先代勇者の目覚め
夢を見た。
たった三年なのに、もう随分と昔に感じる、過去の話。
とある少女と少年の話。
「ねぇ、勇くん」
この世界では珍しい黒髪と黒い瞳を併せ持った少年は、自分を呼ぶ銀髪に碧色の瞳の少女を見てため息を一つついた。
「その勇くん、ってのはやめれって言っただろ」
もう何度もその言い方をやめろと言い続けたが、その少女はその呼び方をとても気に入っているらしく、
「あはは、ごめんね勇くん」
と謝るには謝るがが笑いながらなのだ。呼び名の訂正を半ば諦めている少年は小さくため息をついた。
「ったく……で?どうしたよ」
少年が尋ねると、少女は「んー」と手足を伸ばしたあと
「勇くんはさ、この世界に来た事って、後悔してる?」
と言い放った。
「は?……まぁあっちのダチとか院のみんなに挨拶できずに来ちゃったけど、別に後悔ってほどじゃねぇぜ?」
「ほんとに?」
突然の質問に頭を掻きながら答えると少女は顔を近づけて更に問い詰めて来る。
「ほんとに。そりゃあこっち来て酷い思いもしたしやな事もあったさ。……けど今なら自信もって言える。俺はこの世界に呼び出されて良かった。……この世界が好きだ、そう思える」
苦笑しながら答えると少女は納得してなさそうに口を尖らせた。
「そっか」
「そうだ」
「……ねぇ勇くん」
「ん?」
「……なんでもないっ」
「なんだよそれ」
少年と少女は笑い合う。
その先に、悲劇が待っているとは知らずに。
今その刻《とき》を幸せそうに、笑い合っていた。
◇
「っ……はぁっ……はぁっ……!」
目覚めた俺が見たのは知らない天井だった、なんてわけはなく、シルヴィアのお陰で泊まれている高級ホテルの天井だ
「はぁっ……はぁっ……またこの夢を見させられるとはな……」
三年前、オリヴィアが俺の身代わりになって魔王を封じ込めた事で俺とオリヴィアとの繋がりは消え俺は日本に戻った。
だが日本に戻った俺が味わったのは途方もない喪失感と、毎夜毎晩見せられたオリヴィアとの思い出と言う悪夢だった。
二年も経てば見る機会は減ったが……。
「……くそっ」
寝汗で身体中が濡れている。気持ち悪く思い立ち上がりシャツを脱いでテーブルに置かれた水差しに手を伸ばす。
「んくっ……はぁ」
ゴクゴクと水を飲み下し口元を拭う。身体に広がる水の冷気が身体と頭を冷やす。
そうする事で、ようやく息が整った。
「ヤシロ様、起きていらっしゃいますか?」
コンコン、と部屋のドアをノックする音の後、女性の声がする。シルヴィアのメイドさんだろうか。
「今起きた所です」
「陛下がお待ちです。身支度を整えたら食堂へお越しください」
メイドの足音が遠のくと、俺は汗で濡れた身体をタオルで拭って代えの服に着替える。代えの服と言っても相も変わらずぬののふく、なんだが。
軽く身支度を整えた俺がホテルの食堂に向かうと、そこにはシルヴィアと見慣れた奴がそこにいた。
「あっ、ヤシロさん。おはよーございます」
「ベルナデット? お前、なんでここに」
シルヴィアを上座に、そのすぐ近くの席に座ったベルナデットが俺を見て手を振る。
「何故って、お忘れなんですか?」
「忘れ?……」
訝しげなベルナデットの言葉に思い当たる事がなく首を傾げると、シルヴィアが俺に視線を向ける。
「昨晩、彼女が気絶したお前を抱えて来てくれたのだ。……礼を言っておけ」
「気絶って……」
ベルナデットの様子やシルヴィアの言葉に強烈な違和感を感じた俺はシルヴィアの言う昨晩を思い出そうと思案する。
昨日、俺は……
「――……担い手」
ソウダ、俺ハアノ少女ニ似タ、何カヲ見テ……。
「……ぅっ……っ」
「ヤシロさん!?」
昨日の光景がフラッシュバックのように頭にチラつくと、俺はその違和感と嫌悪感に思わず吐きそうになる。
咄嗟に堪えて近くの椅子に俺が座ると、メイドさんが水差しを持って近づいて来た。
「どうぞ」
「……どうも」
若干乱暴に受けとると水差しの口から直接水を飲み込む。
二口程飲むと嘔吐感は徐々に薄れて行ってくれた。
「……彼女、ベルナデット殿から話しは聞いた……その姉上に似た少女は、恐らく私が貴様と会わせようとした人物で間違いないだろう」
「それでか……ってちょっと待て、海斗と関係があるのか?」
「アリシアからの便りでしか知らんのだが……竜王の骸、その核となっていた物より産まれし存在らしい。二代目殿はそれを目の前で目撃したらしい」
「なんだとっ!?」
思わず食堂のテーブルを叩きつけて立ち上がる。
「落ち着け、勇」
「これが落ち着いてられるかっ!!竜王はウムブラの奴の仕業……その竜王の核になってたものからオリヴィアの姿に似てた女が出てきた、なんて、偶然で片付けられるわけねぇだろうが……っ!」
手が、脚が、否、身体中が怒りで震えている。
「アリシアの見解では、魂こそ違うが肉体はほぼ姉上と同じようだったと聞く……」
「…………あの、野郎……っ!!」
脳裏に浮かぶのは外道に落ちた元人間の姿。あの時アリシアを人質に取られた時以上の怒りが身体中で渦巻くのを感じた。
「奴等が何を思ってこんな事をしているかはわからない。だがな勇……荒んだ心では行いも荒れるものだ。一呼吸つき落ち着け」
「……くそっ!」
水差しを掴み、頭から水を浴びる。そうすることで、思考だけは冷えて来た。
「これで、良いか?」
「メイドの仕事を増やすなばか者……まぁ、幾分かマシにはなったな」
シルヴィアの腕白小僧を見るような表情と苦笑にようやく冷静になれた。くそ、なんか恥ずかしいな。
「……そのオリヴィアに似た奴は今?」
話題を変えようと聞くと、ベルナデットが何故か頭を下げた。
「ごめんなさい……人混みに入ってしまって後を追えませんでした」
「そう……か。それじゃあ、仕方ねぇか……」
もしかしたら対面する事に、と身構えてしまったがその心配は無いらしい。……心配、か。俺は何を心配してんだろうね。
昨夜見た灰色の少女を思い出しながら小さくため息をつくと、シルヴィアからキツイ視線が飛ばされた。
「何が仕方ないだばか者。ベルナデット殿は気絶したお前の介抱をしていたので追うこともできなかったのだ」
「な、なんだよ。別に怒ったわけでも問い詰めたわけでもないだろう?」
突然の説教に思わず正座しかけるもなんとか耐えながら尋ねると、シルヴィアは鼻をふんすと鳴らして腕を組んだ。
「その目だ。そのがっかりとした目を好いた男に向けられて心中穏やかで入られる女はいないぞ」
「ふぇっ!?」
ベルナデットが顔を真っ赤にして驚いた様子でシルヴィアに顔を向けた。勢いが良すぎて首を痛めそうな勢いだ。
「なななな何を!?」
「このばかを好いているのだろう?……全く、お互いこんな男に惚れて難儀なものだな」
耳まで赤くしたベルナデットがわちゃわちゃと慌てているのを見てシルヴィアがクスリと笑う。
「……こんな男とはなんだこんな男とは」
「姉上を忘れろとは言わん。だが、男なら女の一人や二人愛して見せろと言うのだ。なのにお前ときたらウジウジと」
ぐっ、説教が始まった。
「いやしかしだな、現代の日本男児としましてはなんと言うか、倫理観としましては一夫多妻はNGで、だからこそハーレム物のライトノベルが人気なわけでして……」
「そのわけもわからん言い訳をやめろと言うのだ全く……」
そう言ってワインを一口呷るシルヴィア。
「しかし……ここに来てオリヴィア似の女の登場、か。……全く、イベント目白押しだな」
魔装演武にシルヴィアやイーブサル、リリルリーとの再会。この後には魔族が来るらしいってのにあの偽の聖剣使いやオリヴィアに似た女の登場……正直精神的に疲れて来たぞ。
「あの……」
「ん?なんだよ、ベルナデット」
俺が小さくため息をつくと、さっきまで顔を真っ赤にしていたベルナデットが思案顔で手を上げた。
「聖女様はシルヴィア陛下やその妹君にとても似ていらっしゃるんですよね?」
「うむ。特に私は姉上と瓜二つとまで言われていてな、それが自慢でもあるのだ」
ちなみにアリシアは三年前のシルヴィアと瓜二つ。双子でもないのに良く似てる姉妹だ。
「…………私、あの女の子とシルヴィア陛下が似ているとは、どうも思えないんです」
昨夜の一件を思い出すように空中を見上げながら、ベルナデットはそう言った。
「……何?」
ベルナデットの言った言葉を正確に理解できず、動揺するシルヴィア。
俺も、シルヴィアと同じ状態だった。いや、実際に出会っている分、混乱度は上だろう。
「な、何言ってんだよベルナデット……」
「聖女様のお顔を拝見した事はありません。ですけど、あの女の子の顔とシルヴィア陛下とは、あまり似ていませんでした」
思わず声が震える。だがベルナデットはそんな俺を真っ直ぐに見据えて答える。
「よく、思い出してみてください」
「…………」
俺は目を瞑り、ベルナデットの言う通り昨夜の一件、否、あの灰色の少女を思い出す。
「……待て、言われて見れば……いやでもやはり似ていた気が……」
灰色の少女を思い出そうとするがどこか靄がかかったようで良く思い出せない。
オリヴィアそのものが現れたとすら思ったと言うのに、その姿が今では正確にわからない。
「勇とアリシアは彼女と姉上が酷似していると見えた。だがベルナデット殿から見た彼女は違った……これは何か」
「――何か仕掛けられている、と見た方が正しそうだな」
何せウムブラが関わっているのだ。
奴ならそれくらいやってみせる。
「……」
「……」
「……」
食堂がシンと静まり返る。
誰も口を開く気にはなれなかったのだ。
こうして、後に『災厄の日』と呼ばれる朝が、始まった。
新年開けすぎましたおめでとうございます。
どうもお待たせしました……三が日中には投稿しようとしたのがコレだよ。
こんな物語ですが、今年もよろしくお願いいたします。




