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 朝起きた時から、おかしいって思った。

普段の自分からは考えられないやたら雑な振る舞い、選ぶお弁当チーフやハンカチの色は青色、黒色。(それは主に弟と共用のものであった。)そしてスカートの長さもやたら短め。


 おかしい。


 いつも通りにしているはずなのに

 いつもは耳の下で二つに結んでいるロングヘアーをポニーテールに結んで、鏡を見ると、よし、と心の中のつぶやきが聞こえる…聞こえる、っていうのは、私はつぶやいたつもりはないから!こんなん私のキャラじゃない!

 キャラを破るということは、時にものすごいリスクを背負う。当たり前だけど。

重くなった気がする気分を吹き飛ばすように、ハイソックスをぎゅっと上げた。


 朝食の席に着くと、6歳下の弟、アキはちょうど起きてきたところであった。

「うわ、今日のねえちゃん、テレビの・・・に出てくる・・・ちゃんみたい~へんなの~。」

 その番組の名前だの、出てくる女の子の名前だのは聞き取れなかったが、なんとなく彼の言わんとしているイメージはわかる。動きやすくて、お転婆できそうなさ。

 カウンターキッチンの向こうから、お弁当を詰めていたお母さんが顔を上げて、そして、不機嫌そうな顔をする。

 「そんなに高いところで髪の毛を結ぶのは学校に行く時の髪型じゃないでしょ?あと、そんなにスカート短くしたらダメでしょ?」

 「はーい…。」

 「周りの子がしてたとしても、うちはうち、よそはよそですからね。」


 言われた通りスカートを膝丈に直し、髪の毛を結びなおす。心の中で、舌打ちが聞こえた気がしたが、それは、お母さんに、彼の気に入っていない長袖の服を着るように言われてふてくされているアキの声だということにしておいた。


 でも・・・。

 なにこれ?奇妙な感覚…

 でも、家の中でこのことを悟られたら、親に心配されるから、何食わぬ顔をしていた。


 いってきまーす

 玄関のドアをでて、見送りに手を降っている親が見えなくなった時点で、私は静かに内側に語りかけた。

 「どういうこと?」


 「悪いね。勝手に居て気に障ったかい?」

 自分の内側から返ってきた声は、少年の声だった。変声期前の、まだ高い声。アキよりは少し年上かなあ。でも、身に覚えがないため、思わずひぃいと声をあげてしまう。


 「んな声出すなよ。俺はお前だ。」

 もちろん、姿は見えない。

 んなわけないでしょ、私は女の子だよ、少年じゃないよ。俺なんて言わないよ。

 「どういうこと?ちょっとあり得ないんだけど?ふざけないで。」

 「心配するなよ。俺はただのお前の化身だから。他の人にはもちろん分からないし、そのうち消える。」

 冷静にそんなこと言われても…。

 だいたい、今までこんなことなかったし、心当たりもない。


「冗談はよして?そんな魔法みたいなお話、私信じないわよ?だってもう15歳ですもの。」

「もう15歳だからこそ、なんだと思うけどね。俺がでてきちゃったの。だって、俺はお前の、いまの女の子の立場から逃げたい、っていう気持ちの化身だもん。」

「そんなことイチミリも思ってません!」


 本当にそうだ。通っている学校こそ共学であるが、私は自他ともに認めるいわゆる「女の子らしい」性格の典型だ。

 古賀鞠子という典型的な女の子の名前をもつことから始まり、小さな時から常にロングヘアにスカート、好きな色はパステルカラー。運動はどちらかといえば苦手で、インドア派。声は小さいetc。

もともとどういう性格だったのかは不明だが、物心つくまえからの親の躾の故である。

 でも、自分でもそれでいいと思ってるし、満足しているし…。


 「そうか?心当たりないか?」


 ここまで脳内の少年と話した時点で、学校についてしまった。


 「おはよっ」

 教室に入り、教科書をロッカーからだしていると、親友の藤原瑞希が私の机のとこまできた。瑞希はクラスは別だから、こうして頻繁にお互いのクラスを行き来している。ミニスカートに学校指定外のロングのカーディガンを合わせて、ばっちり校則違反コーデを極め込んでいる彼女は、今日の校則検査でも先生にげんこつ落とされるのかな…。


 「あれぇ?今日、髪留め青色?いつもピンク色なのに珍しいねぇ?」

 「う、うん…ちょっとピンク色の壊しちゃってね…。」


 瑞希は目ざといなあ。しかし嘘八百である。もちろん、頭の中に自分の化身の少年がいて…なんて、SFみたいなアホなことを話したところで、いくら親友でも信じてはくれないだろう…。


 教室の隅には、5人くらいの女子のグループが固まっている。私のクラスで、男子を差し置き、一番権力を持っている子たちだ。よくも悪くも。

 クラスのもろもろの決め事その他は、彼女達の意見次第である。よくも悪くも。

 「ねぇ?マリコのクラス、今どの郊外学習の班決まった?」

 「うーん…昨日のHRでくじ引き決めたんだけど、一人泣いちゃってねー…。」

 「はぁ、またあいつらか。やるなぁ…。」


 その時、一人の少女が、教室に入ってきた。

 「おはよー」

 彼女は、何の変鉄もなく挨拶をする。

 その瞬間、そのグループは、黙り、音を失う。ミニスカートのプリーツが動きを失う。

 彼女が席につくと、再び、グループはにぎやかさを取り戻した。


 わたしと瑞希は、見て見ぬふりをして、そして瑞希は声を潜めた。

 「なに?今度は鈴木穂香なわけ?標的。」

 「うーん、そうみたい…」

 「はぁー低レベルねぇ、そっちのクラスだけよ?そんなシカトなんて中学生みたいなことしてんのさ。」

 「仕方無いよ…鈴木さん、授業中よく発言するし、いつも先生にひいきされてるし…。」


 私は気がついていなかった。無意識に痛む胸を。

 シカトなんてそんなの、日常過ぎて。そんなの、みんな順番にされるもんだし、飽きたら次の子に変わるんだし…そんな風に私はとらえていた「はず」だった。


 始業時間のチャイムが鳴って、先生がHRをはじめても、脳内少年は落ち着いてくれなかった。

 無意識に、キョロキョロと落ち着きなく目を配り、あくびをする私に先生は厳しい注意を下す。当然である。注意される私に、周りの生徒は好奇の目を向ける。そうだよね、普段は大人しく、先生に誉められしかしない私がそんな理由で叱られてたらそれは珍しいだろう。私は恥ずかしくて、うつむいた顔を上げることができなかった。


 そんな中、心配そうな視線を送る女の子がひとりいたことに、私は気がつかなかった。


 一時間目は化学であった。ろくに授業も聞かず、ぱらぱら資料集を眺め、楽しそうなページの拾い読みを始める少年。当然、先生の標的になる。

 「古賀、今先生が言ってたこと聞いてたよな?塩酸と水酸化ナトリウムの中和に関する問1、黒板に解いてみろ。」

 「はい!」

 いつもの私なら、怯んで、びくびくしながら黒板に向かうところだが、脳内少年は、元気に返事してしまう。幸い、この問題は自学の問題集でやったことあったから、答えは自信あったからよかったけど…。


 「塩酸と水酸化ナトリウムは、強酸と強塩基だから…」

 普段なら小さな声で最低限ぼそぼそとしゃべって、逃げるように机に戻る私だが、脳内少年は、ハキハキと自信満々に説明をはじめる。

 あぁ、本当に、小学校とか中学の最初の頃の元気なタイプの男の子みたい…。

 「ふむ。普段からそれくらい大きな声で発表してくれたなら、聞き取りやすいんだがな!」

白衣の化学教師は、満足気に私の発表を眺めていた。

 授業中に、プリントが配られた。この先生は几帳面な性格で、プリントの枚数が間違ってて足りない…なんてことは今まで一度もなかった。

が、

 「先生、プリント、足りません…」

窓際の列の一番後ろの席に座っていた、鈴木さんだ。

 「えっ…おかしいなぁ…」

鈴木さんの列の前の方にはグループの女の子がいる。その子がまぁ、くすねたんだろう。

…そんなことは、みんなわかってる。もちろん、鈴木さん自身も。

 でも、誰も口には出さないし、気にもとめなかった。私も、気にしてなんていない「はず」だった。


 1限の後の休み時間、私はこっそり教室を出て、保健室に向かった。こんな調子で1日なんて無理!私の面目丸つぶれ…


 「なに?さぼんの?うわーいっけないんだー!先生にいっちゃおー!」

 落ち込み、うつむく私に対し、脳内少年は能天気そのもの。腹の底から怒りが沸いてきそうだが、これも自分自身なのだと思うと、やるせない気持ちになってくる。まあ、ここは高校だから先生に言わないで保健室行けるんだけどね。


 がらがらと保健室のドアを開けると、薬臭く、静かで眠ったような、しかしあたたかい空間が広がっていた。体は比較的丈夫なので保健室のベッドで寝たことは数えるほどしかないが、この雰囲気は嫌いではなかった。

 「あら、どうしたの?」

 40代差しかかりの白衣の先生が、仕切りの向こうのテーブルから顔をのぞかせた。

 「すみません、ちょっと…。」

 「ささ、とりあえず体温測りなさい。ここにある名簿に名前書いて・・・」

 私が言い終わらないうちに、先生は私を座らせ、電子体温計を渡す。しょうがないので、ブラウスの一番上のボタンをはずして体温計を挟み込み、ボールペンをとってクラスと名前を記入する。

 私のクラスの名前をみると、先生が少し、表情を変えたのは私は見逃さなかった。

 「ふむ…熱はなさそうだけど…少し休んでいく?あなた、ずる休みするタイプでないし…。」

 「そうします。」

 できれば、一日教室に戻りたくないぐらいだったし、早退してしまいたいぐらいだったが、さすがにそれは無理か…。アキならやりかねないけど。

 上履きとハイソックスを脱いで、ベッドにもぐりこむと、もしよかったら、と先生はあたたかいお茶をマグカップに入れて持ってきた。なるほど、ほんとうに具合が悪いわけではないのはばれているっぽい。

 お茶は胸のあたりをふわっと温めてくれて、とてもおいしい。

 「もし、よかったら話してほしいんだけど…あなた、1年C組なんでしょう?最近、クラスの雰囲気ってどうかしら?」

 「え…?」

 どうって…頭の中を、映像にならないような何かが通りぬける。怖くて、暗くて、どろりと形をもたないもの。うまく言い表せない。

 (…)

 ふいに、脳内少年が息を溜めてこらえる気配がした…気がした。

 「ほんとに、杞憂だったり、ただの噂だったら、いいんだけど…あまりクラスの雰囲気が良くないとか…なんか、特に女の子が、うまくいっていないみたいで…。あなたは、大丈夫?」

 「いえ、あ、大丈夫です。」

 …それは嘘ではない。私自身、あまり周りを刺激したりする立場ではないので、標的にはあまりなり得ないからだ。女の子らしい、は、悪く言えば「ぶりっこ」かもしれないが、そもそも男子とほぼ話さないので、ぶりっことは言われないんじゃないの?と、瑞希に言われたこともある。


 ただ、胸はぱくぱくと脈打ち、嫌な気分は治らなかった。


 「まぁ、何かあったらちゃんと相談しなさいね。昼休み前には起こしてあげるわ。」

 先生がベッドのカーテンを閉めると、静寂に包まれる。


 「おい、寝るなよ。」

 目をつぶると、ますます脳内少年の存在が色濃くなった気がする。はっきりと、想像できるのだ。

 「うん…。」

目をつぶった向こう、少年は私のベッドサイドにたっていた。下を向いているから、少し長めのサイドの髪が横に流れる。少し表情が読み取りにくい。

 「どういうこと?さっきの話…?」

 「…はぁ。あんた、私なのに知らないわけ?」

 「うん、俺はあんたの今の女の子の立場嫌だ、って気持ちしか知らない。原因とかはわからんよ。」

 「あそ。」

 天井を眺めていると、なんとなく落ち着いてきた。

 「私のクラスさ、女の子の間でシカトあるの。別に特に理由はなくって、なんとなく、一定期間、誰かがシカトされるっていうのが度々あってね。結構評判になってる。」

多感なお年頃。まぁ、しょうがないのかもしれないね。と、付け足す。しょうがないからって許されることかはわかんないけど、大したことではきっとないと思う…そう思わないと、辛くなる。

 「ふぅん。お前はされないの?」

 「されてない。シカトの首謀もしなければ、されもしない。でも、助けもしない。…悲しくはなるし、怖いけど。」

 「ふぅん。」

 少年はおとなしく聞いたが、手を伸ばし、私の髪を撫でてくる。子供扱いされているか、はたまた恋人扱いされているかみたいだ。

 「やめて、恥ずかしい。」

 「自分にされているんだから、気にするなよ。それで、今はそのシカトって、されてる人いるの?」

 撫でられているうちに、だんだん頑なに無意識に平気なふりしているのがほどけてしまってきていた。まるで、子どもが親に甘えているうちに、だんだん言いづらかったことを吐けるみたいな感じだ。

 「鈴木さんっていう子。勉強が得意で成績いいし、目立つから、嫉妬されてるんだと思う。あんまり自分からそういうのされるような種撒くような子ではないし。…それに…」

 「それに、なんだい?」

 「彼女は、とても優しいのよ。あんまりまだ話したことないんだけど…前に一度、体育でけがして倒れちゃったことあるの。たいしたことはなかったんだけど…」

 「へぇ」

 「そのとき、彼女、すぐ飛んで来てくれて、私のこと起こして、保健室まで連れていってくれたの。」

 「ふぅん…そうかぁ…。お前は、もともとシカトとか周りがしてるの嫌だったんだな。それで、その鈴木さんに標的が移ったとき、嫌って気持ちが強くなって、その結果、俺ができたんだな。」

 「…そうなの…かな?」

 「そうだよ、きっと!じゃあ、そのシカトやらが終わらないと、俺は消えないんだな?」

 「えー…そんなん無理だよー…。だって、やっている人、すごくそういう時は怖いし…。」

 「でも、だからってここで寝ていて解決するか?」

 …痛いところを突かれた。はぁ…。

 「わかったよ…。でも、これからはおとなしくしててくれない?あなたのペースだと、私の面目丸潰れなのよ。」

 「ちぇーはーい。じゃあ、昼休みに起こされるまで俺としりとりして遊んでくれなーい?こんな朝っぱらから眠くないよー。」

 …いいだろう。私がアキに鍛えられてしりとりが強いことを思い知ればいいさ、脳内少年。…って、自分としりとりって…成立するのかね…。


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