仕事②
「どうして私がお前らなんかと一緒に見回りをしないといけないのだ!」
「支団長の判断なのではないのですか?文句があられるなら直接支団長に言っていただければと思いますが。」
「うるさい!」
ぶつぶつと文句を言うキウラがセレーナに怒鳴る。数時間前から始まった日中の町の見回りだが、アリアネスとセレーナが気に入らないキウラの口から不満は止まらない。
「そもそもどうして、支団長は私にこいつらを任せたのだ。自分がめんどくさいからに決まっている!めんどうなことは全て私に押し付ければいいと思っているんだ。」
「キウラ様って怒りっぽいのね。疲れていらっしゃるのかしら?」
「支団長も副支団長も書類書きなどが苦手でいらっしゃるから、お二人の次に偉いキウラ様にしわ寄せが回ってくるんです。」
アリアネスとロヴェルがこそこそとしゃべる。
「そこ!見回り中に無駄話をするな!」
先頭を歩いていたキウラが振り返り、再び怒鳴る。
「キウラ様、あまり怒鳴られるとまた第10支団が怖がられます。」
「うるさい!お前なんぞに言われなくてもわかっている!」
おずおずと進言するロヴェルをじろっとにらんだ後、キウラは前を向き直り、再びずんずんと歩きはじめる。
(…。)
アリアネスは見回りをしている町の様子を観察する。
オルドネア帝国の首都、モンベルの中でも最も城から遠い一角ヴィンティス区。モンベルを囲むように建設されている壁に面する地区で、外からの人間が多く出入りすることからもっとも治安の悪い場所として知られている。しかし、首都に属するだけのことはあり、大通りには石畳が敷かれ、その両脇には所せましと露店が並び、活気に満ちている。しかし、そこから一歩裏通りに入ると、裏の人間たちが暗躍していることは誰でも知っていることだ。
道を歩いている住民や商人は何も気にしていないように思えるが、よく見ると、アリアネスたちのほうをちらちらとみている。中には露骨に嫌そうな顔をしてそそくさとその場を去るものもいる。
「…随分と柄の悪いものも交じっているいるのね。」
「ここは首都で最も治安の悪い地区だ。功績を上げることだけに固執しているほかの騎士団は町の見回りなどなおざりで、王の覚えの高い任務しか請け負わない。」
文句を言いながらも、周辺の警戒を怠らないキウラが口を開く。
「…われわれがやるしかないのだ。第10支団だと馬鹿にされようが、住民の安全を守るためには必要な仕事。お前のような貴族には分からないと思うがな。」
はっと鼻で笑うキウラにアリアネスは優しい笑みを向ける。
「あなたは…本物の騎士ね。私が小さい頃に見た騎士団の童話に出てくる主人公いにそっくりよ。」
「私にこびを売っても無駄だ。さっさと騎士団をやめろ。」
「それはできないわ。」
「やめろ。」
「できないの。」
二人は言い合いをしながら見回りを続ける。
「きゃーーーーーー!」
すると、通りの奥の方から女性の悲鳴が響く。
まるで示し合わせたようにキウラが現場に急ぎ、アリアネスがその場で剣を抜く。
人ごみをするすると抜け、キウラが現場のつくと、妙齢の女性が地面に座り込んでしまっていた。
「第10支団のものです。どうしたんですか?」
「私のカバンが盗まれたの!早く追いかけて頂戴!向こうに逃げたわ!」
女性が指差したのは、アリアネスたちがいる方向。キウラがよく目を凝らすと、胸元に女性用のカバンを抱えた男がアリアネスの方向に向かっている。しかし、アリアネスは気づいていない。おぼつかな手つきで剣を構え、きょろきょろと周囲の警戒を続けている。
「くそっ!役立たずの馬鹿女め!ロヴェル!強盗犯がそちらに向かっている。薄汚れたグレーの帽子をかぶって、女性用のカバンを持っている男だ!へっぴり腰のお嬢様をそこからどかしてお前が捕まえろ!」
「はっ、はい!」
突然指名されたたロヴェルがあわてて剣を抜き、アリアネスの前に立とうとするが、強盗犯の男の方が早く、すでにアリアネスの目前まで迫っていた。
「どけえええええ!」
腰につけているホルダーから短剣を抜き、アリアネスに突進する強盗犯を見て、キウラは全速力で追いかけるが到底間に合う距離ではない。
「くそが!従者!ご主人様を守れ!」
「…。」
しかしセレーナは剣を抜こうともせず、無表情で突っ立っている。
アリアネスはこともあろうに、抜いていた剣を鞘に戻してしまった。
(なんでどういつもこいつも役立たずなんだ!)
なんてはずれくじを引いてしまったんだと、キウラが舌うちをする。(いや、少し痛い目をみてもらったほうがあの女も騎士団を辞めたくなるかもしれない。)邪な思考で、キウラは一瞬だけアリアネスから視線を逸らした。
「きゃああああ!」
その瞬間、またも女性の悲鳴が聞こえる。
「しまった!」
あの女が怪我でもすれば、伯爵家から苦情が来るかもしれないと思い直して、視線を戻すと、そこには地面に顔からめり込んだ強盗犯とその背中にブーツのまま立つアリアネスの姿があった。
「強盗犯なんて初めて見たわ。人のものを奪おうだなんてなんていやしいのかしら。わたくしが一から指導して差し上げるわ。」
ねえ、聞いていらっしゃるの?とアリアネスがどすどすとヒールで男を踏みつける。ぐえぐえと悲鳴を上げる強盗犯を見ていると、キウラはいつぞやの支団長を見ているようで、少しかわいそうになってしまう。
「やめろ、それ以上は必要ない。ロヴェル、手錠をかけろ。」
はいと返事をし、騎士団特注のホルダーから手錠を出したロヴェルが、未だアリアネスが背中に乗ったままの男に手錠をかける。
「…剣もなしにどうやってこの男を確保した?」
キウラが不本意ですという表情を隠そうともせず、アリアネスに尋ねる。
「何も特別なことはしていません。アホみたいに…ごほんっ!失礼。愚直に全速力で
こちらに向かっていらしたから、避けて足をかけただけですわ。」
「なぜ、剣を戻した。」
「邪魔だと判断したからですわ。」
「そうか…。」
アリアネスの返事を聞いた後、キウラはその頬に全力で平手打ちした。
「貴様!どういうつもりだ!」
男が取りこぼした女性用のカバンを回収していたセレーナが怒鳴る。
「騎士団の役目は自分の身を守ることではない。住民の安全を守ることだ。お前の身のこなしの良さは分かった。しかし、体術だけではどうしても剣技よりもリーチが短い。敵が住民に危害を加えそうになった時、そのリーチの短さの分だけ、助けられる可能性が低くなるんだ!いいか、騎士団の技は個人のためのものではない。どれだけまわりの人間を助けられるかだ!それを忘れるな!」
怒声を上げるキウラの姿をアリアネスは無言で見つめる。
「わかったかと聞いてる!?」
「かしこまりました。勝手な判断をして申し訳ありませんでした、キウラ小隊長。」
アリアネスは背中側に両手を回し、深々と頭を下げる。
「…わかればいい。強盗を騎士団まで連れて行く。ついてこい。」
「了解!」
キウラは行くぞ!とってい足早に歩き出す。
「…わたくし、やっぱりあの人好きよ。」
「…まじめすぎる気もしますが。よく思っていない団員も多そうですね。」
「あの…引きずって行くのはあまりにもかわいそうでは?」
気絶した強盗の片足を持って引きずるセレーナを見て、ロヴェルは男に同情したのだった。




