勇とフィオナ
迷宮攻略などもありノルドヨルドに滞在してもう十日が過ぎた。
それは、異常な天候も治まりそろそろ出発かと思われた矢先だった。
「ガラリエには行けないだとっ!? どう言う事か説明しやがれっ!!」
クオンの怒鳴り声が港に響く。それを受け、俺達が乗っていた商船の船長が身体をビクつかせる。
「す、すいやせんお嬢。けど、食糧関係を始めた結構な数の積荷をこの島で売っちまってこのままガラリエに行くわけにはいかねぇんでさぁ」
「むっ……そいつぁ仕方ねぇな。荷をダメにするかも知れないって時、そうするのは船乗りの暗黙のルールって奴だ」
しかしそうなると一度ベ・イオまで戻りそこからガラリエに向かう事になる。……時間的に魔装演武には間に合わなそうだ。
「他の船に乗せて貰うのはダメなんでしょうか?」
辺りを見れば、この島に来た当初よりは減ったものの、まだ船はいくつか見られた。それに乗せていって貰おうと言うのがベルナデットの案だが、商船の船長はその提案に渋い顔をする。
「残ってる船で直接ガラリエまで行くって奴はいないんでさぁ。ガラリエ行きの奴らは嵐が晴れるや否や直ぐ出航しちまいやして」
「万事休す、か」
そんな諦めムードが辺りに漂う中、喧しくも思える程の明るい声が俺達の耳に届いた。
「おやおや、お困りのようだねぇ黒毛!!」
波音に負けないよう大声で叫ぶアンジェリカとその後ろで待機する、ノッポとチビ。アンジェリカは機嫌が良いらしく、ドヤ顔だ。
「何の用だよ、三バカ。悪いけど今はお前らの相手してる余裕はないんだよ」
「連れないねぇ黒毛、一緒に迷宮を踏破した仲じゃないか」
少し機嫌悪げに答えたが、それを気にしない程に機嫌が良いらしくアンジェリカは鼻歌交じりに近づいて来た。
「なんなら……アタシらの船に乗せてやってもいいんだよ?」
ニヤリと笑うアンジェリカ。飛空挺に乗せてくれるって言うのなら、それはありがたいことなのだが……どう見ても善意から、とは見えない。
何かしら交換条件を出されるのだろう。
「……条件はなんだ?」
「話が早くて助かるよ。……一人頭二万fでガラリエ行きの空の旅ってのはどうだい?」
二万……、
高くもなく安くもなく、適性価格と言った感じか? いや、船ならまだしも飛空挺での旅だ。
客を取るならもう少し盛っても良いだろう。
「で? それだけで良いのか?」
そう。こいつらは腐っても海賊だ。そんな良心価格で終わるわけがない。
その証拠に、俺が尋ねるとアンジェリカがニヤリと笑った。
「察しが良くて助かるよ 」
アンジェリカはブラウスのボタンを一個外し、胸の谷間から何かを取り出した。
お、黒のブラジャーだ。
「契約の紙片。これにサインして貰うよ」
それは羊皮紙の巻物だった。
「契約の紙片って……良くんなもん手に入れられたな」
契約の紙片。名前の通り契約に関するマジックアイテムで、契約する両者の同意のもと発動し、その紙面にかかれた契約を遵守させると言う簡単な能力だ。
しかしこの契約の紙片、えげつない程に強力なのだ。
先ず、契約をした途端この羊皮紙は耐魔法、耐呪能力が付与される。
生半可な魔法では破壊できず、呪による効力の軽減も受け付けない。
そして破壊できたと思ったら今度は契約者に対しペナルティが発動する、と言った具合だ。
ここまでの強制力を持つマジックアイテムは少なく、特に国政に関わる者には重宝される。
さてこのマジックアイテム、その能力の強さからか値段も高い。
たかが羊皮紙と思う無かれ、時価数十万fはくだらない貴重な物なのだ。
「ノルドヨルドで拾い集めたアイテムを売ったら結構な額になってね」
塵も積もれば、か。
「えー何々?……『乗船中のアンジェリカ・フォン・ボルテニーへの敵対行動の禁止。乗船中に起こる戦闘行動においてアンジェリカ・フォン・ボルテニーの守護と敵対者への攻撃』?……なんだこりゃあ」
契約の紙片なんて強力なマジックアイテムを出して来たから、『奴隷になれ』とか無茶苦茶な要求をしてくると思ってたが、予想に比べて大分大人しい要求だ。
「もしもの時の保険さ。アタシらは空の海賊、敵は多いからね」
「まあそれはわかるが、何も契約の紙片なんて使う程じゃ……」
それくらいなら普通に手伝うのに……と言いかけて、俺はアンジェリカが額に汗をかいているのに気づいた。
「……正直に話せ、俺は何と戦わされるんだ」
嫌な予感をヒシヒシと感じながらも尋ねると、アンジェリカはあろうことか俺から視線を外し、明後日の方向を見上げた。
「……り、竜騎士とか?」
「竜騎士って、おまっ、軍じゃねーか!」
竜騎士。名の通り竜を相棒とする騎士だ。
竜を駆り大空を飛翔する、空の先駆者。
その絶対数は少ないながら、竜騎士は一部の国を除き、ほぼどの国にも配備されている。
それもその筈。空を飛べて強力なブレス攻撃が可能な竜は数体で大きな戦力になるからだ。
「な、何も必ず竜騎士が現れるってわけじゃないさ。……ただ」
「「竜騎士に襲われて不時着したのがこの島だったんですよね、姐さん!」」
「こんの馬鹿たれ!アタシの事は船長と呼びなと行ったろうが!」
チビとノッポに怒鳴り散らすアンジェリカを見ながら、俺はため息をついた。
「何も絶対やり合わなきゃいけないってわけじゃないんだろ?」
「そりゃあそうさ。でももしもってのがあるだろう?」
「撒くのを手伝うくらいなら良い」
「ま、それで手を打とうか」
契約の紙片を丸めまた胸の谷間にしまうアンジェリカ。
なぜ胸の谷間に? とは聞かない方が良いのだろうか。
「飛空挺はいつ出せる?」
「『ブラックローズ号』は今すぐにでも発進可能だよ。たいした予定がないならさっさと乗っちまいな」
俺達には持ち運びに困るような荷物は無く、しかも荷物のほとんどはズィルバが背負っているからすぐにでも乗船可能だ。
アハトには挨拶を終えてあるし、この島ですることもない。
「ならありがたく乗せて貰うよ」
「勇」
そう言って飛空挺のある場所へ歩き出そうとしたとき、フィオナが俺を呼び止めた。
「それじゃあ、ここでお別れね」
どこか寂しそうに、フィオナが切り出した。
「え……フィオナは来ないのか?」
「いつ私が旅に同行すると言ったのよ」
呆れたように言うフィオナ。まぁそれもそうか。フィオナは元々俺達が来るより前からこの島で遺跡の調査をしてたんだし。
「……」
「……」
互いに言葉がです、無言の間ができる。それを崩したのはフィオナだった。
「魔王も、勇者なんてのもない世界だったら良かったのに」
そうすれば、と言いかけたフィオナを手で制す。
「俺は三年前のあの旅に、後悔なんてない。結末にも、……今は後悔していない。後悔なんてしたくない」
「……」
「戦いに巻き込まれる事もあると思うけど、それでも俺は自分の歩幅で歩いて行くよ。引っ張られるのは好きじゃない」
どこかで聞いたっけ。大いなる力には大いなる責任が伴うとかなんたら。
フィオナが何度か言ってたの責任ってのはそう言う事だろう。
誰かを救える力があるのなら、世界を救う力があるのなら、と。
だけど──
「それにさ、勇者なんてのは魔王を倒すだけの存在だし。……それ以外の事は自分ちでなんとかやってくれ。って思うわけですよ、勇者は」
勇者は調停者じゃない。どんなに頑張っても、所詮魔王を倒すためだけの存在なのだ。
「そう。……私の忠告は余計だったわけね」
自嘲するように笑うフィオナに俺は答える。
「いや、指針になった。……悪いな」
世界を見る……そんな漠然とした旅の目的に、フィオナの言葉で芯ができた……気がする。
「なんの事だか……」
フィオナに憎まれ役みたいな事をさせてしまった。
だが俺は、誰かを『勇者』として救うつもりはない。
勇者は魔王を打倒する存在。……それを外れればそれは勇者とは呼べない。俺は救世主になんてなるつもりはない。
「んじゃ、またな」
「……ええ。また」
そう言って、俺達はフィオナと別れ飛空挺へ向かった。
お待たせしました、最新話です。
次回で迷宮編は終わりになると思います。
ではまた次回。お楽しみにー




