仕事③
アリアネスたちは強盗を騎士団まで連れて行き、もう一度町の巡回に戻った。その後は、強盗などの事件もなく、夕方までただの警戒のみで終了した。
「今日は町の巡回に引き続き、夜間は歓楽街の見回りもしてもらう。」
キウラがアリアネスとセレーナに指示する。
「どうして、毎日歓楽街の見回りが必要なのかしら?確かに治安が悪いのは知っているけれど。」
アリアネスが首をかしげると、キウラが「何も知らないお嬢様め」と罵りながら説明する。
「最近になって、歓楽街で妙な噂が流れるようになった。」
「妙な噂?」
セレーナが尋ねると「そうなんです!」とロヴェルがしゃしゃり出る。
「何でも、『妖精の加護』を受けた人がマゴテリア共和国に現れたとか言われてるんですよ。それで、もうこの国も終わりだと吹聴している人たちがいるみたいです。」
僕、役に立つでしょ?というように目を輝かせてロヴェルがセレーナを見るが、セレーナはいつも通り無視した。
「妖精の加護って、おとぎ話の?」
アリアネスが聞くとキウラが「そうだ」と苦々しい顔でうなずく。
マゴテリア共和国とは、オルドネア帝国の隣に位置する国で、長年緊張状態にある。最近は国境近くでの小さな諍いが頻発している。
「妖精の加護とは、我が国の建国時に妖精王から賜ったといわれるもの。マゴテリアに与えられるはずがない。おそらく、マゴテリアの間者が歓楽街に侵入し、混乱を引き起こしたいのだろう。馬鹿なものどもだ。」キウラが吐き捨てる。
「つまり、歓楽街に侵入していると思われる敵国の人間を捕えることが任務ということね。」「そう簡単にいけばいいが現実は甘くない。歓楽街はそもそも、多種多様な人種が集まったところだ。たくましく生きているせいか、なかなか情報を渡さない者も多い。お嬢様がどれだけの働きができるのか、見ものだな。」
夜飯を食べたら、修練場に集合だと言って、キウラはアリアネスたちのもとを離れた。
「オルドネアもなかなかきな臭くなっているのね。」
「ここ数年マゴテリアの動きが活発になってきましたから。」
アリアネスとセレーナの会話を、ロヴェルはきょとんとした顔で聞いてた。
食堂でご飯をたらふく食べたアリアネスたちが修練場に戻ると「遅い!」とキウラに怒鳴られた。
「キウラ小隊長はいつもいピリピリされているのね。笑われることはないのかしら?」
「…あんまり見たことがないですね。キウラ様はいつも難しい顔で訓練や書類整理をされていますから。」
「無駄話をするな!」
飛んでくるキウラの叱責にアリアネスとロヴェルは姿勢を正す。
「歓楽街では集団で行動すると、それだけでよそ者とわかり警戒される。そのため個人での行動が原則だ。法に触れない限りは何をしてもよい。必ず妖精の加護に関する情報をつかんで来い。」
「…何か手がかりはないのでしょうか?」
セレーナが聞くと、キウラはふんと鼻をならし「そんなものがあるなら、とっくに第10支団の誰かが見つけている!何も情報が出てこないからこそ難航しているのだ。少しは頭を働かせろ。」
さっさと行け!と命令するキウラにこれ以上小言を言われないよう、アリアネスとセレーナは歓楽街に向かった。
ラシードside
支団の視察が思った以上に長引き、騎士団長室に戻ったのは日が暮れてだいぶ経ってからのことだった。扉を開けると、部屋付きの騎士のアルファンドが「お疲れ様でした!」と敬礼をする。
「おぉ、お疲れさん。まだ残ってたのか。先に帰ってかまわねーぞ。」
「いえ、お伝えしたいことがございまして。」
「伝えたいこと?」
聞くと、夕方ごろにファニアが部屋を訪れたということだった。
「なんだファニアが来たのか。なら視察も早めに切り上げるべきだったな。タイミングが悪かった。」
団長専用の椅子に深く腰掛け天井を仰ぎみて溜息をつく。
「ファニア様も残念がられておりましたが、またいらっしゃるという風におっしゃられておりました。」
「そうか…。」
「ファニア様は本当に見た目もお心も優しい方ですね。ラシード騎士団長の伴侶として最適だと自分も思います!」
「そうか、俺もそう思う。」
「アリアネス嬢などというふしだらな女はこの国一番の豪傑であられるラシード様にはふさわしくありません。」
「そうだな、あの女と縁を切れて清々しているところだ。」
「ぜひファニア様を幸せにしてください。」
お前に言われなくてもなと軽口をたたいていると、アルファンドが夜に用事があったことを忘れていたと急いで支度をして帰って行った。
ひとりになったラシードはもう一度天井を仰ぎみてゆっくりと目をつむる。
「視察の仕事も楽じゃねーな…。」
そんな独り言は誰にも聞かれず、しんとした部屋に溶けていった。
アリアネスside
(なんてきらびやかなのかしら。)
初めて見る歓楽街にアリアネスは目を輝かせていた。今のアリアネスは木綿のブラウスとスカートを着て、安物の皮でできたブーツを履いている。騎士団の服だと素性がばれるとキウラに言われたアリアネスは掃除の時に着ていた服にしようと考えた。しかし、そんな服であっても、もともとの素材が良いせいか、高級感が消えない。そのため、セレーナから服を借りたのだが、どうしても胸元が苦しすぎるのだ。ぎりぎりまでボタンを開けたところ、セレーナに「色気が出過ぎです。…でも歓楽街に溶け込むには良いかもしれませんね。」と謎の合格点をもらってしまった。
「お嬢、ごほん!アリアン、ぼーっとしてると危ないわ。」
「あら、ごめんね、セレア。」
アリアネスに似た格好をしたセレーナが道路の真ん中で町の様子に見とれていたアリアネスを注意する。いわゆる潜入捜査に当たるため、二人は先ほど決めた偽名で呼び合っていた。
「セレア?私一人でも大丈夫だから、別の店に言ってきてもいいのよ?」
自分はアリアネスの従者だから、たとえどんなことがあってもアリアネスから離れないとキウラに意見を通したセレーナに言うが、案の定、首を縦には振らなかった。
「私はアリアンと一緒がいいのよ。」
「…そう。」
(わたくしを見張りたいだけでしょう。)
いつまで子供扱いなのかしらアリアネスは深い溜息をつくが、こんなところで油を売っている暇はない。
「それじゃあ聞いて回ろうかしら!」
よしと握りこぶしをつくり、アリアネスは自分に気合を入れた。
「…全然情報がないわ。」
「ここまで誰も知らないとなると、デマなのではないかと思いたくなります。」
露店でキンキンに冷えた飲み物を買ったアリアネスとセレーナは通りに面した店の壁にもたれかかって肩を落とす。
情報収集を始めて3時間たつが、「妖精の加護」という言葉を聞いたという人さえ見つけることができなかった。
「客引きしている娼館の女性も、露店の店主も、長年同じ場所で店をしている人も、誰も知らなかったわ。」
「幾人から宿の主人にあたってみましたが、こちらも情報なゼロでした。」
「わたくし、交渉事なら少しかじっているかた、知ってさえいれば少しのかけらでも引き出すことができるわ。…でも知らないようなら何もわからないものね。」
(これではキウラにまた役立たずだと思われてしまうわね。)
このまま何の役にもたたない貴族のお嬢様というレッテル貼りが続けば、のし上がっていくことが困難になる。
「…まだ見回り終了まで時間があるわ。やれるだけやりましょう。」
「かしこまり、ごほんっ!わかったわ、アリアン。」
アリアネスが次はだれに聞こうかとまわりを見る。
(あら、きれいな金髪。…まるであの人みたい。)
アリアネスの目に留まったのは、美しい金髪を持つ女性だった。その女性は下を向いた姿勢のまま、あっちにフラフラこっちにフラフラを繰り返していた。
「アリアン、行くわよ。」
セレーナに促され、そうねと返そうとした瞬間、さきほどまで背中を見せていた女性がくるりと一度こちら側に顔を上げた後、薄暗い路地裏に消えて行った。
「あの方、何をしているの!?」
「お嬢様!?」
突然の行動についていけないセレーナを置いて、アリアネスは金髪の女性、ファニアを追いかけたのだった。




