ザガルードの真実
「ちょ!まっ!待って!ちょっと待ってってば!」
「足さばきが遅い!下半身の鍛えが足りませんわ!よく見れば剣筋もかなり我流が入っておりますわ。…おそらく幼少期まではきちんとした師匠がいたのに、途中から教える人がいなくなってしまった…というところでしょうか。」
「っ!…随分とおしゃべりだ。」
顔を青くしながらなんとかアリアネスの剣を避けていたザガルードの顔が苛立たしげなものに変わる。
「あら、戦闘の時にそんなに感情を出していては足元をすくわれますわよ。」
「ぐぅ!」
アリアネスは自分の剣に気を取られていたザガルードに足払いをしかけ、地面に倒す。そしてその首元に剣先を突きつけた。
「勝負ありましたわね、山賊。」
「…そんなお転婆で貰い手がいるのかな?」
ザガルードが苦し紛れの一言を吐く。
「あら、あなたに心配していただかなくても大丈夫ですわ。それと、レディにそんなことおっしゃるのは失礼ですわよ。とても紳士とは言えませんわね。あら、足が滑った。」
「うぐぅぅ!」
アリアネスはにっこりと笑って、ザガルードの腹に軽い蹴りを一発入れる。
「おほほほほ!山賊の頭領ともあろうお方が、こんな小娘に負けるとわ!」
「…お嬢様、悪役のようになっております。」
万が一のことを考え、ナイフを構えていたセレーナが戦闘態勢を解いて、アリアネスに言葉をかける。
「あら、失礼。」
アリアネスが優雅に礼をする。
「…君みたいな女性に出会ったのは初めてだよ、お嬢さん。」
もう戦う気はないのか、ザガルードが苦笑しながら話しかけてくる。
「わたくしもあなたのように偏った考えの男性に出会ったのは初めてですわ。勉強になりましたわ。」
アリアネスが剣を拭いて鞘に戻し、にっこり笑うとザガルードの顔が引きつる。
「少しは女らしくしないと、本当に好きな男性から見捨てられるかもしれないよ。」
それでもザガルードの口は止まらない。
「…もう少し痛い目をみられないと分からないのかしら。」
アリアネスの瞳の奥に暗い炎が灯り、先ほど戻した剣をもう一度抜こうとする。
「おいおい、ちょっと待てアリアネス。」
「きゃ!」
全身から怒りを発しているアリアネスの顔面に突然べしゃっと子猫が張り付く。
「怒ってるお前もかわいいけど、話せないぐらいぼこぼこにしてもらうと困るんでな。」
「神出鬼没ですね、ラシード様。」
アリアネスの胸の中でにゃあ!と鳴く子猫を見て、セレーナが溜息をついた。
「おおっと!」
ラシードが現れると同時に眠りに落ちたマリアにロヴェルが駆け寄り、その体を受け止める。
「今度は一体どのようなご用件ですか?」
キウラが聞くと、子猫は地面に座り込んだザガルードの傍に歩み寄った。
「ラシード様、その男は危険ですわ!」
アリアネスが警告するが、子猫は気にせず、楽しそうに尻尾を振っている。
「なんだい、今度は子猫が僕と戦うつもりかな?」
ザガルードが馬鹿にしたような顔で笑う。
「ほんとにアリアネスはいい子だな。まさか存在するかも分からない秘密の爆弾まで探し出してきてくれるなんてな。」
「…どういうことですの、ラシード様?」
話が理解できないアリアネスが首をかしげる。
「どうして猫がしゃべるんだ!」
一方ザガルードは目の前で言葉を話し始めた猫に驚いて腰を抜かしている。
「おうおう、随分と久しぶりだな。見ない間に大きくなったじゃねーか。」
「なっ!なっ!」
ザガルードは口を開けたまま、少しでも子猫から遠ざかろうと後ずさる。
「どういうことか説明してください、ラシード様。ラシード様はこの男と知り合いなのですか?」
アリアネスが子猫に駆け寄り、その体を優しく持ち上げる。
「んー?どうしても知りたいか、アリアネス?」
子猫がにゃーんと一声鳴く。
「知りたいですわ。」
「ならキスを…。」
「いいから早く説明してください、騎士団長!」
二人のやり取りに焦れたロヴェルが声を上げる。
「ちっ!うるせーな、忍耐が足りねーぞロヴェル。」
子猫が忌々しそうに尻尾を振り、またザガルードの傍まで近づく。
「ここで腰抜かしてる小僧が実はマゴテリアの王族だって言ったらお前らも腰抜かすか?」
「…は?」
アリアネス達が呆けた顔をしているのを、子猫は満足そうに眺めていた。
「性質の悪い冗談はやめてください、ラシード様。この男は山賊の頭領です。」
「だからその山賊の頭領はもともとマゴテリアの王族だったんだよ。」
「そんなことがあるわけないです!」
「俺たちもそう思ってたんだけどな。この緑の髪と瞳と顔立ちは、マゴテリア第2位の王位継承者の王子様だぞ。」
「なっ!なんなんだお前は!」
ザガルードはカタカタと震えながら子猫に剣を向ける。
「久しぶりだな、ザガルダント。たって俺のことなんて覚えてないと思うけどな。オルドネア帝国の騎士団長、ラシード・コネリオンだ。」
「な!うぶ!」
「とにかく無事でよかったよ。」
さらにわめこうとしていたザガルードは子猫の肉球を口に押し当てられ黙ってしまった。




