はふたりずつ左右に別れ、幸子の手を握った。


 はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ


「太! 大きめのビニール袋用意しといて! コンビニの袋とかでいいから!」

「うん、わかった!」


 自分のクラスへ走っていく太。


「タッツン! 保健室から先生呼んできてくれ!」

「OK!」


 達彦は、教室を飛び出した。


 はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ


 教室の中にいたクラスメイトたちも、ただならぬ様子に集まってくる。倒れている幸子を見て、小さく悲鳴を上げている女子もいた。

 駿がクラスメイトにお願いする。


「みんな、山田さん、多分過呼吸だと思う。絶対大丈夫だから、彼女を不安にさせるような態度や言動はやめてほしい。頼む」


 駿の言葉に多くが頷き、あちらこちらから「山田さん」「がんばって」「大丈夫だよ」と幸子を応援する声が飛ぶ。

 幸子に向き直った駿。


 はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ


「さっちゃん、今苦しいよな。でも、絶対大丈夫だからね」


 駿は、幸子から流れ出る涙とヨダレをハンカチで拭く。


「さっちゃん、ゆっくり呼吸してみよう。できるかい?」


 はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ


「息を吐く方に意識するんだ、吸う方じゃない。吐く方だ」


 はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ


「し、駿~……」


 ココアの呼ぶ声がした。


「さ、さっちゃんの手、なんかビクンビクンって~……」


 痙攣を起こす幸子の手を握りながら、涙をこぼすココア。


「そのまま優しくさすってやってくれ。笑顔だ。ココアの優しい笑顔をさっちゃんに見せながら、さするんだ。できるな?」


 ココアは、涙をこぼしながら頷いた。


「さ、さっちゃん、大丈夫だからね~……」


 涙ながらに、必死で笑顔を作るココア。


 はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ


「さっちゃん、みんないるからな。大丈夫だからな」


 はぁ  はぁ  はぁ  はぁ


「よし! その調子だ! 息をゆっくり、たくさん吐くことを意識して。吸う方じゃない、吐くんだ」

「駿! 保健室の先生、呼んできたぞ!」

「どうしたの? 一体何があったの?」


 達彦が保健室の女性養護教員を連れてきた。


「急に呼吸が浅く早くなって……おそらく過呼吸かと……」


 はぁ   はぁ   はぁ


 幸子の様子を見る養護教員。


「うん、そのようだけど、大分落ち着いてきてるみたいね」


 養護教員の言葉に、駿はホッとした。


「適切な対応をしてくれたみたいね、素晴らしいわ……でも、そのビニール袋だけど、袋を口に当てる方法は今あまりやってないの」

「あっ、そうなんですか!?」

「知識がないと加減が分からなくて、極端な酸欠になったり、窒息してしまうことがあるのよ」

「危なかった……」

「彼女、このままもう少し落ち着くまで待って、念の為、保健室で休ませましょう。落ち着くまで私もいるから」

「すみません、お願いできますでしょうか」


 頭を下げる駿。

 集まってきているクラスメイトたちにも声をかけた。


「山田さん、大丈夫です! 今、落ち着くのを待っているところです! みんなの暖かい応援のおかげです!」


 クラスメイトたちから歓声が上がる。


「さっちゃん、頑張ったな! もう大丈夫だよ!」


 笑顔で幸子に語り掛けた駿。

 しかし、幸子の目はうつろで、どこを見ているのか分からないような状態だった。


 ――十数分後。


 通常の呼吸に戻った幸子。

 養護教員の手を借りて立ち上がり、ヨロヨロと保健室へ向かう。

 亜由美やキララが付き添うことを申し出たが、幸子は何も答えず、そのまま養護教員と保健室へ向かった。


 幸子は誰とも目を合わせることはなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ――放課後の教室


 幸子を除く七人が教室に集まっていた。


「さっちゃん、大丈夫かなぁ……」


 幸子を心配する声を上げる亜由美。

 駿も腕を組み、悩んでいる様子だ。


「あそこまで取り乱したさっちゃん、オレも初めて見たからな……」

「原因って……その……背中と腕の……」

「だと思う……ここにいるみんな、それを知らなかったし、さっちゃんも隠しておきたかったんだと……」


 うつむく駿。

 誰も言葉を発せない。


「とにかく私、保健室行って一緒に帰るよ」


 亜由美の手には、幸子のカバンがあった。


「悪いな、頼まれてくれるか」


 頷く亜由美。


「あと、亜由美が見て、さっちゃんキツそうだったら、朝練も休むように促してくれるか?」

「うん、わかった」

「オレら、しばらくここにいるから、逐次LIME入れてくれ」

「OK」


 亜由美は、幸子のカバンを持って、教室を出ていった。


「なぁ、駿」


 渋い表情をしている達彦。


「ライブへの影響も考えとけよ」

「ちょっと谷(達彦)、そりゃないんじゃねぇの?」

「さっちゃん、絶対大丈夫だよ~」


 ジュリアとココアが達彦に反論した。


「山口(ジュリア)、竹中(ココア)、俺らはそれでもいいんだ。だけどな、駿はダメだ」

「…………」


 無言の駿。


「コイツはバンマス(バンドの統括者)だ。全体を考えなきゃなんねぇ立場だ」

「でも~……」

「でもも、へったくれもねぇ!」


 達彦の強い口調に、言葉を出せないジュリアとココア。


「タッツンの言う通りだ。ライブをやらない、という選択肢はすでに無い。学校と生徒会の顔に泥を塗るわけにもいかねぇ。最悪、さっちゃん抜きでやることも考えておく必要がある」


 駿の言葉に、誰も口を開くことができなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ――保健室


 コン コン


「失礼しまーす」


 ガラガラガラ


「はーい……あ、さっきの……」

「はい、山田さんを迎えに来ました」


 養護教員に幸子のかばんを見せる亜由美。


「そこのカーテンの閉まったベッドで寝てるわ」

「わかりました。色々ありがとうございました」


 養護教員は、頭を下げる亜由美に笑顔で応えた。

 亜由美がカーテンの方へ目をやると、カーテンの隙間からベッド脇の床に揃えて置いてある幸子の上履きが見える。


「さっちゃん、寝てるのかな……」


 ◇ ◇ ◇


 ――再び、教室


 駿と達彦が、幸子抜きの場合のライブのセットリストの検討を始めていた。

 不満そうなジュリアとココアを、太とキララがなだめている。


 ポコン


 駿のスマートフォンにメッセージの通知があった。


(亜由美かな?)


 スマートフォンをチェックする駿。


「えっ?」


 メッセージの内容に思わず声が出た。


 「どうしたの……?」


 駿の表情の変化に気付き、キララが尋ねる。


「さっちゃんがいなくなった……」



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