兄弟子の名
それを例えるなら、まるで稲妻のようだった。
試合が開始したとほぼ同時、白き審判者と名乗る男から、閃光が放たれた。
放たれた閃光、その光は槍の穂先の煌めきだった。
対峙したクオンは恥も外聞も捨てて転げるようにその攻撃から逃げた。
視認した瞬間、まともな動きでは間に合わないと悟ったからだ。
「っ!?」
転がり、槍の一撃から逃れたクオンは四つん這いになり、四つの脚で弾かれるように後ろへ向け飛び退いた。
「符操、『狐火』!!」
バックステップにより相手との距離を離したクオンは数枚の紙の札を懐より取り出す。
札は一瞬にして燃えつき、次いで青白い炎が白き審判者へ放たれる。
青白い炎はまるで生きているように軌道を変えながら走り、
「……」
風を薙いだ槍に、まるで羽虫を落とすが如く容易く撃ち落とされる。
が、それでも構わない。
目くらまし程度にしか役に立たないのは百も承知。
故に、クオンは疾駆した。
──狐火の札は、賽を振り直すため布石なのだから──
「仕切り直しだっ!!」
「!?」
フードの奥で、相手が息を飲むのをクオンは感じた。
「貰ったぜ──っ!」
それに対し不敵な笑みを見せたクオン。その身は、対峙する相手の懐にまで踏み込んでいたのだ。
既に振った槍は戻せない。がら空きの身体。
クオンは背負った刀の柄に手をかけ、それを思い切り振り抜いた。
黒き刃の刀はクオンの思い描いた通りの軌跡を描き、
「──っ!!」
コートの中から現れた剣によって、防がれてしまった。
「──仕切り直しだ」
「がふっ!?」
低く唸るような声を発すると、白き審判者はクオンの腹に、まるで野犬を追い払うような蹴りを叩き込んだ。
「ちぃっ、急ぎすぎたか……っ」
のた打ち回るような痛みではないが、ズキズキと痛む腹部を手で抑えなあがらクオンは自分の不甲斐なさすぎに舌打ちをした。
何故、奴の武器が槍だけだと思っていたのか。
試合開始時の一閃、あの一閃が鋭かったから、槍こそが奴の得手分野だと、槍をだけ鍛え上げていたのだと、勘違いしていた。
奴が剣を抜く動作がわからなかった。
剣がコートの奥に隠れていたからでなない。
奴が剣を使う事に慣れていたから、その抜刀速度が単純に見えなかったのだ。
「くそっ……──っすぅ……」
奴に蹴飛ばされたお陰で距離も取れたし冷静になれた。
次こそは確実に刀で斬ってみせる。
クオンは左手でもった黒刀を逆手に持ち、空いた右手で人差し指と中指を立てて印を構える。
(……ん?)
攻めるにも、受けるにも準備が整ったクオンだったが、
(なんだ?あの構えは……)
相手の構えに、違和感を感じた。
相手は剣と槍、両方を持ったまま立ちすくんでいた。
その、槍と剣を握っただけのような立ち姿を、クオンはどこかで見たことがあった。
「……」
「っ、なっ、なぁっ!?」
そして相手は槍を持った手が隠れるように身体を動かし、逆に剣を持った腕をクオンに向け真っ直ぐ延ばした。
槍を隠し、剣の切っ先を向けるその構え──
「アニキの……ヤシロのアニキの、『神衣』の構え!?」
◇
「何ぃっ!?」
「ど、どうしたんですかヤシロさん?」
俺は立ち上がると同時に前の客を退かさん勢いで身を乗り出した。
ベルナデットが慌てるが正直俺の方が慌ててるであろう自信がある。
「な、なんで俺と同じ構えを……!まさかレオなのか!?」
俺の構え、天衣無縫『神衣の構え』を知っているのは原則、三年前の仲間達だけだ。
クオンと言う例外はあったものの、そのクオンも三年前の仲間、ジャン・ジャック・ユースタスが教えたのだと聞く。
と、言うことは、あの構えを取るのは三年前の仲間だけ……更にその中でそんな茶目っ気と言うか、悪戯小僧のような性格を持つのはレオンハルトだけ!
俺は辺りを見回し、この試合も見ているだろうシルヴィアを探した。
「……居た!」
貴賓席にてドレスを着たシルヴィアが居るのを確認した。
その傍らには、……レオンハルトも居た。
俺の視線に気づいたレオは苦笑した後、自分ではない、と言うように首を横に振った。
「レオじゃ、無い?……じゃ、じゃあアレは一体、誰だ?」
自問の言葉に、俺は答える事ができなかった。
◇
「ぜらぁっ!!」
「──!」
閃光が弾ける。
刃と刃がぶつかり合う度、金属音と火花が散る。
クオンと白き審判者はもはや何合目かもわからぬほどに打ち合った。
槍が身を貫こうと放たれれば身を捻り、紙一重に避けて迫り、刀を放てば剣がそれに打ち応える。
たったその四行程が、無限のように行われていた。
常人では知覚する事が難しい程の速度で、無数の剣戟が繰り広げられる。
観客達は息を呑み、剣戟の音だけが闘技場に木霊する。
(──勝てねぇっ!!)
その剣戟の中、クオンは己が勝利する姿を描けないでいた。
(上手く、上手くあしらわれてる!実力は大きな差は、たぶん無い……けど、けど何かが、圧倒的に負けている!!)
符術も用いない白兵戦では、勝てない。
そう感じたクオンは舌打ちをした。
(こうも何度も力を借りる事になるなんて……くそ、癪だけど……!)
鍔競りになるとクオンは両手で握っていた柄を片手で持ち、空いた手で腰に差した短刀を抜くと、それを地面に投げ捨てた。
短刀が地面に突き刺さる。次いでクオンは、
懐から数枚の札を取り出す。
それを、白き審判者が振るった槍を踏み台にし飛び上がると、短刀の四方に札を投げて貼り付けた。
ピタリっ、札がリングに貼られると、その札から赤い字が蟲のように蠢き、次の瞬間には文字が円を描く。
「──!!」
クオンが何をしようとしているか、白き審判者は理解した。
初戦で見せた化け物クラスの精霊を呼び出そうとしている。
白き審判者は召喚を妨害しようとクオンを狙う。
先ほどの数倍は速い剣戟が繰り広げられる。
「──ようやく、本気か……熾烈、だぜっ!!」
召喚の手筈は整った。
後は短刀を捻り、楔を放つだけ。
猛攻をかいくぐり、
「ふっ!!」
クオンは剣戟を避け、上へ……空へと大きく跳び上がった。
「!!」
「へへっ……何も足場はそのリングだけじゃないんだぜ? ……ま、ここを足場に出来るのはオレくらいだろうけどねっ!」
真上、クオンは白き審判者の真上で、逆さまになって浮かんでいた。
否、浮かんでいるのではない。
観客への被害を防ぐために張られたドーム状の結果を足場として立っているのだ。
「『封神解放』……!!」
──ギリッ。
クオンが何か引っ張る動作をすると、ギリリ、と鈍い音がして短刀が回される。
良く見ると、超極細の鉄糸が短刀の柄に縛られていた。この鉄糸を用いて短刀を回したのだ。
「──」
白き審判者が鉄糸に気づき、それを槍で断つ。
──が、間に合わなかった。
『全く、狐使いの荒い子孫でありんす』
冷たく心まで凍てつく冷気が迸る。
人心を乱すような蠱惑的な声が響く。
瞬間、白き審判者が氷の柱に閉じ込められた。
槍を振った姿のまま、時間を止められたかのように動きを止めて――
ビシッ、ビキッ――
白き審判者を閉じ込めた氷の柱に、亀裂が走る。それは無数に増え、
「んなっ!?」
『ほぅ……これは中々、おもしろ事になりそうでありんすね』
ガラガラと音を立てて砕け散った。
「――正直、死にかけた。……この戦い、勝っても負けても、次の試合には君が行け」
リングに降り立ったクオンに、白き審判者が言う。
「どういう、つもりだ?」
クオンが尋ねると、白き審判者は槍をリングに突き立て、剣を鞘に納めた。
「同じ人を師と持つ兄弟子として、実力を見るつもりでいた。――だけど、君が予想以上に出来たせいで、本気を出したくなった」
「同じ師?アンタ何言って……それに本気を出してなかったって、どう言う意味だよ」
わけのわからない事を言われたクオンは苛立たし気に問う。
「意味通りだ。ボクは本気を出していない」
「ふざけんなっ!手加減してたって事か!?」
クオンが吠える。だがそれに対し白き審判者は首を横に振った。
「いや、手加減はしていない。今のボクが出せる実力は出し切った。……けど、切り札は見せていない」
そう言って、白き審判者はフード付きの白いコートを脱ぎ捨てた。
「クオン・ヘレオットと言ったな、君は。……僕の名はプロキオン。ヤシロさんの一番弟子だ」
白いコートを脱ぎ捨てた脱ぎ捨てたのは、銀色の髪に、獣人の特徴である獣耳を持った、少年だった。
「シリ……ウス!?」
呻くような声が、勇の口から放たれた。
お待たせしました、最新話です!
勇の弟子を名乗る少年プロキオンとは?
そして勇が思わずつぶやいた「シリウス」とは一体何なのか!?
……なんか最近勇が驚いてる場面ばっか書いてる気がします(この後まだまだ驚く場面がございます)
ではまた次回。お楽しみに~




