先代勇者の憂鬱
その日、ガラリエの街は沸き立っていた。
魔装演武の王者ザッパが敗れ、その試合の際には闘技場のリングまでも大きく破損してしまいその後の試合続行が不可能となり、魔装演武が始まっていらい初の『二日目』へ突入したからだ。
王者敗退と『二日目』、二つの話題に、この街の住民や観光客までもが夜になっても騒ぎ続けていた。
「……はぁ」
そんな祭りの如く騒ぐ人々をホテルのバルコニーから遠く眺めた勇は小さくため息をついた。
「どうしたんです?ため息なんてついちゃって」
バルコニーの手すりにコツ、と音を立てて黒髪の少女が降り立った。
ベルナデットだ。
「……まぁちょっと、色々な……」
頭を掻きながら勇がそう言うとベルナデットは少し思案した後、
「あの赤い光の聖剣を使った女性と、その女性に真相を聞くために聖剣の力を使って勝ってしまった事……ですか?」
と尋ねた。
「……良くわかったな」
目を驚いたように見開く勇。そんな勇を見てベルナデットはクスリ、と小さく笑う。
「まあヤシロさんが悩むことと言ったらこれくらいですからね」
「あの多腕族のおっさんには悪い事をしちまった」
「凄く嬉しそうに笑ってたような気がしますよ……」
苦笑しながらベルナデットは手すりに腰を降ろし、勇と同じく街並みを眺めた。
「あの聖剣は……誰かが創りあげたものだ」
「えっ……?」
「誰かが……人間の、誰かが創りあげたものなんだ」
「そ、そんな事、できるんですか?」
「出来る筈が無いんだ」
「出来る筈が……けど、あの聖剣は確かにそこにある……だから、あの聖剣は歪になっちまった」
「聖剣ってのは担い手の魂を剣に注ぐ事で完成する。……けどアレは、剣が魂を捕食する事で聖剣として完成する」
「あのフルフェイスの女は……倒した相手の魂を贄に聖剣の恩恵を受けている」
「っ!?」
ベルナデットが言葉を無くす。
「俺がわかるのはそこまで……だから聞き出さなきゃいけないんだ。誰が作り出したのか、何故作り出したのかを」
「それにあいつは俺を……俺の名前と正体を知っていた」
「ヤシロさんの……勇者としてのヤシロさんを知っている、と?」
「ああ。……俺とあの女の間には因縁があるってわけだ。だから万が一にも、負けるわけにはいかなかった」
「……そう言えばあの時はどうやって勝ったんです?私にはヤシロさんが斬られて驚いていたら、いつの間にか勝っていた、って感じで……」
「あー、あれか……あれはなんつうか、相手の攻撃の『原因』を取り除いて、攻撃をなかった事にして無理やり避けただけだ」
「な、なんなんですかそれ!そんな事、可能なんですか?」
「出来てるしな、実際に」
「もしかしたら、あの偽の聖剣も……っ!」
「ん……いや、それは多分無い」
「この力は元々聖剣の物じゃないんだ。俺は『因果』って呼んでるんだけど、この『因果』の能力は魔王の持つ能力に呼応して発現した。聖剣と魔王の存在は鏡合わせ、コインの裏と表みたいなもんで魔王の能力に対抗するように生まれたんだよ。だから聖剣と魔王の関係とは違って、それ一つで完結してる(であろう)あの人造の聖剣には進化の余地が無い」
「……なんだか頭が痛くなって来ました」
「悪い、なんか愚痴聞かせちまって」
「いいえ!そんな事ありませんよ!……」
「……」
「……」
お互い、押し黙ってしまった。
ベルナデットが愚痴を聞いて元気つけようとしてくれてるのはわかる。
だが、勇はあの他者の魂を喰らう聖剣を人が産み出した事に少なからずショックを受けていたのだ。
魔族が産み出したのでは?なんて疑問も浮かぶ。
だが何よりも勇が担う『聖剣』がその疑問を否定する。
あんな歪な聖剣だが、その本質は魔を払う存在だった。
魔を払う存在を、魔に属する存在が造るだろうか。
あれはやはり、人間が産み出した産物なのだろう。
「人間ってのは……業が深いもんだとわかってたが……ここまでやるとはなぁ」
勇が何気なく呟いた言葉に、ベルナデットは今にも泣きそうな顔をする。
街並みを眺めていた勇には、その横顔は見えなかった。
「……ヤシロさん、デートしません?」
「は?」
空気も何もかもをぶったぎって切り出された言葉に勇は思わず聞き返した。
「デートですよデート!」
「!……だ、だからなんなんでいきなりそうなんだよっ」
ベルナデットの目映い程の笑顔に思わず見惚れてしまった勇が頬を赤くする。
「たしかーに考え事も時には必要です。ですが考え過ぎてもそれはそれで毒になってしまいます。……私の家にはこんな家訓があります。『下手な考え休むに似たり。だったら正々堂々休んでしまえ』と。ですから正々堂々休みましょう、遊びましょう!」
「深そうであんま深くないぞそのことわざ!」
思わず声をあげる勇をクスクスとベルナデットが笑う。
「さ、今は忘れましょうよ。どうせ明日になるまでわからないんでしょう?」
「いや確かにそうだけどよ……」
「ほら、ヤシロさん!」
差し出された手のひら。
「……ったく、わかったよ」
勇は小さく笑ってその手を取った。
お待たせしました最新話です。
今回も少しみじかめですみません……
次回デート回、お楽しみにです




